本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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番外編:ソフィア様の商品開発会議

 その日、私は朝からそわそわしていた。

 

 ソフィア様から呼び出しを受けていたからだ。

 馴染みの相手――私達の可愛いソフィア様とはいえ、貴族であることには違いない。あらたまっての呼び出しとなれば、それなりには緊張してしまう。

 余所行き用の良い服を準備し、髪や化粧も整えて、昼過ぎ、空腹が限界に近づいた頃、約束の場所に到着する。

 

 すっかり馴染みになった料理店。

 

 表には「商品開発のため本日休業」と表示が出ている。

 一般客は利用できないが、私は招待されているので問題ない。

 そう考えると少し優越感があった。

 

 軽快な音と共にドアを開けて、中に入る。

 

「こんにち……は?」

 

 店内は、普段とは少し違っていた。

 

 テーブルは等間隔に点在していて、メニューの類は置かれていない。

 椅子はすべて壁際に並べられている。

 メイドの衣装を纏った給仕の姿がいつもより多く、そして何より、人目を惹くドレス姿の少女が存在していた。

 

「あ、いらっしゃいませ!」

 

 百合の花のような声(我ながら意味不明な形容だ)。

 

「本日はお越しいただきありがとうございます」

「そんな……とんでもないです」

 

 ゆったりと歩み寄ってきて、カーテシーを見せてくれるソフィア様。

 真っ赤になって手を振りながら「この光景は覚えておこう」と心に誓った。

 

「本日はどれだけ食べても無料ですので、是非、楽しんでいってくださいね」

「ありがとうございます。どんなものがいただけるのか、楽しみです」

 

 応えつつ、私は周囲を見渡して、

 

「ところで……今日は他に、どのような方が来られるのですか?」

 

 今のところ、店内にはスタッフ以外の姿がない。

 

「基本的には内向きの会なので、外部の方はほとんどお呼びしていないのです。なので、お店の関係者以外の方で他に来られるのはお兄様だけですわ」

「お」

 

 お兄様、と仰いましたか。

 頬がひくっと引きつる。私が戦慄を覚えるのと同時に店のドアが開いて――ソフィア様とは別の方向性に整った容姿を持つ、一人の青年が姿を現した。

 

 ソフィア様の兄、ニコル・アスカルト。

 私とは何度か顔を合わせているため、目が合うと軽く会釈をしてくれる。

 

 ――あ、これ。私、今日死ぬかも。

 

 私は、男性にはあまり興味がない。

 恋愛に現を抜かしていては物語を書く時間がなくなるからだ。だが、ニコル様はその程度の防御であればいともあっさりと貫通してくるだけの攻撃力を持っている。

 あらためて気を引き締めようと、私は肝に銘じた。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 とはいえ、今日の目的はお喋りではない。

 魔法学園の学園祭へ出店するにあたっての、新メニュー開発が主題だ。

 

「ソフィア。図書館はいいのか?」

「お兄様ったら。他のお仕事があるのに図書館へ向かうほど無責任ではありませんわ」

「責任感は信頼しているさ。ただ、ソフィアは本のことになると他のことを忘れかねないからな」

「それは……その通りですけれど」

 

 学園祭には大人の貴族も多く訪れる。

 彼らのお眼鏡に適うメニューを作れるかどうか、私達の意見が大きく左右することになる。責任は重大だ。

 

「で、では。お客様も揃いましたので、新メニュー開発のための試食会を始めたいと思います」

 

 会にあたっては、料理店およびソフィア様の方で幾つかの料理を試作している。

 その料理を私やニコル様を含めた全員で試食して、感想を言い合うというわけだ。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

【試作メニュー1 焼きパスタ】

 

 最初の品は平らなお皿に盛られたパスタだった。

 パスタの種類は最もポピュラーな細く長いもの。ただし、見た目が少し違う。ソースを絡めているから、という理由ばかりではなく、これは。

 

「焼いてある……?」

「はい。最初の一品は『焼きパスタ』です」

 

 馴染みの給仕が、手にしたメモを元に読み上げる。

 公正な評価ができるよう、誰が開発したメニューかわからないようになっているらしい。

 こういった配慮はさすが、いい意味で貴族らしくないところのあるソフィア様だ。

 

「硬めに茹でたパスタを敢えて焼き、甘辛いソースに絡めてあります」

 

 また面白いことを考えたものだ。

 具材はタマネギ、ニラ。

 フォークに一口分を絡めて食べると、言っていた通り甘辛い味が口の中に広がった。肉料理の味付けに近いだろうか。酒が欲しくなる味だ。この料理ならワインよりもエールだろうか。

 

「これだけで食べるには少し味が濃いですね」

「酒と一緒に販売するには良いですが……学園祭向け、とはいえないかもしれません」

「女性はもちろん、貴族男性も匂いを気にされる方は多いですから、ニラを使うのは受けが悪いのではないかと」

 

 私としては結構好みだが、外よりは家で食べたい味だった。

 出された意見は書記の係が逐一メモしていく。

 

 

 

【試作メニュー2 お好み焼き】

 

「次の品は『お好み焼き』です」

 

 出てきたのはいびつな丸型をした焼き料理だった。

 表面はこんがりと焼き目がついているが、内側の層は生地の色が見えている。

 表面にはソースが塗られていて、更にマヨネーズがかかっている。

 

「これは……ケーキか何かでしょうか?」

「いいえ。これは主食と主菜を合わせた料理です」

 

 パンに主菜を挟む、という発想はもともとある。

 貴族階級でもサンドイッチなどは好まれているし、平民層などはもっと豪快にウインナーなどを挟むこともある。

 ただ、これは、なんというか、パンケーキの生地に具材を混ぜて焼いてみました、といった感じで……デザートとメインを合わせてしまったような、危険な匂いを感じる。

 

「具材は豚肉、キャベツ、ネギです」

「と、とりあえず食べてみましょうか……」

 

 警戒している表情の人が多い中、恐る恐る口に運ぶ。

 と……驚いた。生地が甘くない。いや、小麦の甘みは感じるものの、デザートの甘味ではない。むしろ柔らかいパンのようなもの、と考えた方がいいのかもしれない。

 更に肉、野菜の食感。

 塗られていたソースは先の焼きパスタのものに似ていた。だが、これがマヨネーズと奇跡的に合う。それでも一味か二味、足りないような気もするが。

 美味しい。

 これも、合わせるならエールだろう。

 

「食べてみると意外に美味しいですが……見た目が……」

「彩りがないので貴族には好まれないかもしれません」

「下町の屋台で売っていれば、値段次第にはなりますが毎日のように通いたいですね」

 

 

 

【試作メニュー3 アスカルト焼き・改】

 

「あ、アスカルト焼きだ」

 

 皿に載せられた甘いお菓子を見て、私は歓声を上げた。

 アスカルト焼きは私の好物の一つだ。

 デザートとしても美味しいし、お腹に溜まるので軽食にもなる。

 

 今回のものは胴体の半分ほどが紙に包まれているが――それが「改」の所以なのだろうか?

 

「こちらは既にお店で出しているメニューですが、中身が更に改良されています」

 

 紙に包まれているのは持ち歩きのための工夫だが、改良ではないらしい。

 ならさっそく、と、ナイフやフォークではなく手で持ってぱくりと齧ると――なんと、柔らかいが、ごろっとした固形のものが入っている。

 甘いこれは、芋?

 

「芋のあんに、甘く煮た固形の芋を混ぜ込んであります」

 

 なるほど。

 もともと好物だというのもあるが……これは、うん、文句なく美味しい。むしろ、アスカルト焼きは元の形でも完成していたので、これは「更なる改良点を無理矢理絞り出した」、百点を百二十点にしようとした感があるくらいだ。

 

「独特ですが、見た目も可愛らしいですね」

「他にはないお菓子なので人目を惹くと思います」

「強いて言えば、甘味は競合が多いのが難点、でしょうか」

 

 幾つかの懸念点は出たものの、他の人にも概ね好評だった。

 さすがはアスカルト焼きだ。

 

「では、しばらく休憩の時間とします。その後、第二部に移ります」

 

 この分だとあと三つは出てきそうだ。

 お腹を空かせてきて正解だった、と思いながらふと視線を向けると、ソフィア様とニコル様が並んでアスカルト焼きを頬張っていた。

 ニコル様はソフィア様と一緒だと雰囲気が柔らかくなる気がする。

 

 ……兄妹を主人公に、百合の理念を取り込んだ物語はどうだろう。

 

 二人の魅力に悶え死ぬと思っていた危機感はどこへやら、脇役に徹することにした私は、しばらくの間、美貌の兄妹の観察を続けたのだった。

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