本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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乙女とジャンクフード

「アリス様。ちゃんと睡眠をとっていらっしゃいますか? このところ顔色が良くありませんが……」

 

 ここ数日、アリス様と夜の時間が取れていない。

 生徒会劇の台本に集中していただくためだ。

 

 アリス様としても気合いが入っているようで、毎日遅くまで執筆に励んでいるようなのだが――そのせいか、体調が悪そうだ。

 しかし、見かねて尋ねてみても微笑んで、

 

「ご心配いただいてありがとうござます。でも、大丈夫です。あともう少しで完成なのです」

「昨日もそう仰っていましたよね?」

「ええ、まあ。書きたいことができて、頭から書き直していたので」

 

 答えるアリス様は目だけが異様にきらきらしている。

 王女様として最低限の身だしなみは整えている――決して、前世の私のように髪を適当にまとめただけ、お化粧はせず顔を洗っただけ、なんて有様ではないが、普段よりもクオリティが落ちている時点で「日常生活が負担になっている」という証拠だ。

 

 焦っている、というのもあるかもしれない。

 劇の台本である以上、書いて終わりではない。

 みんなに配って練習するのが本番なのだから、完成するのは早ければ早いほど良い。

 同時に、楽しくて楽しくて仕方ないから、なんとか期限までに「できるだけ良いものを」完成させようとしている。

 

 私は深く頷くと、アリス様に言った。

 

「わかりました」

「わかっていただけましたか。ご安心ください。なるべくお待たせせずに仕上げますので」

「はい。アリス様に何を言っても無駄だということがわかりました」

「え?」

「今日の夜はお部屋に参りますので、そのつもりでいてくださいませ」

「えええ?」

 

 戸惑いの声を上げたアリス様は、生徒会室にいた他のメンバーに視線を向ける。

 

 ――どなたか、ソフィア先輩の暴走を止めてください。

 

 そんなメッセージを受け取った皆さんは、

 

「頼みましたよソフィア。アリスの体調をもう少し戻してやってください」

「お前は普段から頑張り過ぎなんだよ。もっと肩の力を抜け。いいか、人間ってのは力量以上のことをやろうとしても上手くいかないもので――」

「どうしてですか」

 

 どうしても何も、みんなアリス様のことが心配だからに決まっているだろうに。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「こんばんは、アリス様」

「こんばんは。……あの、ソフィア先輩。そのお荷物は?」

「差し入れとお世話グッズです」

 

 生徒会のお仕事をしている間にメイドを呼んで、手配しておいてもらった。

 

「今日は一晩中でもお相手いたしますので、覚悟してくださいませ」

「え、あの。ソフィア先輩? 私は台本が……」

「ともかく、中に通してくださいませ」

 

 遠慮なく部屋に入り込む。

 さすがに使用人に止められたら無理だったが、彼女達はむしろ快く迎え入れてくれた。

 おそらく、言っても聞いてくれないアリス様に困っていたんだろう。

 

「夕食はきちんと済ませましたか?」

「もちろん、ちゃんといただきました。子供ではないのですから、食事くらいきちんとできます」

「アスカルト様。アリス様は『食欲がない』と仰って主にフルーツを召し上がっておりました」

「食堂から足早に戻られると、そのまま机に向かわれて――」

「あ、あなたたちは誰の味方なのですか……」

「アリス様の味方だからこそ、言ってくださっているのです」

 

 メイド達にお願いして、持ってきた食べ物をお皿に盛ってもらう。

 

「これは……」

「お菓子が多くなってしまうのも良くはないのですが、食べないよりは良いのではないかと」

 

 サンドイッチはフルーツサンドを含め、気分が変わるように色んな具材を用意。コッペパン風のパンに焼きパスタや太いウインナーを挟んだものも。

 コーンポタージュは丁寧に作り上げた一品。

 大判焼き――もとい、物言いによって『アスカルト焼き』となった和菓子や、某チキンのお店風に仕上げたフライドポテト、更にはポップコーンなどもある。

 

「サラダも用意しましたので、栄養面もばっちりです」

「いえ、あの、でも、こんなには食べられないかと……」

「お好きな物をお好きなだけお召し上がりください。私も一緒にいただきますので」

 

 アリス様が小さく「うう」と呻いた。

 まだ温かい焼きパスタドッグやホットドッグ、フライドポテトをちらちら見ながら、

 

「で、でも時間が」

「お手伝いします」

「え?」

「清書や誤字の修正なら私でもできます。一から書き直しなんてなさらないでトルツメを活用してください」

「トルツメってなんでしたっけ……?」

「……え、未来だと言わないんですか?」

 

 カルチャーショック。

 

「もう、仕方ありませんね」

 

 ふう、と息を吐いたアリス様は、カチューシャで纏めていた髪をいったん下ろすと、言った。

 

「手を洗って参ります。インクに触れて汚れてしまいましたので」

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「んーっ。このジャンクな味、懐かしいです」

 

 可愛らしい笑顔で歓声を上げるアリス様は、まるきり育ちざかりの少女だった。

 

「このラインナップですと、お酒が欲しくなりますね」

「あ……。さすがにそれは用意してきませんでした……」

「でしたら、私のとっておきをお出ししましょう」

 

 アリス様は立ち上がると、自らいそいそと何かを用意し始める(前世の話をするので人払いをしてしまったのだ)。

 部屋の隅に置かれた壺を開けると、中にもう一つ壺が。

 二つ目の壺の中には更に壺――ということはなく、水と一緒に何本かのボトルが入っていた。

 半透明のボトルの中に入っているのは、見たところ水に見えるのだが。

 

「アリス様、それは一体?」

「ふふっ。これはですね、炭酸の入った砂糖水なのです」

「えっ……」

 

 炭酸入りの砂糖水。

 それはつまり、

 

「ソーダとか、サイダーとか呼ばれるものでは……?」

「はい。私、前世では長らく炭酸水にハマっていたもので、炭酸が恋しくて恋しくてたまらず、自分で作ってしまいまして」

「作った!?」

「言っていませんでしたか? 私、ソフィア先輩やラファエルと同じく、風の魔力を持っているのです」

 

 風の魔力――大気を操る力を応用して、水の中に炭酸ガスを封入する魔法を開発したらしい。

 

「よくそんなことができましたね……」

「王族の魔力と才能をふんだんに無駄遣いしてもなお、一年以上かかりました……」

 

 遠い目で言いながら、アリス様は空のグラスに二人分、炭酸砂糖水を注いでくれた。

 

「お砂糖は控えめですが、味は保証します」

「では……」

 

 グラスを傾けると、懐かしいしゅわっとした甘い液体が口に入ってくる。

 

「美味しいです」

「でしょう?」

 

 味のしっかりしたジャンクフードにもよく合う。お酒が飲めないのなら、これが最適解だと思う。コーラでもいいのだが、個人的には甘すぎて合わない食べ物が出てくる。

 私達は微笑みあい、食事を再開した。

 

「先程のトルツメのお話ですけれど、私、アナログな編集技術のことなんてすっかり忘れていました。キーボードが恋しいとはずっと思っていたのですが……」

「紙の本さえ消えて行ってしまったのですものね……。私にとっては学級日誌や卒業文集などもかなり記憶に新しいのですが」

「世代の違いを感じますね……」

「あ、アリス様、また私のことを子供扱いしましたね? 言わせていただきますが、私の方がお姉さんなんですよ?」

 

 むっとして言うと、アリス様はくすくすと楽しそうに笑った。

 

「もちろんわかっています。ソフィア先輩は私の大切な先輩です」

 

 のんびりと食事をしながら、私達は色々な話をした。

 

「先輩の方は、準備は順調ですか?」

「はい。学園祭用の新作も頑張って開発しています。……このポップコーンは、アリス様が思いついてくださったからできたのですよ」

「まあ。お役に立てて嬉しいです」

「是非、もっと知恵をお貸しくださいませ。……カタリナ様の好みに近づけようとすると『貴族らしくない』料理ができあがるようで、困っているのです」

 

 少しずつ、学園祭が近づいてくる。

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