本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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台本の完成

「完成しました」

 

 数日後、アリス様は生徒会室にて意気揚々と宣言した。

 

「遂にできたか」

「ソフィアが監修、アリスが執筆した台本ですか。早速読ませていただいても?」

「ええ、もちろんです」

 

 自信をもって頷くアリス様の表情は明るい。

 私がお手伝いした成果、などと言ってしまうとおこがましいが、食事と睡眠をたっぷりとったお陰で肌艶はしっかりと戻っていた。

 目配せを受けた私は、持参した台本を皆さんに配っていく。

 

 生徒会役員、全員分。

 

 渡されたもの――小冊子の形の台本を見た多くの人は不思議そうに首を傾げた。

 

「薄い冊子なのね。てっきり本の形で渡されるかと身構えていましたわ」

「綴じ方も独特ですね。これなら簡単には解けそうにありません」

「そう? 台本って言ったらこれじゃない?」

 

 何の躊躇もなく受け取ったのはカタリナ様くらいだ。

 私とアリス様としても「そうですよね!」と同意したいところだが、この感覚が転生者特有のものだ。あまり大っぴらにするものではない。

 

「カタリナの意見はひとまず置いておくとして――ソフィア? これはあなたの仕込みですね? 文字も随分と整っているようですが」

「はい。完成した原本を皆さんに渡す冊子にする作業は、私が全面的に請け負いました」

 

 といってももちろん、私が責任を持ったというだけで、実際には人を使って製本したのだが。

 

「この台本には活版印刷という技術を用いました」

「「活版印刷?」」

「ソフィアが――いえ。()()()()()()()学園祭で発表することになっている技術ですね」

 

 ジオルド様が目を細めて呟く。

 

「同じ文字、見映えの紙を大量に生産するための技術、と聞いていましたが……まさか、ここまでとは」

「大量に生産……!? まさかこいつは、写本の業によるものじゃないってのか!?」

「はい。そういった装置を作るために熟練の業が使われていますが、これは写本ではなく印刷によって作られたものです」

「ソフィア。その『装置』とは魔法道具のことなのかい?」

「いいえ。印刷には魔法は一切関わっておりません」

 

 生徒会室がしんと静まり返った。

 

「……ソフィアの思いつきがとんでもないのは知っていましたけど。これは、下手をしたら国の産業がひっくり返りますわよ?」

「はい。これがあれば、本がもっと手軽にたくさん作れるようになります!」

「いえ、そういうことではなく……」

 

 メアリ様が何かを諦めたように首を振った。

 アリス様はくすくすと楽しそうに笑いながら、

 

「活版印刷についてはお父様の許可も下りておりますわ」

「活版印刷機自体はかなり前から開発を始めていて、試作も繰り返していたのですが――金属活字の生産と職人の育成、認可を申請するのに時間がかかってしまいました」

 

 それで、時期的にちょうどいいから学園祭で大々的に発表しよう、ということになった。

 

「でしたら、ついでに生徒会劇でも活用してしまおうと」

 

 劇にお客さんが集まりそうなら、この台本をもっと量産して販売してもいいと思っている。

 映画のパンフレットのようなものだ。

 きっと、演劇が好きな人は買ってくれると思う。

 

「えーっと……よくわからないけど、この台本ってレアなのね?」

 

 カタリナ様が本当に良くわかっていない様子で言う。

 キース様が疲れた顔をして、

 

「姉さん。一応言っておくけど、売ったらいくらになるか、とか考えないでね?」

「うっ。な、なんでわかったのキース!?」

「わかるよ!?」

 

 もちろん、本当に売るつもりではないだろう。

 みんなの気持ちを和ませようとしてくれるなんて、さすがはカタリナ様だ。

 

 なお、活版印刷の件は一応、学園祭まで秘密ということになった。

 

 平民に守秘義務を順守させるのも限界があるし、台本が流出した程度で活版印刷機を真似できるわけがないのだが、一応の措置である。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 さて、肝心の中身はというと。

 

「私はどんな役になったのかしら?」

「私としては、カタリナ様と近しい役柄が望ましいのですが……」

 

 恐る恐るといった様子のカタリナ様や、わくわくした様子のメアリ様など、台本をめくる皆さんの様子はそれぞれだ。

 でも、共学の学校、しかも生徒会の劇で女性同士の恋人役とか、そうそう作らないのではないだろうか。

 

「アリス。この劇は一言でいうとどんな劇ですか?」

「無声劇(カタリナ限定)です」

「……は?」

「無声劇(カタリナ限定)です」

 

 生徒会室がしんとした。

 

「え、もしかして私、しゃべらなくていいってこと!?」

「はい。カタリナは喋れない聖女の役です。なので、セリフは一つもありません」

 

 アリス様は「カタリナ様の台詞を減らす」という公約をしっかり守ったわけだ。

 しかも、セリフ0という、これ以上ない形で。

 

「ありがとうございますアリス様、愛してます!」

「か、カタリナ。こんな皆さんの見ている前で……いけません」

「いいじゃないですかーちょっとくらいー」

 

 二人のいちゃいちゃが始まった。

 とても微笑ましくて、いつまでも見ていたい光景なのだが、アリス様もカタリナ様もちょっとずるい。

 それと、アリス様はノリで過激な台詞を口にしているせいか、メアリ様が形容しがたい表情になってしまっている。

 

「お、お二人ともそれくらいで……」

「あ、そうね。今は劇の話だもんね」

「そうですよカタリナ。いくら義理の妹になる相手だからって、馴れ馴れしくしすぎです」

「すみませんジオルド様、アリス様」

 

 さすがジオルド様、さりげなく「義理の妹」をアピールすることで、キース様やメアリ様を牽制している。

 

「この劇は、いつも心優しく笑顔を絶やさない『無言の聖女』がどこからともなく現れて、その人柄で人々を幸せにしていく物語です」

 

 優秀であるが故に人生に倦んだ王子。

 気高い志を持っているが、貧しい平民出身故に絶望している青年。

 財を増やし、名声を得ることに血道を上げる女商人。

 聖女の存在が既存宗教にとって邪魔になると考える高位聖職者の男。

 聖女を闇に堕として同胞を得ようとする悪い魔女。

 

 彼ら、彼女らが、聖女との交流を通じて心を解きほぐされ、温かい心を取り戻していく。

 

「いいお話ですね……」

「そして後半では、聖女を取り合って争いが起きます」

「どうしてですか!」

 

 マリアさんがひどくショックを受けた顔になった。

 

「聖女の魅力が高すぎたのです。魅了された者達は、聖女を独り占めしようとライバルを排除しようとし始めます。泥沼ですね、ソフィア先輩」

「ええ、泥沼です。アリス様」

「なんだその掛け合い」

「激化していく争い。そんな中、身を呈して争いを阻止したのは――他ならぬ聖女でした」

「……えっ」

「聖女は最後まで微笑んだまま息を引き取り――そして人々は目を覚まします。自分達は聖女のすばらしさに心を打たれながら、彼女が本当に望んでいたことを何もわかっていなかった、と」

 

 そして、彼ら彼女らはそれぞれ、ほんの少しだけ優しくなって、日々を過ごしていく。

 やがてそれは大きな流れとなってこの国を変えていくのだが、それはまた別のお話。

 

「……と、そういったお話になります」

「……ううっ。っく。ぐすっ。悲しいですが、いいお話ですね……」

「ま、マリアさん。ハンカチを使ってください」

「あ、ありがとうございますソフィア様。うっ、ひっく」

 

 涙が止まらなくなっていたのはマリアさんだけだが、他の皆さんも感じるところがあったのか、神妙な面持ちになっている。

 

「寓話、ですわね。物語であると同時に、私達貴族への戒めでもある」

「はい。上の方々に受けそうでしょう?」

「絶対受けます! 生徒会には美男美女が揃っているのですから、真剣な顔をしていれば絶対に格好いいです!」

 

 アリス様と私の主張に、何故か平等に生温かい視線が送られた。

 

「ところでよ、これ、配役が書いてねえぞ?」

「ええ。ある程度あて書きはしましたが、敢えて外しても面白いかと思いまして、皆さんで話し合って決めようと」

 

 配役決めでもまたひと悶着あったが、台本自体は満場一致で採用された。

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