本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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王子と王子と婚約者たち

 お兄様と別れた私達は再び劇の準備に励んだ。

 

 そんな中、道行くお客さん達がざわざわし始める。

 アリス様がいるせいかもともと賑やかではあったのだが、男女問わず悲鳴に近い歓声が上がっている。いったい何があったのだろう。

 学園の生徒は慣れているので、ジオルド様とアラン様がセットで居てもここまでにはならないとおもうのだが。キース様もセットならあるいは……?

 

「どうしたのでしょう?」

「そうですね。ある程度の見当はつきますが……」

 

 アリス様は何かを察しているらしく、苦笑いを浮かべていた。

 やがて近づいてきたのは四人の美男美女だった。

 もちろん、後ろにギャラリーを引きつれて、だが。

 

「ごきげんよう、お兄様方。スザンナ様にセリーナ様も、ごきげんよう」

 

 動きやすい軽装が正装に見えるような優雅な仕草でカーテシーを披露するアリス様に、私もならった。

 

「初めまして、ジェフリー王子、ならびにイアン王子。バーグ様――ランドール様」

 

 第一王子のジェフリー様と、婚約者のスザンナ様。

 第二王子のイアン様と、婚約者のセリーナ様。

 

 ジオルド様とアラン様、それからアリス様の上のお兄様方と、婚約者様。

 

 ジェフリー様はジオルド様やアリス様と同じ目の色をした美形。

 イアン様はアラン様似の美形。

 金髪銀髪美形のオンパレードだ。一族全員が金髪というわけでもないのだから、せっかくならもっとバリエーションを出せばいい気もするのだが。

 ……後にアリス様が教えてくれたところによれば、

 

『ジェフリーお兄様とイアンお兄様は、ゲーム中ではちょい役なんです。というか、移植やリメイクの追加要素として出番が増えましたが、初代は一回しか出てきませんでした』

『全員メインなら、王子様のゲームになってしまいますものね。それで……?』

『初代の立ち絵は、ジオルドお兄様やアランお兄様の立ち絵の流用だったんです。以降で専用のグラがついた時も、名残で金髪と銀髪になりまして』

『なるほど……』

 

 こんなところでゲームらしい仕様を目にするとは思わなかった。

 

 ……話を戻すと。

 セリーナ様は大人しそうな、仲良くなれるんじゃないかな、といったイメージの方だ。

 そしてスザンナ様。こちらは対照的に派手な女性。黒髪なのに欧米の目鼻立ちをしているので日本人的なイメージは全くない。意志の輝きの強い瞳をしていて、見るからに気が強そうだ。

 

 ――どこかで会った気がするのだが。

 

 目が合った瞬間に「にやり」と笑った感じなどがなんというか……顔立ちは違う気がするものの、その、あなたラーナ様ですよね?

 

「初めまして、ソフィア・アスカルト嬢」

 

 問い詰めてみようかとも思ったが、ラーナ様もとい、スザンナ・ランドール様は私にそっと近寄ってきて、囁いた。

 

「それは、二人だけの秘密にしておいてくれ」

「なっ!?」

 

 なんだか、愛を囁かれたみたいになっているのですが。

 

「どうしたんだい?」

「いや、なんでもない。ソフィア嬢があまりに可愛かったものでな」

 

 私の頭を撫でてから離れていくスザンナ様。

 案の定ラーナ様だった。

 ということは、あの「ラーナ様」の顔は変装? 偽名を使って別人になりすましているということになる。見た目の雰囲気や声は大分変っているものの、横柄とさえ言えそうな堂々とした態度がそのままだ。

 ただものじゃないとは思っていたが、まさか次期王妃の最有力候補とは。

 

「君は可愛い女の子が好きだからね」

「まあ、理由はそれだけではないがな」

「……これは独り言ですが、私、卒業後は図書館で司書がしたいのです」

「ソフィア先輩、突然何を?」

「はははは、なるほど、なかなか面白いな。少し気持ちがわかった気がするよ」

「だろう?」

 

 何故か楽しそうに笑ったジェフリー様にウインクされてしまった。その気がなくても一瞬、勘違いしてしまいそうになるからやめて欲しい。

 このやりとりでわかる通り、ジェフリー様はだいぶノリの軽い性格で、

 

「……何をわけのわからないことを言ってるんだ」

 

 イアン様はクール系というか真面目なタイプらしい。

 

「お兄様方は視察で?」

「そんなところ。やー、ソフィアちゃんにも会えたし来て良かったよ」

「カタリナ様にはお会いになられましたか?」

 

 むしろ私なんかよりそちらだろう。

 

「まだだよ。でもまあ、その辺で会えるんじゃないかなって」

「カタリナ様も元気な方ですからね」

 

 きっとジェフリー様達とばったり会って、楽しい会話を繰り広げてくれるに違いない。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「良かったー、間に合ったー!」

「間に合ってません。遅刻ですよ、カタリナ」

「うえ!? で、でもまだ劇は始まってませんし」

「姉さん……着替えやお化粧もあるんだから早めに来るべきだよ」

「……さ、さー! 時間もないし準備しましょう!」

 

 うまくかわしたカタリナ様は衣装合わせなどの準備に入った。

 

 主役だけあって、カタリナ様の役は衣装が多い。

 最初は平民の中でも貧しいところの生まれ、という設定にちなんだ簡素なものだ。まあ、貴族が見る劇なので、マリアさんに言わせれば「十分上等です!」ということだったが。

 私達――アリス様以外の生徒会メンバーもそれぞれの衣装に着替える。

 ちなみにアリス様はカンペ係で、カタリナ様が次にどんな動きをすればいいか、逐一文字で指示をする係だ。脚本と監督とADを兼ねているので、決して暇な役どころではない。

 

 なお、配役は話し合いの末にこうなった。

 

 ◆聖女 :カタリナ・クラエス

 ◆語り :ソフィア・アスカルト

 ◆青年 :ジオルド・スティアート

 ◆王子 :キース・クラエス

 ◆司祭 :アラン・スティアート

 ◆女商人:マリア・キャンベル

 ◆魔女 :メアリ・ハント

 

 私は舞台の端っこに立って逐一ナレーションを入れる係。

 それなら後ろに引っ込んでいてもと申し立てたのだが、この世界には放送機器がないし、一々魔法を使うわけにもいかないから、という理由で却下された。

 

 聖女以外の役では最もメインになる王子はキース様。

 劇とはいえカタリナ様に近い男性ということでひと悶着あった。ジオルド様が「当然婚約者の自分が」と言い、メアリ様が「私が男装するのが一番角が立ちませんわ」と言い、最終的に「じゃあソフィアで」となりかけたので私が断固拒否した。

 結局、義弟なら観客も納得だろう、とキース様に。

 本人は「僕でいいのかな」なんて言っていたが、口元が嬉しそうに緩んでいたのを私は知っている。

 

 ジオルド様は好青年という真逆の役に。

 まあ、仮面通りに演じれば(滲み出る気品以外は)問題ないので楽といえば楽か。

 

 司祭役にアラン様。

 野趣のある美形の彼ならうさんくさい司祭役でも見事に演じられるだろう。

 

 女商人がマリアさんで、魔女がメアリ様。

 王子様の婚約者であるメアリ様に「魔女」をやらせるのも心苦しいのだが、マリアさんにはもっとやらせられない。ただでさえ敵視する者が多い彼女を魔女になんか据えたら「ほらやっぱり!」と鬼の首でも取ったように言ってくる輩がいるに決まっているのだ。

 その点、完璧なメアリ様が演じる分には「そういう役も似合いますわね」「似合いすぎて怖いですわ」「逆らわないでおきましょう……」で終わる。

 私が魔女でも良かったのだが、「威厳がない」と却下された。

 

「うー、緊張するわ」

「カタリナ様。人の字を書いて飲みましょう」

「そ、そうね。ありがとうソフィア。むしゃむしゃぱくぱく」

「食べすぎですカタリナ様!」

 

 そんなこんなで、劇が幕を開けた。


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