本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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劇が終わって

 私達の生徒会劇は大成功に終わった。

 

 幕が下りた直後から大きな拍手と歓声が上がり、カーテンコールでは各出演者に声援が飛んだ。

 

「カタリナ様ー!」

「キース様ー!」

「ジオルド王子ー!」

「アラン王子ー!」

「メアリ様ー!」

「マリアちゃんー!」

「ソフィアちゃーん!」

「アリス様ー!」

 

 なんと、語り役の私に加え、裏方のアリス様にまで声は届いた。

 もちろんマリアさんにもだ。

 暖かい拍手と声に、思わず涙ぐんでしまっている人もいた。

 

 私達貴族の生活というのは嫉妬と羨望と作為に満ちていて、例えば個人で楽器を演奏しても「王子様だから」「公爵令嬢様だから」と実力以外のところが評価されてしまいがちだ。

 だが、こうして集団の劇になればどうだろう。

 みんなで作り上げた作品自体が面白くなければ、こんな歓声にはならないんじゃないだろうか。

 

 一同でステージに立って礼をした時は、ちょっと感無量だった。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「いやー、終わってみると意外に楽しかったわね、演劇! 私、実は役者の才能があるんじゃないかしら!」

 

 メイク落としや着替えを行う最中、カタリナ様がそんな声を響かせた。

 

「そうですわね。カタリナ様、もし役者になられるのでしたら是非、私にお世話係をやらせてくださいませ」

「何言ってるの、メアリにそんな大変な仕事させられないわ。それに、アランの奥さんで忙しいでしょうし」

 

 メアリ様が「ちっ」と舌打ちをして(カタリナ様には聞こえていないと思われる)、すぐに表情を取り繕う間に、他の面々――主にジオルド様とキース様は苦い顔になった。

 

「僕としては心臓に悪かったですよ。カタリナときたら突然アドリブを入れるのですから」

「本当に……。姉さん、ああいうのは本当にやめてくれないかな。監督によっては大目玉だよ」

「いいじゃない、受けたんだし。それに……なんていうか、あの時はやらないといけない、って思ったのよ」

 

 言って、どこか遠い目になるカタリナ様。

 本人に自覚はないのだろうが、彼女には時々こういう時がある。

 

 ――終盤に発生したカタリナ様のアドリブ。

 

 あれは本当に見事だった。

 もちろん、それまで喋らなかった聖女が最後の最後で喋るというインパクトもあっただろうが、それ以上に『聖女』になりきったカタリナ様の名演が、役者を含む全員の心を惹きつけた。

 

『愛してる』

 

 すっきりと澄んだ、それでいて慈愛に満ち溢れた声と表情であんなことを言ったのだ。

 舞台端にいて古書(に偽装した台本)を手にしていた私でさえドキっとしてしまった。間近にいたジオルド様やキース様にどれほどの威力があったかは、今、二人が必死に平静を装おうとしているのを見れば明らかだ。

 裏ではメアリ様とマリアさん、アリス様が揃ってきゃーきゃー言っていたし。

 

 聖女カタリナ・クラエス伝説はこれで更に加速しそうだ。

 

「あの、カタリナ様?」

「ん? どうしたの、マリア?」

「私、カタリナ様のアドリブの際は裏にいたもので……その、もう一度、見せていただくことはできないでしょうか? できれば間近で」

「ええ? あれをもう一回やるの?」

「はい、是非」

 

 と、まさかのマリアさんが大攻勢に出た。

 劇の再現とはいえ、衆目のなくなったところで「愛してる」なんて、それこそ破壊力が高すぎるのではないだろうか。

 

「いいですね、カタリナ。私にも見せてください」

「あ、アリス様まで。嫌ですよ。あれは劇だから言えたんです。素面に戻ってからやるなんて恥ずかしいだけじゃないですか」

 

 アリス様まで攻撃に加わると、さすがに困った顔になりながらノーと言うカタリナ様。

 

「いいではありませんか。カタリナ様の名演、同じ出演者だからこそ良い位置で見られないなんて不公平ですわ。……それに、ジオルド様やキース様だけいい位置で見られたのも」

「え? メアリ、後半聞こえなかったけど?」

「なんでもありませんわ。さあ、カタリナ様! こう、私の顎を持って、きりっとしたお顔でどうぞ!」

「くくくっ。はははっ。いいじゃないか。お前の友人達がこう言ってるんだ。せっかくだから見せてくれよ。俺も見たい」

「あ、アラン様! 絶対面白がっていますよね!?」

 

 おっと、アラン様まで参戦してしまった。

 ここは本来なら仲裁に入るところなのだろうが、なんだか私だけ仲間外れになったみたいで面白くない。

 

「カタリナ様! 私も、私も見たいです!」

「ソフィアまで!? もー、みんなどうしちゃったのー!?」

 

 結局、カタリナ様は頑として『愛してる』と言ってくれなかった。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 学園祭の最後には舞踏会が開かれる。

 日本の高校で言うキャンプファイヤー+マイムマイムの代わりのようなものだ。もちろん、これも生徒会が運営するため、私達は着替えや片付けが終わったら急いでそちらに向かわなければならない。

 なので、舞台裏でひとしきり談笑した後はかなり慌ただしい動きになった。

 

 劇用の化粧を落として衣装を脱ぎ、もともと着ていた服に着替えて、普段用のお化粧をし直す。

 本格的な片付けはスタッフにお任せするので、いらなくなったアイテムを用途や返却先に合わせて手早く分別し、舞踏会の会場へ向かう。

 

 ――そんな風に余裕を無くしたのが良くなかったのだろうか。

 

 それとも、楽しかった分だけ苦難が降りかかってくるとでもいうのか。

 それは、何気ない報告から始まった。

 

「カタリナが来ていない?」

「はい、ジオルド様。会場にお姿が見えないのです」

 

 舞踏会が始まってすぐ。

 生徒会の一年生の一人がそう言ってくれたことで、私達はようやくカタリナ様の不在に気づいた。

 劇には参加したが生徒会のメンバーではない彼女は急いで支度する理由がないため、着替えや休憩をゆっくりと行っていたはずだ。

 本人も「後からゆっくり行くわー」と言っていて、特に変わった様子はなかった。まあ、次の瞬間に何かを思いついて畑の様子を見に行ったりするのがカタリナ様なのだが。

 

「姉さんのことだから遅れているだけだと思うけど……」

 

 カタリナ様と最も近しいキース様が不安げに呟く。

 

「会長の時のようなことがないとも言い切れませんわね……」

「マリア。最近、何か変わった気配を感じたか?」

「いいえ。学園内に不審な人物は見当たらなかったと思います。ですが……」

「今日は学園祭。外部から不審人物が侵入した可能性はいくらでも考えられます」

 

 アリス様がまとめて、私を振り返った。

 

「ソフィア先輩。しばらく様子を見た上で動きがなければ『あれ』を使いましょう」

「そうですね」

 

 しばらく待ってみたものの、カタリナ様が舞踏会に来ることはなかった。

 その間、劇の控え室に人を送ったり、クラスメートに話を聞いてみたものの、行方を知っている人はいなかった。確かに控え室で着替えをしていたこと、カタリナ様の服などはなくなっており、忘れ物と思しき小物が残っていたことだけがわかった。

 

「使いましょう、ソフィア先輩」

「はい」

 

 頷いて、私はペンダントとして携帯していた魔法道具を取り出す。

 ぱかっと蓋を開けると中はコンパスになっている。ただし、特別北を指してはいない。

 

「それはなんですの?」

「カタリナ様発見器です」

「は?」

「正確には、カタリナに渡した目印を探知する魔法道具、ですね」

 

 カタリナ様に渡したのもペンダントだ。

 首にかけるものならちゃらちゃらするので、着けているかいないかわかりやすいだろう。

 後はコンパスの針をぐるっと一回転させると起動する。

 針の指した方向は――。

 

「カタリナ様はこっちにいます!」

「おお!」

「あ、あの、皆さん?」

「早くカタリナ様を迎えに行きましょう!」

「全くカタリナときたらすぐ迷子に――」

「皆さん! そのペンダントとは、これのことですか?」

「「え?」」

 

 針の指した先にはマリアさんがいて、ペンダントを持っていた。

 

「さっきの、忘れ物?」

「はい。……おそらく、着替えの際にお忘れになったのではないかと」

「わ、私の秘密兵器が……」

 

 結局、手分けしてカタリナ様を探すことになった。

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