本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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伯爵令嬢と侯爵令嬢

 あれ以来、私は定期的にクラエス家に通うようになった。

 

 初めての日は結局『エメラルド王女とソフィア』の話だけで時間になってしまったので、二回目からは他の本の話も加えた。

 カタリナ様が好んでいるのはやはりロマンス小説のようで、主にそちらを中心に感想を言いあったり、手持ちの本を貸し借りする。

 本の貸し借りは読書仲間との交流には欠かせない。

 友達が勧めてくれる本ならきっと面白いだろう、とそれだけでわくわくするし、お小遣いの節約にもなる。相手が読んでいる本だから感想を言いあえるし、一石二鳥どころか三鳥、四鳥だ。

 

 普通の本は難しくて投げ出してしまうというカタリナ様だけど、貴族向けの本の中から読みやすい物語本を紹介すると興味を持ってくれた。

 自分では読まない本でも、私が内容や感想を話すと楽しそうに聞いてくれる。

 

「ソフィアは本当に本が好きなのね」

「はい。私は身体を動かすのがあまり得意でないので……」

 

 本ばかり読んでいる私と違い、カタリナ様は多趣味だった。

 外で運動するのも好きで、木登りをしたり(初めて会った時のあれは見間違いじゃなかったらしい)、剣の稽古をしたり、さらには自分の畑まで持っているという。

 あまりにも楽しそうに話してくれるので、その畑を見せてもらった。

 じゃがいもやナスなどの野菜が本当に育っていて驚いた。家庭菜園が趣味の公爵令嬢……当たり前だが、物凄く珍しい存在である。

 

 カタリナ様と親しいというメアリ・ハント侯爵令嬢様とも知り合いになった。

 駄目な私とは違い、メアリ様は優雅で堂々としていて、貴族令嬢の理想像そのもののようだった。それでいて私の容姿を悪く言うこともなく受け入れてくれる優しい方でもある。

 婚約者は第四王子のアラン様。

 

「では、カタリナ様とメアリ様は義理の姉妹になられるのですね」

「ええ、そうですわ」

 

 私が言うと、メアリ様は得意げに胸を張っていた。

 第三王子と第四王子。

 順当に行けば王妃になることはないものの、王族に見初められるのはとても名誉なことだ。誇るのも当然のこと。

 でも、メアリ様の場合はそれだけではないようにも思えた。

 カタリナ様とお話をしている時、とても楽しそうな顔をしているからだ。

 

「メアリ様はカタリナ様のことが本当にお好きなのですね」

「と、当然ではありませんか」

 

 照れたようなメアリ様の顔はとても可愛らしかった。

 

「ソフィアだってそうでしょう? カタリナ様と本のお話をなさっている時、とても生き生きしているもの」

「はい。私、カタリナ様のことをお慕い申し上げております」

「………」

 

 素直に答えたところ、メアリ様は何故か黙り込んでしまった。

 お友達として大好きであると同時に尊敬の対象でもある、という意味で言ったのだが、もしかして言葉のチョイスを間違えただろうか。

 ようやく動き出したメアリ様はむっとした顔で私を睨んできた。

 

「……カタリナ様は渡しませんから」

「? ええと、恋愛的な意味、ではありませんよね? 申し訳ありません、私、お二人のお邪魔でしょうか……?」

 

 やっぱり何か気に障ることをしてしまったらしい。

 おろおろと謝ると、メアリ様はため息をついて苦笑した。

 

「あなたは少しカタリナ様に似ていますわね」

「そうでしょうか……?」

 

 私とカタリナ様では大違いだと思うが、メアリ様は「これからも仲良くしてくださいませ」と言ってくれた。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 新しいライバルが現れた。

 ソフィア・アスカルトと初めて会った時、メアリ・ハントはそう思った。無自覚に人を惹きつけるカタリナがまた誰かを引っかけたのだと。

 蓋を開けてみれば、メアリの予感は半分合っていて半分間違っていた。

 

 ソフィアはカタリナを慕っているが、それは純粋な好意だ。

 メアリやジオルド、キース(あと一応アラン)のような熱情を抱いているわけではない。

 想いを一発で言い当てられた時はどうしようかと思ったが、純真な瞳で見つめられていると警戒していたのが馬鹿らしくなった。

 カタリナと似ている、と言ったのはそういう無自覚な善良さのことである。

 

「私もお話の仲間に入れてくださいませ」

 

 排除する必要はない。

 むしろ、遠ざければカタリナが悲しむ。そう判断したメアリは、カタリナとソフィアを二人きりにしないことを選んだ。

 教養のためする以上の読書には興味がなかったが、二人からお勧めの小説を教えてもらい、借り受けて読むと案外悪くなかった。カタリナに相応しい貴族令嬢になるために肩肘を張りすぎた結果、心に余裕がなくなっていたのかもしれない。

 

「この本、面白かったですわ」

「そうでしょう?」

 

 本を返すついでに感想を告げれば、ソフィアは目をきらきらと輝かせた。

 具体的にどこが、という話をしながら「不思議な子だ」と思う。

 身体を動かすのは好まないと言いながら、カタリナの畑やメアリの庭園に誘えば文句を言わずやってくる。すごいのですね、と口にする表情に嘘は見られず、むしろ素直すぎて危なっかしいとさえ思う。

 容姿は人形のように美しく、小さくて頼りない。

 時折、どきっとするくらい聡明な面を見せる癖に、本の話をしている時以外はおっとりしていて覇気のかけらもない。

 

(本当に、不思議な子ですわ)

 

 気づけば、ソフィアは「放っておけない妹」のような存在になっていた。

 想い人はもちろんカタリナだが、彼女がソフィアと離れたがるとも思えない。ならばいっそ末永く交流を持って、関係をより華やかに――。

 さすがにそれはやりすぎでは、と思いつつも、割と真剣に検討している自分がいた。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「こ、これは……じゃがバター!?」

 

 カタリナ様の歓声が心地よく響いた。

 何度かお会いして仲良くなったことで、カタリナ様やメアリ様の家へ訪問するだけでなく、アスカルト家へ招くこともできるようになった。

 本の話をする合間、ちょっとした軽食をと、料理人にお願いして特別な料理を出してもらった。

 

「これは……? 茹でたじゃがいもにバターを乗せただけに見えますけど……」

 

 一目で喜ぶカタリナ様とは対照的に、メアリ様は困惑した様子。

 ちなみにキース様もメアリ様と似たような反応だった。お兄様や我が家の使用人は既に経験済みなので平然としている。

 

「茹でるのではなく『蒸かす』という調理法を使っております。簡単な料理ですが、カタリナ様は素朴な味もお好きだと聞きましたので……」

「じゃがバターなんて大好物よ! ああ、また食べられるなんて思わなかったわ! いただきます!」

「姉さん、いきなり食べ始めるなんてはしたないよ……」

 

 じゃがバター。

 言うまでもなく、ソフィア・アスカルトではなく本須麗乃の知識を元にした料理だ。

 この世界の料理、製菓技術はかなり発展している。貴族に生まれたお陰で幅広い洋食を美味しく楽しめているが、それでも前世でいう和食や中華をはじめ、知られていない料理もたくさんある。

 そこで、私は時々、料理人に調理法を伝えて、食べたい料理を作ってもらっていた。

 醤油や味噌がないので、こういった簡単なものに限られてしまうが、やはりカタリナ様はじゃがバターを喜んでくれた。

 

 溶けたバターの絡んだじゃがいもをひとかけ口に放り込むと、「んー!」と幸せそうな声を上げる。

 

「これよこれ! ほらキース、メアリも、食べてみて!」

「う、うん」

「カタリナ様がそこまで仰るなら……」

 

 恐る恐る、といった様子でじゃがバターを口にした二人は、驚いたように目を丸くした。

 

「これは……」

「美味しい、ですわ……」

「でしょう? ここにもあったのねー、じゃがバター。さすがソフィア、博識だわ」

「ありがとうございます。もしよろしければ、バターの代わりにお塩を振ったものもお試しください。また味が変わって面白いかと」

 

 じゃがバターはどんどん減っていき、それにつられてお茶も進んだ。

 

 ――カタリナ様に褒められてしまった。

 

 本当は前世の知識なのだが、カタリナ様が「ここにもあった」と言うあたり、別の国には存在する料理なのだろう。

 博識なのは私ではなく彼女の方だ。さすが公爵令嬢。勉強は苦手などと自分では言っていても、きちんと見聞を広めている。

 

「ねえ、ソフィア。他にはないの、こういう料理!」

「ええと、そうですね……。私が提案して珍しがられた料理ですと、鮭や鯛を塩焼きにしたものなどが――」

「それ! それも食べたいわ! すごい、ソフィアには料理の才能もあるのね!」

「でしたら、今度来られる時にご用意いたしますね」

 

 カタリナ様の本当に嬉しそうな様子にメアリ様は複雑な顔をしていたが、それでも笑顔を取り繕ってこう言ってくれた。

 

「素朴な料理ですのに……驚きましたわ。貴族の間では流行らないでしょうが、平民には好まれるのではないかしら?」

 

 メアリ様の評価を受け、私とお父様は再び策を巡らせた。

 色々考えた結果、お父様の発案で商人にレシピを売った。じゃがバターや魚の塩焼きなどいくつかのレシピが売れ、少なくないお金が入ってきた。

 

 後に、この国の大きな街では必ずじゃがバターの屋台が見られるようになるのだが、それはまた別のお話である。

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