「今回の学園祭は特に気合いが入っていますね」
学園内を行き交う大勢の人を眺めながら、私は呟いた。
思い思いに着飾った貴族たちは思い思いの方法でこの学園祭を楽しんでいる。
数多く出店している屋台で買い食いをするも良し、研究発表の一つ一つに感嘆するも良し、生徒の製作物を眺めつつ気に入ったものを購入するも良し、新しい出会いを探すことに努めるも良し。
――今年の生徒会長はジオルド様でしたね。
メンバーとしてはアラン様とアリス様、更にメアリ・ハント様やキース・クラエス様といった名だたるメンバーが参加している。
一人一人が才人、才女なのだから、集まればこれだけのことができるのも納得というものだ。
「屋台の出店数は五店舗の増加。参加者数はおよそ一割増し。生徒会メンバーが行うという演劇も話題になっているようですね。興味深い」
貴族女性の嗜みとして周囲から浮かない程度に着飾っているものの、私の目的は学園祭を楽しむことではない。何がどんなふうに行われていて、どれが目玉だったのか、学園祭での出来事が今後の国にどのような影響を及ぼすのか、調査することが目的だ。
敢えて堅苦しく言えば覆面調査である。
ちなみに調査官は複数人派遣されている。
一人では見落としてしまう部分を拾い上げるためであり、私見の入りがちな部分を客観的に判断するためであり、調査官の能力を比較するためでもある。
私自身の評価に繋げるためにも国のためにも、私は私なりの調査を行ってレポートに纏めなくてはならない。
さて、ではまず、屋台から見て回ろう。
腹ごしらえをしておいた方が後顧の憂いがなくなるし、学術的な意味合いの強い研究発表や産業的な価値の高い製作発表を先にしてしまうと時間配分を誤りかねない。
決してお腹が空いているわけではない。ないったらない。
「概ね参加店は例年通り。脱落店と新規参加店は――」
さりげなく見て周りながら、手元のメモに短く記していく。
前年の参加店舗リストは頭に入っているので、書くのは消えた店と現れた店の名前だけでいい。
「ああ、どこも美味しそうですね。どうしましょう。全て食べるわけにはいきませんし……人だかりの出来ている店に行くのがセオリーでしょうが、時間を使いすぎるのも」
ひときわ煌びやかなドレスを纏った、学園生とみられる令嬢がお菓子やサンドイッチを際限なく買いあさっているのが見えたが、あれは悪い例だ。
というか、目の錯覚でなければカタリナ・クラエス様だったような……?
「み、見なかったことにしましょう」
レポートで個人を名指しするのはあまり品が良くない。
特に悪い評価の場合、親からクレームがつく可能性もある。
私は気を取り直して屋台を厳選して食べ物を買っていく。有名なサンドイッチの店と、スイーツの店、後は――。
「ん、あれは……」
知る人ぞ知るマニアックな店として噂になっている料理店の屋台だ。
確か出資者はアスカルト家だったか。ダン・アスカルト伯爵はやり手だが食方面には疎かったはず。となれば息子のニコル様が新しい事業を開拓しているのか。
メニューは――変わったものを売っている。『りんご飴』に『塩からあげ』?
『リンゴ飴』はその名の通り、リンゴに飴を絡めて固めたもののようだ。使われているリンゴはかなり小ぶりなものだ。
『塩からあげ』は茶色の衣に包まれた何かにバジルがかかったもの。フライとは少し違うようだが……? というかそもそも、からあげとは何なのか。
仕方ないので両方買ってみる。
「お買い上げありがとうございます」
「あの、このリンゴ、かなり小さいですよね?」
「ええ。小さい方がリンゴ飴には向いてるってことで、ジャムにするくらいしか使い道のない安い余り物を買い上げたんですよ」
ふむ、それは上手いやり方だ。
大振りのリンゴまるまる一個では食べ飽きてしまうかもしれないし、果物商人としても有難いだろう。
「こちらのからあげというのは、なんなのです?」
「鶏肉に衣をつけて揚げたものになります。フライとは配合が違うんですが、美味しいですよ。味付けはバジルとレモンです。貴族様には好評ですが、個人的には何もかけずにいただくのも好きですね」
「へえ」
塩からあげは野菜と一緒にクレープに包んで提供された。食べやすいようにという配慮だろう。
味は、どちらも文句なく美味しかった。
斬新すぎて受けはよくないかもしれないが。
「ニコル様は面白いことを考えましたね」
「ニコル様? ……ああ、違います。この店の運営にはソフィア様が関わっております」
「ソフィア?」
妹のソフィア・アスカルトか。
特異な容姿をしていること、学業において優秀であること、異常に本を好むことは知っていたが、料理分野にも才能があるのだろうか。
まあ、金だけ出して、後は店の料理人任せなのだろう。
私はリンゴ飴とからあげクレープを美味しくいただきながらそう思った。
◇ ◇ ◇
「本日は生徒会メンバーによる演劇を行います。是非見にいらしてくださいませ」
購入した食べ物があらかた胃に落ち込んだ頃、当のソフィア・アスカルト様がアリス・スティアート様と劇の宣伝をしているのが見えた。
何やら薄い紙を道行く人に配っている。
受け取った人の中には物珍しそうに何やら尋ねている者もいる。植物紙自体は既に普及しており、珍しいものではないはずだが、
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ソフィア様から手渡された。
先程、少々失礼なことを考えたのはおくびにも出さずに受け取る。その場を数歩離れてから紙に目を落とすと、そこには精緻な文字で劇の詳細が書かれていた。
小さな紙とはいえ、劇の宣伝のためだけに一枚一枚、この精度で手書きを――!?
慌てて踵を返そうとすると、別の誰かの質問にソフィア様が答えるのが聞こえた。
「これは活版印刷という技術です。我が家が普及を進めているもので、同じ文字の並びを素早く、多くの紙に記すことができます。同じ技術を用いた劇のパンフレットも販売しておりますので、よろしければご購入くださいませ」
活版印刷。
噂には聞いていたが、これが……?
ソフィア様のスマイルと手にした紙を見比べた私は、いそいそと劇のパンフレットを購入した。
◇ ◇ ◇
活版印刷すごい。
頭を空っぽにした子供のような感想を抱きつつ、私は活版印刷の発表が行われている会場へ向かった。
そこではニコル・アスカルト様主導で活版印刷機の展示、および印刷物の配布が行われていた。
というか、配布されている印刷物は私がもらった劇の告知だった。
なるほど、最初から劇と活版印刷、ダブルで宣伝するつもりの印刷物というわけか。更に技術に感動した者からパンフレットの購入も見込める。
「……これは、書物の価格と普及率を一変させますわ」
活版印刷機は柵で守られていて傍に寄ることはできなかった。
私はご婦人方を中心に淡々と説明を行っているニコル様に目をやると、心に防壁を築きながらそっと近寄った。
「初めまして、ニコル・アスカルト様。とても素晴らしいものを発明されましたね」
「ありがとうございます。私としても多くの方に注目していただき、また、我が家の新事業としても期待しております。妹の発想には驚くばかりです」
「え? 妹?」
「はい。活版印刷機の原型を思いついたのは妹のソフィア・アスカルトなのです」
「……また」
「はい?」
またソフィア・アスカルトか。
思わず心の中で呟いてしまう私だったが、この後、別の発表を見に行ってもその名前を目にすることになるとは、この時にはまだ思ってもいなかった。