「本日はお集りいただきましてありがとうございます。皆様、議題はわかっておいでですね?」
学園祭から数日後の夜、メアリ様が据わった目で私達を見据えた。
「はい」
「ええ」
「もちろんです。……ですが、私までご一緒してよろしいのでしょうか?」
「別に貴女だけ除け者にする理由がありませんわ。寮に戻るのは難しいでしょうが、でしたら泊っていけばいいのです」
マリアさんのおずおずとした声に、メアリ様はふん、と鼻を鳴らして答える。
ツンデレの見本のような回答だったが、ふわふわした金髪の少女は思わず、といったように涙ぐむ。
「……ありがとうございます、メアリ様」
と、アリス様が半眼になって、
「というか、ここは私の部屋なのですが」
「……一番広いのですから仕方ないではありませんか」
メアリ様は視線を逸らした。
◇ ◇ ◇
アリス様の寝室に集まったのは家主のアリス様に加えて私、メアリ様、マリアさん。
招集をかけたのはメアリ様で、アリス様は場所を貸した形になる。
夜になってからの会合なので、寮の違うマリアさんには誰かの部屋で夜を明かしてもらうことになるだろう。
「幸い、ここにはベッドが二つありますので、マリアさんに使っていただいても全く問題ありません」
「恐れ入ります、アリス様」
「いえ、なんでベッドが二つ必要なんですの? 一人部屋ですわよね?」
婚約者、あるいは恋人を呼ぶわけではない。
寮の部屋で逢引きをするのもチャレンジャーだが、そこまで好き合っている相手を招いておいてベッドは別、というのも変な話だ。
これには別の理由があって、
「私がよくお泊まりに来るのでベッドを増やしてくださったのです」
「そ、ソフィア先輩!? それは内緒にしてください」
「? いけませんでしたか?」
アリス様の優しさをメアリ様達にも知って欲しかったのだが。
これにメアリ様は目を細めて、
「……へえ。ソフィアを招くために新しいベッドを」
「な、なんですか、メアリ様?」
「いいえ、別に。ただ、ベッドを別にする程度の分別はおありなのだな、と」
「わ、私とソフィア先輩はそういう関係ではありません!」
顔を真っ赤にしたアリス様が主張すると、メアリ様は微笑んで頷いて――私の身体をそっと抱き寄せた。
メアリ様の女性らしい柔らかさが感じられて私まで赤面してしまう。
「メアリ様。ソフィア先輩から離れてください」
「これくらい良いではありませんか。ね、ソフィア?」
「ええと、その、むしろ心地いいとは思いますけれど……」
「ソフィア先輩?」
アリス様の目が怖い。
「……あの、皆さん。話し合いを始めませんか?」
「「申し訳ありませんでした」」
マリアさんに窘められ、私達三人は揃って謝罪した。
◇ ◇ ◇
こほん、と咳払い。
「あらためて、議題はカタリナ様とジオルド様のことですわ」
「……お兄様にも困ったものですね」
「あら、アリス様。言葉の割に楽しそうに見えますけれど」
「そうですか? そうかもしれませんね」
休戦したと思ったらすぐさま小競り合いを始めるメアリ様とアリス様。
淑女の気品と貴族らしい威厳を併せ持つメアリ様の口撃に、アリス様はおっとりと対応しつつも譲ろうとはしない。
二人ともカタリナ様が好きすぎるせいで馬が合わない部分があるのだ。
「ですが、メアリ様。お兄様にとってあれは当然の権利でしょう?」
「そ、それは……そうですけれど」
あれ、というのは当然、カタリナ様とジオルド様がキスをした件だ。
これまでにも手の甲や額へのキスはあった。
だが、今回は唇と唇。
カタリナ様のファーストキス(だと思われる)を奪ったのだから、恋敵、ひいてはカタリナ様自身に対する宣戦布告と言っても過言ではない。
とはいえアリス様の言う通り、婚約者ならキスくらい当然だ。
婚約して何年も経っているのにキスもしていないなんて、一般論で言えばジオルド様が紳士過ぎるくらいだ。
「だ、だからといって見過ごせませんわ! 私のカタリナ様にあんなことを……! マリアだって許せませんわよね?」
「え、ええ、そうですね……」
急に水を向けられたマリアさんは驚きつつもさっと表情を曇らせる。
「……突然のことでしたし、現場を見せられるとさすがに胸が痛みました」
マリアさんもカタリナ様のことを慕っている。
最近はカタリナ様の傍にいるため、魔法省に入ることを考えているらしい。
「ですが、私にとっては『わかっていたこと』でもあるのです」
「わかっていた?」
「はい。カタリナ様はジオルド様か、そうでなくとも他の殿方のものになるのだと。私はお二人の仲睦まじい様子を端で眺めることになるのだと」
胸に手を抱いて微笑むマリアさん。
彼女の笑みは全てを覚悟している、大人びたそれだった。
マリアさんはカタリナ様に恋をしている。
だが、メアリ様のような混じりっけなしの恋心ではない。尊敬や親愛、感謝、果ては崇拝に近い感情が入り混じっているため、カタリナ様を独占したいとは思っていない。
身分の違いもあるだろう。
将来もずっとカタリナ様の傍にいられるのならそれでいい、というのがマリア・キャンベルの恋心なのだ。
「そんなの、私にはわかりませんわ」
悔しそうに唇を噛むメアリ様。
彼女の想いは単純明快だ。
カタリナ様を独り占めしたい。自分が男でなかったことを心から悔やみながら女であることを受け入れ、次善の策を常に模索している。
この国を出てどこか静かなところで二人で暮らす、というのは冗談でもなんでもない、彼女にとっての「幸せな将来プラン」なのだ。
「ジオルドお兄様なら、カタリナを幸せにして下さると思います」
言ったのはアリス様。
「……まあ、一生連れ添う方としては不向きだと思いますが」
アリス様の立場は特殊だ。
妹であること、敦子ちゃんだった頃の記憶があることから、ジオルド様を「腹黒ドS王子」として俯瞰視することができる。
自分なら彼と結婚したくはない、というのがアリス様の持論。
その上で、カタリナ様の行く末に幸があることを本気で願っており、ジオルド様なら不足がないことも理解している。
「わ、私の方がカタリナ様を幸せにできますわ!」
「メアリ様。もう少し歯に衣を着せた方がよろしいかと」
「どうせこの場にいる方は皆、わかっているではありませんか」
言われて顔を見合わせる私とマリアさん。
お互い苦笑いになってしまうのは、メアリ様の言う事が正しいからであり「わかっているならもう少し」と思ってしまうからだ。
もちろん、メアリ様はそういうところがとても愛らしいのだが。
アリス様は「困りました」というように頬に手を当てて、
「ですが、カタリナはノーマルですよ?」
「そ、そんなのわかりませんわ!」
「わかります。いくらスキンシップを望んでも、あの子の対処は友人のそれを逸脱してしませんし、なんなら男性に対してもほぼ同じ対応を取ります」
「うっ」
「それが『普通』です。……多くの方にとって、同性愛とは気持ちが悪い以前に『よくわからない』ものなのです」
男女で恋愛をして、結婚をして、子供を作る。
同性間で子供が作れないことを考えれば生物として普通であり、自然なことだ。
自然だからこその固定観念を打ち壊す『自由』が叫ばれ出したのは、私や敦子ちゃんの前世の世界でもそう昔のことではない。
この世界の貴族の場合、同性間での「恋愛」までなら割合許容される傾向があるが、結婚となると昭和の日本以上に困難だと考えていい。
年下とはいえ地位が上の、歳の割に落ち着いた同性にぴしゃりと言われ、メアリ様は口ごもる。
「……アリス様はその理屈に納得して、殿方と結婚できるんですの?」
「ええ、必要であれば」
アリス様はあっさりと頷いて、
「まあ、可能であればしないで済ませたいとは思っていますし、同性婚への憧れもないわけではありませんが」
手招きされた私はメアリ様の傍からアリス様のところへ移動する。
ぎゅっと背中から抱きしめられると、なんだか不思議な安心感が湧きあがった。
「それを望むのであれば、世界を変えるところから始めないといけないでしょうね」
「世界を、変える」
まるでクーデターのお誘いのようだが、もちろん、そんな大げさな話にはならないだろう。