「具体的に何をしろと言うんですの?」
「皆の意識の問題なら、意識改革から始めればいいのです」
千里の道も一歩から。
同性愛を許容する土壌ができれば、メアリ様の愛も違った形で受け取られるかもしれない。
しかし、言うは易し。
「まずは実例を作りましょう」
「実例?」
「同性の恋人の先駆けを作って後続を刺激するのです」
「いえ、それができないから困っているのでしょう?」
一人目より二人目、二人目より三人目の方が心理的抵抗は小さくなる。
ある程度人数が集まれば社会的ムーブメントとして改革の切っ掛けになるだろうが――メアリ様の言う通り「できるならとっくにやっている」。
と、アリス様は首を振って、
「できない? 何故です?」
「何故って、それは……」
「そういった風潮がないから。一人目になるのは気まずいから。違いますか?」
「っ!?」
「どこか別の国に逃げて二人だけで暮らす。表向きは親友として、実際には夫婦のように。ええ、素敵だと思います。二人が納得していれば結婚の必要もないでしょう。ですが、それはメアリ様が無意識に『現状を肯定』し、逃げに走っているからではありませんか?」
思った以上に指摘は真摯で、かつ、容赦がなかった。
メアリ様は唇を噛み、身体をわなわなと震わせる。
傍にいたマリアさんが心配そうに手を差し伸べかけるも、
「私が弱虫だとでも言いたいのですか……!?」
「その通りです。……そもそも、メアリ様は本気でカタリナを『奪う』覚悟がおありなのでしょうか?」
「馬鹿なことを。私は、誰よりもカタリナ様を……!」
「親愛でも友愛でもなく、愛している。では、何故それを伝えないのですか? 手を尽くそうとしないのですか? 勝算がなければあらゆる手段で作り出す。優雅に上品に狡猾に。それが『貴族令嬢の鑑』メアリ・ハント様のやり方では?」
この国において、政治はまだまだ男性の世界だ。
私達、貴族令嬢は性別の時点でハンディを背負っている。だから私達は別方向から世の中を動かす。流行や噂話を操り、時には自身の恋愛さえも利用して流れを作り出す。
静かな政争。
上に何人もの姉を持ち、境遇として恵まれていたわけではないメアリ様が『貴族令嬢の鑑』と呼ばれるまでになったのは、死に物狂いで「貴族令嬢のやり方」を身に着けたからだ。
だからこそ、その指摘は重い。
「……なら、貴女はその努力をしているというんですの?」
「勘違いしないでくださいませ。私はカタリナを愛していますが、それは友人としてです。彼女を生涯の伴侶としたい、という気持ちはありません。結婚を忌避しているのは何人もの夫婦を見て、肌で感じたものがあるからです」
私やカタリナ様は前世で結婚していない。
というか恋人すらいなかったのだが、アリス様には旦那様がいた。天寿を全うしたわけなので心残りはないだろうが、それでも、今更他の人と――という思いもあるのだろう。
「メアリ・ハント様。貴女は私と同じですか?」
「……いいえ」
メアリ様は首を振った。
きっ、と、顔を上げた彼女はアリス様を睨みつけて、
「怖い。決定的な手段に出てしまえば後戻りできない。そう考えるのは悪いことですか?」
「いいえ。だからこそ、周りを巻き込んではどうか、と、申し上げているのです」
アリス様は微笑み、小さく頭を下げた。
抱かれている私の身体も一緒に傾く。
「申し訳ありません、メアリ様。挑発する形になってしまいましたが、貴女を嗤うつもりはないのです。むしろ、貴女がカタリナを幸せにしてくれるというのなら、私はそれを応援したい」
「……アリス様?」
「私、メアリ様のこともお友達だと思っているのですよ?」
「っ」
少し恥ずかしそうな声音で告げるアリス様は、控え目に言っても可愛らしく、私までどきっとしてしまった。
「……わ、私だって、アリス様を嫌っているわけではありませんわ。立場が違うせいで衝突しているだけで、カタリナ様への思いも本物だと思っていますし」
「ありがとうございます、メアリ様」
二人は少しだけ仲直りして、前より仲良くなった。
なんだか胸がぽかぽかしてくる。
前世の私はこんな風に、頻繁に集まって話をする友人はいなかった。正確には本の話以外では、だが。本好きの友人達との集まりにしても、本の話が一段落したらみんなそれぞれ本を読みだしたりしていたので、あんまり女子会って感じではなかったのだ。
お友達がたくさんいて、とても楽しい。
「皆さん、本当に仲良しなのですね」
マリアさんが他人事のように口にしたので、メアリ様に目配せして抱いてもらった。
「あ、あの、メアリ様」
「ふふっ。たまにはこういうのもいいでしょう、マリア?」
顔を真っ赤にしながらも、マリアさんはこくんと頷いた。
◇ ◇ ◇
「というか、アリス様の案には重大な欠陥があるのです」
こほん、と、可愛らしい咳払い。
「欠陥、ですか?」
「ええ。私が先駆者になるということは、カタリナ様以外の方と恋仲になるということでしょう? それではカタリナ様と結ばれることができませんわ!」
「気づかれましたか」
「今なんて仰いました、アリス様?」
「いえ、なんでも」
私にはばっちり聞こえましたよ、アリス様。
「メアリ様は本当にカタリナ一筋なのですね」
「当然ですわ」
「では、ソフィア先輩は私が貰いますね」
「あ、アリス様。く、苦しいです」
「すみません。ソフィア先輩があんまり可愛いので、つい」
ぎゅーっとアリス様に抱きしめられる私。
これにメアリ様は「ぐっ」と、あまり可愛いとは言えないうめき声を上げた。
「ず、ずるいですわ! ソフィアは私の……私の、そう! 親友なのですわ! お互いに結婚相手が見つからなかったら一緒に暮らそうと約束だって!」
「あら、ですがメアリ様はカタリナ様と結ばれるのでしょう? ソフィア先輩、そうしたら寂しいとは思いませんか?」
「あ……そうですね。一人暮らしも気楽だと思いますが、親しい方が傍にいてくだされば、きっと楽しいと思います!」
「そうでしょう? でしたら私と一緒に暮らしましょう」
「あ、アリス様! 貴女は味方なんですの、敵なんですの!?」
「私はカタリナとソフィア先輩と自分の味方ですよ」
きっぱり言い切るアリス様はやっぱり凄い。
「というか、ソフィア先輩だって他人事ではないんですよ?」
「わ、私ですか?」
「ええ。学園祭以降、婚約の申し出が殺到しているのではありませんか?」
「それは、確かに急に多くなりましたけれど……」
そう。
どういうわけか、こんな私と婚約したいという男性が何人も現れた。
花やプレゼントを幾つも貰い、手紙への返信も余儀なくされた。親御さんからの「家に遊びに来ないか」というお誘いも合わせるとかなりの数だ。
「一つ一つお断りするのが大変で困っています。そもそも、どうして急に増えたのか……。皆様、私のこの髪と目が見えないのでしょうか」
「……ああ、さすがはソフィア先輩ですね」
「……どうしてこんなになるまで放っておいたんですの」
「メアリ様とアリス様の影響も大きいと思うのですが……」
「え? え? なんですか、皆さん理由がわかるのですか?」
まず、私の髪と目はもう、以前ほど忌避されていないと言われた。
それはそうだが、結婚となれば話が別ではないだろうか? そもそも私と結婚したところでアスカルト家の権力は手に入らないわけで、なら、万に一つに賭けてアリス様に求婚する方が良くはないだろうか。
「なるほど……ソフィアの髪と瞳。固定観念の破壊は、もうカタリナ様が実例を作ってくれていましたわね」
「では、メアリ様?」
「ええ。恋人を作るわけにはいきませんが、先駆者になってみるのもいいかもしれません」
メアリ様は流行の発信からムーブメントの作成を試みることにしたらしく、活版印刷による百合小説の出版に出資してくれることになった。
「でしたら、私もソフィア先輩に出資しましょう」
「ありがとうございます! でしたら、株式の概念を導入して株主になっていただいた方がいいですね」
百合小説用の資金が増える→たくさん刷れる→百合作家を囲い込める→新作をどんどん売る→貴族社会に百合が浸透する、という流れだ。
同時に学園内で「百合小説同好会」を設立し、学園の生徒に百合小説を浸透させることに。
百合は主にロマンス小説界隈で流行しているため破廉恥と誤解されがちだが、むしろ性描写は控えめで、女性の世界が中心のため秘めやかで上品で、ゆったりとした世界が構築されるものが多い。教育にも決して悪いものではなく、親や姉妹へ広がることも狙う。
「売上向上と読書習慣の定着にも効果がありそうです」
「「さすがソフィア(先輩)」」
「え、あの、私、もしかして守銭奴みたいに思われてますか?」
「そんなことはないですわ」
「はい。並々ならぬ本好きだと思っているだけで」
「うう」
解せぬ。
と言えないどころか、むしろ嬉しいのだが、それでもちょっと釈然としない私だった。