伯爵令嬢と結婚問題
「求婚を全て断っているそうだな」
学園祭が終わってから一か月後、私はお兄様――ニコル・アスカルトから『とある追及』を受けていた。
お兄様が学園に来るのは珍しくない。
宰相としてのお仕事を手伝いつつ、我が家が行う他の事業に関わっているからだ。
具体的に言うとレストランの運営や作家の育成、出版。
最初は私が軽い気持ちで始めたものがどんどん大きくなり、今ではハント家とも協力、王女であるアリス様からの出資まで受けているそれを、在学中の私に代わって運営してくれている。
この街のレストラン二号店への視察や魔法省での手続き、一応は最高責任者である私への確認・相談など、若く身軽なのを活かして飛び回っている。
多い時だと週二、三回のペースだろうか。
お兄様も忙しいので、普段は仕事の話が中心、終わってからお茶か食事をご一緒して「ではまた」というのが定番なのだが――今日は仕事が「ついで」だった。
本題は、お父様お母様から「くれぐれも」と言われてきたという、私の結婚問題。
……軽い気持ちで二人っきり(使用人は除く)になった私が馬鹿だった。
「え、ええ、まあ。そんなこともあったような……?」
「こっちを見ろソフィア」
とぼけてスルーする作戦、失敗。
こほんと咳払いをした私は「きりっ」とした表情を作って、
「ええ。全てお断りいたしましたが、それが何か?」
「何かじゃない。それが問題だと言っている」
開き直り作戦、失敗。
私は「うう」と呻くと、縋るようにお兄様を見つめた。
「お兄様だって知っていらっしゃるでしょう? 私、結婚なんかしたくないんです」
「知っているが、全て断るのはやりすぎだろう」
「お互い様ではありませんか」
お兄様は表情一つ変えないまま瞬きをして、
「俺は『まだその時じゃない』と思っているだけだ」
なら私だって引き延ばしても構わないじゃないか。
「茶や食事程度なら応じてやれ。それで気に入らなければ面と向かって断ればいい」
「それができるのは、お兄様が跡継ぎで男性だからです」
家格が上の方からの求婚もあるのだ。
跡継ぎでもない女の私が「お話した結果気に入りませんでした」なんて言ったら問題だ。お兄様は美形なので「相手なら幾らでもいらっしゃるでしょうし」と相手が勝手に納得するのもある。
「結婚する気がない、と言ってしまった方が角が立たないでしょう?」
「俺としても独り身よりは、ソフィアが嫁いでくれた方が安心するんだが……」
私とは違う、お父様に似た瞳が逡巡の色を宿して、
「……理由はカタリナか?」
「いいえ、単に貴族夫人は私に務まらないな、と」
「……はあ」
無言で溜め息を吐かれた。
「だ、だって、出産は痛いらしいのですよ! 私、死んじゃうかもしれません!」
「俺が『問題ない』とは言えない件だが……」
出産で死ぬケースは多くない。ごく稀、と言っていい。
逆に言うとごく稀には亡くなる方もいるのだ。
「……そう言われると心配になってくるな」
「でしょう!?」
「だが、それなら良い医者を雇えばいい。それでも心配ならマリア・キャンベルに依頼したらどうだ?」
「マリアさんに……」
光の魔法を使えば痛みや疲労は和らげられる。
特に帝王切開から亡くなるケースは防げるかもしれない。
痛くないなら別にいいかな、って、
「だ、騙されませんよ!?」
「騙してないが。……そもそもお前の場合、嫁いでも『自分の事業』最優先で問題ないだろう?」
「あっ」
求婚してくる方の多くが利権狙いだ。
ということは、私は夫の事業を支えるよりも、自分で稼いでお金を入れることを期待されている。
思ったよりは生活が変わらなさそうな気がするが、
「それでは本が読めないではないですか」
「余暇の時間が欲しいなら次々に事業を始めるな。司書をしながら本の流通を牛耳る気か」
最高じゃないですかと反射的に答えかけてから、少しだけ冷静になって、
「人を雇えば問題ありません」
「……実際問題ないのが問題だが」
お兄様は小さく首を振って、言った。
「このままだと延々求婚が続くぞ」
「う」
「どうしても嫌なら何か方法を考えろ」
「ううう」
「それから母上がこう言っていた。『妊娠中は暇になりますから、ベッドで本を読んでいても誰も咎めませんよ』」
「貴族夫人、悪くありませんね」
前向きに検討します、とお兄様に返答して半日くらい経ってから「唆されただけでは?」と気づいた。
◇ ◇ ◇
悩みに悩んだ私は、自分の気持ちに結論を出した。
「あのう、キース様」
「ん? なんだい、ソフィア?」
翌日の生徒会室。
お仕事が一段落したタイミングで、私はキース様を呼び留めた。
金髪青目の美青年。
お兄様の人気に目を奪われがちだが、彼もまた、ただ歩いているだけで黄色い声の絶えない男性。立ち居振る舞いも素敵で、こうして振り返っただけでもとても格好いい。
今から言う事を考えると途端に恥ずかしくなってしまう。
「ええと、その、お願いがあるのですが……」
「? うん、ソフィアの頼みなら大抵のことは聞くけど」
「っ。本当ですかっ?」
少し気持ちが軽くなった私は顔を上げ、ぎゅっ、と両手を握って想いを告げた。
「キース様。わ、私と婚約してくださいっ」
ぱりーん。
「………」
「………」
「………」
時が凍った。
「……は?」
キース様が笑顔のまま声を上げたかと思うと、
「「はあああああああっ!?」」
大騒ぎになった。
「な、ななな、何がどうなってそうなったんですの、ソフィア!?」
驚きのあまりティーカップを落として割ってしまったメアリ様は、破片を片付けるのも忘れて私に詰め寄ってくる。飛び散った破片にカタリナ様が近づきかけたところでマリアさんが止め、代わりに片付け始めた。
「そ、ソフィア先輩? 男女の過激な恋愛小説でも読まれたのですか?」
アリス様までがおろおろと聞いてくる。
片付けをしなくて良くなったカタリナ様も飛んできて、何故か目をきらきらさせて、
「え、なになに、ソフィアってばキースのことが好きだったの!? もう、そういうことなら言ってくれればいいのに! っていうか、こんなところで告白するなんて大胆過ぎるんじゃない!? でも、ソフィアになら大事な弟を上げてもいいわ。二人で仲良くするのよ、ね?」
「落ち着いてくださいカタリナ。まだキースはOKしていませんし、正式な話は両家を通さないといけないでしょう?」
「そうだぞアホ令嬢。お前の天然がソフィアに伝染ったんだから謝れ」
ジオルド様とアラン様が幾分か冷静に場を鎮静化させてくれたお陰で、私は事情を説明することができた。
◇ ◇ ◇
「……なるほど。求婚を回避するためか」
「はい。もちろん、そのまま結婚に至ってもいいとは思っているのですよ? キース様でしたら私のやりたいことを尊重してくださるでしょうし」
あの時は冗談だったが以前にも話が出ていた通り、私のお相手としてこれ以上の方はいないと思う。
「アスカルト家ではクラエス家と少々釣り合いが取れませんが……」
「いや、それは僕も養子だし。ソフィアなら箔付けも十分だと思うけど」
「そうですか? でしたら是非、ご検討くださいませ」
「いつになくグイグイ来るなあ」
「だって、気心の知れていない方と結婚するなんて本当に嫌なのです」
アリス様がうんうんと頷いてくれる。
「よくわかります。……そうだ、ソフィア先輩。私がキース様の第一夫人、ソフィア先輩が第二夫人というのはいかがでしょう? それでしたら司書の仕事に就いていただくことも簡単ですし、出版業などは私が手伝うこともできます」
「よろしいのですか!? アリス様とご一緒できるならとても嬉しいです!!」
「な、なんですのそれ!? 第二夫人でもいいのなら、アラン様がお相手でもいいではありませんの!」
「ま、待て待て。俺の嫁を勝手に増やすな」
と、騒ぎがまた大きくなってきた。
ジオルド様がくく、と、堪えるように笑って、
「残念ですが、父は一夫一妻を重んじる方ですからね。第二夫人は難しいでしょう。もちろん、僕の第二夫人でも、です。……ソフィアなら、個人的には『無し』ではありませんが」
「あらあら、キース? なんだか急にモテモテじゃない? どうするの? こんな可愛い子達から婚約を申し込まれて、断っちゃっていいのかしら?」
「姉さん、完全に面白がってるね……?」
疲れた顔で胡乱な目をするキース様。
想い人から「結婚しちゃえ」と言われるのは堪えるだろう。少々酷なことを言ったと思うが、お互いの合意で解消しやすいこの婚約は彼にとっても悪くないはずだ。私としては成立してしまってもそれほど問題ない。
そんな想いが通じたのか通じなかったのか、キース様は「でも、婚約者か……。そうだね」と呟き、何度かうんうん、と頷いて――。
蕩けるような笑顔と共に、言った。
「いいよ。ソフィアさえ良ければ、婚約できないか両親に相談してみようか」
「本当ですか!?」
「うん。……申し訳ないですが、アリス様にはご遠慮いただきたいのですが」
「なんでですの!?」
「なんでですか!?」
メアリ様とアリス様の悲鳴が生徒会室に響いた。
良く考えると四巻分の前振りとしても便利だな、と思ってこうなりました。
もちろん、キースにも(一応)考えがあってOKしてます