本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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伯爵令嬢と婚約のお願い

 クラエス邸を訪れるのは久しぶりのことだった。

 

「どうしたんだい、ソフィア?」

「あ……いえ、懐かしいな、と思いまして」

 

 つい立ち止まって見上げた私は、数歩先で振り返ったキース様にそう答える。

 すると、キース様の柔和な顔立ちに笑みが浮かんだ。

 

「去年の夏も遊びに来たじゃないか」

「そうですね。でも、子供の頃はとても頻繁に来ていましたので」

 

 屋敷の外観はあの頃と殆ど変わっていない。

 なんでも、先代からの庭師がずっと仕えてくれているらしい。どこか職人肌な、質実剛健さが窺える仕事ぶりは、メアリ様の可愛らしいガーデニングとはまた違った美しさがあった。

 その庭師はカタリナ様と大の仲良しだというのだから、さすがだと言うしかない。

 

「じゃあ行こうか、ソフィア」

「はい、キース様」

 

 差し出された手に、私はそっと自分の手を重ねた。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「ようこそ、ソフィア」

「いらっしゃい。お久しぶりね」

 

 屋敷に入ったところで、ご両親が直々に出迎えてくれた。

 

「ご無沙汰しております、ルイジ様、ミリディアナ様」

 

 ご挨拶の後で恭しくカーテシーを披露。

 では中へ、と通され、応接間でお茶の準備が整ったところで、

 

「あらためてご挨拶させてくださいませ。宰相ダン・アスカルトの長女、ソフィア・アスカルトでございます。本日はお忙しい中、お時間を作って頂き光栄に存じます」

「ははは、昔から知っている子にそんな挨拶をされるのは、なんだかむず痒いね」

 

 クラエス公爵は朗らかに笑ってカップに口をつけた。

 私が持参してきたお菓子(悩んだ末にアスカルト焼きを選んだ)も器に並べられていたため、そちらは私が率先して手に取って一口食べる。包みからランダムに並べられたものを無造作に手に取ったので「悪いものではない」というアピールになる。

 公爵夫人も「今日はカタリナは一緒じゃないのね?」と確認を取った上で、リラックスした様子で椅子に腰かけていた。

 

「勉強で急がしいでしょうに、私達の方こそ呼びつけてしまってご免なさい」

「いいえ。学生は身軽なのが最大の長所ですから」

「ソフィアが身軽……?」

 

 キース様が不思議そうに呟いたが、気にしないことにする。

 

「腹の探り合いをする仲でもないですから、本題に入りましょうか」

「ありがたく存じます。……その、驚かれましたでしょう?」

「それはもう。まさかキースが自分から婚約者を選ぶなんて思いもよらなかったもの」

 

 公爵夫人に見つめられたキース様は気まずそうに視線を逸らした。

 仕方ない、という風に息を漏らす夫人だったが、カタリナ様に対する時のように心から言っている様子はない。

 

(子供時代、最初は私やメアリ様もお客様扱いだったのだが、カタリナ様があまりに色々やらかすので、そのうち私達に気にせずお説教が始まるようになったのだ)

 

 と、今度は私に視線が向けられて、

 

「でも、ソフィアがお相手なら納得だわ」

「そう、ですか?」

「ええ。キースは心配性でしょう? 余計な気遣いをせずに済む相手の方が合っていると思うの」

「あ、そうですね。口うるさい女性ではキース様が気疲れしてしまいます」

 

 その点、私は「騒がない」ことについては自信がある。

 本さえ読ませてもらえれば朝から晩まで静かにしていられると断言してもいい。

 

「そうなの。この子にはただでさえ責任を背負わせているのに、これ以上問題児を増やしたくないでしょう?」

「カタリナ様は素敵な方です。ただ、型破りすぎてトラブルが多いだけかと」

「まあ、ソフィアはいい子ね。座学においては学年トップ、魔法の開発や経営にも手を出している秀才だし、何よりきちんと貴族令嬢をしているわ」

「私なんて、メアリ様に比べれば全然です……」

「気にしないで。比較対象がメアリでは単身ドラゴンに挑むようなものだわ。程々でいいの。そう程々で……」

 

 あ、公爵夫人が遠い目になってしまった。

 そこでクラエス公爵が口を開いて、

 

「二人とも、もう気が合っているじゃないか。女性同士がいがみ合っていると家の雰囲気は最悪になると言うからね。キースは良い相手を見つけたよ」

「ありがとうございます。……ですが、そういうものなのですか?」

「聞いた話だけどね。家の中では女性の方が強いものだ。その点、ソフィアなら、立てるべき時にはきちんとキースを立ててくれるだろう?」

「キース様を差し置いて家の実権を握ろうだなんて、そんなつもりはございません。私は読書さえできればそれで幸せですから」

「謙虚なことだ。嫁いでくれるなら、我が家の書庫は自由に使うといい」

「あ、ありがとうございます!」

 

 公爵家の書庫を使い放題! 夢のような話ではないか。

 これ以上を望むなら王子様に嫁ぐしかないだろう。生憎、現在相手のいない王族はアリス様だけだ。

 

「さて、ソフィア。そちらのご両親はなんと?」

「嫁いでくれるだけで重畳。クラエス家に貰っていただけるのであれば望外の喜びである、と」

「嬉しい言葉をいただいてしまったな。もちろん、詳しく今後、両家で何度も話し合いの場を設けることになるだろうが――」

 

 空気が少しだけ緊張感を増す。

 

「実利面の話をしようか。君の起こした事業は嫁いだ場合、どの程度我が家にやってくるのかな?」

「魔法学園に在学している私に代わり、兄のニコルが現在差配を担当しています。婚姻の時期にもよりますが、全て私が持っていくことは実務的にも困難と考え、アスカルト家と私個人で権利を分割する予定です」

 

 具体的に言うと、料理店については学園最寄りの一店舗が私の取り分となる予定。

 作家育成や編集、印刷については一度、出版・印刷業として統合、一本化して整理した上で、あらためて「出版」と「印刷」に分割。

 本の内容とレイアウトを決めて依頼を出すところまで+できあがった本を商人に卸す部分を担当する出版業を私が持ちだし、依頼内容に基づいて印刷し本を製作する印刷業をアスカルト家に残すつもりでいる。私は最大手出版社の権利を握れるし、アスカルト家は他の出版業者が出現した際に気兼ねなく依頼を受けられる。なんなら新たに出版部門を立ち上げることもできる。

 ちょっと実家に権利を残しすぎな気もするが、料理店の仕入れをお願いしているハント家とは私経由の繋がりだ。ビジネス的な付き合いは続くだろうけど、私の方はメアリ様にお願いするだけで便宜を図ってもらえるのだから、有利なのは私といえる。

 

 ……大きい仕事を置いていけば、その分だけ余裕が出るし。

 

「アスカルト家の魔女は恐ろしいな。実家に残した事業にも結局君の助言が必要だろう? その度に見返りを得られる、というところまで計算の内か」

「え。いえ、そこまで考えていたわけでは……」

「あなた。そのあだ名はあまりいい意味で使われていませんから、お控えくださいな」

「おっと。これは失礼」

「い、いえ」

 

 その後も話はとんとん拍子に進んでいった。

 話がシリアスな方向に飛ぶことはあったものの、基本的な空気は終始和やかで、お開きになった後もご両親は穏やかだった。

 

「楽しみだわ。ソフィア、お義母様と呼んでいいのですよ?」

「いいえ、ミリディアナ様。正式に婚約が成った時の楽しみにいたしますわ」

「あら、そうね。それがいいかしら」

「姉さんより先に結婚するのも角が立ちますし、婚約も性急な話とは考えていません。ゆっくり話を進めていきましょう」

「ああ、そうだな。ゆっくり、ね」

「ゆっくり進めましょうね」

 

 ……なんだか二人の目つきが「獲物を狙う狩人の目」に見える。

 歓迎してもらえたのはいいのだが、なんだかちょっと、歓迎されすぎたような気もする私とキース様だった。

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