本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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百合小説同好会

「ごきげんよう、ソフィア」

「ごきげんよう、メアリ様」

 

 授業に向かう途中でメアリ様と合流し、挨拶をする。

 

 私の日常生活はだんだん元の形に近づきつつあった。

 キース様からのアプローチが少しずつ――クラエス家へご挨拶に行ってからは特に、穏やかなものへと変わったからだ。

 周囲には「婚約の話が進んで、奪われる可能性がほぼなくなったから」と捉えられているだろう。

 実際は私達の関係が十分周知されたので、目立つ行動が必要なくなったからだ。

 

 昼食など一緒になる時は変わらずエスコートしてくれるし、休みの日の昼間に部屋へ招かれて二人でお茶をすることもある。実際はお茶はついでで今後の相談をしているのだが。

 

「婚約話は順調のようですわね」

「そうですね。といっても、まだまだこれからですけれど……」

 

 私達としては早急に進められるのも困るし、あまり話が進まないのも困る。

 実家からの手紙に上手く返信するなどして状況をコントロールしないといけない。

 

「おはよー、二人とも。今日もキースは一緒じゃないのね」

「「おはようございます、カタリナ様」」

 

 最近少なくなっていたお友達との時間が戻ってきたことで、カタリナ様とお話する機会も再び多くなった。

 

「はい。……いくら婚約者とはいえ、四六時中一緒にいるのは褒められたことではないでしょう?」

「そういうものかしら? ソフィアとキースなら微笑ましくていいと思うけど」

「私は婚約者といつも一緒では息が詰まってしまいますわ。女性同士で肩の力を抜く時間も必要かと」

「そうねー。私はそういうの気にしたことないけど」

 

 王子様の婚約者であるカタリナ様が気にしていないのは、それはそれで凄い。

 

 ――というか、カタリナ様はキスの件を忘れている気がする。

 

 学園祭が終わった当初はあらかさまにジオルド様と距離を取ったりしていたのだが、私とキース様が恋仲(仮)になったあたりからすっかり忘れてしまったように見える。

 距離感もいつも通り(あっけらかんとしたノリ)なので、それならそれで、私やメアリ様としては好都合だった。

 

「今日は生徒会お休みなんだっけ?」

「ええ。私達も徐々に引継ぎを考えなければならない立場……一年生に業務を任せていかなければいけませんので、交代でお休みを取っているのです」

「今日は私とメアリ様とマリアさんがお休みなので、百合小説同好会の活動をするんです」

「へえ。面白そう。私も行っていい?」

「「もちろんですわ」」

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「本が読める読めるぞ、本が読めるぞー……」

「ソフィア? 授業も終わりましたし、移動しませんか?」

「はっ!? ええ、そうですね、行きましょう!」

 

 本が読めるのが嬉しすぎて鼻歌が漏れてしまった。

 元の曲はあまり品の良い曲とは言えないので、「何の曲?」という問いには「下町でふと耳にしたのです」と答えた。

 そもそもあの曲は何かにつけてお酒を飲もうとしているだけであって、毎月お酒を飲むイベントがあるわけではないではないか……と、鼻がむずむずしてきたので、小さく「くしゅん」とくしゃみをした。

 

「クラエス様達は生徒会ですの?」

「ううん。今日はメアリ達の部活にお邪魔しにいくの」

「部活?」

「課外活動ですわ」

 

 ああ、と、尋ねてきたクラスメートが頷く。

 

 魔法学園では申請して許可を取れば課外活動を行うことができる。

 テニスに近い球技やチェスに近いボードゲーム等、同好の士が集まって活動するグループは幾つもあり、それを毎日の楽しみにする者もいる。

 カタリナ様も「野菜を育てる部活を」と先生に話をして却下されたことがあったはずだ。ちなみにメアリ様は逆に「花を育てるグループを作りませんか?」と声をかけられていた。

 

「皆様は何の活動をされるのです?」

「百合小説を読むんです?」

「百合……小説?」

「女性同士の友情や恋愛を描いた物語のジャンルですわ」

「あら、それはまた……」

 

 なんとも言えない、という表情をされる。

 私達が少しずつ広めているジャンルなので知名度は高くない。やはり物語本を好むのは若年層が多いため、現在の子供世代にはもう少し浸透しているかもしれないが。

 彼女は私達を順に見て、

 

「ですが、皆さまお相手がいらっしゃいますよね?」

「婚約者の有無は物語を楽しむ障害になりませんわ。ねえ、ソフィア?」

「はい! 別腹です!」

「それはそれは……素敵ですわね」

 

 若干顔が引きつっているような気もするが、彼女の瞳には若干の興奮も浮かんでいた。

 メアリ様が私達にだけわかるくらいかすかに「してやったり」と笑む。

 

「実際の活動はお茶とお菓子を楽しみながら読書をするものですので、よろしければ皆さま、お気軽に声をおかけくださいませ」

「私やメアリ様はかなりの蔵書がありますので、本は十分ご用意できます」

 

 邪魔をしないようにと様子を伺っていたらしいマリアさんとも合流して、私達は学園から借りた課外活動用の部屋へと向かった。

 

 こうして、百合小説同好会の活動開始以降、魔法学園内に少しずつ「カタリナ・クラエス派閥の女性達は婚約者公認で同性愛を楽しんでいる」という噂が流れ始めるようになる。

 メアリ様とアリス様がのらりくらりとかわして否定せず、マリアさんは顔を赤らめて多くを語らず、私とカタリナ様が「(本を読んでるのは)事実ですけど?」という返事をするため、噂は「本当なんじゃ?」と一部の間で語られるようになる。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 学園から借りたのはそれほど広くなく、調度品もさほどない部屋だ。

 

 その部屋にテーブルや椅子、本棚などを置き、部室のように利用する。

 代表者二名(私とアリス様)が持っている鍵を使って中に入り、メイド達を呼んでお茶をしながら各々、好きな物語を読みふけったり、感動した場面を共有したりする。

 要はメアリ様が言った通り「お茶をしながら本を読むだけ」の課外活動だ。

 

 本のジャンル的に先生方から眉を顰められはしたが、通常のロマンス小説のように派手な交友関係や姦淫に繋がるわけではなく、あくまでもプラトニックな少女間の感情の揺れ動きがテーマ。また、読書の習慣自体は学園側も推奨している行為である。

 本好きの先生方からは「どんどんやれ」と応援してもらえたくらいで、活動の障害になることはなかった。

 

 本を読むのが主体なのでメンバー全員が揃う必要もない。

 アリス様は一年生なので生徒会のお仕事等で来られない場合もあるし、逆に私やメアリ様、カタリナ様が婚約者に呼ばれて参加できないこともある。

 参加できるメンバーで好きなように活動すればいい、というのも魅力だ。

 

「……はー。最近割と忙しくて読む量が減ってたけど、新しい作品がどんどん出てるのねー」

「ええ。主にソフィアの仕込みですけれど」

「『エメラルド王女とソフィア』から、一部の作家さんに百合小説ブームが起きているんです」

 

 売れるジャンルを書きたいという作家はやはり一定数いる。

 この世界においては割合新ジャンルに近かったため、感銘を受けて百合作家に転向する作家さんもいた。

 メアリ様やアリス様が出資してくれたこともあって、百合小説は物語本の大ジャンルの一つになろうとしている。

 

「本はまだまだありますし、まだまだ作りますから安心してくださいませ」

「素敵ね。お菓子もいっぱいだし、ここは天国かしら。なんだか、子供の頃に戻ったみたいだわ」

「そうですわね。懐かしいです」

「わ、私も皆さまともっと前からお会いしたかったです……」

 

 何度か活動を続けるうち、課外活動への参加希望者も出てきた。

 

 私に何かと話しかけてくれる伯爵家の令嬢や、作家志望で私に添削をいらしてくる男の子、それからカタリナ様の非公式ファンクラブの方々などだ。

 人数が増えたことで活動も賑やかになり、授業前や昼休みに本が取り出される光景も目にするようになった。

 

 私の「国民総読書家化計画」はどうやら順調に進んでいた。

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