カタリナ様、メアリ様とのお茶会や読書会が日常になるのにあまり時間はかからなかった。
クラエス公爵家にはジオルド王子やアラン王子も頻繁に訪れる。
私も何度か通ううちに彼らと出会い、当然のように紹介を受けた。あの時は生きた心地がしなかったが、お陰で名実共にカタリナ様の友人になれた気がする。
位の高い方と接することで礼儀作法も鍛えられたし、他の貴族から「羨ましい」と言われることも出てきた。
やっかみに近いとは思うが、前よりも陰口が少なくなったのは事実だ。
カタリナ様達のお陰だろう。
王族や公爵家を敵に回せば一族もろとも地位を追われかねない。
実際はただの仲良し会なので、そんな物騒な集まりではないのだが――。
そんなある日のこと。
私はメアリ様だけを自宅に招待した。
申し訳ないがカタリナ様には内緒。お兄様にも「今日はキース様が一緒ではないので」という口実で二人だけにしてもらう。
「無理を言ってしまって申し訳ありません、メアリ様」
「いいえ。他ならぬソフィアの頼みですもの」
メアリ様は微笑むと、背筋を伸ばし優雅にソファへ腰かける。
私達はお茶とお菓子を楽しみながら、しばしの間、世間話を繰り広げて、
「それで、ソフィア。相談というのはなにかしら?」
「はい。その、お兄様でご相談が……」
「相談?」
「ええ。私がお出かけをする際は、お兄様もご一緒くださるでしょう?」
「ええ。仲の良い兄妹ですわよね」
「ありがとうございます。私もお兄様のことは大好きなのですが……最近、お兄様がカタリナ様のお話をなさることが多くなりまして」
お兄様が他人の話題を口にするのは珍しい。
しかも、普段はあまり表情が変わらないのに、カタリナ様の話題になると自然に微笑む。
あの笑顔は女性に対して絶大な威力がある。
実際、既に「やられ」かけているメイドもいる。
「……なるほど」
メアリ様はティーカップをことりと置くと息を吐いた。
「ニコル様がカタリナ様に懸想しているのではないか、と?」
「はい。恋自体は良いことだと思うのですけれど……」
今までなかったことなので心配だ。
「気のせいかもしれませんし、メアリ様のご意見を伺えないでしょうか?」
「ええ」
良かった、断られたらどうしようかと――。
「ニコル様は間違いなく、カタリナ様に想いを寄せていますわ」
「え?」
「むしろ、あなたが半信半疑だったとは思いませんでした。……ああ、いえ、ソフィアですものね」
「えっと、もしかして私、鈍すぎましたか……?」
「それよりもニコル様のお話ですわ」
「あ、はい。そうですね」
こくんと頷く。
話を逸らされた気もするが、今はお兄様のことだ。
「私が思うに、発端は――」
困ったように頬へ手を当てながら、メアリ様が話してくれる。
発端は、カタリナ様とメアリ様が初めてアスカルト家を訪れた時。
別れ際、短い会話を交わした時ではないかという。
私は覚えていない。どうしてだろうと首を傾げると、メアリ様が「ソフィアは本を取りに行っていらした時ですわ」と教えてくれた。
なるほど、言われてみればあの後のお兄様はどこか嬉しそうだった。
「私達に悪意がないことは十分に伝わっているはず。にもかかわらず、今もソフィアとご一緒しているのは……」
「お兄様自身がカタリナ様に会いたがっているから」
メアリ様は「違う」と言わないことで私の推測を肯定した。
「それで、ソフィアはどうしたいの?」
「正直、どうするべきかわからないのです。カタリナ様は魅力的な方ですから、お兄様が恋をなさるのも無理はないと思います」
私も男だったら好きになっていたかもしれない。
純粋で悪意のないカタリナ様は貴族社会においては稀有な存在。太陽のような方だ。
「ですが、カタリナ様にはジオルド様がいます。婚約の決まっている方へ想いを寄せるのは良いことではありませんよね?」
「う」
「それに、ジオルド様は王族です。王家の方の想い人を奪ったとなれば、どのような恨みを買うかわかりません」
「ぐ」
「最悪なのは結婚が成立しても諦めてくださらなかった場合です。浮気などということになれば、アスカルト家自体が責を問われかねません」
「……ソフィア。あなた、暗に私を責めているのではありませんわよね?」
「な、何のお話ですか?」
突然、我慢できないとばかりに問い詰められたが、私としては困惑するしかない。
お兄様の恋の話がメアリ様への攻撃になるということは……?
「もしや、メアリ様もカタリナ様のことを?」
「どうしてこういう時だけ勘がいいんですの……!?」
「え? 本当になのですか……?」
「っ。まさか、カマをかけたの?」
「いえ、冗談のつもりだったのですけれど……」
同性愛者はこの世界でも少数派。
偉い人の間で流行っているという噂はあるが、男色ならまだしも女性同士となると更にマイナーだ。
親しい女性作家さんは「身分差と性別を越えた愛って憧れますよね」とよく口にしているが、あれはあくまで作品の話。
実際、同性に恋している人に会ったことはなかった。
メアリ様は頬を染めて俯いている。
私は思わず深い息を吐いた。
カタリナ様へのメアリ様の強い想いは知っていたが、まさかそれが恋心だったとは。
「驚きました」
「……それだけ?」
と思ったら、何故か睨まれた。
「穢らわしいとか信じられないとか寄らないでほしいとか、言ってもいいのよ?」
「お友達にそんなこと言えませんわ」
私の中の
転生者である私の認識が特殊なのだろうが、気にならないものは気にならないとしか言いようがない。
「同性愛のお話は幾つも読んだことがありますし、理解があるつもりです。ジオルド様と争いにならないのでしたら応援します」
「あなた自身が対象になるかもしれなくても?」
「私、結婚は諦めているので……メアリ様が養ってくださるのでしたら、それでも構いません」
知らない男性の下に嫁ぐよりずっと良い。
愛人のような立場になるだろうが、同性なら子供はできないからアラン様の立場も危うくならないだろう。
ああ、でも、王族の奥さんが浮気なんて外聞が悪いから、表向きはアラン様の側室にしないといけないだろうか? となるとアラン様にも話を通さないと……。
もう少し練ったら作家さんが喜びそうなネタになるかも。
と、メアリ様が遠い目になって笑った。
「……私が無事に王族入りを果たしたら、ソフィアを司書として後援しましょうか?」
「是非お願いします!」
「冗談よ」
今度の笑顔は心の底から楽しそうな明るい笑みだった。
◇ ◇ ◇
結局、お兄様の恋は成り行きに任せることにした。
当人に問いただすのも野暮だし、私としてはお兄様を応援したい。メアリ様のこともそうだ。
ジオルド王子に不満があるわけではないが、三人とも素敵な方である以上、誰か一人に肩入れするのも違う気がする。
「ソフィア。この話は秘密にしてくださいな」
「はい。もちろんです」
メアリ様の秘密の恋については私の胸にしまっておく。
代わりに『エメラルド王女とソフィア』をはじめとした貴重な百合――もとい友情小説を貸して布教することにした。
幸いなことに私にはお抱えの作家がいる。私やカタリナ様、メアリ様の日常について話をしたら目を輝かせて張り切ってくれているので、次々に新作ができあがることだろう。
それから、私の日常は慌ただしく過ぎていった。
学問の勉強を進めたり、礼儀作法を身に着けたり、絵画や音楽のレッスンを必死にこなしたり、魔法の練習をしたり。
カタリナ様と本の話をしたり、メアリ様と本の話をしたり。
本を読んだり、本を集めたり、メアリ様の愚痴を聞いたり、ジオルド様やアラン様と世間話をしたり、本を読んだり、本を集めたり。
レシピを売ったお金で料理人を育成し、街に料理店を開いたり。
お抱え作家を増やしたり、資金援助のシステムを明確化するために印税制度を導入したところ、お抱え希望の作家が増えたり、本の収益で職人に活版印刷のための道具やその他諸々の開発を依頼したり。
色々なことをしているうちに、気づけば、魔法学園への入学が間近に迫っていた。