「ソフィア、僕に確信をくれないか。僕達が婚約者だっていう確信を」
昼下がりの休日。
キース様から部屋へ招かれた私は、熱の籠もった視線と共に甘い言葉を向けられた。
室内には使用人がいるものの、彼らは『いないもの』として扱われる。そもそも、実際に婚約者なのだから、噂が広まっても特に問題はない。
私は真っすぐにキース様の視線を受け止め、微笑んだ。
「何らかの物証で『偽装婚約なのではないか』という疑いを防ぎたい、ということですね?」
「うん、そうだよ」
甘いムードは霧散して、いつもの作戦会議になった。
「でしたら丁度良いものがございます」
「? なんだい?」
「プレゼントです。気に入って頂けるといいのですが……」
小さな包みをそっと差し出すと、キース様は大事そうに受け取って包みを開いてくれる。
「これは……ネクタイピン?」
「はい」
臙脂色の宝石があしらわれた小さなネクタイピン。
キース様はよくネクタイを着けているので、これなら使ってもらえるだろうと思った。
「宝石の色を先に決めたところ、少々可愛らしいデザインになってしまったのですが……」
「確かに、男はあまり赤系の色は付けないかな」
端正な顔立ちに苦笑が浮かび、それからその笑みは優しいものに変わった。
「でも、気に入ったよ。この石、ソフィアの瞳の色に合わせたんだろ?」
「……実は、そうなんです」
私は少し恥ずかしくなって俯きがちになった。
「それともう一つ、秘密があるんですが、お分かりですか?」
「気づいてるさ。君の着けているブローチ、僕の目の色と一緒だ」
「うう、キース様は紳士的すぎます」
びっくりさせようと思ったのに、しっかり全部把握されている。
「お揃いってことか。いい趣向だね」
「といっても、装飾の方向性が似ているだけで、石の色も大きさも違います。邪推しなければそうとわからない程度ですが……」
「僕が『ソフィアからのプレゼントだ』って言えば別だろう?」
「少々恥ずかしいですけれど」
装身具を異性にプレゼントするのは親しい証拠だ。
贈るだけならアプローチの手段に用いられることもあるが、それを受け取る、更に身に着けるということは、親しい仲であることを強く主張する行為になる。
互いに贈りあったのなら猶更だ。
キース様は深く頷いて「大切に使わせてもらうよ」と言った。
「なら、そのブローチは僕からのプレゼントにさせてもらえないかな? 費用を支払うだけ、というのが少し格好つかないけど」
「とんでもありません。お財布に大打撃でしたので、とても助かります」
「ふむ」
今着けているネクタイピンとプレゼントの品を入れ替えながら、キース様は思案して、
「これはどんな効果の魔法道具なんだい?」
「はい。カタリナ様発見器の改良型です」
キース様は「そんなことだろうと思った」と笑った。
◇ ◇ ◇
「で、それがそのブローチなのね? ロマンチックじゃない」
ところ変わって女子五人でのお茶会。
キース様とお互いにプレゼントしあった話をすると、カタリナ様が真っ先に歓声を上げた。
「どこにいてもお互いの居場所がわかる。ロマンス小説みたい」
「えへへ……。そうですね」
ちょっと少女漫画っぽくなりすぎたと、私としても反省している。
「……仲が良くて羨ましいですわ」
「そうですね。キース様は愛されていらっしゃいます」
微妙に面白くなさそうなのはメアリ様とアリス様。
「お二人にも何か贈り物をいたしましょうか?」
本の表紙を捲った最初のページに「我が親友メアリ・ハント(アリス・スティアート)に捧ぐ」と書くのはどうかと提案すると、二人は曖昧な笑みと共に辞退を宣言した。
「ソフィアからの贈り物として最上級なのは伝わりますけれど……」
「その本が国中に広がるのはさすがに恥ずかしいです」
「では他のものにしましょう。アクセサリーか……あ、金属製の栞なんてどうでしょう?」
この提案にはメアリ様達も乗ってきた。
と、カタリナ様が「いいなー」と言って。
「ソフィア。私にはくれないの?」
「もちろん、カタリナ様とマリアさんにもお渡しします。同好会の仲間ですし、お友達ですから」
本を読む人なら栞は重宝するだろう。
この世界の本にはあまり『あの紐』はついていないし。
と、私は首を傾げて微笑み、
「ですが、カタリナ様? ロマンチックなプレゼントがお好みなら、キース様におねだりしてみてはいかがです?」
「え、キースに?」
「はい。『たまには姉さんにも何か贈ろうかな』と仰っていましたので」
たまにも何も、お菓子の類はしょっちゅう差し入れしてくれているのだが――装身具となると、さすがに遠慮してなかなか贈れない。
「でも、そんなことしてソフィアは嫉妬しない?」
「姉弟の仲が良いのは素晴らしいことではありませんか」
「……なるほど。上手くやりましたわね、ソフィア」
「ソフィア先輩、意外と策士です」
本当は半分くらいキース様のアイデアなのだが、ふふん、と胸を張っておく。
「あ、あの」
と、ここでおっとり話を聞いていたマリアさんが口を開いて、
「せっかくですし、皆さまでお互いに贈りあいませんか? その、卒業記念ということで……」
「いいわね! それじゃあ、キースにもおねだりするだけじゃなくて、何か買ってあげましょう!」
ナイスアシスト、マリアさん。
◇ ◇ ◇
「……ソフィア? ここへ呼ばれた理由はわかりますね?」
「ええと……? 私、最近は大人しくしていたと思うのですが……」
ジオルド様が冷たいオーラを放ちながらテーブルの正面で微笑んでいる。
「へえ? キースとの仲や、活版印刷の調子は?」
「どちらも順調で……はっ!? まさか、キース様との件ですか?」
「ええ。とても仲が良いようで結構です」
目が全く「結構」とは言っていない。
優雅にティーカップを傾けるジオルド様を前に、私はカップを両手で持ってゆっくりと傾けた。
あ、このお茶美味しい。
「なんでも、友人同士でプレゼントを贈りあい、それにキースも巻き込んだとか」
「え、ええ」
全部バレてる……!?
いや、まあ、この計画はカタリナ様に「キースからのプレゼントなの!」と触れ回ってもらうことまで含めてのものなので、バレるのは当然なのだが。
「僕からのプレゼントも、アンが薦めなければたまにしかつけないというのに、キースからのプレゼントは嬉々として自分でつけるようで」
「婚約者からのものと弟からでは気楽さが違いますものね」
「……まさか、ソフィアがここまで難敵になるとは思いませんでした」
溜め息をつくジオルド様。
「婚約の話を聞いた時はてっきり、僕の味方なのかと思ったのですが」
「ジオルド様は押しが強すぎるのではないでしょうか……?」
「引ける立場ならいいんですが、ね」
ジオルド様が「しばらく距離を置きましょう」などと言おうものなら、カタリナ様は「じゃあ婚約解消しましょう!」と言い出しかねない。
北風と太陽作戦は彼には不向き。
「まあ、いいでしょう。弟からのプレゼントを喜んでいるうちは大丈夫、とも言い換えられます」
「……そうですね、確かに」
既成事実を作ることには成功したが、後はカタリナ様の考え方次第だ。
姉弟という枠組みから離れてくれないことには、キース様との関係は変わらない。
「僕ももう少し出方を考えるとします。……今度の休み、カタリナとキースは実家に戻るのでしたか」
「はい。私も一度実家に戻り、それからクラエス邸へお邪魔する予定です」
「婚約の件ですね。では、是非そのまま話を進めてください」
私は曖昧に微笑んで「考えておきます」と答えた。
そろそろ四巻に入れそうな気がします。
(入ったら猛スピードで解決するパターン)