「ただいま戻りました、お父様、お母様、お兄様」
「お帰り、ソフィア」
「よく帰ってきましたね。待っていましたよ」
「遠いところをわざわざすまないな」
生まれ育ったお屋敷に帰ると、家族総出で出迎えをしてくれた。
お父様とお兄様が優しく声をかけ、お母様は私をそっと抱きしめてくれる。
「ソフィア。クラエス公爵家との縁談、必ず成功させましょうね」
「え、ええ、お母様」
お母様が燃えている。
瞳はきらきらと夢見がちに輝いているのに、おっとりとした立ち姿のバックに炎が見える。
お父様が宰相をしているとはいえ、公爵家と伯爵家。キース様の姉のカタリナ様は王子様の婚約者。かなりの身分差があるというのに先方も乗り気なのだから、無理もないのだが、
「……貴女もいつかきっと理解してくれると思いました。私とお父様の娘なんですもの。幼少期からの幼馴染で、兄のように慕ってきた方との恋。それを掴み取るための数々の努力――ああ、なんて素晴らしいんでしょう」
「あ、あの、お母様? 帰ってきていただけませんか?」
実母の豹変に動揺してしまう私だったが、お兄様がそっと耳打ちしてきて、
「母上はお前の影響で恋愛小説に感銘を受けているんだ。おそらく、この縁談に一番乗り気なのは母上だろう」
「そうだったのですね!」
私は力強く頷いて、お母様に笑顔を向けた。
「お母様、本はいいですよね?」
「ええ、ソフィア。貴女が私の自慢の娘です」
目をきらきらさせて見つめ合う私達の傍らで、お父様が苦笑して、
「安心しなさいニコル。ラディアが夢見がちなのは昔からだ」
「……はあ」
お兄様は目をぱちぱちと瞬かせた。
◇ ◇ ◇
到着後、入浴と着替えを済ませた私はすぐさま、縁談に関する話し合いに入った。
といっても大体のところは手紙で詰めてあったので、行ったのは方針の確認と細かい調整程度だ。
「我が家から提示できるメリットは、ソフィアの起こした事業の一部――それからソフィア自身の才覚だ」
「ソフィアは座学で学年一位。メアリ・ハント様が婚約されている以上、ソフィアは同年齢の貴族令嬢の中で飛びぬけた才女です。対抗できるとすれば一学年下のアリス王女かフレイ嬢といったところですが……」
「私とキース様には深めてきた親交があります」
両家共に相手のことを良く知っている、というのが最大の強み。
敵対関係にない派閥、むしろ協力関係にある家の人間を迎え入れるということは、両家の結びつきを強めると同時に「スパイの心配をしなくていい」ということでもある。
私は承知していると頷いた上で、キース様と考えた『罠』を仕掛ける。
「……ここだけの話ですが、キース様は失恋をなさっています」
「まあ」
お母様が乗ってきた。
目がとても嬉しそうだ。恋バナは女子にとって大好物。
お父様がこほんと咳払いして、
「そうなのか、ソフィア?」
「俺も知らなかったが――」
「間違いありません。これまでどなたとも交際をなさってこなかったのもそのためです」
嘘は言っていない。
カタリナ様がジオルド様と婚約した時点で、キース様の恋は一度破れているのだ。いや、婚約の方が先なので、キース様は恋をする前に失恋していたことになるのだが。
「おそらく、私へ向けてくださっている愛情も妹に対するものに近いでしょう。それでも、私はキース様の想いに応えたい。あの方の傷を癒して差し上げたいのです」
「……良い覚悟です、ソフィア」
「うむ。それほどまでに好いた男ならば、私からも何も言う事はない」
「ありがとうございます、お父様、お母様」
話が終わったらすぐに出発の準備に入る。
クラエス家に向かうのは明日になるが、貴族の支度とは時間がかかるものだ。実家に帰る度に恒例になっている事業の相談は今夜と、それから移動する馬車の中で行うことになる。
お父様とお母様が談話室から出て行くと、お兄様がそっと近寄ってきて、
「ソフィア。……どこまで本気だ?」
「あら、お兄様? 私、キース様を本気で好ましく思っておりますわ」
キース様が私に向けいているのと同様、兄妹の情だが。
だから、もしもキース様の想い人――カタリナ様がキース様を必要だと言えば、すぐにでも身を引くつもりだ。
◇ ◇ ◇
そして翌日、クラエス家に到着した私は思いがけない知らせを受ける。
「キース様がいなくなった!?」
「そうなの。キースが家に帰らないなんて一度もなかったのに……」
軽薄な遊び人だったという原作のキース様(アリス様情報)なら朝帰りくらい珍しくなかったかもしれないが、私達の知っているキース様はカタリナ様一筋の純情青年だ。
婚約を決めたばかりの彼が夜明かしして街遊びとなれば破談にさえなりかねないが――幸い、これが夜遊びではなく失踪であることは疑いようがなかった。
キース様本人の字で置手紙があったからだ。
『公爵家の跡取りとしての責務に耐えられなくなったので家を出ます。探さないでください。キース』
文面を信じるなら家出ということになる。
だが、あのキース様が今更「責任が重いから家出」? そんなことがあり得るだろうか。
「……お母様は、私の存在が重荷になっていたんじゃないかって言うの」
「それはないと思いますが……」
カタリナ様のお世話が嫌になるなんてありえない。
ジオルド様との婚約がどうやっても破棄できない、という苦悩ならあり得るが。
「ありがとう、ソフィアは優しいのね」
カタリナ様は笑って、
「でもね、私もキースのお姉ちゃんとして、もっとしっかりしなくちゃと思ったの! まずはキースを探して謝らなくっちゃ」
「さすがカタリナ様です!」
最初から「ありえない」と切って捨てるのではなく、受け入れた上でキース様を探そうとする。私には真似できない行動だ。
感動しつつ、私も協力しようと心に決める。
と、お母様が口を開いて、
「ソフィア。カタリナ様。キース様が失踪なさるとすれば……彼が失恋をなさったことが原因ではないでしょうか?」
「え、キースが失恋!?」
「お、お母様、それは……!?」
「だってそうでしょう? 心労が溜まるとすればそれが一番の原因だわ。……まして、婚約の話が本確定する寸前。結婚前夜に不安になる、というのはよくある話だもの」
マリッジブルー的なものか。
それは、その、無い、とは言えない。キース様が失恋したという話を持ち出したのは他でもない私自身で、しかも自信を持って断言してしまったのだ。
だけど、この流れはまずい。
「……であれば、私にも責任があります」
私は決然とみんなに宣言する。
「カタリナ様。キース様の捜索、私も連れて行ってくださいませ。お邪魔にはなりません。きっとお力になるとお約束します」
「ソフィア……」
カタリナ様は目を細めて私を見つめた後、大きく頷いて、
「ええ! 一緒にキースを見つけましょう!」
◇ ◇ ◇
キース様捜索には秘密兵器がある。
もちろん、先日プレゼントしたネクタイピン――カタリナ様発見器・改だ。
「キース様のネクタイピンと私のブローチは互いの位置を知らせるようになっています」
「じゃあ、そのブローチがあれば!」
「ええ。
失踪に気づいたのは一夜明けてのことだという。
不自然な失踪。
これがキース様本人の意思ではなく誘拐だとしたら――。
私の予想は当たってしまう。
ネクタイピンは見つかった。見つかったが、その現場は街にある安宿の一室だった。貴族の服装では目立つからと着替えさせてから連れ去ったのだろう。
せっかくの手がかりが消えてしまったが――仕方ない。私だって犯人の立場ならそうする。
「カタリナ様。いったん学園――魔法省に参りましょう」
「え? 魔法省? どうして?」
「魔法道具を借りるんです。私が作ったカタリナ様発見器の原型――目印の位置ではなく、相手の位置を探す道具を」