「思えば、遠くに来てしまいましたね」
「そうね……キースったら、どこまで行っちゃったのかしら」
私達の追跡行は続き、三日目の夜を迎えていた。
明日には国境を越えて隣国へと入るだろう。二日目あたりから私やアリス様、ラーナ様はそれを予感していた。隣国であればこの国――ソルシエ王国の王族・貴族の権威はあまり通用しない。場合によっては「政治的な武器になる」と逆に狙われる可能性さえある。
隣国の策謀だとは思いたくないが、覚悟はしておかなければならないだろう。
そんな中、私はカタリナ様に誘われて宿の裏庭へ涼みに出ていた。
危険といえば危険だが、逆に言うと明日の夜はもっと危険になっているだろう。今でないといけないのだ。お互いに。
「ねえ、ソフィア。絶対にキースに追いつきましょうね」
「ええ、もちろんですわ、カタリナ様」
やっぱり不安なのだろう。
そう思って元気づけるように微笑むと、カタリナ様は私の身体をぎゅっと抱きしめてくれた。
「え、ええ!? カタリナ様?」
「不安よね。苦しいわよね。……大丈夫よ、絶対、ソフィアのせいなんかじゃないわ」
「あ……」
真摯な、優しい言葉が心に染みこむ。
どちらかというと不安よりは心配の方が強かったが、心のどこかに自責の念がなかったかといえば嘘になる。ネクタイピン程度で済ませず、もっと何か別の方法があったのではないか。そうしたらキース様は誘拐されなかったのではないか、という思いだ。
アリス様も今回の事件については知らないらしい。『Ⅰ』と『Ⅱ』の話についてはノベライズ版や特典小説、ドラマCD等に散逸しているため彼女も全部は知らないし、もしアンソロまで影響しているようならお手上げだということだった。
「ありがとうございます、カタリナ様」
私は顔を上げ、もう一度微笑む。
「私は大丈夫です。むしろ、カタリナ様の方が心配ですわ」
「私? 私は大丈夫よ。ご飯だってちゃんと食べてるし」
「いいえ。たった一人の弟さんがいなくなったのです。不安でないはずがありません」
さっきとは逆にカタリナ様を抱きしめる。
といっても、身長差と体格差があるので、傍目には私が抱きついているようにしか見えなかっただろうが。
柔らかい。
「カタリナ様はあったかいですね」
「そう? ソフィアはひんやりしてて、お風呂上がりに触りたくなる感じよ」
二人で笑いあった後、身体を離す。
「カタリナ様。キース様が失恋したという話、覚えていらっしゃいますか?」
「ええ。詳しくは聞かなかったけど……」
「私から多くを語るのも筋違いだと思うのですが――キース様は今でもその恋を引きずっていらっしゃいます」
「それは……」
痛ましそうな顔になるカタリナ様。
「私、知らなかった。キースがそんな風に苦しんでいたなんて」
カタリナ様のせいなんですよ、とは、もちろん言わない。
「ソフィアはいいの? キースが、初恋を忘れられなくても」
「はい。私は、キース様に無理に忘れて欲しくありません
私とキース様の関係は兄妹に近い。それでいいと思っている。夫婦になってしまうより、その方がお互いを尊重しあえるし、適度な距離感を保てるだろう。
「でも、一つだけ。カタリナ様にお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。もう一度会えたら――キース様の話を聞いてあげて欲しいんです。キース様だけのことを考えて、二人きりで」
「……ソフィア」
「一度離れ離れになった今ならきっと、お二人とも前より素直になれると思うんです」
私にできるのはこのくらいだ。
ジオルド様はこれ以上ない形で好意を示し、あれからもアプローチを続けている。それでもカタリナ様は以前と変わりない。
なら、キース様にも同じくらいのチャンスがあって良いと思う。
だから、彼には必ず帰ってきてもらわないといけない。
「わかったわ。まずはキースを、絶対見つけましょう」
「はい! カタリナ様!」
帰りがけ、何やら「尊い……」とか言っているアリス様と合流した。
◇ ◇ ◇
翌日、私達は隣国へと入った。
調査の結果、幾つかのことがわかった。
ラーナ様が風の魔法道具で王国側と通信した結果、誘拐の際、キース様に声をかけた女が特定できた。彼の実母――娼婦だった女だ。ただし、闇の魔法の影響か細かい記憶を失っており、誘拐と断定するのが精一杯だった。
また、街の中に闇の魔法の痕跡が確認された。
更なる調査により、街はずれにある大きな屋敷に強い闇の魔法の気配があることが判明。まず間違いなく犯人達はそこに立てこもっている、と判断できた。
王国側に応援を呼んだものの、どう頑張っても明日以降になるという。
当然だ。
私達がここまで何日かけて移動してきたのかという話。もちろん、荒事に長けた人間が強行軍を敷くのとでは速度が違うが、それでも短縮できる時間には限界がある。
ここで問題なのは、待つか突入するか。
光の魔力を持ち、闇の魔力を感知できるマリアさんは「行くべきではない」と主張。強烈すぎる気配から、危険すぎるという判断。
カタリナ様は逆に行きたい、というか「待てない」と主張した。
「私もカタリナ様に賛成です。私達が今持っているアドバンテージは、事件発生から間を置かずに追跡できたこと、それだけです。であれば、それを逃すべきではないかと」
言外に「ぐずぐずしていれば状況が変わる」と匂わせる。
おそらくキース様はまだ生きている。動機は怨恨の線が強いが、会ってすぐに殺さなかった以上、苦しめて殺すのが目的だろう。
であれば、時間をかければかけるほど、犯人が満足して「後始末」を始める可能性が高い。
そんなことはさせない。
私はカタリナ様と約束した。キース様は絶対に連れ戻す。
「……私は反対です」
「アリス様!?」
驚いて振り返ると、アリス様は唇を噛んで私達を見つめた。
「女性ばかり、唯一の男性も専門家ではない。……こんな状況での強行突入は危険を通り越して無謀です。下手に刺激すればそれこそ犯人を怒らせかねない。応援を待つべきだと、王族として、キース様の友人の一人として進言します」
「アリス様、本気ですか!?」
「本気です」
彼女も言いたくて言っているのではないだろう。
アリス様はそれでも真摯な表情で、カタリナ様を見返す。
「キース様は確かに、クラエス家の跡取り――公爵家の男子です。ですが、重要度で言えばカタリナ、貴女の方がずっと上なのです」
「どうして!? 人の命に上も下もないじゃないですか!」
「私はジオルドお兄様の代わりにここへ来ました。カタリナ、貴女に傷一つでもつけるわけにはいきません。……それ以上に、私は、貴女が傷つくところを見たくない」
「………」
冷静で、冷徹な計算の裏には、悲痛な取捨選択がある。
アリス様は「カタリナ様の無事が第一」と決めている。だからこそ迷わない。迷わず、理論的に最もいい方法を導き出している。
だけど、計算だけで人の感情は導けない。
もし、応援を待った結果、キース様の命が失われたら――カタリナ様は一生後悔するだろう。そしてアリス様は一生、カタリナ様から距離を取るだろう。
だから――。
王族の少女は、決然と告げた。
「だから、行くのならみんなで行きましょう」
「「え?」」
「生存率を少しでも高めるため。危険を少しでも減らすため。『全員無事に帰るため』。それを考えたら、ここにいる戦力は一人も減らせません。当然、一人一人に危険が伴います」
ある意味、カタリナ様以上に失われてはならない命のはずなのに。
「みんなで行くか、応援を待つか。二つに一つです。さあ、どちらにしますか?」
もちろん、私達の答えは決まっていた。