私が寝かされていたのは宿の一室だった。
あれ? 隠し部屋は?
あの女性は?
キース様まで一緒にいることを考えると、何もかも解決したのだろうが――記憶が飛んでいて何が何だかわからない。
「あの、いったい何が……」
「まだ起きないでください、ソフィア先輩」
優しい声と共に、アリス様が私を制した。
柔らかな手が胸に触れてそっとベッドに押し戻すと、覆いかぶさるように抱きつかれる。
「あ、アリス様?」
「良かった……ソフィア先輩。心配したんですよ? また、また、私より先にいなくなってしまうんじゃないかって」
「……私、そんなことに?」
あの女性に囁かれて、なんか本以外どうでもいい気分になったのは覚えているのだが、そこから先がわからない。
「何があったのですか?」
尋ねると、彼らは困ったように顔を見合わせて、
んー、と、唸ったカタリナ様が、
「なんていうか、ソフィアがラスボスだったって感じ?」
「何があったんですか!?」
反射的に髪に手をやるが、幸い、髪が盛られていたり、ロボットものの最終形態みたいな装備が取り付けられている気配はなかった。
「ええとね、ソフィア。……って、僕が説明するのも変な気がするけど」
苦笑したキース様がかいつまんで話してくれた。
◇ ◇ ◇
あの女性によって、私は闇の魔法にかけられた。
部屋の奥には眠ったまま、何やら危険な状態のキース様。
部屋の手前には洗脳されて暴走状態の私。
私の後ろで高見の見物をする女性をどうにかする余裕なんて、一行にはなくなった。
何しろ暴走した私は強かった。もともと頭のネジが一本外れている本好き(私も含めて誰も反論しなかった)がリミッターを外されたのだ、本気で邪魔者を排除しにきた。
『渦の防壁』のせいで、ラーナ様やアリス様の風魔法は相殺されてしまう。マリアさんに頼もうにもそもそも近づけない。
困り果てた一行を救ったのは――『土ボコ』だった!
運動神経なんてないに等しい私だ。突然、足元から土をボコっとされてあっさり転んだ。しかも、すぐ後ろにいたあの女性を巻き込んで、だ。
これで障害が片方消えた。
のろのろ起き上がっている間にソラが私に手刀を喰らわせて無力化。あの女性はさっと逃げたものの、それ以上の手だしはせずに高見の見物を決め込んだ。
と、更にカタリナ様が活躍。
数日前に雑貨屋で買った「手鏡っぽい謎のアイテム」をキース様にかざすと、なんということでしょう。カタリナ様はキース様を取り巻く闇の魔法に干渉可能になり(!)、ぺいっとはがして丸めてこねこねして捨ててしまった。
それを見たあの女性は興味深そうな反応を示した後「残念だけど捕まるつもりはないから」とかなんとか言って逃げていった。
一度披露した、視界を暗くする魔法? を使われたので追いかけようもなかった。
でも、お陰でキース様も助かり、意識を取り戻した。
私の方はすーすー眠ったままなかなか起きなかったので、仕方なくそのまま宿に運び込んで、今に至る……らしい。
◇ ◇ ◇
「あんあん!」
「で、この子がポチね」
「カタリナが丸めた闇の魔力が使い魔になったそうです」
「全くわけがわかりませんが……」
カタリナ様だから仕方ないんだろう。
黒い毛並みの子犬のようで可愛らしいが、闇の使い魔。カタリナ様は怖くないのだろうか。カタリナ様だから大丈夫なのだろう。
「その、皆さま、ご迷惑をおかけしました」
「なに。この通り、誰も死んでいない。問題ないだろう」
ラーナ様があっさりと言った。
彼女のことは苦手だが、こういう鷹揚なところは有難いと思う。
「あの、ソフィア先輩? どこか変なところはありませんか? 胸が苦しいとか」
「? いえ、特には……。魔力が殆ど空っぽになっているくらいで、むしろ気分的にはすっきりしています」
「良かった」
アリス様とマリアさんを中心にほっと息を吐くみんな。
「一時的とはいえ、闇の魔法に影響されたのですから、悪影響が残るのではないかと……」
「本への想いを増幅されたのですよね? ……はっ! そういえば本が読みたくて読みたくてたまりません! うううっ、今すぐ本を読まないと収まらない! は、早く本を!」
「どうやら大丈夫そうですね」
真面目で優しいマリアさんにさえ切って捨てられ、くすくすと笑われてしまった。
◇ ◇ ◇
こうして事件は一件落着した。
首謀者はキース様の兄弟。といっても、彼も「あの女性」に唆され、闇の魔法で操られていたらしい。公爵家に引き取られて何不自由なく生活するキース様への妬みを増幅され、復讐のために誘拐した、と。
つまり、黒幕はやはりあの女性。
途方もない闇の魔力を持ち、何人もの人間を操った彼女。きっとこれからも何かをしでかすだろう。彼女の動向は追わないといけない。もちろん、それは魔法省の管轄であって、私達がすることではないのだが。
「……私も、もっとしっかりしなくては」
マリアさんは闇の魔法に対抗するため、研鑽を重ねる決意をしたらしい。
ただでさえ真面目な人なので、あまり無理はしないで欲しいのだが。
私達は、ソルシエ王国内に移動した後、(私とキース様の体調的に)大事を取って一日休み、学園へと帰還した。
キース様を追っている間にお休みは終わっている。
縁談の話はまた後日ということになった。ちょうどいい。キース様も今回の件で「自分の心」を見つめ直すことができたようで、覚悟を決めてくれたからだ。
「帰ったら姉さんに打ち明けるよ」
移動中、そっと私に教えてくれた。
カタリナ様にも「大事な話がある」と伝えたらしく、「早く教えてよ」と急かされていた。姉弟は仲直りしたらしく(まあ、そもそも喧嘩していなかったのだが)、元通りだった。
「ソフィア先輩。これは」
「ええ。遂にこの時が来たようです」
「わくわくしますね。できれば一部始終を見守りたいところですが」
アリス様は意外といい性格をしていると思う。
くれぐれも無理に覗かないようにお願いしたところ、「バレなければいいのですね」との返答。まあ、確かにバレなければ問題ない。彼女なら下手に騒いで場を台無しにすることもないだろう。
キース様にとって、一世一代の大勝負。
私も「一緒にどうか」と誘われたものの、野暮な真似をするのは止めて素直に待つことにした。
学園に着いた途端、メアリ様に抱きしめられたり、ジオルド様から「余計なことはしなかったでしょうね?」という視線を向けられたりと大変で、そんな暇がなかった、とも言うが。
ちなみに、メアリ様――というか、あの場にいなかったメンバーには例の「闇堕ちソフィアちゃん」の件は内緒にしてもらった。
余計な心配をかけたくないし、無暗に他人に襲い掛かる、なんて思われたら大変だ。これでもちゃんと、本以外のことも考えられる人間のつもりなのに。
ああ、でも、とうとう。
「この学園での皆さんとの生活、楽しかったです」
「ソフィア? 卒業までにはまだだいぶありますわよ? ……はっ。まさかとは思いますが、お腹にキース様の子がいるので、一足早くクラエス家へ……? ちょっと待っていなさい。一度キース様とは『お話』しなければならないと思っていましたから」
「ないです! ないですから! ……ただ、その、さすがにもう、大きな事件は起こらないかな、って」
「そうですわね」
メアリ様は微笑んで私の髪を撫でてくれる。
「カタリナ様のお傍にいる限り、そんな保証はありませんが」
「……確かに」
で、でも、アリス様も「次は魔法省編だと思う」と言っていたし。マリアさん失踪、カタリナ様誘拐、キース様誘拐とどれも数か月は空いているから、大丈夫だと思う。
「はっ。もしかして次は私が誘拐されるんでしょうか……?」
「安心なさい。私とアリス様の目を盗んで誘拐されるようなこと、そうそうありませんわ」
「じゃあ、三人一緒に誘拐されちゃいますね」
冗談めかして言うと、メアリ様は「それもいいですわね」と笑った。
「……されるくらいなら誘拐したいですけれど。うふふ。カタリナ様と二人っきりの生活……」
「メアリ様。ダダ漏れです」
そうして、私がメアリ様と一緒にいたお陰か、キース様とカタリナ様のお話は無事に終了したらしい。
数時間後、部屋に招かれる形で伝えられた結末は、キース様にとってもカタリナ様にとっても熟慮の末に導かれたものだった。
私にできるのは、彼らの決断を尊重すること――ただそれだけだった。
キースの選んだ結末とは……?
→「僕は姉さんと一生添い遂げる。ソフィア、君には感謝しかない」
→「気を失った君を見てわかった。ソフィア、僕には君が必要だ」
次回よりエンディング突入の予定です。
どれからになるかはわかりませんが、独身司書ルート、キースと婚約ルート等、幾つか投稿したいと思っております。
その後は番外編やif編、お遊び編を書けたらいいな、と。