endA.婚約破棄
「姉さん――カタリナ・クラエス様。初めて出会った時から、貴女のことがずっと好きでした。できることなら弟じゃなく夫として、貴女の傍にいたい」
キース様は、カタリナ様に告白した。
出会った頃からこれまでの思い出を交え、その想いの丈を伝えた。さすがのカタリナ様も、これだけストレートに伝えられれば勘違いのしようはなかった。
思ってもいない告白に動揺した彼女は慌てて、幾つもの言い訳を募った。
姉弟だから。
ジオルド様と婚約しているから。
ソフィア(私)との婚約話もあるから。
キース様は一つ一つを受け止め、答えた。
姉弟と言ってもキース様は養子。家督を継がせるために引き取った子が娘と恋仲になることは稀にある。家同士の繋がりを得られないというデメリットはあるものの、家の形がこれ以上なく引き継がれる、という意味ではメリットと言えなくもない。
ジオルド様との婚約はカタリナ様も認める通りに形だけのものだ。むしろ、なあなあに引きずっている方が失礼になりかねない。加えて、キース様には「奪い取ってでも好きな人と結ばれる」覚悟がある。
ソフィア(私)には謝るしかないが、最初から事情を知っていて、それでも協力してくれていた。だから、彼女も納得ずくの話だ。
逃げ道を潰されたカタリナ様は「返事は今度に」と言ったが、キース様はそれを許さなかった。時間を置けばはぐらかされる、あるいは本気で忘れられると、誰よりも良く知っていたからだ。
「お願いだよ、姉さん。いや、カタリナ。断るならこの場ではっきり断って欲しい。でないと僕はここから先に進めない」
「キース……」
こう言われてはカタリナ様も覚悟を決めるしかない。
やんわりと、なあなあと、流してきた彼女の「弱さ」を初めて本気で他人に――異性に吐露した。
「私、わからないの。恋とかそういうのが。そりゃ、物語で読むのは好きよ? 美形の王子様とか、俺様男子の台詞にときめいたりもするけど――私が結婚して子供を産むなんて、全然ピンと来ないの。いつかは結婚しなきゃいけないっていうのも考えたくなくて、ジオルド様が諦めてくれないかなって先延ばしにしてるくらい」
「うん、知ってる」
もちろん、キース様はそのことも誰より知っている。
「姉さんのことは良く分かっているつもりだよ。だから、僕は普通の恋人同士や夫婦みたいな関係は求めない。……いや、もちろん、できるならしたいとは思うんだよ? でも、僕の一番の望みはそうじゃない。これからもずっと、姉さんの傍で世話を焼かせて欲しい。今までみたいに」
「そんなの、姉弟のままだって――」
「年頃の女性の世話を、婚約者以外の男が焼くのは褒められた行為じゃないんだよ。いくら姉弟でも、このまま続けていたら後ろ指さされかねない」
キース様が好きなのは、ありのままのカタリナ様だ。
公爵家の妻だとか、そんな肩書きや振る舞いを望んでいるわけじゃない。自分の隣で太陽のように輝いていて欲しい。一番近くで笑顔を見せて欲しい。ただそれだけ。
「お、お父様やお母様がなんて言うか」
「僕が説得する。絶対に説得して見せる。なんなら、二、三発殴られても構わないし、もし勘当されるっていうのなら――どこか他の家に拾ってもらってでも、貴女を迎えに行く」
式を急ぐ必要だってない。
魔法省に入りたいなら入ればいいし、入らないなら、これまで通りクラエス家での生活を続けられる。言い募る言葉にはカタリナ様への愛情が溢れていた。
やがて、真っ赤になって俯いたカタリナ様は、小さく一言だけ尋ねた。
「……本当に私なんかでいいの、キース?」
キース様は自信を持って答えた。
「もちろん。貴女じゃなきゃダメなんだ、姉さん」
「そっか。……じゃあ、まずは、ジオルド様とソフィアに謝らなくちゃ」
その言葉が何よりの――カタリナ様が出した答えだった。
◇ ◇ ◇
以上、アリス様からの報告により私――ソフィア・アスカルトが再現しました。
その後、私はカタリナ様から土下座する勢いで謝られた。
もちろん私としては否はない。微笑んで水に流すと抱きつかれて「お姉ちゃんって呼んでいいのよ!」と言われた。とても魅力的な提案だったが、メアリ様から刺されかねないので丁重にお断りした。
ジオルド様側への対処はもっとずっと大変だったようだが、キース様誘拐事件を引き合いに出して「最愛の義弟こそ最愛の男性だとカタリナ様自身が気づいた」という論調によって世論を納得させることができた。
長年婚約しながらカタリナ様が「ほぼ手つかず」だったことも、仮面の婚約者に過ぎなかったのではないか、という見解を補強した。
もちろん、ジオルド様にその気があれば、キース様のことを「王子の婚約者を奪った不貞の義弟」と罵り、徹底的に糾弾して排除することもできたのだが――それができない程度には善良なのがジオルド様であり、ジオルド様とキース様なりの友情だった。
婚約を破棄された王家とアスカルト家はたまったものではなかっただろうが、そこは意外となんとかなった。
アリス様が王家をとりなしてくれ、アスカルト家の方は私が仲裁したのが一つ(別に良いではありませんか、と言ったところ「良くありません」とお母様から数時間に渡ってお説教された)。
カタリナ様を王子様から奪ったキース様をクラエス家当主――二人のお父様が直々に叱り、一発殴った上で「一人前になるまでカタリナに傷をつけることは許さない」と約束させたこと、ミリディアナ様ともどもお詫びに奔走したことが一つ。
更にもう一つ、私とジオルド様に新しい縁談が決まったことも大きかった。
「お疲れ様です、ソフィア。晩御飯はどうしますか? 教職員寮の食堂ですか? 外に食べに行くのなら馬車を待たせてありますが」
学園を卒業した後、付属図書館の司書になり、職員用の寮に入った私の元には『新しい婚約者』が度々遊びに来るようになった。
そう。
何を隠そうジオルド様である。
「じ、ジオルド様。そんなに頻繁に来てくださらなくても、私は逃げませんから」
以前にも増して磨きのかかった腹黒ドSスマイルで仕事終わりを狙い澄ましてくる彼に引きつった顔で告げれば、寸分も笑顔を動かさないまま、
「逃げるだなんて思っていませんよ。ですが、君は放っておくと食事さえ抜きかねないでしょう? 以前と違い、メイドは週の半分、通いで来るだけではありませんか」
「新人用の職員寮には使用人部屋がありませんから……。ですが、特別困ってはおりませんし」
むしろ、先輩方は顔見知りの方ばかりだし、この図書館に「開かずの書庫」があるなんていうときめくような噂も聞いたし、何より寮が図書館のすぐ近くなので、私にとっては天国だ。仕事終わりに司書同士で貸し出し手続きをし、借りた本は夜更かしして読み切るのがここでの常識。
と、ジオルド様は私を軽く抱き寄せ、顎に手を当てて、
「僕が困るんですよ。将来の妻が不健康では、婚約解消を言い渡されかねません」
「それでいいのですけれど……」
「駄目です。カタリナを奪われた僕の哀しみを、何分の一かでも癒してもらわなければ」
もちろん、私達の婚約はジオルド様の陰謀だ。
キース様が誘拐事件をダシに使ったように、ジオルド様も「離れている期間中に彼女の魅力を発見した」とかなんとか適当なことを言って、あっという間に私との婚約を認めさせた。伯爵令嬢では婚約者に不適格だと思うのだが、そこはそれ。第一王子派や第二王子派が「ライバルが減るなら」と喜んで後援してくれた。
ジオルド様も「王族に相応しい婚約者なんて知ったことじゃないし、なんなら子作りも自分達のペースでさせてもらう」という態度を表明。王位継承レースから進んで外れた。
そこまでして結婚問題から逃げたいのか、と言いたかったが「僕達が相手を作った方がカタリナ達も安心しますよ」と言われてしまえば仕方ない。
「……当分、結婚なんてしませんからね?」
頬を膨らませて上目遣いに睨むと、ジオルド様は微笑んで、
「ええ、もちろん。兄二人が結婚するまではどの道できませんし。ソフィアの身体なら子作りを急かされることもないでしょう。印刷業でもお手伝いしながら気長に待ちますよ」
ソフィアもなかなか退屈しない性格ですから、と言う彼がどこまで本気かと言えば、ほぼ本気じゃないと思うのだが――。
「時間が勿体ないので今日は寮の食堂にします」
「了解しました。食後は部屋でご一緒しても?」
「狭い部屋で寝たいだなんてジオルド様も物好きですよね」
面倒事の少ない婚約者ならまあいいか、と、なんだかんだで受け入れた私は、しばらくした後、なんだかんだで結婚して、更にしばらくしてなんだかんだで子を儲けることになる。
あ、もちろん司書は辞めなかったのであしからず。
書いてたら何故か独身ルートじゃなくなりましたが、キースがカタリナとくっついた場合のルートでした。