「キース。あなたは嘘をついているわ」
義弟の告白を受けたカタリナ様は、しばらく真剣な顔で考えた後――きっぱりと言った。
キース様は目を見開いて驚愕した。
彼は自覚がなかったのだ。自分の中に芽生えていた新しい想いに。
人の心に聡いカタリナ様だからこそ、一番近くにいた姉弟だからこそ、それに気づいた。
「あなたの気持ちは嬉しい。……本当にそれがあなたの想いなら、私だって真剣に答えなくちゃいけないと思う。でも、違うでしょう?」
「な、何を言ってるんだ、姉さん」
「もう一度よく考えてみて。あなたならわかるはずよ。キースはとっても頭が良くて、優しい子だもの」
優しく、諭すようにカタリナ様は言った。
「あなたが好きなのは、愛しているのは――本当に私? あなたの心の深いところには、誰がいるかしら?」
「僕の心の、深いところ……?」
キース様は端正な顔立ちに困惑を浮かべながら、自らの胸に手を当てた。
自分の気持ち。
ようやく打ち明けることができたはずの『本心』の、更に奥。
「辛かったでしょ? 苦しかったでしょ? ごめんね、気づいてあげられなくて。……でもね、そんな時に傍にいてくれたのは誰? 応援してくれたのは誰だった? あなたはその子が自分のために傷ついたのを見て、どう思った?」
青い瞳が見開かれる。
答えに辿り着いた――そして、それがとても意外なものだったのが、ありありとわかった。
立派な青年の真っすぐな瞳に涙が浮かぶ。
「……ソフィア」
「そうよ」
カタリナ様は慈愛の籠もった笑みを浮かべて、キースの頭を撫でた。
「言ってきなさい。随分待たせて、辛い思いをさせちゃったでしょ?」
「でも、姉さん」
「でもじゃないの! ほら、男なんだからしゃきっとしなさい!」
ばーん、と、背中を叩く仕草はおおよそ貴族令嬢らしくはなかったが、キース様は笑って、こくりと頷いたという。
「うん!」
◇ ◇ ◇
「姉さんに言われてやっとわかった。僕の中にはソフィア。いつの間にか君がいた。傍にいて、一緒に悩んで、協力してくれる君のことが、とても大切になっていたんだ」
「え。えええ、あ、あの……!?」
私は慌てた。
カタリナ様を射止めて誇らしげなキース様に「やりましたね!」と言う準備と、断られたキース様に「残念でしたね……」と励ます準備と、二人の話を台無しにした誰かに「もう!」と怒る準備はしていたのだが――まさか、私の予想を全部すり抜けて、私自身が告白されるとは。
一体どうしてそうなったのか。
「わ、私達の婚約はカタリナ様の気を引くためのものだったんですよね?」
慌てて尋ねると、キース様は微笑んで頷いた。
「最初はね。だけど、今はもう違うんだ。ソフィア。僕は本気で君と一緒に歩いていきたい」
「か、カタリナ様のことはもういいんですか!?」
「もう諦めた……って、言いきれるほど簡単じゃないけど、でも、自信を持って言える。君が好きだ」
「あ、あうう」
顔が真っ赤になる。
私の生涯――前世まで含めた上で、これだけ情熱的に告白されたことがあるだろうか。こんな格好いい男の人から熱い視線を向けられたことがあっただろうか。いやない。
これは何かの間違いだ。
ええと、そうか。
「ドッキリですね!?」
何がおかしいのか、キース様はくすりと笑って、
「違うよ。本気だ。……それともソフィアは、僕じゃ嫌かい?」
優しく、抱き寄せられて顔を覗き込まれる。
私は夢でも見ているんじゃないだろうか。
「私なんかを好きになったらキース様が困ります!」
「困らないよ。ソフィアとこうして話しているだけで楽しい。司書の仕事をしたい君を家に置いておく気もない。籍だけ入れる分には構わないだろう?」
「そ、それはそうですけど……元気な子供を産む自信とか、ありませんし……。もっと優良物件が幾らでもあると思うのですが」
私と恋愛するくらいなら、そう、メアリ様を奪い取るとか、アリス様に求婚する方がマシだ。
「まったく、姉さんもだけど、ソフィアも相当変わってるよね?」
「失礼ながら、キース様も相当な物好きかと……」
「それはまあ、そう思わなくもないけどね」
思うんだ、と、脳内ツッコミを入れてしまう私だったが、それよりも絶賛退路が無くなっている状況をどうにかしないといけない。
いけないのだが、
「ソフィア。君だって婚約に乗り気だったじゃないか。どうしてそんなに慌てるんだい?」
「キース様が格好いいからです!」
私のことを女として見ていなかったキース様と、今のキース様は全然違う。具体的には見えないオーラが違う。私の顔を見て幸せそうに目を細めないで欲しい。
しかし、キース様はなおも微笑んで、
「何も変わらないよ。司書になってもらって構わないし、結婚さえしておけば父上達も子供は焦らないだろう。幸い僕は女性を弄びたい性質ではないしね」
原作を知っているアリス様に聞かせてあげたい。
恥ずかしさでいっぱいいっぱいになっている私はどうでもいいことばかりを頭に思い浮かべた挙句、思いつくことがなくなって、深い息を吐いた。
本当に想定外すぎる。
「私、キース様のこと、男性として見られませんよ?」
「結構脈ありに見えるけど、構わないよ。兄妹みたいな夫婦、いいじゃないか」
キース様のしなやかな、でも頼りなくはない男性の手が私の髪を梳いて、
「綺麗な髪だ。ルビーのような瞳も見ていて飽きない。何より、ソフィアには邪心がない。それが僕には何より魅力的だ」
「こ、子供っぽいということでは……?」
「アスカルト家の魔女を野放しにしておいたら、この国がどうなるかわからないから、僕が責任を持つのさ」
嘯いて、彼は返答を迫ってくる。
「さあ。どうかな、ソフィア」
「あ、ああ……ええ、と」
もう、何も言えない。
「こ、後悔しても知りませんからね……!?」
精一杯強がって見上げると、キース様はしゃがんで目線を合わせた上で答えた。
「約束する。絶対に後悔なんかしない」
こうして、私とキース様の婚約は真実のものになった。
◇ ◇ ◇
二年後。
私とキース様の結婚式は大々的に執り行われた。カタリナ様やジオルド様、アラン様にメアリ様、アリス様にマリアさんといった親しい方々はもちろん、ラファエル様やソラ、更にはラーナ様――もとい、スザンナ様にセリーナ様、他の王子様さえ顔を出した。
テロが起こったら要人が一網打尽なのでは、という私の呟きにキース様は「縁起でもないから止めよう」と苦笑した。
式の後のパーティは大変だった。
酔ったメアリ様が「ソフィアを泣かせたら承知しませんから」とキース様に詰め寄り、アラン様に取り押さえられたり、セリーナ様から羨ましいという温かな言葉――と見せかけた「早く結婚したい」という惚気を聞かされたり、アリス様がお色直しでタキシードに身を包み「キース様とどっちが格好いいですか、ソフィア先輩?」などと言いだしたり。
そうそう。
アリス様と言えば、彼女はキース様とカタリナ様の会話から、その後のキース様の私への告白まで、ばっちり聞いていたらしい。
「よく乱入を我慢できましたね」
「私だってそれくらいの分別はつきます。メアリ様ではないのですから。……だって、ソフィア先輩にとって、人生を変える大事なお話でしょう?」
「ありがとうございます、アリス様」
結婚しても歳を取っても、百合小説同好会は不滅だと伝えたら、感極まったアリス様から抱きしめられた。ドレスが皺になると言っても聞いてもらえず、復活したメアリ様まで目ざとく寄ってきて、大騒ぎになった。
そしてパーティが終わった夜。
クラエス邸の一室で、私はキース様と、未だに慣れないキスをそっと交わしたのだった。