本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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endC.後輩と百合同棲

 キース様の告白は失敗に終わった。

 

『……ごめんなさい。私は一応、ジオルド様と婚約してるわけだし。それに、キースのこと、男の人ととしてなんて見られない』

 

 公爵家の跡継ぎ、キース・クラエスの失恋が噂として広がることはなかった。

 しばらくの間、塞ぎきっていた彼の様子から様々な憶測が流れたものの、それでも「そういう話」にならなかったのは、ひとえに、こっそり覗いていたアリス様が口を閉ざしていたことと、それからまあ、なんというか、私の人徳の為せるわざ、だっただろう。

 

「ソフィア先輩がキース様を振る、なんて想像もできませんからね」

 

 美しい月が上った静かな夜、金色の髪をした少女はお茶請けのクッキーを摘まみながら言った。

 

「実際、婚約は解消されなかったわけですし」

「本当に、アリス様には感謝しています」

 

 苦笑気味に言ってクッキーを一つ口に入れると、正面に座った彼女は「む」と頬を膨らませて、

 

「ソフィア先輩? 昔を思い出したからと言って、呼び方まで戻らないでください。もう他人ではないのですから」

「あ。ええ、ごめんなさい――アリス」

 

 アリス様――もとい、アリスは私の呼びかけにぱっと破顔すると「はい。わかればいいんです」と言った。

 一緒に暮らすようになってから知ったことだが、彼女にはこういうところがある。寂しがり屋というか、親しい人とはとことん親しくないと気が済まないというか。

 それでよくカタリナ様との距離感を保てるものだが、きっと、アリス様にとってもカタリナ様は特別な太陽なのだろう。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

 私と婚約する意味はなくなったが、キース様は婚約解消を望まなかった。

 

『そんな失礼なことはできないよ』

 

 少し辛そうにしながら口にした言葉に嘘はなかっただろう。

 失恋というか、カタリナ様への想いを引きずったままの彼にとって、他の相手を考える余裕はなかった。それならば打算が薄く、兄妹のように付き合える私との婚約は「ちょうど良かった」のだと思う。

 

『だけど、ソフィアがもし望まないなら――』

 

 私は断ることもできた。

 告白の件を引き合いに出せば、我が家としては世間体を傷つけずに解消できる。というか、あの時点では正式に結ばれていなかったのだから、表向きは「条件が合わずに破談」になっただろう。

 そうならなかったのは、アリスの影響かもしれない。

 

『キース・クラエス様。あらためてお願い申し上げます。ソフィア様と共に、私の想いも受け取って頂けませんか?』

 

 アリスは正式な形でキース様に婚約を願った。

 

 一度は断られているにも関わらず、だ。

 当然、周囲は熱烈なアプローチと理解する。前回の個人に対する打診と違い正式なアプローチであるため、クラエス公爵家としても無碍にはできない。

 婚約の場に王族、公爵家、伯爵家の人間が「当事者として」一堂に会するという特異な状況で話し合いが持たれ、結果、キース様とアリスの婚約は成った。

 

 第一夫人がアリス、第二夫人が私――という、いつか話した通りの形での結婚を前提とした、基本的に破棄を考慮していない本格的な婚約。

 叶ったのは主にアリスがゴネたからだ。

 

『ソフィア先輩――いいえ、大切なソフィア様を、今の腑抜けたキース様へ渡すわけには参りません。私も一緒にお受け取りください。キース様を立ち直らせることができるのはおそらく、私達だけかと存じます』

 

 とかなんとか大きなことを言ってクラエス家、アスカルト家を納得させた。

 

 いや、我が家に関しては「ソフィアが嫁に行ってくれるならなんでもいい」「むしろ王族の庇護まで得られるとは」くらいの緩いノリだったのだが。

 求婚先の男性を指して「腑抜け」と言い切る態度にひと悶着あったり、否定するどころか肯定したキース様にふた悶着めがあったり、アリスの真の願いを察した王族側が難色を示した挙句、末の娘が可愛くて仕方のない国王が真っ先に折れたり、色々あって。

 

 私とアリスは「いずれ同じ人の妻になる」間柄、家族になることが予約された関係になった。

 

 

   ◇   ◇   ◇

 

 

「でも、私が第二夫人なのですから、アリスを呼び捨てなんておかしいんですよ?」

「おかしくありません。歳の上でも、職業婦人としても、先輩の方が先輩だと、何度も申し上げたではありませんか」

 

 現在、私達は一緒に暮らしている。

 

 私は学園の図書館、アリスは魔法省。

 同じ敷地内で仕事をするのならいっそ一緒に住んでしまえ、ということで、街に小さな家を一軒、アリスがぽんと買った。

 アリスが卒業するまでの一年間、寮生活を送った後、私はそこに移ってきて、女同士の気楽で楽しい共同生活を送っている。

 

 使用人はアリス様専属の方が一人。

 ただし、私達が出勤している昼間に掃除や洗濯をするのが主な仕事で、帰宅した夕方以降や休みの日は何もしなくていい、という取り決め(命令ともいう)になっている。彼女にはすぐ傍の別棟で生活してもらっており、当人も最初は戸惑っていたものの「慣れてくると仕事がなさすぎて不安になるくらいです」と気軽に愚痴(?)をこぼしてくれるようになった。

 王族付きのメイドなので下手したら私よりも上等な女性なのだが、私のことも「ソフィア様」と呼んでくれるのがとても嬉しい。

 

「アリスって変なところが頑固ですよね」

「ソフィア先輩こそ」

 

 私達はむっと睨み合った後、どちらからともなく、くすくすと笑いあった。

 

「アリス。お仕事の方は順調ですか?」

「ええ。まだまだ下っ端で、持ち帰って行うような仕事はそもそも与えられていませんが。もちろん、いつまでもそれに甘んじるつもりはありません」

 

 野心を込めた目で語るアリス。

 澄んだ青色の瞳はどこまでも未来を見据えているようだ。

 

「あまり忙しくなられると私が寂しいのですが」

「ソフィア先輩こそ、お休みの日まで事業の差配で忙しいではありませんか」

「う」

 

 それを言われると痛い。

 慌てて視線を逸らすも、向かい合っているせいでじーっと見つめられてしまう。隣に座ってもいい間柄ではあるのだが、アリスは「ずっとソフィア先輩を見ていられるから」と向かい合って座るのを好む。

 

「そ、その時はアリスだって傍にいるでしょう?」

「それはもちろん。私も覚えておいて損はありませんし? ソフィア先輩と一緒ならなんでも楽しいですから」

 

 お手伝いはできませんけど、とアリス。

 今はまだ大丈夫とはいえ、ゆくゆくは出版事業を管理することになる彼女。私の仕事をじーっと見ているのは完全にプライベートでありながら、査察、監視にもなってしまう。

 

「お、お仕事の話はおしまいにしましょう!」

「先輩が始めたのですが」

 

 くすくすと笑って、アリスは席を立った。

 

「飲みますよね?」

「では、いただきます」

「はい」

 

 嬉しそうに頷いて、いそいそとグラスや氷を準備する王女様。自分がしたいからしているだけ、と、止めても聞いてくれないので、最近はお任せしてしまっている。

 二人分の私財を投じて作った氷庫(冷凍庫)と食材保管庫(冷蔵庫)から取り出したものがグラスに投じられ、蒸留酒の炭酸割りが完成。

 アリスが隣に座るのを待ってから、からからと氷を揺らしグラスを傾けると、まるで日本に戻ったような気分になる。

 

 じわりとアルコールが回っていく感覚がまた心地いい。

 

 こてん、と、アリス様が軽く寄りかかってきて、

 

「メアリやマリアも参加すればよかったのに」

「メアリ様は嫁入りで忙しいですし、マリアさんの本命は別ですからね」

 

 この家に来るにあたっては二人も誘ったのだ。

 だけど、二人とも悩んだ末に断ってきた。まあその最近思うのは、この、外とはうって変わって甘えん坊のアリス様を見たくなかったんじゃないか、ということだが。

 

 私にとっては、この距離感が心地いい。

 女同士ならあれもこれも、気兼ねなく預けてしまえるから。

 

「いつまでこうしていられるんでしょうね、私達」

 

 クッキーの残りをつまみながら呟くと、アリス様が囁くように答えてくれた。

 

「もちろん、おばあちゃんになるまでですよ、先輩」




なお、キース・クラエスは百合小説にハマって立ち直った――かもしれない。
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