入学
遂に入学の日がやってきた。
「ソフィア。しっかりと学んできなさい」
「ええ。この二年間の過ごし方はあなたの将来にも大きく関わってきます。大切に過ごすんですよ」
「はい。お父様、お母様」
我が家は去年、お兄様で経験済みだが、それでも入学に向けての準備は大変だった。
服、化粧品、アクセサリー、小物等々、持っていく品の選定。足りない分は買い揃えるか発注しないといけないし、連れて行く使用人の選定も必要。
私の場合、更に出版業やレストランなどの事業についての引継ぎもあった。学園にいる間はあまり関われないのでお父様お母様に代行をお願いした。
それから、一番大変だったのは持って行く本選びだ。
何しろ本は重くてかさばる。小分けして送ってもらうのもお金がかかるので、泣く泣く厳選を重ねることになった。
休日に街へ出ることは許されているので、向こうで買い足そう。
「ソフィアなら成績に問題はないだろうが……」
「くれぐれも、くれぐれも、お友達作りや情報収集も怠らないようにね」
「かしこまりました」
「……放課後や休日の度に図書館に籠もって、時間ギリギリまで粘る、なんていう生活では駄目よ? ましてや、夜更かししての読書はお肌に悪いのだから」
「お母様は私の心が読めるのですか……?」
「……もう、この子ったら」
お母様は苦笑して「生徒会に入れることを願っているわ」と言った。
「学園にはニコルもいるし、後は使用人に任せよう」
「そうですね。……それじゃあ、ソフィア。元気で」
「はい。長期のお休みにはなるべく帰るようにいたします。お父様お母様もお元気で」
私は一礼し、学園に付いてきてくれる使用人達と一緒に馬車へ乗り込んだ。
道中はあっという間だった。
景色に楽しんでいたから、と言えたら格好いいのだが、実際は途中から読書に夢中になってしまったせいだ。私としては全然問題ないものの、少し勿体なかったかもしれない。
でも、馬車から下りて直接、正門前から見上げた学園はとても綺麗だった。
国内最大の学び舎。
校舎だけでなく生徒・教師用の寮や魔法の研究機関、付属図書館など様々な建物を擁しており、ここで優秀な成績を収めれば魔法省等への就職も可能になる。
私としても、図書館に採用してもらうため、ここでの生活は疎かにできない。
「……頑張らなくては」
あらためて気を引き締め、私は学園の門をくぐった。
◇ ◇ ◇
「それにしても良かったわ。メアリもソフィアも同じ寮になることができて」
「はい。カタリナ様とご一緒できてとても嬉しいです」
「私もですわ。こうして気軽にお邪魔できるのは、同じ寮の特権ですもの」
カタリナ様とメアリ様、三人揃うとさっそく、ささやかなお茶会が開かれた。
学園は全寮制。
二つの寮があり、家柄によって入る寮が決まる。私達が入ったのは「王族、公爵家、侯爵家、伯爵家」の寮だが、今年は人数が多く、伯爵家の中で位が低い生徒はもう一つの寮に振り分けられた。もっと人数が多かったら私も下の寮だったかもしれない。
仲がいい友達と離れ離れになるのは寂しいから、私としてはほっとしている。
ちなみに寮と言っても、生徒の殆どが貴族の学校。
家から使用人を連れてくることが許されていて、公爵令嬢のカタリナ様は五人を、メアリ様と私も二人ずつ連れてきた。
部屋も使用人用の控え室などが含まれていて広々としている。
食事は寮と校舎にある食堂でとれるし、こまごました仕事の必要もない。家にいる時とそれほど変わらない生活を送ることができる。
「食堂のご飯ってどんな感じなのかしら。今から楽しみだわー」
「王族の方も利用するのですから、きっと美味なのでしょうね」
メアリ様が柔らかく答えると、カタリナ様は「そうよね!」と笑顔を浮かべる。
と思ったら残念そうに息を吐いて、
「でも、じゃがバターや
「軽食でしたら使用人にお願いすることもできるでしょうけど……」
厨房を借りないといけないし、材料の調達もあるから気軽にはいかない。
「でも、私達はこんなこともあろうかと策を練っていましたわ」
「え? なになに?」
カタリナ様が尋ね返すと、メアリ様が得意げな笑みを浮かべる。
メアリ様から「ねー?」とばかりに視線を送られた私は微笑んで頷く。
「ええ。実は去年、私の出資している料理店の二号店を開きまして――」
「その二号店があるのがこの街なのですわ」
材料の卸しに関わっているので、メアリ様は当然知っている。
「抜き打ちチェックも兼ねて定期的に訪ねるつもりなのですが、カタリナ様もいかがですか?」
「行く! 行くに決まってるじゃない! 約束よ! 私も連れて行ってね!」
「はい、必ず」
カタリナ様の嬉しそうな顔を見ると、本当に幸せな気分になる。
カタリナ様とメアリ様。
二人が一緒なら、寮での新しい生活も楽しくやっていけそうだ。
◇ ◇ ◇
寮の中を見て回ったり、他の寮生の方へ挨拶をしたりしているうちに入学式の日になり、遂に本格的な学園生活がスタートした。
翌日、最初の授業の日。
カタリナ様やメアリ様と一緒に教室へ向けて歩きながら、私は必死に眠気を堪えていた。
「ソフィア? すごく眠そうですけれど、また夜更かしですの?」
「ええ。その、つい夜遅くまで本を読んでしまいまして……」
「あー、夢中になるとつい時間を忘れちゃうわよね。わかるわ。それで、今度は何の本を読んでたの?」
「はい。教科書を」
「は? 教科書?」
てくてくてく。
妙な間が空いたまま足ばかりが進んで、
「気のせいかしら、ソフィア。教科書を読んで夜更かししたって言った?」
「そうですが、何か……?」
「教科書なんて授業中の暇つぶしに落書きして遊ぶか、試験前に必死に読み込むためのものじゃない! なんで授業が始まってもいないのに夢中で読んでるの!?」
がしっ。
立ち止まったカタリナ様が私の肩に手を置く。
向こう側でメアリ様が「ずるい!」みたいな顔をしているのに気を取られていると、綺麗な青い目が心配そうに私を見つめてくる。
「大丈夫、ソフィア? いくらソフィアでも、この症状は病気なんじゃ……?」
「か、カタリナ様。私は正気です。正気ですから、手をお離しください。その、お顔が」
「あ、ごめんね。あまりにも信じられなかったら、つい」
「いいえ。自分でも夜更かしはやり過ぎだったと思いますから……」
ほっとしつつ微笑んで答えた。
距離が離れると同時にメアリ様の機嫌も直っている。予習したせいでお友達と絶交、なんてことになったら洒落にならない。
魔法学園の授業形態は大学に近い。
午前中が座学で午後が実技。授業によってはクラス分けがされることもあり(属性によって内容が変わる魔法の実技など)、座る席は決まっていない。
「せっかくだし一緒の席にしませんか?」
「いいわね!」
メアリ様の提案で三人並んで座る。
時間差でやってきた男性陣――ジオルド様、アラン様、キース様が揃って私達の後ろの席に座った。この座り方はこの後、私達の基本スタイルとして定着していくことになる。
最初なので授業は自己紹介から。
位の高い方からと決まっているようで、最初がジオルド様でその次がアラン様、そしてカタリナ様という順番だった。
私の自己紹介は中盤にさしかかった頃。
名前と出身地、趣味などを口にして一礼すると、拍手はまばらだった。一つ前の生徒と比べると明らかに少ない。でも、拍手がもらえただけ良い。そう思っていたら、他の拍手が聞こえなくなりそうなくらい大きな拍手が同じ机から聞こえた。
続いて後ろの机からも。
「噂は本当なのか」
「アスカルト家の魔女」
「クラエス様と王族の庇護を受けるとは」
「妬ましい」
ひそひそとした声は、ジオルド様が「偶然」何気なく振り返るとぴたりと止まった。
「カタリナはぼんやりしていますから大丈夫だと思いますが、ああいった悪意の声は彼女に届かないようにしたいのです。ソフィア、協力してくれますか?」
授業後、ジオルド様に囁かれた私はそっと答えた。
「私にできることでしたら、ぜひやらせてください」