本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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伯爵令嬢と夜の密会

 生徒会メンバーの顔合わせが行われた夜のこと。

 

「ソフィア様。ジオルド王子からお誘いが来ております」

「……お誘い、ですか?」

 

 夕食と入浴も終わり、さあ、寝る前の読書だとうきうきしながら部屋に戻った私は、留守番をしていたメイドから伝言を受けた。

 今日この後、ジオルド様のお部屋に来て欲しい――ということだ。

 

「急なお話ですね」

「はい。ですので、不都合であればその旨、お伝えして参りますが……」

 

 私より一回りと少し歳の離れた彼女は、何故か頬を赤くしながらこちらをちらちらと窺ってくる。見れば、もう一人のメイドも似たような表情をしていた。

 もしかして二人とも風邪気味なのだろうか?

 学園での生活は快適だが、それは彼女達が頑張ってくれているからこそだ。逆に言えばメイド達には慣れない環境で負担がかかっている。

 今日は早く休んでもらった方がいいかもしれない。

 

 私は頷いて、読書は明日の楽しみにしよう、と決めた。

 

「わかりました。……では、私はジオルド様の元へ行って参ります。帰りがいつになるかはわかりませんから、二人はもう休んでくださいませ」

「え?」

「よろしいのですか……?」

 

 驚いたように聞き返してくる二人。

 今日はまだ休めないと思っていたのだろうが、私は体調の悪い中、無理に働いてもらうほど理解のない主ではないつもりだ。

 普段も「ソフィア様は読書中、本当にお静かなので仕事が捗ります」と褒められている。

 

「私も、もう子供ではありません。この時間にお話があるということは大切なご用事でしょう? お断りしては失礼ですわ」

 

 多分、生徒会関連の用事だろう。

 私は二人に簡単な身支度と、最低限のお化粧だけをお願いした。疲れているところ申し訳なかったが、二人は意外と楽しそうに、きゃあきゃあ言いながら対応してくれた。

 

「ソフィア様。頑張ってくださいねっ」

「ああ、こんな、いけませんわ……。でも、どきどきしてしまいます」

「? よくわかりませんが、行って参りますね」

 

 招待状を持って訪ねると、男子棟を警備している方は快く通してくれた。

 小柄で幼く見られがちな私が頼りなかったのか、一人の方がジオルド様のお部屋まで案内してくれたくらいだ。

 

 王族用なのか、私の使っている部屋より更に広く見えるジオルド様の部屋には、キース様とアラン様、それからメアリ様が既に到着していた。

 カタリナ様はいない。

 ということは、やっぱり生徒会の用事だったのだろう。

 

「ああ、よく来てくれましたね、ソフィア。この時間ですと読書をしていて気づかないかと思いましたが」

 

 冗談めかして笑うジオルド様。

 

「ちょうど入浴を済ませたところでしたので」

 

 微笑んで答えると、目じりをつり上げたメアリ様が寄ってきて私の手を引いた。

 

「さあ、ソフィア。こっちにいらっしゃい」

「め、メアリ様? 少し力が強いのですが……」

「あ、ああ。ごめんなさいね」

 

 私はメアリ様に腕を抱かれるようにしながら、ソファに座らされる。

 

「もう、夜着に一枚羽織っただけだなんて……。もう少し身体に気をつけなさいな」

 

 そう言うメアリ様は身軽な格好ながら、昼間の寮内でもギリギリ大丈夫かな? という程度にはおめかしをしていた。

 貴族としての嗜みなのは理解できるのだが、メイドの手をあまり煩わせたくなかったし、お風呂上がりで本格的に着替えるのは面倒だった。

 

「大丈夫です。身体が冷えない程度には着こんでいますし、お話の内容もなんとなくわかっていますもの」

「さすがソフィア。そういう物怖じしないところはとても良いと思いますよ」

 

 にこやかに頷くジオルド様。

 と、アラン様とキース様、それからお兄様が渋面を作って彼を睨んだ。

 

「おいジオルド。そうやって脱線するのは止めろ。そもそもお前が招集をかけたんだろうが」

「ジオルド様。姉さんだけならまだしも――いえ、姉さん相手でも止めて欲しいのですが――ソフィアにまで手を出すのは我慢できませんよ」

「ジオルド様……? ソフィアに何か?」

「冗談ですよ。では、時間もありませんし話を始めましょうか。皆さんお察しの通り、議題はカタリナの生徒会入りについてです」

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 ジオルド様のお話を要約するとこういうことだった。

 

 生徒会のシステム上、テストの結果が平均点だったカタリナ様が選ばれなかったのは仕方ない。だが、あの奔放なカタリナ様を一人にしておくのは不安が過ぎる。

 そこで、生徒会メンバーではないカタリナ様が生徒会室に出入りできるよう、先生方に特例を認めさせたい。

 

「確かに、あの女を野放しにするのは危ないな」

「僕にメアリ様、ソフィア様まで居ないとなると、アンの負担が大きすぎますね」

「何故、私とアランを省いたのか詳しく聞きたいところですが、そういうことです」

「私も賛成ですわ。……でも、そんな特例認められるかしら?」

 

 首を捻るみんな。

 私も同じように首を捻って、何気なく思ったことを口にしてみる。

 

「カタリナ様にはテストでは測れない魅力があるのですから、そこを評価していただけないでしょうか……?」

「ソフィアは本当に良いことを言いますわね」

 

 メアリ様がにっこりして髪を撫でてくれる。

 心地よいのでそのまま身を任せていると、こっちを見たジオルド様が何故か苦笑しつつ、頷いた。

 

「確かに、悪くありませんね。……カタリナ・クラエスには類稀なカリスマ、求心力が備わっています。それこそ、一年生の生徒会メンバー殆どを統率するほどの。よって、彼女を除け者にすることは我々全員を不要と断ずるに等しい……と、そんな論調でいいでしょう」

「……おい。ジオルドお前、それは『特例を認めないと全員で生徒会を辞める』って言ってるようなもんだぞ」

「そう言っているのですが、何か?」

 

 アラン様のツッコミに爽やかな笑顔で答えるジオルド様。

 やっぱり、ジオルド様は優しいように見えて時々凄く怖い、と、私はあらためて思った。

 

 そして後日、私達による連名の訴えが受理され、カタリナ様は生徒会メンバー以外でありながら特別に、生徒会室への出入りが許されることになった。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「ジオルド様も変なことするわよね。私に生徒会の仕事が手伝えると思ったら大間違いよ?」

「大丈夫だよ、姉さん。誰も姉さんにそんなこと期待してないから」

「そう? なら気軽に遊びに行けばいいのね!」

 

 学園の一角を借り受けて作られたカタリナ様の畑――もとい『花壇』にて。

 カタリナ様は楽しそうに作業をしながら、あの特例の件について感想を口にしていた。

 最初は「なんでわざわざそんなこと?」と不満そうだったが、すぐににこにこと機嫌を直してくれる。先程のキース様の発言は嫌味になりかねないと思うのだが、キース様とカタリナ様、双方の人柄のお陰でそうはならなかった。

 

「遊びに行ってもいいのなら良かったわー。なんだか私だけ除け者みたいで寂しかったもの」

「生徒会にはお茶やお菓子などがたくさん贈られてくるそうですから、おやつを召し上がるくらいのつもりで来てくださって結構ですわ」

 

 キース様と二人でカタリナ様を挟むように作業を手伝うのはメアリ様だ。

 昔は花以外には詳しくなかったというメアリ様だが、今ではカタリナ様と同等かそれ以上に農業について詳しくなっている。

 特に園芸には興味がないはずのキース様やジオルド様、アラン様でさえ助手としては十分な腕前と知識を持っているのだから、カタリナ様の影響力は本当に凄いと思う。

 

 私はそんな彼らを日陰から見守りながら、カタリナ様のメイドのアンさんを傍らに、ひとかかえほどの壺を弄っていた。

 正確には壺の中身を、だ。

 中にはきゅうりやにんじんなどの野菜と塩水、そして米ぬかを入れて作った、いわゆるぬか漬けが入っている。

 メアリ様にお願いし、ほうぼうを探して見つけてもらった米は以後、共同で研究、栽培を行っている。このぬか漬けはその副産物だ。

 

「さすがはソフィア様。手付きが淀みないですね」

「ありがとうございます。慣れないと難しいですよね?」

「……ええ。それと、感触が……」

 

 引きつった笑みで答えるアンさん。

 私が分けた米ぬかを使い、クラエス家でもぬか漬けが試作されているのだが、メイドや料理人からは「感触が」「匂いが」「色が」と不評らしく、比較的耐性の強かったアンさんがぬか床の番を任されているらしい。

 ただ、彼女だけでは上手く行かない部分も多いので、私が時々お世話を手伝っている。

 

「でも、ちゃんと形になっていると思います」

「本当ですか?」

「ええ」

 

 私はきゅうりを一本取り出すと付着したぬかを落とし、水で洗ってから一口齧る。

 

「うん、美味しいです」

「あー、ソフィアずるいわ! 私にも頂戴!」

「はい、もちろんですわ」

 

 歩み寄ってきゅうりを差し出すと、カタリナ様は満面の笑顔で大きな口を開け、一口で半分以上を持って行った。

 

「んー、美味しい! このお漬物で白いご飯が食べたいわ!」

「……ソフィアったら、今のは間接キスじゃないかしら。いえ、残ったあれを私が食べれば逆に、でも……」

 

 嬉しそうにもぐもぐするカタリナ様の横で、メアリ様が恨めしそうに、残ったきゅうりをじっと見つめていた。

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