アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート 番外編 作:朕好こう
昨日の雨は止み、雲の合間から少しばかりの日が差している。
変装を施した私たちは今、渋谷に足を踏み入れた!
「千世子ちゃん、恋歌の隣を歩くのは違うと思うわ。ここは狭い道だし1列に並ぶべきだと思うの」
「何言ってるの?別に並んで歩いてもいいんだよ?そっちこそ、どさくさに紛れて手を繋ごうとするのは反則でしょ?」
踏み入れたんだけど、2人はずっとこんな調子で口論している。話を聞いていると手を繋げばいいのかな、と思って2人の手を握る。
「れ、恋歌!?」
「…なるほどね。まさか相手から来るのがこんなにもドキドキするとは思って無かったな」
よく分からないけど、早くクレープが食べたいので、2人には動いて欲しい。手を繋いだまま彼女たちを引っ張って歩く。
「クレープ美味しい!景ちゃんのも美味しそうだなぁ」
「…!恋歌、交換しましょう!」
「恋歌ちゃん、私のも美味しいよ」
景ちゃんと千世子ちゃんのクレープが一斉に私に渡され、私のクレープを巡って2人が争う。それを眺めながら、2人のクレープを食べる。あ、チョコソース掛かってて景ちゃんの好きだなぁ。
「景ちゃん、景ちゃん!これ好き!」
2人の争いが止まる。景ちゃんは胸を張り、千世子ちゃんは少し拗ねた顔をする。2人とも仲が良くていいことだ。だって喧嘩なんて私は誰ともしたことないから。星先輩との稽古も彼の感情の昂りを読み取って、付き合ってるだけだから。…少しだけ羨ましく感じる。
喧嘩は仲が良ければ良いほどするものらしい。その人の理想と現実の乖離が喧嘩の原因だと私は思うけど。だから、私は望まれるままに演じてあげればいい。皆が思う“私”を。恐らく皆は明るくて優しい人が好ましい筈だ。だから、私は寸分の狂いなくそれを演じなきゃ行けない。
笑顔を做るのは簡単だ。口角を上げて、目を優しい眼差しと呼ばれるものにすればいい。何も思ってなくてもそれだけで笑顔の完成だ。
喜ぶのは簡単だ。わぁ!とか感嘆してから、声を弾ませる。その時に最後に笑顔を見せれば、喜びの出来上がり。
悲しむのは簡単だ。涙を流して、口元を引き締めるだけ。ほらみんな勝手に同情する。
…怒りは分からないや。
「カラオケもゲーセンも楽しかったね」
「そうね、初めてのことばかりだったわ…ところでカレンは何してるの?」
「プリクラのシール貼ってあげてるの」
「…」
スタバで私は抹茶フラペチーノを飲む。2人が楽しいなら良かった。私は2人が楽しいなら、それだけで生きている価値が認められるから。ほら、笑顔だ。片時も笑顔を忘れるな。私はそうやって生きてきたんだから。
「それにしても、ケイコ。クレープ、プリクラ、スタバが初めてって本当に女子高生?」
「ケイコはずっと家のことで忙しかったから、しょうがないと思うけど」
「…普通の女子高生の役とか出来る?」
「出来ないかもしれないわ」
景ちゃんの顔を観察する。浮かない顔をしている。話題が悪かったか?話題を変えてあげよう。遊びは楽しいで終わるのが理想なんだから。
「あ、次はお洋服見に」
「…恋歌」
「もう、恋歌呼びは駄目だってば」
「2人ともありがとう。私を元気づけようとしてくれて」
違う、そんな顔をさせたいんじゃない。私は、貴女に笑顔で居て欲しい。大好きな貴女には幸せで居て欲しいの。その為なら何だってする。悪魔に魂だって売る。体も、心も全部放棄する。人を殺せばいいなら殺すの。
「2人は、星みたいに輝いてるの。千世子ちゃんは綺麗に、恋歌は鮮烈に。でもどっちも優しい光。カムパネルラみたいなの」
私はカムパネルラのような善い人じゃない。私は人を騙している。自分すら騙して生きている。大切な貴女すら、騙して平気な顔をしている。私を晒すのが怖いから。
「私が、千世子ちゃんや恋歌みたいに…ううん、カムパネルラになれるとは思わない。きっと皆に迷惑をかけてしまう。そうなるくらいならいっそ降ば┈」
私が口を開こうとして止めた途端、左隣で黙って聞いていた千世子ちゃんがコーヒーフラペチーノを握り潰す。私も景ちゃんも目を丸くして驚く。景ちゃんが慌てて聞く。
「だ、大丈夫?」
「それ、そっくりそのまま返すよ。降板?巫山戯てるの?」
千世子ちゃんが変装を取り始める。私はそれを止められない。いや、止める資格がない。だって私は彼女達とは違うから。偽物の私には口を出す権利が無いから。才能も努力も紛い物な私では景ちゃんを救えないから。
周りがざわめき出す、千世子ちゃんの写真を撮り始めたり動画を撮る。これが本物だ。居るだけで人の目を惹き付ける天才。私には到底及ばない。けれど成りたくて、諦めきれないモノ。
「要は役作りに悩んでるってことだよね。じゃあ聞くよ、夜凪さん。この人達が撮ってるのは本当に私?」
綺麗な顔だ。前よりずっとずっと綺麗な顔。貴女も私を置いて行くんだ。歯を食いしばる。この気持ちだけは忘れちゃいけないから。この気持ちを少しでも刻み付けろ。
「美少女とか天使とか…まぁ、私がそんな風に見えるのは知ってる。実際天使は目指してるからね。でも、さ。本当の私はそうじゃないんだ。今日だって2人を利用して平凡な女子高生の役作りをしに来てたんだ。確か、綺麗に、優しく光っている星だっけ?…じゃあ、それ私にとっての貴女じゃん。勝手に壁作ってつまらない悩みしてんなよ」
「…うん」
家に帰ってくる。最後まで千世子ちゃんはまた泊まると言ってたけど星先輩に送還されていった。千世子ちゃんは今日のことで怒られるかもしれない。
千世子ちゃんから景ちゃんは何かを掴んだみたいだった。役作りの深度はどんどん進むだろう。
「駄目だ」
駄目なんだ。置いてかれては駄目だ。置いてかれたら私の存在意義は消える。“死”自体は経験済みだ。でも幸福な死は分からない。私の知る死は悲惨なものばかりだから。
だから巌裕次郎に聞くことにした。彼は多分、幸せに死にゆく人だから。彼からなら何かを掴めると思ったから。結果は成功だった。それによって私の演技はより昇華される。景ちゃんに追い付く。早く追い付かなきゃ。
「っぁ…」
トイレに籠って吐きそうになるのを必死に抑える。強く握りしめた拳から血が出てくる。
今は皆、私の事を好きと言ってくれる。じゃあ、1年後は?数年後は?十年後は?死ぬまで私を好きって言ってくれる??そんな訳ないんだ。愛は有限なんだよ。私が老いたら皆裏切るんだ。
僕は、俺は、私は、自分は誰だ。“頭鬼恋歌”を名乗るこの愚か者は誰だ。分からない。自己を定義するものが無いから。自己を肯定出来る材料が無いから。醜い私を認めたくないから。
「誰か愛して」