アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート 番外編 作:朕好こう
天地がひっくり返っても有り得ない話。
目が、覚める。
欠伸をしながら、ベッドから降りてカーテンを開ける。日光が眩しくて、思わず目を瞑る。
「学校めんどくさいなぁ…」
そんなことを思いながらも、朝食や着替えを手早く済ませる。いつものように景ちゃんやひなちゃんと、コンビニで待ち合わせているから、遅刻すると2人に怒られるのだ。以前、遅刻した時は2人にフラペチーノを奢らされるハメになった。いくらバイトや仕送りがあるとは言え、3人分は厳しかった。
でも大丈夫!今日はきちんと起きれたし、朝食も食べて、制服も昨日みたいにスカートがめくれ上がったりしていない。壁にかかってる時計を見て、10分も余裕があると確信した私はゆっくりコンビニに向かう。
コンビニの前まで来ると2人が立っていたので、挨拶する。でもなんだか怒っているような…?
「景ちゃん、ひなちゃんおはよ!ひなちゃん、目に皺が寄ってるよ。可愛い顔が台無しだし、笑顔で行こう!」
「…アンタ、また遅刻してるんだけど」
「え?嘘」
「恋歌、きちんと時計を確認した?」
「う、うん…壁の時計なら見たけど」
「スマホは?」
「あ、見てなかった。ってホントだ!?」
慌ててスマホを見ると、壁の時計と10分もズレていた。スマホを中々使わない弊害がこんな所に…!?
景ちゃんもひなちゃんも私を置いて歩き始める。置いていくなんて酷過ぎる。私も急いで後を追いかける。
「何とか間に合ったわね、今日の朝は」
「珍しく夜凪さんと朝陽さんが朝遅かったから、びっくりしたよ。でも頭鬼さんのせいだったんだね。なら納得と言うか…」
「新太くん、その言い方は酷いと思います!」
「間違ってないでしょ」
学校の授業を頑張って乗り切ったら、楽しい部活の時間だ。映像研究部と言っても、映画を見たりするのは稀でいつもは雑談している。
今日は私のせいで遅刻した話で弄られている。新太くんにすら、酷い言われようだ。ひなちゃんも容赦なく、私を弄る。私の味方は…
「リョーマくんは私の味方だよね!?」
「いや、どう考えてもお前のせいだろ」
「これは何だっけ…し、しめんなんちゃらってやつだ」
「四面楚歌だと思うわ、恋歌。四面まで思い出せて偉い」
リョーマくんすら敵に回ってしまった。しかも景ちゃんに馬鹿にされているような感じを覚える。四面楚歌くらい分かるもん。たまたま、思い出せなかっただけ。そういうことにしておく。
その後も今日は先生の授業がつまらなかったとか、今度ショッピングにでも行こうとか、そういう話をする。
…あぁ、幸せだなぁ。友達に囲まれて、他愛も無いお話ができるなんて、私は恵まれていると思う。
だからこそ、この幸せが失われてしまったら私はまたあの頃の私に、いやあの頃以上に酷い私になってしまう。演劇に囚われて、他者を見下していた“私”へと。
「それじゃ、恋歌も景も気をつけて」
「ばいばーい、ひなちゃん」
「さようなら、ひな」
ひなちゃんと別れて、景ちゃんと歩く。私はチラッと彼女の横顔を見る。私と同じ人だと思えない綺麗な顔。正直者の顔。何かが違えば、女優さんになっていたかもしれない。
「…?私の顔に何か付いてる?」
「ううん、ただ綺麗だなって」
「…っ!?れ、恋歌も綺麗だと思うけれど」
景ちゃんが顔を真っ赤にさせる。可愛いなぁ。きっと色んな人に言われ慣れてるだろうに、こんなに反応してくれて私も褒めてくれる。
「ホント?景ちゃんに言って貰えて嬉しい」
景ちゃんはきっと女優として大成できた。けれど私が止めた。彼女に辛い思いをして欲しくないから。女優になるということは、景ちゃんを良く思わない人達や利用しようとする人達の視線に晒されるということだから。
…でもそれは建前で、私が景ちゃんに置いてかれたくないから。きっと景ちゃんは天才だから、私なんて直ぐに追い抜いてしまう。それが怖くて、普通であることを望んだ。
酷い女だと思う。でも、好きな人と一緒に居たいと思うことはおかしい?好きな人が遠くに行ってしまうことを恐れるのはおかしいことかな。
「また明日ね。景ちゃん」
「うん、また明日。明日は遅刻しないようにね、恋歌」
「頑張ります…」
景ちゃんに手を振って、お別れする。景ちゃんの後ろ姿が見えなくなってから、家の鍵を開ける。
手洗いうがいや着替え、夕食を済ませたら、テレビを付ける。
「あ、千世子ちゃん」
1度だけ会ったことがある芸能人。景ちゃんと同じくらい可愛い女の子。私が苦手だった女の子だ。
「スターズのオーディションを受けてれば、今ごろ先輩かぁ」
私はオーディションに応募用紙を送る予定だった。けれど、応募する直前に怖くなったのだ。景ちゃんは当然のように合格するだろう。でも私は?こんな凡人が選ばれるわけない。だから景ちゃんに応募用紙を提出させないように仕向けた。
そうやって、景ちゃんに置いてかれないように、私と歩いてくれるように調整した。
「…綺麗だなぁ」
それで得たのは“普通の幸せ”だ。勿論、凄く楽しんでいるとは思う。けど…何か物足りなくて。
千世子ちゃんの
もしもは有り得ない。けれど、彼女と楽しく語り合うなんて言うのも楽しそうだ。
だけど、現実にもしもは有り得ない。私は選んでしまったのだ。頭鬼恋歌が、夜凪景が、女優にならない世界を。頭鬼恋歌が百城千世子と1度しか出会わない世界を。
後悔が無いかと問われれば、あるに決まっている。だって私は親友の才能の芽を摘み取ってるんだから。だって私は“天使”を救うことを諦めたのだから。
「最低だよ…本当に」
何度も、何度も後悔した。けど、私だって人なんだ。“普通”を失うのが怖いの。苦しい道なんて好き好んで通りたくないの。
私が私じゃなくなる感覚が怖い。自分を殺して、平気なわけが無い。鏡や写真を見る度に身体が拒否反応を起こす。他人の感情をこれでもかと詰め込んで、心がぐちゃぐちゃになる感覚は誰にも理解されない。
有り体に言えば逃げたのだ。苦痛に耐えられないから。楽になりたくて逃げた。
でも、逃げた先でも後悔ばかり。自分は幸せだと言い聞かせても、逃げた事実は変わらない。他人の人生を壊した事実は変わらない。
心の底から“本当の幸せ”を感じることは無いんだ。
まぁ、頭鬼恋歌に普通の幸せなんて与えませんけどね。
補足しておきますと景ちゃんと一緒に住んでいないのは、罪悪感から逃れる為です。