アクタージュ 暗殺者(になるはずだった)ルート 番外編 作:朕好こう
若干、恋歌ちゃん視点の“朝の陽射しが翳る”です。
私には怒りが理解出来ない。
景ちゃんのお母さんが亡くなった時、景ちゃんはお母さんを亡くした悲しみだけじゃなくて、怒りを持っていた。強烈な怒りだ。だから惹かれたんだと思う。色んな色彩の中でもそれが一番印象に残っている。だって人が死んで、怒りを覚える理由が分からないから。
アメリカでも日本でも、親が子供を叱っていた。貴方の為を思って怒っているのよ!、ってそれは本当に子供の為を思って怒っているのか。それは社会に適合出来る為の矯正じゃないのか。社会に適合出来るのが本当に幸せなことなのか。
千世子ちゃんに仮面を脱げるといいね、と言った時彼女は怒っていた。多分、知らない人に土足で心を踏み躙られたからだと思う。理由は推測出来る。けど何故そこまで怒れるのかが分からない。
中学生も終わりの頃、男の子に告白された。知らない男の子だったからお断りしたら、怒りをぶつけられた。今まであんなに良くしてやったのにって言われた。良くして貰ったから私は貴方に愛を与えなければ行けないのか。その怒りは私が手に入らなかったことへの怒りか。良く分からない。取り敢えず微笑んだ。男の子はなんで笑ってるんだよ!?ってまた怒る。理解が出来ない。笑顔は嬉しいという感情だろう。嬉しいという感情を見せられたら、貴方も笑顔になるんじゃないのか。
色んな人の怒りを見てきた。映画でも日常でも。ひとつも理解出来なかった。でも傾向として、人は大切な人を傷つけられたら怒るらしい。だから、大切な人の悪口を言う奴を傷つけてもそれは正当な怒りなのだ。
なんて無駄なんだろう。怒りという感情は。他人に不快感しか与えない感情に意味なんてあるのか。
だから極力笑顔でいる事を心掛けた。笑顔で居れば軋轢を生まないから。物を壊されても無くされても、大切な人じゃ無ければ笑って許した。
嫉妬という感情はある。けど、それは才能に対してだけだ。景ちゃんが誰かと仲良くしていても、私には関係が無い。私にそれを縛る権利は無い。
「どう思います?堀先輩」
「唐突だな…恋歌君は。何の話だい?」
「堀先輩って怒ったことあります?」
「それは、人間だからね。君だってあるだろう」
堀先輩の部屋で筋トレしながら話す。怒ったこと、か。確か映画研究部に行った時に女の子が居て、その子が景ちゃんの悪口を言ったから泣かせてしまったのを思い出す。息の根を止めても良かったけど、景ちゃん自身を傷つけた訳じゃなかったから止めたんだった。彼女の名前はなんだったか。思い出せない。
「ありますね…私も人間だったんですね」
「いや、そうだろう。怖いこと言わないでくれ」
「トイレ行けなくなります?一緒に寝てあげましょうか」
「冗談が過ぎるぞ、恋歌君。そう言うのを男子に言わないように」
「?はーい」
よく分からないが窘められた。ホラー映画を見た時は景ちゃんとよくくっついて寝たものだ。今も一緒に寝てるけど。
でもあれは怒りだったのか。よく分からない。定義に当て嵌めれば怒りなのかもしれないけど、あの行動は殆ど無意識だったのだ。景ちゃんの悪口を言ったから…なんだと思ったんだっけ。
「…そう言えば、大丈夫なのかい。公演は」
「問題無いですよ。心一さんも協力してくれていますし」
「相手はあの巌裕次郎だ。油断出来ないよ」
「そうですね。でも、負けません。約束したでしょ、貴方を本物の役者にするって。胸を張って下さいよ。主役が怖がってたらダメなんですから」
「そう、か。その通りだね」
銀河鉄道の夜とほぼ同時に公演される私達の初めての舞台。堀先輩は着実に演技が上手くなってきている。だから後はひと押しだ。それは舞台で必ず彼が掴める。
彼に主役の才能は無い。だからどうした。もしかしたら脇役の才能があるかもしれない。だからどうした。彼が望み、私は契約した。それだけで充分だ。あらゆるものを総動員して、彼を輝かせる。それが貴方の望みならそれを叶えるのが私の望みだから。
怒りの感情については忘れよう。分からないものは分からないままでいい。理解しようとするだけ無駄なのだから。
でも、もし、私が怒りの感情を手にしてしまったらどうなるのだろう。少し怖い。その時、私がどうなるのかが予測が付かない。
人に八方美人と呼ばれることがある。誰にでも分け隔てなく接しているとそう言われるのだ。だってしょうがない。区別がつかないのだから。私と景ちゃんたちのような大切な人、そしてその他大勢しかこの世界には生きてない。その他大勢をいちいち区別するなんて大変だ。
勿論、その人に応じて対応を変えてあげることくらいはする。例えば寂しがり屋なら優しく同意してあげる。例えば短気な人ならその人が怒らないようにしてあげる。例えば退屈そうな人には楽しげに話しかけてあげる。
そうすれば嫌われることは無いから。関係が円滑であれば仕事は回るから。
景ちゃんは私の事をどう思っているのだろう。彼女に私の醜い顔を見せたらどんな顔をするんだろうか。好きと言ってくれるだろうか、嫌われてしまうだろうか。
分からない。けど嫌われたくないな…
私は勝手だ。彼女を散々成長の為に利用して、嫌われたくないと宣う。でも、本当に嫌われたくない。王賀美陸を目指していた時の私が見たら鼻で笑うだろう。そんなモノに縋ってどうするのって。
「仕方ないじゃん…幸せなんだよ」
ポツリと呟く。私ですら理解出来ない私を好きで居てくれるんだから縋ってしまうんだ。
でも最近は私を理解しようとしてくれる人がまた増えた。
その人のことを思い出すと顔が熱くなる。そして唇に軽く人差し指を当てる。デスアイランドでの打ち上げで、千世子ちゃんにキスされた場所をなぞる。思い出す度に熱を持つ場所。同性同士の愛は自由であるべきだとは思っていた。別にその人のことが好きなら、性別は些細なものなのだ。だけどいざ自分のことになると、とてもふわふわした気持ちになる。
この間、事務所のソファでうっかり眠ってしまった時も千世子ちゃんの顔が傍にあってドキドキしてしまった。あんな綺麗な顔を近づけられたら同性だって鼓動が早くなる。あれはキスしようとしていたのだろうか。もしかすると勝手な早とちりかもしれない。
分からない、この気持ちがなんなのか。でも千世子ちゃんが私を望むなら、私は彼女が望む“私”を完璧に演じよう。愛して欲しいなら私は愛する、嫌って欲しいなら私は嫌ってあげる。
私はその為に居るんだから。