赤い国からの魔術師   作:藤氏

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Deviņi(第九話)

 

 ……これは何時の話なのだろうか?

 

 ここは、どこかの国のどこかの宮殿の一室。

 

 その国の王・もしくは皇帝らしく豪勢な宮殿は天井には装飾が植物の葉のような自由な曲線を複雑・優雅に配しており、大規模・重厚な造りの他の宮殿に比べれば、この宮殿は繊細さが際立っている。だが、その繊細さがある装飾は、重過ぎず、かといって軽過ぎでもないという宮殿に仕立て上げている。

 

 そんな繊細な、かつ荘厳な雰囲気に包まれている宮殿の一室には、十代に入ったばかりの子供とその子の父らしき男性がいた。

 

 その男性は子供の両肩を掴み、すまぬと涙と悔恨が滲んだ表情で謝っていた。

 

 別にこの男性がその子供になにかしたわけでもない。現に、聞こえてくる言葉は己の不甲斐なさでこのような事態を招いてしまったこと。そして、そのせいでこの子供に自分の――歴代の先祖が受け継いだものを受け継がせることが出来なかったという事に対しての申し訳なさが混じっていた。

 

 部屋の外からは、四方八方から喧騒が聞こえてくる。

 

 これが、なんかの祭ならば、父がこんな悲痛な顔をする必要はなかったし、涙を見せながら子供に謝ることもなかっただろう。

 

 だが、外から聞こえてくるのは、何かが炸裂する鳴動と、血で血で洗う闘争に明け暮れる兵士達の怒号や悲鳴が、遠く聞こえてくる。……かつて同胞であった者達が殺し合っている。

 

 そして……状況はもう詰んでしまっていた。

 

 味方側の兵士が次々と命を散らす中、賊軍が宮殿になだれ込んでくるのは自明の理。

 

 そう確信した父は、唯一生き残った子供を呼び出したのだ。

 

 そして、父がある箱を取り出し、それを渡した際の言葉を子供は忘れることのないように耳を傾けていた。

 

「――□□□□□□よ、生きるのだ。生きて、生きて、生きて、生き抜いて……再びこの母なる祖国に、双頭の鷲の旗を立てよッ!それが、残されたお前の使命と心得よッ!」

 

 その瞬間、遂に賊軍が正門を突破したという報告が飛び込んでくる。

 

 これ以上の長居は危険と判断したのだろう。父は子供に脱出するように言い、複数の部下を付けさせた。

 

 数日前に母と兄妹を失ったのに、残された父もまた失うことになった子供は泣いて動こうとはしなかったが、父の命を受けた部下に引っ張られるように宮殿から脱出させられるのであった。

 

 

 

 

 ルヴァフォース聖暦1848年トーマの月17日。

 

 北セルフォード大陸にてアルザーノ帝国、レザリア王国と共に強大な影響力を持っていた国家、東セルフォード帝国連合が革命が発生してからわずか一週間半後に地図上から消滅した。

 

 この革命により、東セルフォード帝国連合第四代皇帝パーヴェル一世と彼の妻であり、現アルザーノ帝国女王アリシア七世の妹マリアベルを始めとする皇族は、軒並み戦死、もしくは賊軍に捕らえられ殺害、もしくは処刑された。

 

 賊軍は、政権を掌握したとして東セルフォード社会主義共和国連邦の建国を宣言。

 

 それと共に、自らを労働者の救世主と自認し、将来、労働者による世界支配を目指すことを宣言。世界各国に衝撃と畏怖に震わせることになる。

 

 だが、政権を掌握したと宣言したとはいえ、国内ではその強引な政権交代に反発する者も少なくなく、帝政支持者の武装蜂起や、旧帝国軍将校らによる独立宣言により旧東セルフォード帝国連合領内で内戦が勃発したことにより、近隣諸国に侵攻することはなかった。

 

 そして、もう一つ革命政権には不確定要素があった。実は軒並み戦死・処刑された東セルフォード帝国連合皇族であったが、パーヴェル一世とマリアベルの長女で次期皇位継承者が行方不明であることが発覚。

 

 当初は、これはデマだと革命政権は判断したが、後の調査で皇族として在籍していた人数と、殺害・処刑した人数がどうやっても一人合わないことから発覚したことにより、革命政権は反革命分子に担ぎ上げられる危険性があることから少女の捜索を開始。見つけ次第、殺害するように捜索隊に命じる。

 

 しかし、革命政権はこの少女の行方を捜索しても手掛かりはおろか、その少女すらも見つけることができなかった。

 

 そして、聖暦1852年。革命政権は彼女の死亡宣告を出し、公式に捜索を打ち切った。

 

 その少女は今どこにいるのか?再起するために、連邦内のどこかに潜伏しているのか?または国外に逃亡しているのか(因みに、後に革命政権は逃亡先としてアルザーノ帝国に身柄の引き渡しを要求し、応じなければ無慈悲な攻撃で帝国を破壊すると脅迫したが、アリシア七世の毅然とした態度によりこれは阻止された)?

 

 彼女が今、どこにいるのか?それは、彼女と彼女に付き従った部下以外、知る者はいない。

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院正門へと続く上り坂の麓に二人の男女がいた。

 

 雪のように白い髪の少年と、鮮やかな淡青色の髪の少女が佇んでいる。両者の髪色は遠目から見てもわかるし、二人とも帝国では珍しい髪色をしているから、けっこう目立っていた。

 

 サーシャとリィエルだった。

 

「さてと……今日からここに表向きは世話になるわけなんだけど……任務の内容をもう一回、確認しておこうかにゃん♪リィエル」

 

「……ん」

 

 麓に佇んでいたサーシャが隣でちょこんと突っ立ているリィエルに振り向くと、リィエルは表情を変えずに短く答えるだけだった。

 

「といっても、内容はルミア=ティンジェルを護衛せよ、ということで要は彼女から目を離すなっていう意味にゃんだけどね」

 

「…………」

 

「……で、護衛についてなんだけど、リィエル、お前が彼女の側についてくれなんだにゃん♪俺は、付かず離れずの距離で彼女を見守るにゃん♪OKかにゃん?」

 

 サーシャがそう言い、リィエルがいる方に振り向くと……そこにリィエルはいなかった。

 

「…………」

 

 サーシャがリィエルがついさっきまで立っていた地面に視線を下ろすと、地面には無骨な大剣の形をした痕があった。

 

「……ビィエル」

 

 やれやれと肩を竦めたサーシャは、二の腕にちょこんと降りてきたビィエルにちょうどこちらに来ている男性講師と金髪と銀髪の美少女の三人組に大剣を錬成して突進していったリィエルを止めるように指を差す。

 

 すると、ビィエルはサーシャの肩二の腕から上空に飛び立ち、一際強く地面を蹴って、空高く跳躍したリィエルに向けて急降下していった。

 

 そして――

 

「どぉおわぁあああああああああああああ――ッ!?」

 

 サーシャは、リィエルに勢いよく突進したビィエルに巻き込まれて素っ頓狂な悲鳴を上げる青年の方に向かっていくのであった。

 

 

 

 

 自分の上空を何かが高速で過ぎった瞬間、素っ頓狂な悲鳴が聞こえ、ようやく我に返ったシスティーナが背後を振り返ると。

 

 そこには、大剣を構えこちらに突進してきた少女が高速の物体に吹き飛ばされ、それに巻き込まれるようにグレンが吹き飛ばされていた。

 

「な、な、何しやがんだテメェええええええ――ッ!?殺す気か!?」

 

 高速の物体に吹き飛ばされた少女に巻き添えをくらうように吹っ飛ばされたグレンは顔色を真っ青にし、涙目でガクブル震えながら、腹にダイビングヘッドしてきた少女に吠えかかる。

 

 一瞬、天の智慧研究会が放った刺客だと思い、システィーナは身体を動かすことができなかったのだが、それにしてはどうにも様子がおかしい。

 

「……会いたかった。グレン」

 

 ぼそり、と。

 

 むくりと起き上がった少女は、眠たげに細められた目で、無表情にそんなことを告げる。

 

「やかましい!質問に答えやがれ、リィエル!こりゃ一体、何のつもりだ!?」

 

 吠えながら、グレンは身を起こし、その場から素早く飛び下がる。

 

「挨拶」

 

「挨拶だとぉ!?てめぇ、挨拶という言葉を辞書で百万回調べてきやがれ!?」

 

 すると、少女がほんの少しだけ、不思議そうに表情を揺らす。

 

「……違うの?」

 

「違うに決まってる!」

 

「でも、アルベルトとサーシャがそうって言った。久々に会う戦友に対する挨拶はこうだって」

 

「んなわけあるかッ!?てか、アイツらの仕業かッ!?ていうより、今の絶対、ビィエルが突進してきただろッ!?くっそぉあの二人め、そんなに俺が嫌いか!?覚えてやがれ!ちくしょうッ!」

 

「……痛い。やめて」

 

 グレンは喚きながら少女の頭にヘッドロックをめりめりと極めている。

 

 なんだかとても、刺客とか戦いとか、そういう雰囲気ではなさそうだった。

 

「あの……先生?その子は……?」

 

 ルミアが曖昧な笑みを浮かべながら、グレンに問いかける。

 

「あれ?そう言えば、その子、この間の魔術競技祭の……」

 

「はい、そうです♪お久しぶりです、ルミアさん♪」

 

 ルミアはふと、今グレンに捕まっている少女に見覚えがあることに気付くと、背後から軽そうな声がした。

 

「あら、貴方は、確か……」

 

 ルミアが背後を振り返ると、そこには雪のような白い髪の少年がニコニコと微笑みながら手を振っていた。

 

「あぁ、そうだ、覚えていてくれたか。ところで、お前ら。俺が昔、帝国軍の宮廷魔導士団に所属していた時期があったってのは話したっけな?」

 

「いえ、私は……でも、なんとなくそうなんだろうな……とは思ってましたけど……」

 

 システィーナはどう反応したらよいのかわからず、ぼそぼそと応じる。

 

「そうか。まぁ、いい。それで、リィエルとサーシャ……こいつはその俺の魔導士時代の同僚だ。ルミアは二人とは直接会ったし、白猫もサーシャとは今日が初めて会うが、リィエルの顔くらいは知っているよな?まぁ、お前が会ったのは、ルミアが変身していたやつだが」

 

 システィーナは落ち着いて、じっくりと青い髪の少女……リィエルを見る。

 

 言われてみれば、確かに見覚えがある。

 

「な……なんだぁ……刺客じゃなかったのね……よ、よかった……」

 

 気が抜けたのか、システィーナはがっくりとその場に膝をついて、安堵の息を吐いた。

 

「で、だ。……もう薄々感づいていると思うが、こいつらが噂の編入生だ。表向きはな」

 

「……表向き、ですか?」

 

 ルミアが首をかしげる。

 

「ああ。なんでも帝国政府がルミアを正式に警護することを決定したらしくてな。で、一応、帝国宮廷魔導士団に所属する魔導士のこいつらが派遣されたらしい」

 

「そ、そうだったんですか……それにしてもこの子達が魔導士……凄いなぁ……」

 

 システィーナは目を丸くしてリィエルとサーシャを交互に見つめていた。帝国宮廷魔導士団といえば帝国最高クラスの魔導士達が集まる精鋭集団だ。見た目は自分達と同い年くらいなのに、リィエルとサーシャはすでにそんな集団の一員なのである。

 

 そう思うと、この素っ気ない小柄な少女と、少し軽そうな長身痩躯の少年が、とても頼もしく見えてくる。

 

「リィエルとサーシャ君……だよね?久しぶり……になるのかな?」

 

 早速、ルミアが挨拶しようと、二人に向き合った。

 

「ん」

 

「改めて自己紹介しますね?私がルミア、ルミア=ティンジェルです。で、この子が私の友達のシスティ……しシスティーナ。帝国宮廷魔導士団の方が来てくれるなんてとても心強いです。これからよろしくお願いしますね?」

 

「はい。俺はサーシャ=セルゲーヴナ=ソルダトワ。で、こっちがリィエル=レイフォード。今日から貴女の護衛を務めてさせていただきますんで、よろしくお願いします」

 

 すると、サーシャが今までの軽さとは打って変わって、ぺこりとお辞儀をして自己紹介する。

 

「……ん。任せて」

 

 そして、リィエルはほんの少しだけ胸を張って、やっぱり無表情にこう言った。

 

「大丈夫。グレンは私が守るから」

 

「え?」

 

「……は?」

 

「……リィエル」

 

 あまりにも意味不明なことを、さも当然のように言うリィエルを前に、ルミアもシスティーナも目を点にして硬直せざるを得ず、サーシャは溜め息を吐き……

 

「俺じゃねぇええええええええ――ッ!?俺を守ってどうすんだ、このアホ!?」

 

 ぐりぐりぐりっと、グレンはリィエルのこめかみを両手の拳で挟んで抉った。

 

「痛い。やめて」

 

「あのなぁ――ッ!?リィエル、お前、任務を理解してるか!?お前が守るのはこいつだ、こいつ!この金髪の可愛い可愛いルミアちゃんな!?オーケイ!?」

 

「……?なんで?」

 

「なんで?じゃねえよッ!?お前、作戦説明、受けなかったのか!?」

 

「……よくわからないけど。わたしはルミアより、グレンを守りたい」

 

「黙れ、やっかましい!そんなわけわからん要望通るか、アホ!?」

 

 グレンが頭をがりがり掻き毟りながら嘆き叫ぶ。

 

「……いや、どんだけルミアという名前をグレンに変換したいの、この子は?」

 

 そんなリィエルを見て、深いため息を吐くサーシャ。

 

 すると、ふと、サーシャはこちらをじっと見つめてくるルミアの視線に気付く。

 

「どうしました?」

 

「あ……いや、ちょっと……あはは……」

 

 けっこう見つめていたのだろう。少し照れくさそうに視線を逸らすルミア。

 

「サーシャ君って……どこか知っている人に似ていたから……」

 

「……ああ、そういうこと?と、言っても俺、五年前に東セルフォードからここに移ったからなぁ……」

 

「え?それって……?」

 

 一瞬、サーシャは押し黙り、遠い目でそう言う。

 

 その中で東セルフォードという言葉を聞いたシスティーナが、深く聞こうとするが……

 

「つーか、本当に、サーシャはともかくなんでよりにもよってリィエルなんだよ!?はいはい、どこをどう考えても人選ミスですッ!本当にありがとうございましたッ!特務分室の連中、マジで何考えてやがんだ、狂ってんのか!?」

 

 サーシャ、ルミア、システィーナの目の前で、眠たげな無表情のリィエルに対し、グレンが一方的にぎゃんぎゃん騒ぎ立てる光景が延々と展開していく。

 

「……えーと……大丈夫……なのかなぁ……?」

 

「まぁ……俺がいるから、なんとかなるっちゃなんとかなるけど……うーん」

 

 呆れるサーシャの隣で、流石のルミアもその光景を前に、一抹の不安を覚えざるをえなかった。

 

 

 

 

 

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