赤い国からの魔術師   作:藤氏

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Vienpadsmit(第十一話)

 

 

「ああ、くそ……ったく、なーんで俺がこんな目に……」

 

 決闘を申し込もうと息巻くハードゲイという隣のクラスの講師をグレンがなんとか口八丁で丸め込み、リィエルとの関係についての誤解を舌先三寸なんとか解けた(と思い込みたい)グレン。

 

 因みにサーシャの関係は、グレンの知り合いの紹介で知り合ったということで押し通した。

 

 一連の騒動で思わぬ時間を浪費し、本日の授業予定が大幅に狂ってしまった。

 

 仕方なく、グレンは予定を変更し、魔術の実践授業を急遽行うことにした。

 

 外に出て、皆と一緒に身体を動かすことでサーシャとリィエルが早くクラスの皆に受け入れてもらえるようにと、グレンなりに配慮した結果でもある。特にリィエルがクラスに上手く馴染めれば、ルミアの護衛もやりやすくなるだろう。

 

 というわけで、グレンのクラスの生徒達は学院の魔術競技場にやってきていた。

 

 幸い、今の時間帯はどこのクラスも使用していない。

 

 ここなら思う存分、魔術が撃てるというものである。

 

「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」

 

 広々と広がる競技場に、システィーナの凛と通る呪文が響いた。

 

 勢いよく身体を開いて前方に伸ばされた左手の指先から、一条の紫電が迸る。

 

 システィーナの放った雷閃は約二百メトラの距離を飛翔し、その先に据えられた人型のブロンズ製ゴーレムへと真っ直ぐに迫った。

 

 そのゴーレムには、頭、胸、両足、両腕の六ケ所に円形の的が設置されている。

 

 そして、システィーナの雷閃は正確無比にゴーレムの頭の的を射貫き――その的に小さなコインのような穴を綺麗に空けた。

 

「やったわ!」

 

 思わず小さくガッツポーズをするシスティーナ。

 

 おおお、とシスティーナの実技を見守っていた生徒達から感嘆の声が上がる。

 

「スゲェ……さすがシスティーナ……」

 

「やっぱ、名門のお嬢様は違うわ……」

 

 賞賛の視線と言葉を背中で受け流しながら、システィーナはルミアのもとへと戻った。

 

「凄い、システィ!六発撃って、全部の的に当たったね!」

 

 システィーナを迎えたルミアは、まるで自分のことのように、嬉しそうに言った。

 

 因みにルミアの成績は六分の三。取った的は、右手と胸の的、そして狙いが外れて偶然当たった左足の的の三つである。

 

「ほう、やるな、白猫。この距離で六発全弾命中は普通にすげぇぞ」

 

 グレンが感心したように手元のボードに結果を書き込んでいく。

 

 システィーナはグレンの褒め言葉に一瞬、嬉しそうに表情を輝かせ、その後すぐに不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

「……ねぇ」

 

 そんなシスティーナを見たサーシャは、ルミアにこそこそと話しかける。

 

「彼女、もしかしてグレン先輩のこと……」

 

「うーん、サーシャ君が思っている通りなんだけど……本人は気付いていないというか……素直じゃないというか」

 

 心なしか、頬に赤みが差しているシスティーナを見て、苦笑いするルミア。

 

「あ、なるほどね……」

 

 これはアレだ。惚れてしまった相手が自分が思っていたタイプとは全然違っていて、それを認めたくないという感じだ。

 

(金銭的にはだらしがない先輩だけど、それ以外は良い人だからなぁ……)

 

 むしろ丁度いいんじゃないかと、グレンとシスティーナを交互に見ながらサーシャは思うのであった。

 

 そして、その隣では。

 

「くぅううう……こ、これで勝ったと思わないことですわ!システィーナ!」

 

 ウェンディが悔しそうにハンカチを噛みながらシスティーナを睨みつけていた。

 

 因みにウェンディの成績は六分の五。調子よく次々と的に当てていったのだが、最後の一発、撃つ瞬間にくしゃみをしてしまったのだ。

 

「あの子……やたらとシスティーナに対抗心を燃やしているけど……」

 

「ウェンディは入学当初からシスティをライバル視してから……でも、どこか抜けているというかなんというか……」

 

「要所要所でドジ踏んじゃう子、って感じ?」

 

「まぁ、そんな感じかな……普段は成績は上位なんだけどね」

 

 いるよね、一人そんな子、とサーシャがそう思っている傍らで。

 

「納得いきませんッ!あんなの納得いきませんわ!先生、やり直しを要求します!私が本来の実力を出し切ればシスティーナに負けるはずがありませんわッ!」

 

「はいはい、わかったわかった……順番が詰まってるから後でな、ドジっ娘」

 

「きぃいいいい――っ!」

 

 ヒステリーを起こしたウェンディを適当に宥めながら、グレンは次々と実技を進めていた。

 

 なんていうか、システィーナと同じくらい気が強くて抜けている子だということがわかった。

 

(んー、さて、どうしたものかな……?)

 

 指を顎にあて、サーシャはちらりと周囲を見渡す。

 

 最早、生徒達の意識に、グレンとリィエルの浮いた話のことなどないようである。

 

 自由に魔術の腕を競える場においては、そんなものは二の次、皆、夢中で魔術狙撃の腕前を振るっていた。

 

(ある程度はこの人達の腕を見たけど……一部を除けば平均的、って感じかな?)

 

 システィーナはもちろん、さっき実技を競技を終えていたギイブルは全弾命中している辺り、流石と言っていいだろう。

 

 一発外したがウェンディも優秀なのは間違いない。ドジさえしなければ、この二人とは並んだはずである……ドジさえしなければ。

 

 他には小柄で女顔の少年セシルが六分の五で後はほぼどんぐりの背比べと言っていいだろう。六分の三で平均的――無難なレベルと言えばいいのかもしれない(因みにルミアもこの領域)。

 

(六分の三が平均的だとすると……そうだねぇ)

 

 そんなことを考えていると。

 

「よし、サーシャ。お前の番だ。やれ」

 

 グレンがサーシャに言葉をかけてきたから考えるのを止める。

 

 どうやらサーシャとリィエル以外の生徒達の競技は終わったらしい。クラス中の生徒達がサーシャに視線を向けていた。

 

 遠くでは、的の交換役の生徒がゴーレムに取り付けられた的の交換を終えたらしく、手を振り上げて合図をしていた。

 

「……あれを射貫け、ということで?」

 

「そうだ。お前ならわかってると思うが、同じ的を狙ったらダメだぞ?一つの的につき、狙っていいのは一回だけ、そういうルールだ」

 

「ほいほい、了解」

 

「あと……軍用魔術は使うなよ?」

 

 定位置に立とうとするサーシャに、グレンは誰にも聞こえないように耳打ちした。

 

「……それは、むしろリィエルに言った方がいいんじゃないですか?」

 

 苦笑いしてそう返し、サーシャは定位置に立った。

 

「さて……お手並み拝見としますかね」

 

 サーシャの立ち振る舞いを、クラス中が見守っている。

 

 当然と言えば、当然だ。やって来た新しい仲間が、いかなる実力を持っているのか……気にならないはずがない。

 

 さて、何発当てようか。

 

 クラス中の注目を一心に集めながら、サーシャは遥か二百メトラ先に設置されたゴーレムを、考えながら見据えて――

 

「≪雷精の紫電よ(タスィル・ペルコナ・スぺーチィシュ)≫」

 

 東部諸語――西部にある旧ラトガレ大公国(現在は東セルフォード社会主義共和国連邦を構成する共和国)で話される言葉で呪文を唱え、特に緊張はせず、ややだるそうな動きで前方を指差し――

 

 紫電が二百メトラの空間を走る。

 

 その紫電は、吸い込まれるように胸の的に飛び、射貫いた。

 

 おおお、と生徒達が感嘆が漏れるが、サーシャはそんなことを気にすることなく――

 

「≪撃て(ヴィエンス)≫、≪撃て(ディヴィ)≫、≪撃て(トゥリース)≫、≪撃て(チェットゥリ)≫、≪撃て(ピエツィ)≫」

 

 矢継ぎ早に呪文を唱える。左手から放たれた五発の紫電は、右腕、左腕、右足、左足に命中し……最後の一発は頭を掠めた。

 

「ありゃ?最後のは狙いが甘かったかな?」

 

 最後の一発を外し、サーシャは競技を終える。

 

(まぁ、サーシャは問題無いよな。あいつ、狙撃はけっこう得意だったしな)

 

 まぁ、サーシャより狙撃では人外の実力を持っている人間も一人、いるのだが。

 

 最後の一発も、生徒達のことを配慮して、わざと外したのだろう。

 

 グレンにとって予想内のこの結果。

 

 だが、生徒達から見れば、サーシャの魔術狙撃の技量は、このクラスの中ではシスティーナ、ギイブル、ウェンディと並び突出しているということがわかり(実際はこの三人の実力よりも遥かに上なのだが)、今までの値踏みするような見方から、大きく変わっていた。

 

「まぁ、サーシャは問題無し……と。より、リィエル。お前の番だ。やれ」

 

「……ん」

 

「いいか?サーシャにも言ったが、もう一度言うぞ?同じ的を狙ったらダメだぞ?一つの的につき、狙っていいのは一回だけ、とりあえず今回はそういうルールだ、わかってるな?」

 

「ん、わかった。攻性呪文であの的を壊せばいい。そうでしょ?」

 

「おう、そうだ」

 

「任せて」

 

 グレンの促しを受けて、リィエルが定位置に立った。

 

「さて……リィエルちゃんはどのくらい当たるかな……?」

 

「いや、案外、もの凄い使い手かもよ?あの子、常にクールで集中力高そうだし……」

 

「そう言えば、帝国軍への入隊を目指しているとか言ってたな……」

 

 と、今度は大トリのリィエルを見守るクラスの生徒達。

 

「……そういえば」

 

「……?そういえばって、どうしたの?」

 

 なにか思い出したサーシャに、隣にいたシスティーナが振り向く。

 

「いや、魔術狙撃で思ったんだけど、リィエルって、ちゃんと撃てるのかなっと、思いまして……」

 

「え、撃てるって……彼女、宮廷魔導士団のエースなんでしょ?だったら――」

 

「エースって言えば、エースなんだけど……今まで大剣を振り回す姿は見ても、身体強化以外に黒魔術使っていたところ、()()()()()()()()()()

 

「……はい?」

 

 遠い目でそう言うサーシャに、システィーナがどういうこと?と目を瞬かせた、その時。

 

「≪雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ≫」

 

 ぼそぼそと呪文を唱え、棒立ちのまま、どうにも杓子定規な動きで前方を指差し――

 

 紫電が二百メトラの空間を走る。

 

 だが、その紫電は的どころか、ゴーレムそのものを大きく右に外して飛んでいった。

 

「「「「…………………………」」」」

 

 微妙な沈黙が、クラス中を包みこんでいった。

 

「……おおう」

 

 あまりの外しっぷりに、流石のサーシャも何と言ったらいいのかわからず、呆然としている。

 

(いや……確かにリィエルがまともに黒魔術系の攻性呪文を使ったところ、軍時代にも見たことなかったが……まさか、ここまで下手くそだとは……)

 

 この予想外の結果に、グレンも額に脂汗を浮かべて呆然とするしかない。

 

 もう、この一射を見ただけでもわかる。リィエルの魔術狙撃の技量は、このクラスの中ではぶっちぎりでワースト1位だ。

 

「≪雷精よ・紫電の衝撃を以て・撃ち倒せ≫」

 

 クラスに漂うそんな微妙な空気にもめげず、リィエルは淡々と呪文を唱える。

 

 今度はゴーレムの左側を大きく外れて、雷閃がとんでいく。

 

 掠る気配どころか、的に寄る気配すらない。

 

 途端に、クラス中の視線が値踏みするような視線から、小さな子供を見守るような優しい視線になった。

 

「…………」

 

 一方、サーシャはというと、そのあまりの惨状に目を当てられず、深い溜め息を吐いた。

 

「え、えーと……サーシャ、リィエルって……」

 

「うん……多分、あの子は大剣と気合いがあればなんとかなるんだと思う……実際、それで外道魔術師倒しまくっているし……」

 

「でも、これって学院では色々と……」

 

「……終わったら、彼女を鍛えさせないと、いろいろとマズいかも……」

 

「あ、あはは……」

 

 と、システィーナ、サーシャ、ルミアがそれぞれの反応をしている中、リィエルのチャレンジは続く。

 

 だが、結果はどうにも振るわない。

 

 空に飛んでいったり(空に的があったのだろう)、地面に刺さったり(地面に的があったのだろう)……クラスの生徒達のアドバイスを受けても、リィエルの【ショック・ボルト】の呪文はゴーレムに掠る気配すら見せない。

 

「……もしかして、魔術の基本のきから教えないといけない感じっぽい?」

 

「もしかしてもしなくても、そうなるわね……」

 

「あはは、信じられるか?あれで、特務分室のエースなんだぜ?多分、今、この場でバラしても誰も信じないだろうけど、エースなんだぜ?……もう泣きたい……」

 

「お、落ち着こう、ね?私も手伝うから」

 

 なんか、魔術の基本をあの脳筋少女に教えてわからせるという壮大な事業と、今の惨憺たる状況を生み出しまくっているこの現状を見ていられないとばかりに、顔を手で覆い、肩を震わせるサーシャなのであった。

 

 そして、とうとう残すは六回目――最後の一射になってしまった。

 

(にしても、これ、なんとかしないと……)

 

 よく今まで生き残れたな、という呆れと同時に、サーシャは少々危機感を胸に抱いていた。

 

 サーシャとリィエルはルミアを護衛するためにこの学院に来ている。だが、あくまでも表向きは魔術を勉強するためにこの学院に編入された編入生なのだ。

 

 編入された以上、当然、在籍している生徒達と扱いは公平になるわけで、成績次第では退学処分となる可能性があるのである。

 

 つまり、この背景には帝国政府――しかも女王陛下のお墨つきもあるからとはいえ、リィエルがあのままだと、後々面倒なことになりそうだからである。……主に政治的な面で。

 

 だから、リィエルには今後は大剣を振り回すだけではなく、せめて基本的な魔術を使えるようにしないと、いつまでもこの学院にいられるとは限らない。本人はまったくわかっていないが。

 

(まぁ、先輩はこの人選は狂っているって発狂していたけど、あえてリィエルを入れたのも理由があるし、流石にリィエルだけじゃアレだから、そのお目付け役みたいな感じで俺も割り当てられたわけだけど……あとで先輩にも相談――)

 

 この予想外な問題に早く対処しなければならないとサーシャが物思っていた、その時。

 

「「「「な、なんだぁああああああ――ッ!?」」」」

 

 突然、生徒達が驚愕の声を上げる。何事かとサーシャがリィエルの方を見ると。

 

「……は?」

 

 なんと、リィエルの両手に長大な十字架型の大剣が出現し――その足元には十字架型の窪みが出来上がっていた。

 

 錬金術による高速錬成で、競技場の地面の土から鋼の大剣を瞬時に作り出したのである。

 

「お、おい……リィエル、お前、一体、何を……?」

 

 頬を引きつらせるグレンの言葉も虚しく――

 

 リィエルは大剣を頭上に大きく振りかぶって――

 

「いいいいいやぁあああああ――ッ!」

 

 乾坤一擲の気合と共に、たんっ、と地面を蹴って――

 

 リィエルは身の丈を越える大剣を、全身のバネを存分に振るって――投擲する。

 

 ひゅごお、と空気を引き裂いて投じられた大剣は、嵐のように縦回転しながら二百メトラもの距離を一瞬で消し飛ばし――

 

 ドカンッ!と凄まじい破砕音を立てて、大剣がゴーレムの胴を貫き――

 

 次の瞬間、ゴーレムはバラバラに砕け散って四散した。

 

 無論、ゴーレムに設置されていた六つの的は、全て跡形もなく粉々である。

 

「「「「……………………」」」」

 

 クラス中の生徒達が目を剥き、口をあんぐりと開けて硬直する中……

 

「……ん。六分の六」

 

 リィエルは眠たげな表情を崩さぬも、どこか得意げに、ぼそりと呟いていた。

 

「……あ、あのなぁ、リィエル……攻性呪文を使えっつったろ……」

 

「ん、攻性呪文。……だって、あれ、錬金術で錬成した剣だし」

 

「間違ってる……その解釈は絶対、間違ってる……」

 

 最早、グレンは呆れ果てたように天を仰ぐしかなく。

 

「…………」

 

 サーシャは考えるのを止めるのであった。

 

 案の定、クラス中の生徒達がリィエルを見て怯えている。

 

 せっかく、クラスと交流できるように取り計らったのに色々と台無しである。

 

 そんなこんなで。

 

 リィエル、サーシャと、グレンが担当する二組のクラスの生徒達との顔見せは終わったのだった。

 

 

 

 






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