それでは、どうぞ
そして、昼休み。
「いやぁ……やりやがりましたね……」
「ああ……マジでやりがった……あの馬鹿」
教室の扉の外からリィエルを見るサーシャとグレン。
二人は先のリィエルがやらかした快挙を振り返り、揃ってため息を吐く。
二人が視線を向けるリィエルの周辺は……二組の生徒達が遠巻きに彼女を眺めているしかなかった。話しかけることなく、ただ遠巻きに眺めている。そのおかげでリィエルがめっちゃ浮きまくっている。
先の授業で派手なデビューをしてしまったリィエル。
結局、二組の生徒達のリィエルに対する初印象は、完全に『変なやつ』『怖いやつ』『危ないやつ』という、新顔の編入生としては致命的過ぎる致命的な印象で落ち着いてしまった。これじゃ、あと二年は地獄に等しい学院生活になることは間違いない(ましてやルミアの護衛で編入しているのだから、尚更である)。
しかも、リィエルは極端に感情表現が乏しく、心の機微が読み取りにくい。常に眠たげに細められているその目は、怒っているようにも不機嫌そうにも見え、どうにも話しかけ辛い。当然、リィエルが自分から話しかけるようなことも皆無である。
そして、先の授業での、あの身の毛もよだつ破壊である。サーシャやグレン、アルベルトのように付き合いがある面々ならまだしも、今日で初顔合わせをした二組の生徒達からしてみれば、怖いったらありゃしないことだろう。正直、声をかけ辛い。
……と、いうわけだから、今、リィエルは自分の席についたまま、一人でぽつんとぼ~っとしており――
「おい……お前、リィエルちゃんに何か話しかけろよ……」
「で、でもよぉ……あの子、なんか怖くね?」
「そもそも……なんかおかしいだろ、あの力……本当に人間なのか……?」
生徒達は最初の一言のきっかけがまったく掴めず、リィエルを遠巻きに眺めるしかなかった。
「……あの馬鹿」
「まぁ、仕方ないと言えば仕方がないんですけどね」
サーシャの言う通り、リィエルのあの行動は彼女のことを知っている者からすれば、仕方のないことではあるのである。リィエルもサーシャも、二組の生徒達とほぼ同い年で特務分室に所属しているのだ。正直、二人の環境は一般から見たらまともじゃない。
サーシャは普通に生徒達と接することはできるが、リィエルは普通じゃない環境で生きてきたせいか、対人スキルが壊滅的なのだ。だから、あんな派手なことをやらかしたらどうなるのか……その程度の想像すらできないし、浮いてしまうということが理解できないのである。
(とはいえ、リィエルの場合、あまりにも度が過ぎているんだよね。あれじゃまるで、見た目は十代半ばの女の子だけど、中身は五歳以下の子供みたいじゃないか)
サーシャはリィエルの出自についてはあんまり知らない。
まだグレンが現役だった時に、グレンがある研究所から少女を救出して保護した。その少女がリィエルだったのだ。
その後、リィエルが特務分室に来るわけなのだが、リィエルよりも少し先に入ったサーシャはそれしか知らない。ただまともな環境で育ってないのは確かだと、そう思っていたし、今でもそう思っている。
だが、それを考えてでも……やはりリィエルは、精神的に幼さ過ぎる気がするのだ。
(先輩は何か隠しているかもしれないけど……まぁ、今それを問い詰めても、ね)
それよりも……今は浮きに浮きまくっているリィエルだ。こんな賑やかなクラスの中、誰とも関わりなく、一人ぼっちなリィエルの姿は実に哀愁を誘う。普通に可哀想だ。
リィエル自身はなんとも思っていないだろうが、放っておくのはどうにも後味が悪い。それにルミアの護衛もある。
「仕方ないですね。俺はルミアを昼飯に誘って護衛します」
「俺は……仕方ねーか」
ここは曲がりなりにも戦友だった自分がフォローしてやるべきだろうと、グレンはリィエルの下へ歩き始めようとする。
サーシャも、本来はルミアの側にリィエルがいて、自分は適度な距離で彼女を護衛するという感じにしたかったのだが……仕方なくルミアを昼食にでも誘おうとする。
(……まぁ、
そう思ってルミアの下へ歩き始めた……その時だった。
「お?」
「ありゃ?」
グレンより先に、リィエルのそばに立った少女がいた。
「ご機嫌よう、リィエル」
ルミアだった。その後ろにはシスティーナが控えている。
「…………?」
ルミアの気配を感じたリィエルが、ルミアをちらりと流し見る。
身じろき一つなく、眼球だけを動かして見上げてくるその視線は、まるで睨まれているようで、人によっては怖く感じる者もいるだろう。
実際、サーシャもリィエルに話しかけた時、あんな風に流し見られるが、その度にそれだと怖いから顔をこっちに向けてと言っていたものである。
だが、ルミアはそんなリィエルの視線を軽く受け流し、朗らかに微笑みながら言った。
「今、ちょうど昼休みになったんだけど……リィエルはお昼ごはん、どうするの?」
「……お昼ごはん?」
問われて、リィエルはふと視線をルミアから外し、少しだけ沈黙。
再び眼球だけを動かしてルミアを流し見て、言った。
「必要ない。わたしは三日間、食べなくても平気」
「えっ?だ、駄目だよ、それじゃ……身体に良くないよ?」
そんなリィエルの物言いに、ルミアは苦笑いしながら応じた。
……いや、必要じゃないとかじゃなくてね、と遠目に様子を窺っていたサーシャが呆れる。
「ちゃんと食べなきゃ。ほら、リィエルのお仕事にも差し障っちゃうよ?」
「……一理ある」
すると、リィエルは目だけでルミアの姿を追うのを不意に止め、ほんの微かに首を動かして、前よりはまともにルミアの姿を見た。
「でも、何を食べたらいいかわからない。今回の任務、食料が支給されなかったから。今までの支給分はここに来るときに全部食べたし」
「……あいつ、重症だな」
と、サーシャと同様に遠目で様子を窺っていたグレンは呆れていた。
支給される食料というのは、この場合、間違いなく軍用の携帯野戦糧食――豆や麦、芋などの穀物を練り固め焼いたブロック状の食べ物――のことだ。
「ていうか、お前らはルミアの護衛に来たんだろ?それなのに、軍用の野戦糧食を支給してかじらせる馬鹿組織があんだよ?ていうか、食事なしにどうするつもりだったんだ?あいつは」
「うーん……というよりも、リィエルってあの不味い野戦糧食以外の食べもん、食ったことないんじゃ……?」
「そういえば現役時代、あいつの食事風景、あれをかじっている光景しか見たことねぇ……」
あいつの舌、大分貧相なことになっているだろうな、と。グレンとサーシャが物思っている一方で。
「あ、そういうことだったら……私達、今から学食に行くんだけど、リィエルも一緒に行かない?」
「……学食?……何それ?」
「うーん、ご飯を食べるところ……かな。ね、どう?」
「…………」
押し黙ってしまう、リィエル。
よく注意して見ると、心なしかまばたきの回数が増えている。どうやら戸惑っているらしい。自分と同い年くらいの女の子と一緒に食事をしたことなどなかったのだろう。
「あのさ、リィエル。別に無理に……とは言わないわよ?」
その沈黙の間に耐えられず、ついにシスティーナが横から口を挟んだ。
「ただ、サーシャと貴女とは結構、長い付き合いになるかもしれないし、親睦を深めておくくらいいいんじゃない?それに食事は大勢で取ったほうが楽しいし」
「……楽しい?……わたしにはよくわからない、けど……」
システィーナの言の一部を反芻し、リィエルはちらりとグレンとサーシャを流し見た。
二人とも行け、と顎をしゃくって見せる。
それを見たリィエルはこくりと頷き、席を立った。
「ん。わかった。行く」
「ふふ、よかった。じゃあ、早速行こう?」
そして、ルミアとシスティーナはリィエルを連れて歩き始める。
ざわざわ、と。
教室に残っていた生徒達が、そんなルミア達を遠目に観察しながら、ざわめく。
「ゆ、勇気あるなぁ、ルミア……」
「大丈夫なのか……?あの子を誘って……」
そんなクラスメイト達の囁きなど意に介さず、ルミアとシスティーナはリィエルを伴って、教室の外に続く扉へと向かっていく。
そして、ルミア達はグレン達の前を通り過ぎた。
「……リィエルをよろしくな」
グレンはルミアとのすれ違いざまに、ぼそりと呟いた。
「はい」
ルミアはにっこりと笑って、それに応じた。
サーシャはそんなルミアを見て、物思う。
(ルミアって、あんな感じだったっけ?)
ルミアは見かけによらずやんちゃな一面がある。
(やんちゃなところはあるけど、あそこまで肝が据わっている所は
やはり、廃嫡された影響なのか、天の智慧研究会に本格的に狙われ始めているにしては彼女、肝がかなり据わっているのである。
と、サーシャはさらりとそんなことを思っているのだが、サーシャとルミアは魔術競技祭が初めて会ったはず。
魔術競技祭で初めて会ったのに。ましてやサーシャは絶賛内戦中の旧東セルフォード帝国連合出身の東部人なのに、民族も出生地も完全に異なるルミアの幼少期をサーシャは何故か知っていた。
そんなことを考えていると。
「あ、そうだ。サーシャ君も一緒にどう?」
「……ん?」
ルミアがサーシャに振り返り、昼食を誘うのだが、物思いに耽っていたサーシャは反応が遅れる。
「ほら、サーシャ君もこれから長い付き合いになるし、それにリィエルとサーシャ君のこと、もっと知りたいから、ね?」
「……ま、それもそうか」
いや、本当はそうしたほうがいいし、こちらから適当な理由を作って接触したほうが最善である。
だが、サーシャがそうしなかったのは、ルミアの周囲の――特に男子生徒からの人気が高いからである。
性格は天使、スタイルもこの年齢にしては良いルミアは、とにかく男子にモテるらしい。けっこう男子生徒から告白されてはそれを振るという展開が、過去に何回もあったことをグレン達と合流した時にシスティーナから聞いていた。
因みに、グレンも魔術競技祭以降、ルミアの登下校時に極力、護衛するようにしていたのだが、事情を知っているシスティーナやルミアや、グレンに助けられ、よく知っている二組の生徒達を除く講師や生徒達(特に男子生徒)からは、ルミアに対してやたら必要以上に干渉しているように見られている。
やれストーカーだの、やれ生徒に色目を使うクズ講師だのと、様々な中傷が飛び交うようになっている。しかも、当のルミアはグレンの過干渉に対して満更でな様子も、グレンに対するやっかみに拍車をかけていた。
別にサーシャも気にするわけでもないのだが、やっかみの矛先がサーシャに向けられたらいささか面倒である。しかも、事情を知っているのはこの学院内ではグレンを始め、学院長や元・特務分室所属で、現在は教授として在籍しているセリカ=アルフォネアなどほんの一握りである。事情を知らない輩がルミアの護衛を妨害する可能性も排除できない。
だから、ルミアの直近はリィエルに任せ、サーシャは付かず離れずの距離でルミアを護衛するということにしたのだ。派手なデビューをうっちゃらかしたリィエルだが、同性ならやっかみもなさそうだし、正面からリィエルに喧嘩を売って勝てる奴なんざ、少なくとも生徒の中にはまずいない。返り討ちに遭うのが関の山だ。
ただ、こうやって護衛対象からの直々の誘いを無碍に断るわけにもいかないので。
「せっかくの美人さんからの誘いなので、ご一緒させてもらいましょうかね」
「あはは、もう、サーシャ君ったら、お上手なんだから」
はにかむルミア。
(あ、けっこうこれに弱いんだ、彼女)
まぁ、年頃の女の子だしわからないわけでもないけど、とサーシャは思いつつ。
「じゃ、行きましょうかね。というわけで、案内よろしくお願いしますね」
「ふふっ、はい、わかりました」
サーシャはリィエルと共にルミアとシスティーナの後を追うように食堂に向かうのであった。
そんな二人――特にリィエルを見て。
「……やれやれ、だ」
グレンは、頭を掻きながら、ため息をつくのであった。