赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ


Trīspadsmit(第十三話)

 

 

 

 

 

 結果はというと――

 

 あの後、サーシャとリィエルはルミア達に食堂に案内されたが、特に大きなトラブルはなかった。

 

 先の授業で容赦なく高速錬成した大剣をぶん投げていたリィエルも苺タルトを気に入っていたし、そのおかげで突然大剣を振り回す少女から変わっているけど決して怖い人ではないという認識を、内心怖がっていたシスティーナはもちろん、席がなくて空いている席を探していたウェンディとリン、そして途中でやって来たカッシュとセシルから持たれたのは、今後リィエルがルミアを護衛しながら学院生活を送る上で大きな助けになるかもしれない(因みにサーシャの方はというと、ルミアにデートの誘いを断られたカッシュをからかうなど、すんなりと馴染むことができていた)。

 

 まぁ、なんやかんやで(昼休み終了の予鈴が鳴った途端、誰かの切ない悲鳴がアンサンブルしたが)、先の授業で植え付けられたイメージを少しは払拭することができ、サーシャとリィエルの初日はこうして終わるのであった。

 

 

 

 

 ――それは今から五年前、帝国連合が革命で消滅する数ヶ月前のこと。

 

 アルザーノ帝国首都、帝都オルランドでは今までにない活気に満ち溢れていた。

 

 特に、女王陛下の居城であり、帝国における政務の中心地である、フェルドラド宮殿へと伸びている大通りの両脇には老若男女問わず人手ごった返しており、それを帝国の警邏庁の面々が人が道に溢れないように整理し、王室親衛隊の面々が周囲に目を光らせ、あふれかえる人達を仕切っていた。

 

 かつてない人垣が通りにできているのは、今日、東の帝国――東セルフォード帝国連合皇帝パーヴェル一世率いる首脳陣と、アルザーノ帝国女王アリシア七世からなる首脳陣との首脳会談がフェルドラド宮殿で行われることになっていた。

 

 大勢の見物人に見守られる中、皇室の紋章である双頭の鷲――つまり皇族のみが乗ることができる馬車が宮殿に向かっていた。

 

 皇帝が乗る馬車の後ろの馬車にはパーヴェル一世の妻であり、アリシア七世の妹であるマリアベルとその長女であり皇位継承者第一位の嫡女が乗っていた。

 

 雪のように白い髪を背中まで伸ばした皇女は、馬車の窓から映る異国の帝都の街並みと皇帝一行を一目見ようと老若男女問わずごった返している観衆をまじまじと見つめていた。

 

 少女が見るアルザーノ帝国帝都オルランドは、東セルフォード帝国連合首都、冬都シリェーブリャヌィグラードと遜色ない、活気に溢れている都という印象を持っていた。

 

 目を輝かせていて景色を眺めていると、一行はフェルドラド宮殿に辿り着いた。

 

 女王が直々に出迎えるなど、手厚い歓迎を受けた皇帝は両国の国歌演奏などを経て、両国の首脳会談に臨んでいった。

 

 一方、マリアベルと皇女は、別室で待機していた。会談を終えた後、晩餐会が開かれるので、それまでがとにかく退屈であった。

 

「ねぇ、お母さん。まだここにいなきゃ駄目なの?」

 

 元々、やんちゃな性格であった皇女は、じっとしていられずに母に問う。

 

「そうね……この時間までよ。ほら」

 

 母は、懐から懐中時計を取り出し、晩餐会の時間を指差して皇女に見せる。

 

「ええ~!?こんな時間までに待たなきゃいけないの!?」

 

 幼くてやんちゃな性格である皇女にとってはあまりにも長い時間を見て、ぶーぶーと不満を漏らす。

 

「ええ、待たなきゃいけないの。貴女は、次期当主……つまり、次なる皇帝の座を受け継がなきゃいけないのですから。これくらい、待たなきゃ駄目よ?」

 

「はい、母さん……」

 

 渋々と皇女はそう言うが、やっぱり退屈である。

 

 そういえば、叔母であるアリシア七世には二人の娘――つまり、皇女にとっては従姉妹にあたる女の子がいたはずである。

 

 どうせなら、その子達と遊びたい、この宮殿を冒険したいと皇女が思っていると。

 

「あら?」

 

 ふと、マリアベルが開いている扉の隙間から金髪の女の子がこちらを見ていることに気がついた。

 

「貴女は……エルミアナ?」

 

 皇女と同い年くらいの女の子……エルミアナといった女の子がこくりと頷き、部屋に入ってきた。

 

「あらまぁ、可愛くなって。ふふっ、姉様ににそっくりになってきたじゃないかしら?さ、いらっしゃい」

 

 マリアベルが手招きすると、エルミアナはこっちに来てそして、皇女を見る。皇女も初めて対面する従姉妹をまじまじと興味深そうに見る。

 

「お母さん。この子は?」

 

「この子は、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ。アルザーノ帝国第二王女で貴女の従姉妹よ。ほら、挨拶なさいな」

 

 母からそう言われたから、皇女はエルミアナに振り向く。

 

 この子が、初めて会った従姉妹。

 

「私はエルミアナ。貴女のお名前は?」

 

 初めて会った従姉妹に、皇女はぱぁっと顔を明るくし――

 

「私はアナスタシア。アナスタシア=パーヴェルナ=ロマノヴァ。ナーシャって呼んで、エルミアナ!」

 

 ナーシャ――東セルフォード帝国連合第一皇女アナスタシアは、エルミアナの手を取って明るくそう言うのであった。

 

 これが、アナスタシアとエルミアナ――ルミアとの最初の出会い。

 

 そして、その数か月後、東セルフォード帝国連合は革命で崩壊するのであった。

 

 

 

 

「……ルミア?ルーミーアー?」

 

「……え?あ、システィ……」

 

 ふと、過去を彷徨っていた意識が、現在に帰還する。

 

「どうしたの?サーシャをじーっと見ていて……?」

 

 どうやらルミアは、サーシャをじっと見つめながら、過去の記憶を彷徨っていたらしい。

 

 ルミアの視線の先には、授業中に居眠りしていたリィエルを、グレンとサーシャが呆れながら見下ろしていた。

 

「あの、ルミア?……サーシャの顔に何かついているの?」

 

「……やっぱり似ているなぁ」

 

「へ?」

 

 ……まだ現在に帰還したばかりのせいだろうか。

 

 サーシャを見て、廃嫡される前に出会った従姉妹に似ているような気がした。

 

 

 

 

「……やれやれ」

 

「……疲れますね~、先輩」

 

 眠たげにおめめを擦るリィエルの姿を前に、グレンとサーシャはため息をついた。

 

 リィエルとサーシャが魔術学院にやって来て、早一週間が過ぎた。

 

 今やクラスに馴染め、ルミアの護衛をそつなくこなすサーシャとは対照的に、初日の顔合わせで盛大にやらかしたせいで、クラスの生徒達からどうにも敬遠されてしまう空気を見事に作ってしまったリィエル。これからの学院生活で、リィエルは一体、何をしでかしてくれるのか……当初、グレンとサーシャは気が気でなかった。

 

 何しろ、リィエルの捨て身な猪突猛進ぶりと、それに追随する武勇伝は帝国宮廷魔導士団の中では良くも悪くも有名で、枚挙に暇がない。例えば……

 

 一、敵が自分より多ければ、気合で全員叩き斬ればいい。

 

 ニ、敵が斬れないほど硬い守りを持つなら、気合でその守りごと叩き斬ればいい。

 

 三、敵が自分より速ければ、気合で自分が敵より速く動いて叩き斬ればいい。

 

 四、敵が罠を張っているなら、気合で罠ごと敵を叩き斬ればいい。

 

 ……等々。以上、信頼と伝統のリィエル戦法、その一例である。

 

 しかも、性質の悪いことに、リィエルはその意味不明な力押しを実際に成し遂げてしまうだけの圧倒的な能力と才気があり、れっきとした戦果が記録に残っているのだ。

 

 リィエルに敗れた外道魔術師達は、なぜ自分が負けたのか、今でも地獄で頭を悩ませ続けていることだろう。敗因=リィエルを相手にしたから、と言うしかない。

 

 とにかく、色んな意味で普通じゃないリィエルである。おまけに、堅気の世界の常識に極端に疎いリィエルである。どんなトラブルを起こしても不思議ではない。

 

 だが――結果的に、それは概ね杞憂に終わることになる。

 

「リィエル。お昼の時間になったよ。今日も私達と一緒に、学食行こう?」

 

「……ルミア?システィーナ?……ん。わかった、行く」

 

「サーシャ君も、どうかな?」

 

「んー、せっかくのお誘い嬉しいけど、今日はパスするわ」

 

「でも、リィエル。貴女、まさか今日も苺タルトを食べるわけ?飽きないの?私が言うのもなんだけど、栄養偏るわよ?初日以来、毎日それじゃない」

 

「大丈夫、システィーナ。問題ない。……苺タルトは……美味しいから」

 

「はぁ……理由になってないわ。何よ、この偏食」

 

「あはは、初めての日に薦めて以来、すっかりタルトの虜になっちゃたね?」

 

「…………」

 

 今日も今日とて、揃って学食に向かう三人の姿をグレンとサーシャは見送った。

 

 リィエルが特に問題を起こさなかったのは……もしかしてではなく、ルミアとシスティーナのおかげだろう。

 

 その二人が学院の内外でリィエルに付きっきりになることで(護衛としては失格そのものだが)、世間知らずなリィエルをうまくフォローしてくれている。そのおかげで、リィエルはルミア直近を、サーシャは一歩下がった距離で護衛するというコンセプトが一応、上手く機能している。

 

「ねぇ、リィエル。今日は別のものにチャレンジしてみない?ほら、苺タルト以外にも美味しいものが、きっとたくさんあるよ?」

 

「でも……わたしは苺のタルトが食べたい……」

 

 ルミアとしては、サーシャもだがリィエルは自分を(一応)護衛してくれている恩人だし、それ以上にルミアの性格的に、慣れない学院生活に戸惑うリィエルを放っておけなかったのだろう。

 

「まったく本当にしょうがない子なんだから……いい?リィエル。こんな若いうちからそんな偏食していちゃ駄目よ?もっと健康的で、栄養のバランスが取れた食事を心がけないと、身体を壊しちゃうんだから」

 

「うーん……それに関してはシスティも人のこと言えないんじゃ……」

 

「わ、私はいいの!」

 

 システィーナは別に、リィエルに対しては当初、何の好意も抱いてはいないようだったが、ルミアに付き合ってリィエルに接するうちに、なんだかんだで、リィエルのことが手間のかかる妹のように思えてきたらしい。

 

 いつの間にか、三人でいることが当たり前のようになっている。

 

「お。お前ら、また一緒かぁ。ははっ、仲いいな!」

 

「やれやれですわ。とことでシスティーナ、次の授業は薬草菜園での野良作業ですわ。この間のように三人で話しこんで遅れないようにしてくださいませ?」

 

 それに、カッシュやウェンディといった、クラスの中では中心的な生徒達が早々にリィエルを徐々に受け入れたのも大きかった。それを受けて、クラスメイト達も今まではサーシャだけ受け入れていたのが、一風変わったリィエルを徐々に受け入れ始めている。

 

 元々、グレンという異端児すら受け入れてしまう、おおらかさがこのクラスにはあったのだろう。たまにリィエルがグレン絡みで突拍子もない言動をしては周囲を驚かせるものの、サーシャとリィエルはクラスへと馴染みつつあった。

 

「あ、あのリィエルが……」

 

「問題行動が軍でも断トツに多い、あのリィエルが……」

 

「「……なんかマトモっぽい学院生活を送ってるなんて……」」

 

 リィエルがかなり馴染んでいることに、グレンとサーシャが驚きと同時に、なんとも感慨深そうに口を揃えて言った。

 

 だが、無論、万事順調というわけでもない。

 

 サーシャとリィエルという本来ありえない異分子が日常の世界に紛れ込んだ弊害は確実にある。

 

 

 

 

「あー、そりゃ、リィエルの錬金術はかなりその分野に究めていないと理解はしにくいし、実際、この術式を学会に出しても机上の空論で不可能と言われるのがオチだからね……あの錬成法は学院の中ではもちろん、軍の中でもリィエルにしか使えないものだと思った方がいいよ」

 

 学院からの帰り道。

 

 リィエルと共に、ルミア、システィーナをフェ―ベル邸まで護衛している途中、リィエルの錬金術――高速武器錬成の魔術式についてシスティーナから聞かれたサーシャがそう答える。

 

 本日の最後の授業だった錬金術の授業の後、教室に残った生徒達が雑談していると、リィエルが初日に見せたこの術のことが話題に上がり、なし崩し的にリィエルに解説してもらうことになったのである。

 

 まぁ、結果はほとんどの生徒達はほとんど理解できなかったらしく、座学だけは優秀なセシルや、学年でもトップクラスの成績優秀者であるシスティーナでも、魔術公式と魔術関数そのものを一からルーンで組み立てるグレンのマニアックな授業を受けていなければ理解できなかった代物だった。

 

「まぁ、そんな帝国軍ですら採用していない、普通の魔術師だと簡単に廃人にしてしまいかねない錬成法をいとも平気にやってのけるからね。そりゃ、錬金術が得意なギイブルは苛つくのは当然と言えば当然かもね」

 

「やっぱり帝国軍には採用されていない術式だったのね……」

 

「まぁ、アンタ達のおかげで、比較的すんなりとクラスには溶け込めているけど……何しろ、リィエルの能力は規格外だから完全には隠しきれないのよ。どうしても、その片鱗は出てしまうからねー」

 

 帝国宮廷魔導士団でも、屈指の外道魔術師撃破数を誇る、特務分室のエース。その隠しきれない力に得体のしれない恐怖を本能的に感じている生徒達も多い。

 

「まだ明確に魔術戦をやったことはないけど……多分、ていうか、十中八九リィエルに勝てる連中なんざいないと思う。俺だって、真正面から戦いたくないもん」

 

「そうなの?サーシャも帝国宮廷魔導士団のエースなんじゃ……?」

 

「俺はどちらかというと、暗殺がメインみたいなもんだから。リィエルみたいになんでも気合でぶった斬ってくる連中とは、相性が悪いというか、ね」

 

「そうなんだ……でも、確かに相手したら絶対勝てないかも……」

 

 しかも、その規格外の力を持つ相手が、初等魔術もロクにこなせない劣等生なのである。その格付けは最初の授業で、リィエルが大剣でゴーレムを木っ端微塵に粉砕したときにすでについてしまった。システィーナもルミアも、誰もが内心、本気でやり合えばリィエルには敵わないと思い知らされてしまっているはずだ。これは魔術師としていたくプライドが傷つけられたであろうし、年若ければ、なおいっそうのこと、そうだろう。

 

(まぁ、俺だって今日の放課後、上の学年から決闘持ちかけられたし……俺とリィエルみたいな異物を疎ましく思ってる連中なんざ、かなりいる。むしろ、この子達のような人間は少数派だろう)

 

 サーシャも、リィエルがシスティーナ達に高速武器錬成を解説している間、上の学年の生徒達に喧嘩を吹っかけられていた。

 

 曰く、東部人のくせに生意気だという、しょうもないことで決闘を持ちかけられていたのだ。結果は、もちろん、サーシャの圧倒的勝利で終わったのであるが。

 

 アルザーノ帝国の魔術師の中には、旧東セルフォード帝国連合出身の魔術師を下に見る者が少なくない。あの学院にもそういう者がいるなんて別に不思議なことでもない。現に魔導技術の面では、帝国と帝国連合の間に差があったのは事実なのだから。それは、帝国連合から革命政権になった今でも変わらない。

 

 むしろ、革命政権と帝政派と旧東部諸国の独立派との三つ巴の内戦を繰り広げている現状、この差はますます拡大することになるであろう。

 

「……まぁ、こればかしは時間が解決するのを待つしかないかな……?」

 

 そうこうしていると、サーシャ達の目の前に風格と威厳を兼ね備えた、立派な貴族屋敷が現れた。

 

 どうやら、フィーベル邸に辿り着いたらしい。

 

「さて、今日も何事もなく無事に着きました、と」

 

「ん。今日も敵、来なかった」

 

「はぁ……今日もっていうか、毎日、何事もなければいいのに……」

 

「あはは……二人とも、今日も一日、護衛ありがとうございます」

 

 口々にそう言う四人。本来、護衛がいない日常が当たり前なのだが、ルミアが天の智慧研究会に狙われている今、そうも言っていられない。

 

「一応、屋敷にはビィエルが見張っているから……もし何かあったら、あいつが知らせてくれるし、俺達も駆けつけるから」

 

 そう言いながら、肩に乗っているビィエル(学院内では屋上で休んだり、周囲を飛んだりして哨戒している)にフィーベル邸の屋上に指を差すと、ビィエルは屋上に向かって飛んでいった。

 

 護衛とはいえ、一日中フィーベル邸に張り付くわけにはいかないので、夜中から朝まではビィエルを常駐させることにしている。もし、夜中に敵が襲ってくる場合、事前にビィエルがルミア、システィーナに知らせ、サーシャにはサーヴァント契約で、リィエルには略式で仮サーヴァント契約して繋いでいる霊絡(パス)を通して知らせる。

 

 ルミアの出自の関係上、大っぴらに護衛できない以上、この方法が最善な護衛方法であった。

 

「なにからなにまで、ありがとう」

 

「いえいえ、これも仕事だからねぇ~。んじゃ、また明日。ほら、行くよ、リィエル」

 

 護衛をビィエルに実質引き継いだサーシャ達はここでルミア達と別れるのであった。

 

 

 

 

 

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