赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それではどうぞ


Sešpadsmit(第十六話)

 ある者達は、夜遅くまで心ゆくまで遊びながら談笑に耽り、またある者達は夜を徹して激しい闘争を繰り広げ、またある者達は明日に備えて早々に休み、ある者は誰も来ないように結界を張って話しており……それぞれの遠征学修の夜が過ぎていく。

 

 そして――

 

 

 

 

 どこまでも蒼い空。燦々と輝く太陽。焼けた白い砂浜。

 

 清らかな潮騒と共に、寄せては引き、引いては寄せ――千変万化する波の色。

 

 そんなサイネリア島のビーチに複数の少年少女達の姿があった。

 

 グレンのクラスの生徒達である。

 

「やっほー、システィ~」

 

 ばしゃりと、水着姿のルミアが海の中から姿を現す。

 

 青と白のストライプが可愛らしい、ビキニの水着姿。

 

 その優美な曲線を描く艶めかしいボディラインを伝い滴る水。

 

 潮風に乗って舞い上がる水飛沫が太陽の光を受けてきらきらと輝き、手を振って無邪気に笑うルミアを美しく彩った。

 

「水が気持ちいいよ!システィもリィエルもおいでよ!」

 

「うん!わかったわ!今、行く!」

 

 砂浜の一角に寄せ集めていた皆の荷物を整理していたシスティーナは、自分の身体をすっぽり包んでいた丈長のタオルをばさりと取り払った。

 

 不意に露わになる、控えめなカーブのラインが清楚な、そのスレンダーな肢体。

 

 腰に巻かれた花柄のパレオがお洒落な、セバレートの水着姿。

 

 明るい太陽の下に、透き通るように白く、張りのある健康的な肌が惜しげもなく晒される。その白磁の肌はただ、眩くて――

 

 たたたたっと、水着姿のシスティーナは元気よく、ルミアが泳いでいる場所へ向かって砂浜を駆けていく。

 そして、波打ち際で膝を抱えるように座り込んで、波の押し引きをじっと見つめているリィエルのそばで立ち止まり、リィエルに手を伸ばす。

 

 リィエルも水着姿だが、ルミア達のような華やかな水着とは異なり、リィエルはなんの飾り気もない、地味で野暮ったい濃紺のワンピース水着(学院の水泳教練用水着)だ。だが、システィーナ以上に平坦な身体のリィエルが着用すると、その平坦な線がよりいっそう強調され、逆にルミア達とはまた違った、幼さゆえの清廉な魅力を発揮し始める。

 

「ほら!一緒に泳ごう?リィエル」

 

「…………ん」

 

 しばらく、リィエルは差し出された手をじっと見つめて……やがて、おずおずとシスティーナの手を取り、立ち上がった。

 

 そして、システィーナに手を引かれるままに、海の中へと入っていく。

 

 ざぶざぶと、白い宝石のように波がしぶいた。

 

 そんな中――

 

「……あつぅ~い……」

 

 制服姿のサーシャは、近くに立っているヤシの木の木陰に寝転がっていた。

 

 太陽に当たらないように日陰に寝転がり、大気を冷気に変換し、涼を取っている。

 

 ……傍から見たら、寒く感じるぐらいに冷房をきかせていた。

 

「……サーシャ……寒い……冷気がこっちまで来てるんですけど?」

 

 いつものシャツにクラバット、ローブをだらしなく肩に引っ掛けた格好のグレンが、近くの砂浜で立てられた日除けの傘の下にシートを敷き、その上にぐったりと寝転がっていた。

 

 冷気がグレンの所まで来ているから、夏に近付いている季節なのに、冬並の寒さがグレンを襲っていた。

 

 一方で――

 

「……え、『楽園(エデン)』はここにあったのか……ッ!?」

 

 カッシュにロッド、そしてカイといった、クラスの男子生徒達は、水着姿の女子生徒達を前に、感涙の涙を禁じえなかった。

 

「焦らずとも、『楽園(エデン)』はいずれ俺達の前におのずと現れるから今日は退け……全て、先生の言うとおりでした……」

 

「ごめんなさい、先生……俺達が……俺達が間違っていました……ッ!」

 

「なのに俺達ときたら、先生に散々呪文をぶつけて痛めつけて……ッ!目先のことばかりしか考えられなくて……ッ!」

 

「ありがとうございます、先生……どうか、あの世で安らかに眠っていてください……俺達のことを、ずっと見守っていてください……」

 

 カッシュ達が見上げる青い空に、グレンの爽やかな微笑が幻のように浮かんで……

 

「いや、生きてるから、俺」

 

 ふて腐れたようなグレンの声が、自分達の世界に浸っている男子生徒陣の背中に浴びせかけられた。

 

 あの様子だとグレンは一晩中、なにがなんでも女子の部屋に行きたい男性生徒達の攻撃を受け続けていたようである(+ビィエルからどつかれまくっていた)。

 

 実際、黒魔【ショック・ボルト】の呪文を手加減し、いくら生徒達の身体にダメージが残らないように優しく意識を刈り取ってやっても、何度でも執念で復活しては執拗にかかってきていたのだから、流石のグレンも未だに身体中が痛くて泳げるような状態ではなかった。

 

「……まったく、いつでもどこでも騒がしいことで……」

 

 そんなグレン達のやり取りを見ながら眠気がきたので、サーシャはそのまま眠るのであった。

 

 

 

 

 ――夢を見る。

 

 これが初めてではなくて……そして、もう見たくもない悪夢。

 

 目の前には、母親が倒れて血の海に沈んでいる。

 

 何回も何回も身体を揺すっても、母は何の反応もしない。とっくの昔に死んでいるのに、それを受け入れたくないのか、なんども揺すっている。

 

 何名かの男の声で、我に返り顔を振り上げると、自分の額に銃剣を向けていた。

 

 男達が何かを言い合っているが、そんなの耳に入らない。確かなことは、これから殺されるということ。

 

 これから訪れる末路に、硬直してしまったまま動かない。何も悪いことしてないのに、この理不尽な訪れを受けるなんてと嘆いている。そんな思考などどこにもない。

 

 そして、男が銃剣で刺そうとして――

 

 

 

 

「……くん……くん」

 

 …………。

 

「…………君、……サーシャ君」

 

 ………………。

 

「……サーシャ君ッ!」

 

「――ッ!?」

 

 悪夢から目が覚める。現実に還る。

 

 五年前のあの血に塗れた部屋ではなく、目の前に広がるのはサイネリア島の白い砂浜と。

 

「ちょっと、貴方、大丈夫?」

 

「なんか、凄くうなされていたけど……」

 

 水着姿のルミアがサーシャの身体を揺すっていて、システィーナが心配そうにサーシャの顔を覗き込んでいた。

 

 悪夢を見たせいなのか、全身汗がびっしょりで気持ち悪い。

 

「……ちょっと悪い夢見ていたから、それでね……もう大丈夫」

 

 そう言って立ち上がるが、身体が少々ふらついていた。

 

「あの……本当に大丈夫?顔色悪いわよ?」

 

「大丈夫……大丈夫だから……」

 

 サーシャはそう言うが、本当は大丈夫じゃなかった。

 

 あの悪夢は何度も見る。

 

 五年前、とある身分で一般と比べて自由ではなかったが、それなりに安寧としていた日常が突如、壊された。

 

 あの男が全てを壊した。帝国連合を崩壊させ、自身の思い通りにするために権力を握った。そして、それを盤石にするために、自分に敵対する者達を片っ端から抹殺を図っている。そして、それは残念なことに順調に進んでいる。

 

「……で、どうしたの?皆で遊んでいたんじゃなくて?」

 

「あっ、それが、これから皆でビーチバレーでもしようっていう話になって……それで、先生とサーシャ君もどうかなって思ったんだけど……」

 

「……あー、それだったら、途中からでもいい?今はちょっと乗り気じゃないっていうか、ね」

 

 だから、今度はこっちが壊してやる。そのために国家保安委員会に入ったのだから。

 

「うん、わかった。でもあんまり無理しないでね」

 

 そう言ってグレン達の元に向かっていくルミア達を見送りながら、サーシャはある物以外を奪っていき、壊して今は権力の座にいる男に復讐して目的を果たすことを胸に誓うのであった。

 

 

 

 

 因みに、サーシャはビーチバレーに途中で参加するのだが……

 

「……おい、サーシャ、どうしたその格好……」

 

「……?水着ですけど?」

 

「んなわけあるかッ!?なんだよ、見てるだけで寒くなりそうな水着は!?ていうか、寒いわ!涼しいを通り越して寒いわ!」

 

「仕方ないじゃないですか、暑いんだし」

 

 サーシャは自称水着姿に――雪だるま姿で全身を包んで砂浜に立っていた。

 

 白い砂浜に雪だるまという、なんともシュールな光景の中、グレンのチーム対サーシャのチームの試合が始まり――

 

 あんな傍から見たら動きにくい格好にもかかわらず、動き回るサーシャなのであった。

 

 

 

 

 その日はクラス一同、散々遊び倒した。

 

 海から引き上げたら、観光街を練り歩いて。

 

 日が暮れたら、皆でわいわい騒ぎながら砂浜でバーベキューをして。

 

 楽しい時間は飛ぶように過ぎ去っていく。

 

 そして――

 

 

 

 

 時分はすっかり深夜。就寝時間を大きく回り、外はすっかり暗い。

 

 大方の生徒達は、今日一日の遊び疲れで、すでに眠りについていた。

 

 観光街は、オイル式の街路灯やランプが炊かれ、町はまるで夕方のように明るい。新し物好きな富裕層が好む最新式の照明設備であるガス灯ならまだしも、オイルのランプでこの明るさを出すのは相当なものだ。

 

 オレンジ色に点々煌々と燃え揺らめく無数の炎の光が町の陰影を絶え間なく揺らし、土壁の建物と街路樹で構成されるサイネリア島観光街は、この上なくエキゾチックな雰囲気を晒し出していた。

 

 そんな町の外、ダークブルーに染まった海と水平線、空には白銀にの三日月が輝く白砂浜の海岸に。

 

「ほら、システィ、サーシャ君、早く早く」

 

「ねぇ、ルミア……その……やっぱりまずいわよ……」

 

「いくらグレン先輩でもな……ていうか、あれだけ遊んだのに、元気だなぁ」

 

「すぐに戻れば大丈夫だよ。それよりも早く海、見よう?絶対、物凄く綺麗だよ?」

 

「海なんて、昼間、散々見たでしょう?……あー、もう、貴女って子は~っ!」

 

「まぁ、いいんじゃない?ウチらがいるから」

 

 砂浜に現れたのは、ルミアとシスティーナ、そして護衛としてサーシャと……

 

「……一体、これから何をするの?」

 

 三人の後を雛鳥のようについてきたリィエル。

 

「ふふ、皆で夜の海を見るの。今日は月が明かるいから、きっと凄く綺麗だよ?」

 

「……そう。よくわからないけど」

 

 因みに、四人の他に、離れた木陰に潜むようにグレンが腰かけていたのだが、それに気付いていなかった。

 

 そして。

 

「……あ」

 

 波打ち際までやってきたルミアとシスティーナの二人は、その雄大で幻想的な、夜の海の光景に圧倒されていた。

 

「綺麗……」

 

「……本当ね……月夜の海がこんなに綺麗なものだったなんて、知らなかったわ……」

 

 緩く吹いている潮風が、四人組の髪や服の裾を揺らす。

 

「ね?システィ。来て良かったでしょ?」

 

「……う。そ、それは、まぁ……確かに……でも、これとそれとは話が別よ、ルミア!部屋をこっそり抜け出して海を見ようだなんて……」

 

 怒ったようにシスティーナが言うが、ルミアは穏やかに笑うだけだ。

 

「うーん、俺が『今夜は月がはっきりしているから、海は綺麗かもね』と言ったのが、運の尽きだったかな?」

 

 サーシャは曖昧な表情で苦笑いするだけだ。

 

「あはは、システィも結局、止めきれずについてきちゃったじゃない。やっぱり、見てみたかったんじゃないかな?」

 

「…………う、ぐ」

 

 図星だったらしい。言葉に詰まってしまうシスティーナ。

 

 そもそも止めきれずに、ここまでついて来てしまった時点で同罪だ。

 

「はいはい、私の負けね。はぁ……まぁ、せっかく規則を破ってまでこんなところに来たんですもの。堪能しなきゃ損ね……」

 

「うん、そうそう」

 

「なんていうか……ルミアって本当に見かけによらずやんちゃだよね」

 

「そうなのよ。昔っから、やんちゃなんだから……」

 

「ふふっ、二人とも、ごめんね」

 

 ルミアは悪戯っぽく笑った。

 

「それにしても本当に綺麗だね。ウェンディやリン達も来れば良かったのに……」

 

「仕方ないわよ。あの二人、なんだかすごく眠そうだったし……」

 

 そして、二人は再びこの風景に魂を奪われ始める。

 

 サーシャも、何かを物思いながら風景を眺める。

 

 やがて、ふと。

 

 先ほどから一言も発せずに押し黙りっぱなしのリィエルの存在を思い出したらしい。

 

「……リィエル?」

 

 不安になったのか、ルミアは背後にいるはずのリィエルを振り返った。

 

 その不安は杞憂に終わり、いつもと変わらない様子のリィエルがそこにいた。

 

「……どう、かな?リィエルにはやっぱり、退屈だった……かな?」

 

「…………」

 

 リィエルはルミアの恐る恐るな問いかけに応じず、無言。

 

 そんなリィエルの素っ気ない態度にルミアが再び不安を感じ始めた、その時だ。

 

「……そんなことは……ない」

 

 ぽつり、と。

 

 意外な言葉がリィエルの口から突いて出てきた。

 

「……え?リィエル」

 

「こんなの……初めて見た……なんだろう……よく、わからないけど……」

 

 迷うように。

 

 言葉を探すように。

 

 リィエルが一言、一言、言葉を一生懸命紡いでいく。

 

「……この光景は……飽きない」

 

 月明りによく目を凝らしてリィエルの顔を覗き込めば、リィエルは常に眠たげに細められた瞳を、今だけはいっぱいに開いて、月夜の海を一生懸命見つめているようだった。

 

 そんなリィエルの様子に、ルミアは安堵したような、そして慈しむ様な笑みを浮かべて言った。

 

「私ね、リィエルと知り合えて、とても良かったって、そう思う」

 

「……良かった?わたしと会えて?……どうして?」

 

 リィエルはほんの少しだけ不思議そうに瞳を揺らし、問い返す。

 

「うーん、なんだろう?こういうのは理屈じゃなくって……」

 

 少し困ったようにルミアは笑って。

 

「あなたと、こうして友達になれたことが、とても嬉しいの」

 

「……ともだち……?」

 

 虚を突かれたように、リィエルが硬直した。

 

「……わたしと……ルミアが……ともだち……?」

 

「うん、そう。あ、もちろん、システィも入ってるよ?」

 

「ちょっと、ルミア……何よ、そのついで感」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 ぺろっと小さく舌を出して笑うルミア、呆れたようにため息をつくシスティーナ。

 

 そんな二人の様子を、リィエルは横目で眺めていて。

 

「……ともだち……よくわからないけど」

 

 戸惑うように、言葉を切って。

 

「……嫌じゃない」

 

 そんなことを、いつものように感情の読めない表情で呟いて、再びリィエルは月夜の海へとぼんやり目を向けた。

 

 ルミアはそんな素っ気ないリィエルを見てにっこり笑って。

 

 何を思ったのか、靴と靴下をいそいそと脱ぎ始めた。

 

「……ルミア?貴女、何を……」

 

 システィーナの問いに応じず、ルミアはぱしゃぱしゃと海の中へと入っていく。

 

「ちょっとちょっと、ルミア!貴女、何やってるのよ!?」

 

 そして、ほっそりしたその脛が海水に浸るくらいのところで、ルミアが両手を大きく広げ、くるりと振り返る。

 

 金糸のような髪と、服のすそが、ふわりと広がった。

 

 満天の星を背に、月に照り返される海面に浮かぶ少女の無邪気な微笑み。

 

 それは一種、侵し難いほどの神聖さと神秘さに満ちた光景だった――

 

「ふふっ、水がとっても気持ちいいよ……」

 

「こ、こらっ!ルミア!戻ってきなさいって!服が濡れちゃうじゃない!」

 

「大丈夫だよ、システィ。替えの服は持ってきてるから」

 

「そ、そういうことじゃなくて……」

 

 なんと宥めたらよいものか。システィーナが一瞬、逡巡していると――

 

 きらきらと輝く銀の飛沫が、宙を舞う。

 

「……きゃあっ!?」

 

 輝く飛沫を受けたシスティーナが悲鳴を上げる。

 

 その冷たい感触から、飛沫の正体が海の水であることをすぐに察する。

 

「あははっ!」

 

 ルミアが両手で足元の水をすくって、システィーナに投げかけたのだ。

 

 当のルミアは悪戯っぽく笑いながら、システィーナを見ている。

 

「や、やったわねーっ!?もう許さないんだからっ!」

 

 怒ったような素振りで、システィーナが靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ捨てる。

 

 そして、システィーナは、一瞬、波打ち際で躊躇うような素振りを見せたものの、すぐに迷いいを振り払うかのように、海の中へと足を踏み入れ――

 

「このっ!このっ!」

 

「きゃっ!」

 

 ルミアへ向かって水を飛ばし始める。そんなシスティーナの表情は、怒っているというより、どこか嬉しそうに生き生きとしていた。

 

「おーい、遊ぶのはいいけど、ほどほどにしとけよー?」

 

 そんな二人のじゃれ合いをサーシャは苦笑いで眺め、砂浜に腰かける。 

 

 今は、この星空を眺めていたい。

 

 やがて、ルミアの呼びかけに応えるようにリィエルも靴と靴下も脱がず海の中へと足を踏み入れ、システィーナに大量に水をかけている。

 

 そこからは、少女達は夢中で水かけっこに興じていた。

 

 楽しげな笑い声。

 

 怒ったような叫び。

 

 時折上がる悲鳴。

 

 ひっきりなしに聞こえてくる水音。

 

 子犬や子猫がじゃれ合うような、姦しくも微笑ましく少女達が戯れる光景。

 

 きらきらと輝く水の珠が空を舞っている。

 

 まるで、波間に踊るように……

 

「……まったく」

 

 サーシャは、そんな少女達を微笑ましく流し見、そして再び星空を眺める。

 

 しばらくすると。

 

「サーシャ君」

 

 どれくらい眺めていたのか。ふと、声をかけた方を振り向くとそこには濡れ鼠になっていたルミアが隣に腰かけていた。

 

 海の方を眺めると、システィーナとリィエルが水かけっこをしており、すっかり濡れ鼠になっていた。

 

 再び星空を眺め……しばらくすると。

 

「……五年前、まだ革命が起きる前なんだけど、一回サイネリア島に寄ったことがある」

 

「……サーシャ君?」

 

 訥々と昔話を始めたサーシャに振り向くルミア。サーシャの顔はどこか懐かしむような、そんな表情をしている。

 

「その時に、この時間帯と同じぐらいに母とこっそり抜け出して夜の海を見に行ったんだけど……その時もこのくらい綺麗な光景だった」

 

「…………」

 

「懐かしい。こういう景色を二回も見れたし……この護衛任務を受けて本当に良かったと思う」

 

 懐かしむサーシャを見てルミアはくすくすと微笑む。

 

「……どうした?」

 

「ううん、なんかサーシャ君って従姉妹に似ているなぁって思って」

 

「従姉妹……皇女様のこと?」

 

「うん。五年前、まだ私が廃嫡される前に、一回会ったことあるの」

 

 五年前というのは、恐らくアルザーノ帝国と東セルフォード帝国連合の最後の首脳会談になったあの時のことなのだろう。

 

「その時にアナスタシア……ナーシャって呼んでいたんだけど、あの子もその前にここに寄って綺麗な星空を見たって言っていたの。その時の話している顔が今のサーシャ君とそっくりで」

 

 そう言ってにっこりと微笑むルミアに、サーシャは一瞬、押し黙る。

 

「あの子、今はどうしているんだろう?革命で行方不明で……亡くなったという情報もあるけど……もしかして帝国にいたりして、とか思っちゃったりして」

 

 革命で崩壊し、今は行方不明のアナスタシアの現在を案じているルミア。

 

「ルミア……実は……」

 

「……サーシャ君?」

 

 サーシャが何か言おうとするが……

 

「……いや、なんでもない」

 

 少し躊躇し、言うの止めた。

 

「因みにだけど、ルミア。……リィエルのこと友達って言ったけど、俺もその中に入っているかな?」

 

 五年前と同じ景色を眺めながら、サーシャがルミアに問うと。

 

「ふふっ、もちろんだよ」

 

「……そう、か」

 

 穏やかに笑うルミアに、サーシャがふっと笑みを零し。

 

「……そろそろ、帰りましょうか?」

 

「うん、そうだね。今日はありがとう」

 

 そう言って、ルミアとサーシャは立ち上がり、システィーナ達の元へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 


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