赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ


Septiņpadsmit(第十七話)

 

 

 

 そして次の日、研究所見学の日がやってくる。

 

 午前中に軽めの食事を取ってから、グレンと二組の生徒達は観光街の旅籠を出発。サイネリア島の中心部にある白金魔導研究所を目指し、ぞろぞろと歩き始めた。

 

 北東沿岸部の観光街周辺こそそれなりの開発と発展が進んでいるサイネリア島だが、実は島の敷地のほとんどは今もなお、手つかずの樹海であり、未知の領域でもある。

 

 その未知の領域の生態系は、未だ完全には掴めておらず、魔術学院や帝国大学の調査隊が定期調査に入るたびに、新種の動植物や魔獣の発見が報告されるほどだ。

 

 確実な安全が確保された島の北東沿岸周辺と野外散策用のいくつかの例外区域を除き、今の大部分は今もなお、一般人立ち入り禁止とされている。

 

 今回の『遠征学修』の目的地である白金魔導研究所は、そんなサイネリア島のほぼ中心部に設置されている。

 

 グレン達は北東沿岸部と中心部を繋ぐ道を、島の中央を目指して延々と歩く。石畳で舗装された、樹海を貫く道の左右には鬱蒼と茂る原生林が踊っており、のびのびと手を伸ばす梢が頭上を覆い隠し、僅かな木漏れ日が道に細やかな光の切れ端を形作っている。

 

 舗装された道とはいってもフェジテのような精緻な石畳には程遠く、自然の起伏がはっきりとわかるほど残っており、石の並びも雑で、歩きにくいことこの上ない。場所によってはまったく舗装されておらず、道なき道になっている領域すらある。

 

 軍生活の長かったグレンや、現役であるサーシャ(日光が直接当たってないから)と田舎地方出身で学院に通うためにフェジテにやって来た数少ない例外の生徒を除き、基本的に都会っ子な生徒達は早くも根を上げ始めた。

 

 まぁ、そんなこんなで苦労しながら目的地まで向かう一行なのだが、その時。

 

「うるさいうるさいうるさいっ!」

 

 突然張り上げられた声に、クラス全員が思わず足を止め、張り上げた声の持ち主――リィエルに注目する。これには、研究所に着いてからの行動を考えていたサーシャも、思わず思考を止めてしまうほどだ。

 

 あの大人しいリィエルが、こんなにも敵意むき出しな激しい声を上げるなんて。

 

 信じられない、という感情が、皆、その顔にありありと表れていたし、サーシャも今まであんなリィエルの姿なんて見たことなかった。

 

「関わらないで!もう、わたしに関わらないで!いらいらするから!」

 

「……っ!?」

 

「わたしは――あなた達なんか、大嫌い!」

 

 当のリィエルは一方的に子供のようにわめき立て、システィーナの手を振り払うと、ふいっと二人に背を向け、肩を怒らせて歩き去っていく。

 

 後に残されたのは、呆気に取られて言葉を失ったルミアとシスティーナだ。

 

「……な、なんなんだ……?」

 

「あの三人って……昨日まで結構、仲……良かったよな……?」

 

「なんだかんだで打ち解けられたと思ったんだけど……」

 

「……何があったのかしら?」

 

 ひそひそと。

 

 そんなルミア達の様子を気まずそうに窺いながら、生徒達が口々に囁き合う。

 

(……一体、何が……?)

 

 サーシャも、突然のリィエルの豹変に訳も分からず、ただ、リィエルの背中を見るだけだ。

 

 昨日の夜遅くまでは、あの二人を嫌っている様子なんてなかったのは明らかだ。なのに、この突然の態度の豹変は一体、何なのか、さっぱりわからない。

 

 何かあったとするならば……それは、ルミア達も寝静まった後から今日の朝の間だろう。今日の朝なんて、リィエルはなぜか旅籠におらず、全員で探し回ったほどだ。

 

(訳が分からない……朝までに何があったんだ?)

 

 いや、それよりも今、護衛の一人が護衛対象を拒絶しているということに、サーシャは今後の行動に支障が出るのではないのかと懸念を抱いていた。

 

 背後にアルベルトが控えているとはいえ、囮であるこちらが護衛任務を事実上放棄するなんてあり得ないことだ。

 

 原因はわからないが、こうして護衛対象を拒絶している以上、しばらくはサーシャがルミアに張り付かなければならない。

 

(……困ったことになった)

 

 さて、どうしたものだろうかと、サーシャが計画の見直そうとした時。

 

「……あいつはさ、子供なんだよ」

 

 ぽつり、と。背後からグレンが零していた。

 

 移動隊列の殿を務めていたのだが、今の騒ぎで全体的に足が止まったせいで、追いついたらしい。

 

「見た目はお前達と同じくらいのなりをしちゃいるが……心はまだほんの小さな子供なんだ。そうならざるを得なかった特殊な生い立ちなんだ……」

 

(……生い立ち?)

 

 グレンの言葉を聞き逃さないサーシャ。

 

 そういえば、シーホークから出発する前にグレンはアルベルトと会っていた。

 

 二人に気付かれずに、サーシャは二人の会話を盗み聞きしていたのだが。

 

 ――リィエルに気をつけろ。

 

 ――おいおい、もう気をつけてるよ。あいつが暴走しないように、どんだけ俺が……

 

 ――そういう意味ではない。リィエル……あの女は危険だ。

 

 ――俺とお前だけはリィエルの危険性は知っている筈だ。

 

 ――……あれはもう昔のことだぜ。今のリィエルは……リィエルだ。

 

(……あの会話を聞いた感じ、二人はリィエルの本当の素性を知っている。知っていてそれを隠している)

 

 どうやらリィエルは、二年前に天の智慧研究会から保護されたという単純な事情ではないらしい。

 

(二年前、何があったんです?)

 

 リィエルの素性を隠しているグレンを、サーシャは横目で見ながら、物思うのであった。

 

 

 

 

 それから、二時間ほどが経過した。

 

 切り立った崖に面した道を蛇行し、谷間にかかったつり橋を渡り、冷たく透き通った水の流れる渓谷沿いに進み……一行はとうとう、白金魔導研究所へと辿り着く。

 

「……こんな僻地に建てるなんて……もう少し良い立地あったんじゃないの?」

 

 少し疲労を感じ始めていたのか、毒づきながら正面の研究所を見上げる。

 

 白金魔導研究所は、そのすぐ背後を切り立った崖から流れ落ちる圧巻の滝、両側を原生林に囲まれた神殿のような建物だった。研究所正面前広場は開けており、前後左右に間隔を空けて規則正しく並んだ正方形の敷石達、疎らに生えた水生の樹木達、そして敷石の間は絶えず綺麗な水が浅く流れている。

 

 常に耳をくすぐる水の流れる音、滝つぼから常に上がる水煙が神殿の足元を微かに白く曇らせ、空に輝く太陽の光をきらきらと照り返し、七色の虹を鮮やかに纏うその風景。観光用の景勝地としてもまったくおかしくない絶景だった。

 

「古代遺跡の中に研究所が建っているのか、それとも研究所とこの光景がセットで古代遺跡なのか……」

 

 なんとも現実感のない光景に、サーシャはついそんなことを口走ってしまう。

 

「はぁ……はぁ……もうだめ……」

 

「つ、疲れた……」

 

 もっとも、周囲はすっかりくたびれてしまい、この光景を堪能する余裕はないのだが。

 

 リィエルは集団から少し離れた場所で、何をするでもなく立ち尽くしていた。

 

「えーと、ひぃ、ふぅ、みぃ、……ちゃんと全員いるな?はぐれた奴はいねーな?」

 

 グレンが生徒達の人数を繰り返し確認していた、その時だった。

 

「ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院の皆様。遠路はるばるご苦労様です」

 

 グレン達の前に、ローブに身を包んだ一人の男が現れていた。

 

 歳の頃、四十、五十の初老の男だ。頭の天辺はすっかり禿げ上がり、残った髪や口元に生やす髭にも白いものが見え隠れしている。だが、いかにも好々爺然としており、不思議と親しみやすい雰囲気を持っていた。

 

 そして、サーシャはこの男を書類で知っていた。

 

(バークス=ブラウモン)

 

 彼の名は、バークス=ブラウモン。白金魔導研究所所長で、現在諜報機関からある疑惑が浮上している男だ。

 

(まぁ、こんな大勢いるところで、何かしでかすとは思えないが……)

 

 サーシャがそう思っている中、グレンは額の汗を拭いながら背筋を正し、バークスに向き直り、微妙に丁寧じゃない物言いで挨拶する。そんな物言いに、バークスは機嫌を損ねることなく朗らかに応じていた。

 

「ここにいらっしゃる皆様がたは、帝国の将来を担う魔術師の卵達。そんな彼らの糧となり血肉となるならば、これ以上のことはございません」

 

「はは、あんた、人格者だな。俺だったら面倒くさくてやってられませんよ」

 

 グレンは苦笑いしながら肩を竦めた。

 

 確かに、今のバークスは人格者だ。誰がどう見ても人格者と思うだろう。

 

 だが、疑惑が浮上していることを知っているサーシャから見れば、バークスの今は仮初の姿にしか見えない。

 

「それでは、早速参りましょう。グレンさん、生徒達をまとめて私の後についてきてください。私が研究所内を案内いたします」

 

「は?まさか……あんた自ら研究所見学の引率をやってくれるっていうのか!?」

 

 ぎょっとしたように、グレンがバークスを見る。

 

「いや、流石にそれは気が引ける……あんたも自分の魔術研究で忙しいだろうに……別にあんたが直々にやらんでも、誰か係の者でも手配してくれれば……」

 

「いいんですよ。私としても魔術の研究ばかりでは気が滅入りますし、たまには若者と触れ合うのも良いのもです。それに私の権限ならば、普段は立ち入れない区画をご覧いただくこともできます。やはり我らが帝国の未来を担う若者には、最高のものを見ていただき、たくさん学んで欲しいものですから」

 

「……ま、……マジっすか?まさかそこまでしてくれるとは……いや、ありがとうございます、ホントに」

 

 流石のグレンも、このバークスの厚遇には恐縮せざるを得ない。

 

 本当に人格者である。

 

 だからなのだろう。

 

「ねぇねぇ、聞いた?ルミア。今回の『遠征学修』なんだか凄いことになりそう!最新の魔術研究を見られるなんて、物凄い幸運よ!普通は最新と銘打っても、一、二世代前の研究しか見学できないのに!」

 

 浮き足立つシスティーナも、恐縮しているグレンとは違い、サーシャはバークスのある目線を見逃さなかった。

 

 ほんの一瞬だけ、ルミアを氷のように冷たい目でみているのを。

 

 そして、それはルミアも薄々勘付いていおり、不安げな表情になっており……それを気のせいと自分に言い聞かせて、努めて忘れることにしていた。

 

 

 

 

 それから時間はあっという間に過ぎた。

 

 次から次へと目の前に現れる神秘の数々、尽きぬ驚きの連続。将来何らかの形で魔術に関わる道を志す魔術学院の生徒達にとって、実に有意義な一時であった。

 

 名残惜しい思いを抱きながらついた帰路、見学の興奮冷めやらぬ生徒達は悪路を踏破する疲労も忘れてひっきりなしに魔術論議に花を咲かせ、いつの間にか北東沿岸部の宿舎に到着した時には、もうすっかり日が落ちて暗くなっていた。

 

 自由時間の開始である。元気のある者は町へ食事を取りに行ったり、露天を冷やかしに行ったり、疲れた者は宿舎の部屋へ休憩に戻ったりと、生徒達は幾つかのグループを作って思い思いに行動を開始し始めた。

 

 そんな中。

 

『……護衛が護衛対象を拒絶した?』

 

「ええ」

 

 旅籠の屋上にて、アナスタシアは通信魔導器でヤチェクとボリスに同時通信で今日の出来事を話していた。

 

『それは何故で?』

 

「私にもわからないわよ。昨日の今日で突然豹変したんだから。グレンは何か知ってそうだったけど」

 

 正直、何が気に障ったのかわからない。今までが演技で、あれが本性なのかというと、それは違う。おそらくどれもリィエルの本当の姿なのかもしれない。

 

「どちらにしろ、そのおかげで、あの子をずっと見なくちゃいけなかったの」

 

『バークスが自ら出てくれたのか、唯一の救いでしたか』

 

「ええ、そう」

 

 ため息を吐くアナスタシア。

 

「ねぇ、ボリス。リィエルのことなんだけど、調べることできる?」

 

『調べると言いますと?』

 

「二年前、リィエルは天の智慧研究会の研究所から救出され、保護された経緯を持っているわ」

 

『二年前……確か、グレン=レーダスとアルベルト=フレイザーが研究所を襲撃した、あの時ですか?あの時は、内通者と連絡が取れなくなったとかで研究所に襲撃せざるを得なかったと……』

 

「そう、それ。内通者って結局どうなったの?」

 

『内通者は死亡、しかし研究所が制圧した時に内通者が作成した資料を押収しています』

 

「……そこから、リィエルの過去がわかると思う?」

 

『……調べてみましょう』

 

 なぜ、その資料からリィエルの過去がわかると思ったのか、疑問を呈するのが普通なのだが、察したボリスはそう言って、通信を切った。

 

「ヤチェク、それと――」

 

 ヤチェクに何か言おうとした、その時。

 

 どかんッ!

 

 と、どこからか何か蹴破るような強い音がアナスタシアの耳まで届いた。

 

「……?」

 

 アナスタシアが、音がした方向を見る。音がしたのは旅籠本館だ。

 

 何事かと思っていると、上空を飛び回っていたビィエルがアナスタシアに急降下してくる。

 

 肩に乗ると、ビィエルがただならぬ様子で鳴く。危険を知らせるような鳴き声に、アナスタシアは事態の深刻さを察した。

 

「ヤチェク……問題が起きたわ」

 

『問題?なにが――』

 

 ヤチェクの問いに答えることなく一方的に通信を切るアナスタシア。

 

「……わけのわからない問題が、さらにわけわからなくなったわ。いや、これではっきりした、と言った方が良いのかしら?」

 

 ため息を吐くアナスタシアは、屋上から降りていく。

 

 降りていきながら。

 

「……リィエルは危険な女だってことを……アルベルトの言う通りになったわね」

 

 そう言うアナスタシアの声音は……これまでにないほど冷たい声音だった。

 

 

 

 

 






次から四章、後篇になります。
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