赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ


один(第一話)

 約一年後――

 

 アルザーノ帝国南部、ヨクシャ―地方の都市、フェジテ。

 

 そのフェジテを学究都市と謂われる所以にして、魔導大国アルザーノ帝国の象徴ともいえる魔術学院、アルザーノ帝国魔術学院。

 

 今、学院では、年に三度開催される『魔術競技祭』が開催されていた。

 

 それぞれの学年次ごとに、各クラスの選手達が様々な魔術競技で技比べを行い、総合的に最も優秀なクラス――つまり、優勝したクラスを決めるこの競技は現在、魔術競技場で大いに盛り上がっていた。

 

 特に今回は、あるクラスが全員出場というこれまでは成績上位者だけが出場していたこの大会の暗黙の常識を打ち破るかのようなことをし、しかも上位に食い込んでいるのもこの大会が盛り上がっている一つの要因なのかもしれない。

 

 そんな学院生徒達で賑わう魔術競技場――その観客席を通う通路の一角にて。

 

 黒を基調とした揃いのスーツと外套に身を包む、男二人と女一人の奇妙な一組がいた。

 

 一人は二十歳ほどの青年だった。藍色がかった長い黒髪の奥から、鷹のように鋭い双眸が覗いている。すらりとした長身で痩せ肉だが骨太。その物腰は、落ち着いていると称するよりはむしろ冷淡さを色濃く感じさせ、ナイフのように触れてはならない致命的な鋭さをどこかに隠している――そんな雰囲気の男である。

 

 もう一人はまだ十代半ばの少女だった。ろくに櫛も通されてない伸び放題の青髪を後ろ髪だけうなじの辺りで雑に括り、印象的な瑠璃色の瞳は常に眠たげに細められている。華奢で小柄なその肢体や、精巧に整ったその細面はアンティーク・ドールを想起させる。笑えばさぞかし魅力的に映るのだろうが、その相貌には表情という表情が死滅しており、いかなる感情の欠片すらも読み取れない。

 

 もう一人の男は、こちらも少女と同い年ぐらいの少年だった。雪みたいに白い髪を襟にかかる程度まで伸ばし、アメジスト色の瞳を持つ目で、ある男を見ている。その澄みわたった瞳を見た人――特に女性は心奪われるだろうが、その一方でどこか冷めたような目をしていた。

 

 三人が着用する外套は要所要所を金属板やリベット、護りの刻印ルーンなどで補強されており、明らかに魔術戦用のロープであることがわかる。

 

 そんな三人の姿は、学院の生徒達で賑わう観客席において特に異彩を放っていた。衣装もそうだが、何より身に纏う雰囲気が明らかに堅気のものではない。

 

 さが奇妙なことに、その三人に対して奇異の視線が集まることはない。まるで三人が道端に落ちている石であるかのように、その存在が気に留まらないようだった。

 

「――グレン、だな」

 

 ぼそり、と。青年が冷淡に呟いた。

 

「先輩、ですね」

 

「……ん。どう見てもグレン」

 

 それに応じるように、少年と少女は呟きをこぼす(少女は感情の色が見えない感じで)。

 

 三人の視線が注がれる先には、たった今、『精神防御』の終わった中央競技フィールド上で、金髪と銀髪の少女二人に挟まれて何か言い合いをしているグレンの姿があった。

 

「俺達に何も言わずに去って行ったと思ったら……こんな所に居たとはな」

 

「まぁ、あの事件で先輩は心が折れちゃいましたからね。わからなくはないですけど、ね……」

 

 青年が冷酷に獲物を見定める猛禽のような目でそう言うと、少年は肩を竦めながら複雑そうな顔でそう言う。

 

 すると、青年の隣の少女は無言で音もなく、グレン達がいる中央フィールドに向かって歩き始めた。

 

「待て」

 

 威嚇するような固い声と共に青年は手を伸ばし、少女の後ろ髪を無慈悲に掴む。

 

 がくん、と少女の頭が引っ張られ、後ろに傾いた。

 

「……何をするの?アルベルト」

 

 無表情のまま、少しでも感情をにじませず、少女が青年に問う。

 

「それは俺の台詞だ。何をする気だ?リィエル」

 

 青年は青年で、その険しい猛禽の表情のまま、端的に問い返す。

 

 すると、リィエルと呼ばれた少女はさも当然とばかりにこう答えた。

 

「決まってる。……グレンと決着をつけに行く」

 

 ぐい、と。青年――アルベルトは掴んだリィエルの後ろ髪をさらに引っ張った。

 

「痛い。どうして引っ張るの?」

 

 言葉とは裏腹に、まったく痛くなさそうに、リィエルは淡々と応じた。

 

「余計な事はするな。任務を忘れたのか?」

 

「任務?」

 

 リィエルが少し考え込むように間を置いて。

 

「……グレンと決着をつけること?」

 

「…………………………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙る。少年は溜め息を零す。三人の間に沈黙が流れる。

 

「……リィエル。今回の任務は二つあってだな……その内の一つは、今、女王陛下の護衛を務める王室親衛隊の監視だよ」

 

「なぜ、サーシャ?彼らはわたし達の仲間」

 

「俺達は一枚岩では無いんだよ。王室直系派、王室傍系派、反王室派、過激派極右、保守的封建主義者、マクベス的革新主義左派、帝国国教会右派……さらに、それぞれに青い血側と赤い血側……とにかく、帝国は様々な思想主義と派閥がうじゃうじゃいるの。わかる?」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

「……だよね」

 

 少年――サーシャは深い溜め息を吐く。また、三人の間に沈黙が流れる。

 

「右派の筆頭、王室親衛隊に最近不穏な動きがあるとの情報が入った。異能者差別に対する新しい法案が円卓会で閣議されるようになって特に顕著になったとの事だ」

 

「どうして?」

 

「世間一般的に、異能者は悪魔の生まれ変わりだと信じられている。そして、法は女王陛下の名の下に発令されるものだ。つまり、異能者を女王の名の下に法的に保護する事は神聖なる王家の威光に傷がつく、と考えているからだ」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

「だろうな」

 

 さらに、三人の間に沈黙が流れる。

 

「よって、俺達は王室親衛隊を監視している。その確率は限りなくゼロに近いが、今回の陛下の学院訪問を機に、連中は陛下に対し、何等かの行動を起こす可能性がある。もし、そんな事態になれば、政府上層部の派閥争いに重大な影響を及ぼす事になるだろう」

 

「なるほど、わかった」

 

 リィエルは一つ頷いて、合点がいったように言った。

 

「話をまとめると、わたしはグレンと決着をつけなければいけない……そういうこと?」

 

「…………………………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙り、サーシャは溜め息を零す。再び三人の間に沈黙が流れる。

 

「……ん。頑張ってくる」

 

「頑張るな」

 

 再び歩き始めたリィエルの後ろ髪を、アルベルトが再び容赦なく引っ張った。

 

「アルベルトはグレンに会いたくないの?」

 

 二度邪魔されたリィエルが、淡々と問う。

 

「……知れた事を。あの男には色々と言いたい事がある」

 

 アルベルトは言葉尻に怒気を微かに滲ませて言った。

 

「そう。なら、わたしがグレンをボコる。アルベルトは色々言いたいことを言えばいい」

 

「だから、待てと言っている。俺達はあいつに会わない方がいい」

 

「なぜ?」

 

「久々、あいつの姿を見てわかった。あいつの居るべき世界は……やはり俺達が居るような血に濡れた世界ではなかったらしい」

 

 三人は再び競技場に目を向ける。何があったのか、グレンが銀髪の少女の足下で土下座している。金髪の少女が何かを言いながら銀髪の少女をなだめているようだ。

 

「そうですね。先輩の居るべき場所は、彼処でしょうね。眩い陽の光が当たる春のようなあの場所こそ、恐らくグレン先輩という男が本当に生きている場所なんでしょうね」

 

「女の子の足下が?それはなんとも面妖」

 

「…………………………」

 

「いや、そこじゃなくて……はぁ」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙り、サーシャは溜め息を零す。さらに三人の間に沈黙が流れる。

 

「……?」

 

 リィエルはそんなアルベルトとサーシャの様子に、ほんの少し小首を傾げて……

 

 結局、奇妙な沈黙が二人の間に流れていった。

 

 

 

 

 

 それから、魔術競技祭は午前の部が終了し、小一時間の昼休みが入る。

 

 その間、生徒達は学院内の学食に行く者、学院外の外食店に赴く者、あるいは弁当を用意してきた者と分かれて、ぞろぞろと移動し始め、昼食を取り始めていた。

 

 わいのわいのと昼食を取り始める者達、どこかでは、教え子に【セルフ・イリュージョン】を実演してみせて教え、その後に親友と勘違いしていた少女の弁当を頂こうとして――お空に吹き飛ばされていた教師がいる中、アルベルト、サーシャ、リィエルは王室親衛隊の監視を続けていた。

 

 そして――昼休みも終わり午後の部に入る直前、王室親衛隊に動きがあった。

 

「……信じられんな」

 

「……ええ、まさか、本当にやらかすなんて」

 

 言葉とは裏腹に、アルベルトは冷静沈着そのものの声色で、淡々と告げ、サーシャがそれに同意するように言った。

 

「どうしたの?遠見の魔術で何を見たの」

 

「王室親衛隊が――動いた」

 

「……?それは動くでしょう?彼らも生きた人間なのだから」

 

「…………………………」

 

「だから、そうじゃなくて……はぁ」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙り、サーシャは溜め息を零す。三人の間に沈黙が流れる。

 

「……王室親衛隊は、武力をもって女王陛下を本格的に自分らの監視に置いた。これは事実上の軟禁状態と考えていい。しかし、総隊長ゼーロス……短慮を起こすような人物では無かったと記憶していたが、認識を改める必要があるようだ」

 

「あるいは、短慮を起こさざるを得ないような事情があるのか、どちらにしても連中の意図を探らなければわからないですね」

 

「そう」

 

 それを聞いたリィエルが早速、迷わず歩き始める。

 

「何処へ行く気だ?」

 

 そんなリィエルの後ろ髪を、アルベルトは手を伸ばして掴んだ。

 

「決まってる。敵は、わたしが全部斬る」

 

「待て。相手が多過ぎる。幾らお前でも無理だ」

 

「敵の戦力の方が上だというなら、こちらがそれをぅ回ればいいだけ」

 

「援軍を呼ぶ気?けっこう時間がかかるよ?」

 

「ううん、気合い」

 

「…………………………」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙り、サーシャがため息を零す。また三人の間に沈黙が流れる。

 

「……帝国王室親衛隊は直系右派の筆頭、女王陛下に最も忠義厚き者達だ。陛下に直接的な危害を加えるとは考えられん。この行動には必ず何等かの思惑があるはず。俺達は連中のこの無謀な行動の裏に隠された意図を探り、事態を収拾すべく行動すべきだ」

 

「そう。わたしにはよくわからないけど」

 

「だろうな」

 

「でしょうね」

 

 沈黙。溜め息を吐く少年の隣で少女の後ろ髪を掴む男、という奇妙な構図で三人が静止している。

 

 そして、先に口火を切ったのはリィエルだった。

 

「作戦を考えた。わたしが正面から敵に突っ込む。サーシャはわたしの後に正面から突っ込む。アルベルトはわたしとサーシャの後に正面から突っ込んで」

 

「…………………………」

 

「それは作戦じゃないよ、リィエル……」

 

 アルベルトが険しい表情を微塵も揺るがさず押し黙り、サーシャがため息を零す。

 

 いつものように、三人の間に沈黙が流れた。

 

 

 

 


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