赤い国からの魔術師   作:藤氏

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連投です。どうぞ。


Дев’ятнадцять(第十九話)

 

 

 

 

「ひ、東セルフォード帝国連合第一皇女、だとぉッ!?」

 

 あまりの予想外の侵入者に、バークスは狼狽えており、作業を再開できるような状態ではなかった。

 

「なぜ、行方知れずの皇女が、こんなところに侵入してくるッ!?エレノア殿、その情報は本当なのか!?」

 

「ええ、五年前の写像でしか見たことありませんが……特徴も写像の人物と一致しますわ。彼女が侵入してこちらに向かっているのは、ほぼ間違いないでしょう」

 

 バークスとエレノアの表情はどこまでも苦々しいものであった。

 

「まだ、儀式の完遂まで時間がかかりますわ。それまでにこの部屋に至られると、儀式を台無しにされる恐れがあります。いかがいたしましょう」

 

「くぅ……おのれぇ、行方知れずの小娘め……ッ!」

 

 バークスがわなわなと震えながら、傍らのモノリス型魔導演算器に取り縋り、呪文を唱えながら指を動かし、操作を始める。

 

 石板状のモノリスの表面を、次々とルーン文字が走っていく……

 

「いいだろう!情報によると、奴がいるのは、まだこの中央制御室からは程遠い第四区画――あそこならば、対処は容易い!私の作品で蹴散らしてくれるわ!」

 

 バークスは、矢継ぎ早に、モノリスの表面上にルーンを描いていく。

 

 光の文字となって刻まれたルーンを切っ掛けに、表面に様々なルーンが一気に羅列し、モノリス表面上を上から下へ、左から右へとせわしなく流れていった。

 

「作品、とは?」

 

「ふふふ、あの区画には私が作った合成魔獣が封印されているのだよ。その合成魔獣どもの封印を解き、あの小娘にけしかけてくれるわ」

 

 歪んだ嘲笑を浮かべ、バークスが最後の操作をする。

 

「これでいい……さぁ、行け……私の最高傑作達……ッ!」

 

 己の勝利を何一つ疑っていないそんなバークスに、流石にエレノアも小さく嘆息する。

 

「僭越ながら、そんなもので彼女が止まるとは、とても思えませんが」」

 

「そんなもの、だと……?」

 

 バークスの顔がみるみるうちに怒気に染まっていく。

 

「エレノア殿……貴様、私の合成魔獣作成の腕を疑っておるのか?」

 

「いえ、そうではありませんが……アナスタシア様は私達に気付かれずにここまで来られましたわ。あまり甘く見ては……」

 

「ふん。あの小娘に何を恐れる必要がある?所詮、東部人の――それも、温室育ちの皇女ではないか。そんな小娘なぞ、真の賢者たる魔術師の敵ではないわ」

 

「…………」

 

「まぁ、そこで見ているがいい」

 

「はぁ……それでは、ゆるりと拝見させていただきますわ」

 

 にっこりと。

 

 エレノアはまるで見世物を見物するかのように、無邪気に微笑んだ。

 

 

 

 

 迫る。

 

 ――迫ってくる。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオンッ!」

 

 前方に延々と続く、幅広く天井の高い通路。

 

 その先から、蝙蝠の翼を持つ巨大な獅子が、野生の殺気を漲らせ、もの凄い勢いでアナスタシアをめがけて迫ってくる。

 

 溢れんばかりの力が漲るそのしなやかな筋肉。身体能力も、反射速度も、生物として根本的に人間をゆうに超えた、規格外の存在を前に――

 

 それでも、アナスタシアは猛然と駆ける速度を緩めない。

 

 互いが互いを目指して駆け寄り、彼我の距離は指数関数的に消し飛んでいく。

 

 後、数秒で接敵――

 

 その時、アナスタシアが呪文を唱えた。

 

「≪凍てつく矢よ(エト・ザメリュザユシャワ・シュトレラ)≫!」

 

 刺し穿つ氷の閃槍――東部諸国で広く使われている黒魔【シュトレラ2(トゥヴァ)】。

 

 二反響唱で放たれた二条の氷閃が空気を切り裂いて、獅子の怪物へ真っ直ぐ飛ぶ。

 

 だが、敵もさるもの。

 

 獅子の怪物は、足元を狙った第一の氷閃を跳躍してかわし、その跳躍を狙った第二の氷閃を、壁を蹴って、さらに跳躍してかわし――

 

 そのまま、中空から一気にアナスタシアへと躍りかかるのだが――

 

 突然、獅子の怪物の背中から血飛沫が上がり。

 

「――ガ」

 

 どぅん、と。

 

 凄まじい質量を感じさせる音と共に、怪物が床に叩き付けられ、バウンドする。

 

 いつの間にか、獅子の怪物の背後にいたアナスタシアは、派手に転がる怪物など見向きもせず、さらに駆け抜ける。

 

 その速度は微塵も落ちない。振り返りもしない。

 

「ああもう、多過ぎッ!バカじゃないのッ!?」

 

 アナスタシアがうんざりしたように声を上げた瞬間。

 

 通路を駆ける彼女の前方と後方――その壁の一部が突如、扉のように開き、そこから何者かがぞろぞろと現れる。

 

 それは人間の姿を模った、葉と蔦――植物の化け物だった。

 

 その数、前方に四体。後方に四体。挟み撃ちの形だ。

 

「…………」

 

 アナスタシアは止まらず、前方の蔦の化け物の一体に狙いをつけ、突撃する。

 

 止まらずに突っ込んでくるアナスタシアに、蔦の化け物は触手を伸ばして、アナスタシアを捉えようとするが――

 

 アナスタシアはそれを右にかわし、氷の剣を蔦の化け物の首の付け根に力強く振り下ろし、斜め真っ二つに斬る。

 

 そして、左右にいた前方の三体の蔦の化け物は、アナスタシアから出た氷の人形に悉く真っ二つに斬られ、首を刎ねられ、上半身と下半身が切り離される。

 

 後ろの四体も同じような感じでアナスタシアから出た氷の人形に斬られ、沈黙。

 

 そのま駆け出す。

 

 通路が尽き、丁字路が見える。

 

 アナスタシアは迷わずほぼ直感で右へと進む。

 

「一体、何体いるのかしら」

 

 アナスタシアは駆けながら、ため息を吐く。

 

「もう気持ち悪い敵がうじゃうじゃと出てくるから嫌なんですけど?もう終わりにしてほしいわ」

 

 ぶーぶー文句を垂れているうちに、今度は通路を埋め尽くすほど巨大なゲル状の無機生物がその体で壁を作ってアナスタシアに迫ってくる。

 

 その半透明な体の中には、恐らく犠牲者か、あるいは餌だったモノの成れの果てか、人間の骸骨が何体分も埋まっていた。

 

「こういう気持ち悪いやつが来るから、リィエルに追いついてなんとかしたかったのよ、まったく……」

 

 ぶつくさ文句を言いながら、予め詠唱済みにしてあった黒魔【アイス・ブリザード】の呪文を起動する。

 

 凍てつく吹雪が通路を猛然と吹き抜け、瞬時にゲル状生物を凍てつかせる。

 

 そして――

 

「これで最後にしてほしいわ。心の底からねッ!」

 

 アナスタシアが鋭く剣を突き立てる。

 

 剣が刺さり、アナスタシアがそのままの勢いで突き破る。

 

 剣が刺さった箇所から蜘蛛の巣状にヒビが入り、びしり、と凍てついたゲル状生物が硝子のように割れて、砕け散った。

 

 ゲル状生物の破片の上を、やはりまったく速度を落とさず、アナスタシアが飛び越えて、駆け抜けていく。まるで眼中にない、そう言わんばかりに。

 

 そんな彼女に、さらなる魔獣達の気配が迫る。

 

 だが――

 

 

 

 

「……止まりませんね」

 

 その時、からかうようなエレノアの言葉に、バークスは拳を震わせていた。

 

「くそ……小娘が……ッ!」

 

 モノリス型魔導演算器の表面上に次から次へと送られてくる、自慢の合成魔獣達の惨憺たる戦闘結果。

 

 それを目の当たりにしたバークスは、忌々しげにモノリスを拳で叩いた。

 

「い、いいだろう……これまではタダの小手調べだ!あの程度でくたばられてしまっては、こちらも面白くないッ!こちらも最高傑作で出迎わせてもらおう……ッ!」

 

 血走った目で、バークスがモノリス型魔導演算器を操作していく――

 

「ふ、ふははははッ!今度のこいつは凄いぞぉ!?かき集めた魔鉱石から作り上げた宝石獣だッ!三属攻性呪文など効かんし、いかなる武器でもこの獣を傷つけることはできん!真銀か日緋色金(オリハルコン)の武器でもない限りなぁ!?ふはははははは――ッ!」

 

 エレノアは、そんなバークスを実に楽しげに見守っている。

 

 

 

 

「あちゃー、これは予想できなかった」

 

 思わずアナスタシアは頬を引きつらせながら、呟いていた。

 

 通路を踏破し、大部屋を侵入した彼女を待ち構えていたのは――

 

「ゥォオオオオオオオオオオオン……」

 

 見上げるほど巨大な、大亀の怪物だった。

 

 その大部分が透き通る宝石のようなもので構成されている。

 

「宝石獣かー。ふむふむ、あれって確か、殆どの攻性呪文は効かないし、めちゃんこ硬くて武器も通らない……となると」

 

 まぁ、あまり手の内明かしたくないけど、アレしかないよね。

 

 アナスタシアが皇族の家宝――皇帝しか持つことが許されないアレを使おうとした、その時。

 

「ゥォオオオオオオオオオオオオオン……」

 

 大亀が後ろ足で立ち――アナスタシアめがけて、倒れ込むように、その豪腕を叩き付ける。

 

「……まぁまぁ、そんなに大振りしちゃったら――」

 

 対するアナスタシアは、やれやれと肩を竦め、避ける気など微塵もない。

 

 そして、彼女が居た場所を大亀の腕が叩き付けられ、施設全体が震えた。

 

「ゥォオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!」

 

 大亀が雄叫びを上げる――なぜか避けなかったアナスタシアを踏み潰したことで勝利の雄叫びを上げるように見えたのだが――

 

「――下がよく見えないと思うわよぉ?」

 

 大亀の足元から氷の破片が目鼻の所で集まり、そこからアナスタシアが突如現れた。

 

 踏み潰されたはずのアナスタシアの右手には、彼女の身長より少し長い槍が握られている。

 

 そのまま、アナスタシアは大亀の鼻先に着地。左手を大亀の額に当てる。

 

「――ォオオオオオオ……」

 

 本能的に自身の生命の危機を感じたのか。

 

 大亀の宝石獣は、アナスタシアを振り落とそうとするが――

 

「汝に余――東セルフォード帝国連合第一皇女、アナスタシアが命じる――」

 

 ゆっくりと、殊更にゆっくりと。

 

 アナスタシアは左手に意識を集中させ、一句一句言葉を紡いでいた。

 

 すると、左手が青白く光り始める。光が段々と強くなっていく。

 

 大亀はアナスタシアを振り落とそうとするが、振り落とせない。というより体が動かない。

 

 まるで、アナスタシアに強制的に服従させられているかのように頭を下げる。

 

 その光景は、主従関係――大亀が逆らってはいけないモノ――それこそ神か、邪神・魔王にひれ伏している光景そのものであった。

 

 そして――

 

「――死ね」

 

 冷酷に冷たい声ではっきりと大亀に命じ、飛び降りると。

 

 ばしゃッ!

 

 頭上で何かが爆ぜる音がして――

 

 巨大な体がずぅんと音を立てて倒れる。

 

 大亀の宝石獣は頭を失っており、その活動の停止を余儀なくされていた――

 

 

 

 

「……突破されてしまったようですね」

 

 エレノアが唖然とするバークスに、くすりと笑いかけた。

 

「……ば、……馬鹿なッ!」

 

 目の前の信じられない光景に、バークスは顔を真っ赤にして震えていた。

 

「右手に持っている槍は、聖ジェルジオの槍ではないか――ッ!?アレは、帝国連合の皇帝が代々持っている、竜殺しの槍――ッ!あの槍を持っているということは、まさか本物なのか――ッ!?」

 

「ええ、そのようですね。本物の行方知れずの皇女本人ですわ」

 

 落ち着き払った声色で、それでもどこか楽しそうにエレノアが言う。

 

「それよりも、バークス様。いかが致しましょう。あの区画を突破されてしまいましたら、この中央制御室まではもう、目と鼻の先――早急に対処する必要が御座います」

 

「そんなことは、わかっておる!」

 

 苛々と、バークスは青髪の青年へと振り返った。

 

「おい、そこの貴様!」

 

「……はい、僕に何か御用でしょうか?」

 

「後に残った儀式の細かい調整は任せる!お前でもそのくらいはできるだろう?」

 

「できますけど……バークスさんはどうするのですか?」

 

「ふん!私自らあの小娘を駆逐してやろうというのだ。劣っている魔術を戦争にしか使えぬ能無しに、真の魔術師の威力を教育してやるのだ!エレノア、お前も来い!」

 

「畏まりましたわ、バークス様」

 

 そしてエレノアを伴い、バークスは肩を怒らせて部屋を出て行く。

 

 残されたのは青髪の青年とリィエル、そしてルミアだ。

 

「さて……そういうことなら、気合を入れないとね……」

 

 青年の口元には不気味な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

「……どうやら、あれで最後だったようね。はぁ、もう相手にしなくていいようで清々したわ」

 

 大亀の宝石獣を倒したアナスタシアは、奥の扉から部屋を抜け、暗く狭い通路を進んで行く。

 

 しばらく歩くと、不意に開けた空間に出た。

 

「ここは……?」

 

 何かの保管庫だったようだ。

 

 大広間のような室内は薄暗い。床や壁、高い天井の所々に設置された結晶型の光源――魔術の照明装置の光はかなり絞られており、足元がよく見えない。そして、辺りには謎の液体で満たされたガラス円筒が、無数に、延々と規則正しく立ち並んでいた。

 

 それらガラス円筒の一つ一つが、部屋のあちこちに設置されたガラクタの塊のような魔導装置にコードで繋がれ、その装置は現在進行形で低い音を立てて稼働している。

 

「……これは?」

 

 ふと、アナスタシアはガラス円筒の中に、球状の何かが浮いていることに気付く。

 

 周囲が薄暗いため、そのガラス円筒の中身がよく見えない。

 

 アナスタシアは何気なくガラス円筒に近づいて、中を覗き込んで――

 

 ――瞬時に、止めておけばよかったと後悔した。

 

「……ッ!?」

 

 思わずこみ上げた吐き気を堪えるように口元を押さえる。

 

 背筋が凄まじい悪寒で総毛立ち、ぶわっと気持ち悪い脂汗が全身から噴き出した。

 

 ガラス円筒の謎の液体の中に浮いていたのは……人間の脳髄だったのだ。

 

「……何これ(シュト・エト)?」

 

 よく見れば、隣の円筒もそうだ。その隣もそう。その隣の隣もそうだ。

 

 取り出された人間の脳髄が、延々と標本のように並んでいる――

 

 ――否、実際にこれは標本なのだろう。

 

 人間の標本。見るも聞くもおぞましい、背徳と冒涜の所業。

 

 それらを前に、呆然と絶句するアナスタシア。

 

「……『感応増幅者』……『生体発電能力者』……『発火能力者』……」

 

 ようやく歩を進めたアナスタシアは、立ち並ぶガラス円筒の傍らを次々と過ぎっていき、ガラス円筒につけられているラベルの文字を脳髄を見ないように読み上げていく。

 

「……これって、『異能者』の成れの果て……」

 

 そう思うと、アナスタシアは足を速めてこの保管庫を速く抜けようと歩を進める。

 

(思えば、バークスは相当の『異能嫌い』……典型的な異能差別主義者だった)

 

 異能。

 

 ごく稀に、人が先天的に持って生まれる特殊な超能力を指す言葉。

 

 基本、学べば誰でも扱えるようになる魔術と異なり、異能は生まれついての異能者でなければ使うことができず、現代の魔術では再現不可能な効果を持つ強力な異能も多い。

 

 その自分が決して持ちえぬ卓越した力に対する羨望が、あるいは嫉妬か、異能嫌いの魔術師は少なくない。その無知さゆえに異能を忌避する人間も多い。

 

(この国は伝統的に異能は『嫌悪』の対象で、常に差別と迫害の対象となっている。だから、エルミアナは第二王女の地位を剥奪されている)

 

 ”異能”だけで、王女の地位が剥奪されるくらいヒステリックなのだ。

 

「……と、とにかく、あの子を助けないと……」

 

 もうここにたくない。

 

 そう思いながら、アナスタシアは保管庫を抜けようと顔を上げるが――

 

 目の前にカラス円筒の中を見てしまった。

 

 中にあるのは、脳髄ではなく、年はもいかない少女だ。歳は自分とルミアとそう変わらないだろう。

 

 その少女は手足が切除され、全身を無数のチューブに繋がれて、魔術的に『生かされている』状態であった。すでに一個の生命として、独立して生存する機能を完全に奪われいてる。この装置から解き放たれたら、この少女は数分と生きられないだろう。

 

 この少女は、あらゆる意味で『終わって』いる。生物としての体を成していない。肉体が微かに生命反応を示すというだけで……もうとっくに『死んで』いたのだ。

 

「…………」

 

 この時、アナスタシアの顔は後悔の念が滲み出ていた。

 

 ルミアのことを利用価値があるといって革命政権にリークした。

 

 無論、まんま革命政権にルミアをやるつもりはなく、革命政権を利用して最終的に自分の目的達成のために彼女を利用して――

 

 無論、彼女を殺すつもりはなくて――

 

 でも、このガラス円筒を見て、アナスタシアは気付いてしまった。もう遅いが気付いてしまった。

 

 自分の思惑があまりにも甘過ぎたことを。

 

 恐らく、革命政権がルミアを拉致したら、今目の前にあるような実験をするに決まっている。現に、噂では反革命分子を拉致して人体実験を行っているのだから。

 

「…………ッ!」

 

 アナスタシアは矢も楯もたまらず、駆け出した。

 

 少女が虚ろな目で口を弱々しく動かしていた気がしたが、そんなこと気付く余裕はなかった。

 

 無我夢中で駆け出し、部屋の出入り口へと辿り着き、そのまま走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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