赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Двадцять один(第二十一話)

 

 

 

 

 それは、アナスタシアがリィエル達が待ち構える部屋に突入する前のこと。

 

 あのガラス円筒の少女を見て、一刻も早くルミアを助けないと、無我夢中で駆けていたアナスタシアの懐から音が鳴り響く。

 

 アナスタシアは懐から音源――通信魔導器を取り出し、通信を起動する。

 

「……何?」

 

「……『姫』、リィエルの件について報告が」

 

 息を切らせながら応答するアナスタシアに、何があったのかあえて聞かずにボリスが件の調査の報告をする。

 

「ああ……それで、どうだった?」

 

 この報告次第では、リィエルに対する攻略法が決まってくる内容なので、一度足を止めるアナスタシア。

 

「それが……シオン=レイフォードが遺した資料を閲覧したのですが……あまりにも予想外でした」

 

「予想外でしたって、どういうこと?」

 

 普段、淡々と報告するボリスの戸惑いの声に、アナスタシアは訝しむ。

 

「最初に要約して言いますと……リィエル=レイフォードは、普通の人間ではありません。彼女は――」

 

 なにやらとんでもないことを聞いたアナスタシアは、そのままボリスの報告を聞くのであった。

 

 

 

 

 ――――。

 

 ――そして現在。

 

「なに……今の……?」

 

 リィエルが過去の――二年前の記憶を思い出したのだろう。がたがたと震えながら呟く。

 

「なんで、みんな……わたしのことイルシアって……イルシアって誰……?」

 

 リィエルが暴れる気配が失せたことを察したアナスタシアは、手足を封じた氷塊を解呪し、リィエルから離れる。

 

 だが、リィエルはそのまま寝そべったまま、震えるだけだ。

 

「ねぇ……今の……なに?……なんなの?」

 

「私に聞かれても知らないわよ。貴女にどんな記憶が蘇ったかなんて。まぁ、できれば思い出したくない記憶だろうと思うけど」

 

 だが、リィエルのこれからのためにも絶対に知った方が良い過去だとアナスタシアは思う。

 

「……そんな……あの青い髪の子……どうして……わたしの記憶の中にわたしの姿が……?これじゃ、まるで……」

 

 他人の記憶が自分の中にあるみたい。

 

 そんな台詞が喉奥から突いて出ようとしたとき、アナスタシアがとつとつと語りだす。

 

「二年前、当時、宮廷魔導士団特務分室に所属していたグレン=レーダスとアルベルト=フレイザーは天の智慧研究会が運営するとある研究所支部を強襲した。その支部にいたシオンという名の内通者と突然、連絡が取れなくなったから。そしてその道中、イレッセの大雪林にてシオンの妹、イルシアを発見。だが、何者かに瀕死の重傷を負わされていたイルシアはすでに手遅れで……間もなく息を引き取った」

 

「…………」

 

「まぁ、ここまではあの二人が作成した当時の報告書の通りよ。けど、ここからの話しは報告書に載っていない話し。グレンはその後、件の研究所支部でシオンの遺体を発見、同時にガラス円筒に収まったとある少女を密かに回収、保護した。その少女はイルシアの『アストラル・コード』……イレッセの大雪林でこときれる直前までのイルシアの記憶を受け継いでいて……名前を『リィエル』と名乗った」

 

「…………」

 

 要するに。それは、つまり。

 

「リィエル。貴女はの正体は……世界初で現在唯一の『Project:Revive Life』の成功例。シオンの妹、イルシアの『ジーン・コード』から、錬金術的に錬成された身体を持ち、イルシアの記憶情報……『アストラル・コード』を引き継いだだけの魔造人間……シオンの妹、イルシアとは本質的には別人よ」

 

「…………あ……ぁ……」

 

「貴女に本当に意味での兄は……いなかったの。いるわけないの」

 

「う……嘘……そんなの……うそ……」

 

 よろよろと。ふらふらと。

 

 足元が崩落するような感覚を堪えながら、リィエルが立ち上がる。

 

 恐らく、グレンがリィエルに本当のことを教えなかったのは、リィエルこれを受け止められないと――それと、リィエルが帝国政府に何されるかわからないから、リィエルには教えなかったし、報告書にもこの事を書いていなかったのだろう。そして、これを天の智慧研究会に利用されて、ルミアが拉致されるという失態を演じてしまう遠因になってしまった。

 

 だが――

 

「嘘かどうかなんて……もう、貴女もわかるでしょう?シオンというキーワードで蘇った貴女の記憶は恐らく――」

 

「う……うるさい……うるさいうるさいうるさい!」

 

 そして、最後の砦に縋る敗残兵のように『兄』を見る。

 

「に、兄さん……嘘、だよね……?兄さんは、私の兄さんで……に、兄さんが誰かに殺されたあの記憶は……その……何かの間違いで……」

 

 だが。

 

「うーん、やっぱり俺の最大の失敗はさ」

 

 その『兄』が唐突に、口調を変えて語りだす。

 

「あの時、安直にシオンを始末してしまったことだな」

 

「……え?に、兄さん……?」

 

「俺が構想したプロジェクトの術式は、シオンが手を加えることによって、いつの間にかシオンの固有魔術と呼べる代物にまで変質してしまっていたんだからな。シオンがいないとプロジェクトの再現性がない……後でその事実が判明した時は正直肝が冷えたよ。ははっ、上手くいかない時は何もかもうまくいかないもんだ」

 

「あの……兄さん?その……一体、何を言って……」

 

 問いかけて、リィエルは息を呑んだ。

 

 その『兄』は、まるでゴミでも見るような眼で、リィエルを冷ややかに見ていたのだ。

 

「ああ、そういうこと?」

 

 合点がいったのか、アナスタシアが『兄』を鋭い眼差しで見る。

 

 今にも殺しそうな冷たい目で。

 

「シオンとイルシアを殺したあんたは、リィエルの記憶に自分がシオンとイルシアを殺している記憶をなんとかしないといけなかった。でないと、リィエルは多分言うことを聞かないだろうから」

 

「は……?」

 

「だから、口調をシオンのものに変えたり、兄妹間を出すためにお粗末にも髪まで青く染めて、お揃い感を出していた。そして、白魔術の記憶操作式系の『キーワード封印』という手法を使って、リィエルにシオンの名前を思い出させないようにしたのね。リィエルを自分の駒にするために」

 

「……う……ぁ……ああ……ああ……」

 

 つまり、今まで不自然なまでに兄の名前を思い出せなかったわけは。

 

「二年前のあの時、もう少し時間をかけてお前の『アストラル・コード』――記憶情報を調整すれば、お前の中の兄は俺へと完全にすり替わり、俺にとって都合の悪い事実は全て抹消されるはずだった。お前は俺の『妹』として俺の完全な手駒になる……はずだったんだ。だが……」

 

 その『兄』は、憎々しげな表情でアナスタシアを睨む。

 

「あともう少しで完成、というところで……帝国宮廷魔導士団が……そうだ……思い出した……グレン=レーダス!あいつがあの時の魔導士だ!あいつが俺のリィエルを勝手に持ち帰ったんだ!」

 

「……やっぱり。そう言うことは、貴方……ライネルね?」

 

「――ッ!?」

 

 リィエルの瞳が驚愕で見開かれる。

 

「二年前、シオンはイルシアだけでなくもう一人、組織からの救出をグレンに依頼したわ。しかし、ライネルという男だけは行方不明だった……その口ぶりだと、貴方がライネルね?」

 

「やれやれ、どこから二年前の情報を得たのが知らないが、そこまで見抜かれたか。死にぞこないの皇女のくせに流石といったところかな?」

 

 青年――ライネルは薄ら寒い笑みを浮かべて、アナスタシアとリィエルを睥睨する――

 

「それにしてもお前、よく『シオン』がキーワードだってわかったな?」

 

「ふん、舐めないでほしいわね。彼女の今回の不可思議な行動を見れば、ちょっと彼女の過去調べればわかることよ。何か仕込んでいるっていうことに」

 

「やれやれ、予想外過ぎだよ。『イルシア』の兄の名前が『シオン』であるということを……まさか、行方しらずの皇女様が知っていたなんてな」

 

 ライネルは肩を竦めてため息をついた。

 

「それに、安直にプロジェクトの頭文字を取って『リィエル』なんて名前を初期設定したのも本当に失敗だった……そのおかげで『アストラル・コード』を改竄しなければならなくなった箇所が無駄に増えてな……記憶改竄が不完全になってしまったよ」

 

「……う、あ……ぁあああ……」

 

 リィエルが後ずさる。信じられない、信じたくない現実に頭を抱えて後ずさる。

 

 そんなリィエルに、ライネルは生暖かい視線を向けて笑いかける。

 

「今回、最初にそこのガラクタに接触した時、掌握するのにかなり時間がかかったのは意外だったよ。不完全とはいえ、リィエルの記憶の改変と封印は二年前にある程度終わってたから、すぐにこっちに引き抜けるはずだったんだ。でも、なぜか予想外に手間取って……その後、グレンが現れたときは正直、肝が冷えたよ……それもそのガラクタが殺ったと思ったのに、まだ生きてる上に、この女が現れて全てバラされるなんて、全く予想してなかったよ……」

 

「……ガラクタ?……黙れよ、お前」

 

 アナスタシアが新たに氷の剣を錬成する。ぼそりと呟くように吐き出されたその言葉の端々には、隠しきれない怒りが滲んでいる。

 

「ははは!怖い怖い!そう睨まないでくれよ」

 

 だが、最初にアナスタシアの姿を見たときの怯えようはどこへやら。

 

 今のライネルはなぜか、余裕綽々でおどけていた。

 

「うそ……でしょ?兄さん……」

 

 一方、リィエルはそんな現実を未だ認められず、ライネルを兄と呼び、兄に縋りつく。

 

「全部……うそ……だよね……?兄さんは、わたしの兄さんで……わたしは兄さんの妹……昔からずっと……ずっと……そう、だよね……?」

 

 だが、そんなリィエルをあざ笑うように。

 

「もちろん、君は大切な『妹』だったよ」

 

 ライネルはあっさりと、言い捨てた。

 

「でも、もう要らないや。()()()()()()()()()()

 

「もう、死ねよ。お前」

 

 そのあまりにも無情な言い草に、アナスタシアは殺意を込めて呪文を口走る。

 

「≪凍てつく矢よ≫」

 

 黒魔【シュトレラ2】。アナスタシアの指先から、氷閃が迸る。

 

 虚空を切り裂く氷の一閃は、狙い過たずライネルへと真っ直ぐ飛来し――

 

 だが、それはライネルとアナスタシアの間へ、不意に割って入った影によって弾かれた。

 

「――ッ!?」

 

 アナスタシアが指を突き出したまま、驚愕と共に硬直する。

 

 ライネルを庇うように現れた、三体の影。

 

 それは――三人のリィエルだった。

 

 着用している衣服こそ黒のボンデージだが、三人が三人ともリィエルとまったく同じ姿形、体格で、リィエルが得意とする錬金術によって錬成された大剣を構えている。

 

 代わりに、先ほどまで奥の儀式場にあった三本の氷晶石柱が砕け散っていて――

 

 まるで、悪夢のような光景がそこにはあった。

 

「『Project:Revive Life』が成功していた……ッ!?」

 

 まるで想定外の事態に、アナスタシアが驚愕に目を見開いていた。

 

「どうして!?あれはシオンがいないと成り立たない固有魔術でしょ!?一体、どうやって……まさか……ッ!?」

 

「はっ……『どうせ、お前には無理だ』……とタカでも括っていたか?馬鹿め!」

 

 くっくと愉悦に歪む笑いを上げるライネル。

 

「言っておくが、今回は完璧だぞ!?なにしろ、余計な人格や感情は予め『アストラル・コード』から念入りに削除してあるからな!?後から記憶調整なんていう、しち面倒臭い真似は二度とごめんだ!リィエルの凄まじい戦闘技能だけを受け継いだ人形――俺の思い通りに動く、俺だけの操り人形だ!」

 

「う、ぁああ……ああ……」

 

 眼前に立ち並ぶ、文字通り人形のような三体のリィエル・レプリカ。

 

 彼女達を前に、リィエルは力なく両膝をつき、頭を抱えて……

 

「ぁあああああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 とうとう、リィエルの理性が崩壊を始めるのであった。

 

「どうだ、見たか!死にぞこないの皇女!これが俺の力だ!俺はこの力で組織をのし上がる!このルミアとかいう部品があれば、俺はリィエルを幾らでも作れる!一匹作るのに結構な数の人間の魂が必要になるが、そんなの関係ない!作れば作るほど、俺は強くなる!無限に強くなれる!これを最強と言わずしてなんと言う!?なぁ教えてくれよ、行方知れずの皇女様よぉ!あはっ、はははははははははははははは――ッ!」

 

 アナスタシアは直感した。

 

 こいつ絶対、殺さないと駄目な人種だ。己が欲望のために他者を顧みない、生きているだけで犠牲が鼠算式に膨れ上がっていく『真の邪悪』。

 

 その昏い愉悦に歪むこいつをの首を胴体から切り離したい。

 

 だが――ライネルを守るリィエル・レプリカの実力は、本当にあのリィエルと同等なのか隙がまったく見つからない。リィエルと対峙した時に感じるあの重圧感、それが三倍。恐らく、人格や感情を削除された分だけ機械のように目的に純粋で、恐ろしい。

 

「……やらせるわけないでしょ。従姉妹を部品に?ふざけないでよ。ていうか、三人同時ぃ?バッカじゃないの……ッ!?」

 

 激しい憤怒と同時に、誤魔化しきれない焦燥がアナスタシアの背中を凍てつかせる。

 

 そして――

 

「やれ!俺の木偶人形ども!そいつらを始末しろ――ッ!」

 

 主たるライネルの命令を受け、三体のリィエル・レプリカが俊敏な獣のような動作でアナスタシアリィエルへ襲いかかるのであった。

 

 

 

 

 

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