赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Двадцять два(第二十二話)

 

 

「あーらよっとぉ!」

 

「――うあッ!?」

 

 瞬時にリィエルへと肉薄した一体のリィエル・レプリカが、リィエルの眼前で大剣を振り上げ、稲妻のような斬撃をリィエルの脳天に落としてきたので、氷剣で大剣の腹を打ち、軌道を逸らせる。

 

 そして、アナスタシアから氷の人形が現れ、リィエルを担ぎ上げ部屋の隅の方へと転がした。

 

 アナスタシアは、リィエルを背後に庇うように少しずつ下がる。

 

「悪いわね、リィエル。こうなった以上、こうでもしないと、戦いにならないから。……ああもう、なんでこんなことに……」

 

 確かに部屋の隅を背に戦えば、敵の攻撃が来る方向は全て自分の視野の内からだ。長大な剣も限定された空間では振り回すのに不便であり、必定、剣筋も読みやすくなる。

 

 退路を断たれるという致命的な問題こそあるものの、この一方的に不利な状況では、極めて合理的な選択だろう。

 

 だが、リィエルが不可解に感じたことは……なぜ、アナスタシアが自分を部屋の隅に連れてきたかということだ。これでは――

 

「――守っているみたいに思う?実際にそうなのよ」

 

 アナスタシアがリィエルの心の中を見透かしたかのように呟く。

 

「まったく……貴女を死なせたら、エルミアナが悲しむでしょう?私、彼女が悲しむようなことは……したくないの」

 

 じりじりとにじり寄って来る三人のリィエル・レプリカ達を、アナスタシアは時折間を開けながらそう言う――

 

(なんとか有利な位置取りはできているけど……どうする?これじゃ、焼け石に水じゃない)

 

 部屋の隅に下がりながら、アナスタシアは冷静に戦況を把握する。

 

 冷静に彼我の戦力差を考慮して――

 

(……どう考えても、不利すぎるでしょ、これッ!?)

 

 どんな戦術を取ろうが、どんな作戦を実行しようが、一度、戦端が開かれたらジリ貧になるだろうということを痛いほど確信することとなった。

 

「……どうして?」

 

 リィエルが呟くのと。

 

 リィエル・レプリカ達が餓狼のごとき瞬動で、アナスタシアへ殺到するのは同時だった。

 

「――ッ!?」

 

 次々と迫ってくる三本の剛刃を、一体は氷剣で、もう二体は二体の氷の人形を一体ずつぶつけていく。互いに激しく喰らい合う氷剣と大剣に、衝撃音と火花が幾度となく爆ぜる。

 

「どうして……わたしなんか守るの?」

 

 アナスタシアが横一文字の斬閃を屈んでかわし、続く叩きつける一撃を氷の人形が盾となって攻撃を防ぎ、ばらばらに粉砕される。

 

 三体のリィエル・レプリカは代わる代わる矢継ぎ早に剣を繰り出し、アナスタシアは氷の人形が粉砕される度に次々と召喚する――

 

「さぁね!どうしてだと思う?ああもうッ!しつこい!」

 

 前方左右から疾風のように飛びかかってきた二体のリィエル・レプリカ。

 

 アナスタシアは刹那の判断で、右のレプリカの懐へ飛び込み、カウンターの突き蹴りを入れて吹き飛ばす。それと同時に、左から迫るレプリカには一体の氷の人形が裏回し蹴りを叩き込み、さらに突き飛ばす。

 

「それよりも、貴女は私がこいつらを相手している隙にエルミアナを連れて逃げなさい!そろそろグレンとアルベルトが来るから彼らの元へ行きなさい!」

 

 間髪を入れず、正面から斬り込んできたレプリカの剛速剣を頭上で氷剣の腹で受け止め、その隙に氷の人形がレプリカの首根っこを掴んで投げ飛ばす。

 

「いい!?わかった!?わかったら、さっさと行く!」

 

 左から霜風のように足元を薙ぐ一撃、右から天つ風のように首を刈る一閃。

 

 アナスタシアは身を捻って軽く跳ね、空中を横転、回転する身体の上下を風刃が吹き荒ぶ。

 

「わたしには……何もないのに……」

 

 着地と同時に、今度は三体のレプリカ達が一斉にアナスタシアへ斬りかかって来る。

 

 それをアナスタシアは三体の氷の人形を召喚し、ぶつける――

 

「うるさいわね!何もないわけないでしょ!?何もないならとっくの昔に見殺しにしてたわよ!?」

 

 抉り込んでくるような剣の一撃を氷剣で受け流し、アナスタシアが吠える。

 

 かなり魔力を消費している。連続で氷の人形を召喚しているから、消耗が激しい。

 

 それでも休み暇はない。

 

 襲い掛かってくるレプリカ達の連続攻撃はまるで鋼の竜巻だ。

 

 それをアナスタシアは淡々と捌く、捌く、捌き続ける――

 

「わたしは……ただの人形……なのに……」

 

 アナスタシアの周囲を唸り荒れ狂う三本の剛刃、その一瞬の間隙。

 

 左のレプリカの剣撃を外しざまに、アナスタシアは瞬時に予唱済みの【シュトレラ2】を起動。

 

 脇腹を掠められたが、顔面に殺到する氷閃をかわそうと、レプリカが大きく後退する。

 

「ただの人形?ただの人形っていうのはね……この三体のレプリカ達のことを言うのよ!」

 

 だが、油断した。その隙に、右のレプリカが繰り出す大剣がアナスタシアが持っている氷剣を粉砕した。

 

 大剣を防ぐ手段が一時的になくなったとみたレプリカが、これ好機と、アナスタシアの正面から剣を振り上げて飛び込んできて――

 

「わたしは……作り物で……人間ですらないのに……」

 

 大上段から振り下ろされた重剣を、瞬時に召喚した氷の人形で目前で防ぐ。

 

 肉薄してくる二体目のレプリカが、がら空きになったアナスタシアの胴を鋭く抜きかかる。

 

 アナスタシアは、すぐに氷剣を錬成しその剣撃を受け止める。

 

 荒々しい衝撃が氷剣ごしに伝わり、危うくバランスを崩しそうになる――

 

「ぐぅ――ッ!?作り物……だろうが……試験管から生まれてきたのが紛れもない事実だろうが……貴女はもう人間なのよ!人形でもなんでも――ぁあああああああああああああッ!もうッ!」

 

 苛立たしげに吠え、アナスタシアは氷の人形を召喚し、人形は忌々しいレプリカを掴んで投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばされ、床をバウンドして転がっていくレプリカ。

 

 だが、残った二人目、三人目のレプリカが次々と襲い掛かってくる――

 

「もう、本当にウザい!邪魔くさい!こんなところでくたばったら地獄行き――じゃなくて、貴女は貴女でしょうが!?それ以外の何者でもないのッ!何、うじうじしてんのよッ!?さっきまでの、あのキレっぷりはどこいったッ!?」

 

 再び眼前を踊り狂う二つの剣舞を、片方を氷剣で、片方を人形で受け流す。

 

 アナスタシアが攻めあぐねているうちに、二つの剣が再び三つになっていく。

 

 アナスタシアも人形をもう一体召喚するが、魔力の消耗が激しく、長くは保ちそうにない。

 

「グレンに、あんなひどいことして……クラスのみんなに……ひどいこと言って……」

 

「なら後で謝れ!他の人は知らないけど、エルミアナはそれでも許す……はず!ていうか、後でほっぺぐにぐにしながら話しをつける!それでいい!?ていうか、さっさと動け!こっちもう限界なんですけど!?私を殺す気!?」

 

 ぴしり。

 

 大剣を受け損ねた氷剣に、ひびが入る。

 

「わたしは……生まれた意味が――」

 

「ああもうッ!やかましいわッ!」

 

 瞬時にレプリカの腹めがけて鋭い蹴りを喰らわして、蹴飛ばすアナスタシア。

 

「意味がわからない?誰だって最初は生まれた意味がわからないわよ!他人を元に造られたから?だから、なんなのよ!?だったらこれからリィエル=レイフォードとして生きていけばいいでしょうが!?」

 

 氷剣の柄でもう一体のレプリカの頭を激しく殴りつける。

 

 もう使い物にならない氷剣を放り捨て、頭を殴られて一瞬ひるんだレプリカの懐へ一気に飛び込む。

 

 その腕を取り、胸蔵を掴んで足を払い、左足軸に旋転、背負うように投げ飛ばす――

 

 投げ飛ばされたレプリカに巻き込まれ、一体のレプリカがもつれ倒れた。

 

「で、次はこう言うつもり?”兄さんのためだけに生きてきて、でも、その兄さんなんて最初からいなかったから、なんのために生きていけばいいのかわからないの”ってか!?自分の存在価値と行動原理を人に依存するようなことばっかり言って!?ちょっとは考えなさいッ!このおバカッ!」

 

 指を鳴らし、一体のレプリカの視界を吹雪で白く染める。そして人形が背後から頭を殴りつける。

 

「本当に何もないの!?空っぽの人形なの!?今までエルミアナと他の子達と接してきたでしょ!?あの子達と過ごした日々を思い出しなさい!言っとくけど、何もないなんて言わせないからね!何もないやつは絶望なんてしないの!絶望するという感情があるということは、貴女が人間であることの証であるのよ!」

 

 次々やってくる斬撃を受け流しながら、アナスタシアはリィエルに向かって叫んだ。

 

 右手から斬りかかってくるレプリカから人形が盾になって砕け散る。もう魔力は底を尽きかけていた。

 

「貴女が大切だと思う何か……なんでもいい、エルミアナでもグレンでも誰でもいい!大切だと思うもののために生きなさい!意味とか資格とか理由とか――そんなもん、神でもなんでもない貴女が考える必要はないの!世界は結構、単純なのよ!」

 

 これで最後の――氷剣と人形を二体、召喚する。

 

 これが破れると――アナスタシアの命はない。

 

 だが、休む暇も、情け容赦もない。

 

 レプリカ達が迫る、迫る、迫る――

 

 二体のレプリカを人形が抑え、一体のレプリカに立ち向かう。

 

 残された魔力も、身体の機能を総動員してでも戦い続ける。

 

 結局、アナスタシアは、最後までリィエルの前に立ちはだかることを止めなかった。

 

「もう一度言うわ……自分が大切だと思う何かのために生きなさい、リィエル!貴女はもう人形じゃない!立派な人間よ!いい加減、わかりなさいよぉ!」

 

 部屋内に反響するアナスタシアの魂の叫び(ていうか、もう限界からくる叫び)。所詮、空気の振動に過ぎない音の羅列だというのに、それでもなお強く、肌で、心で感じられる圧倒的な熱。

 

 ずきり、と。

 

 アナスタシアの咆哮は、リィエルの魂を震わせた。

 

 頑なに凍てついていたリィエルの心を、その熱がゆっくりと溶かしていた。

 

「うっ……ぁ……あぁああ、あ……」

 

 ぼろぼろと、リィエルに目尻から涙が溢れ始める。

 

 目の前で見知らぬ少女に、三体のレプリカが剣を振り上げて飛びかかって――

 

 とっくの昔に二体の人形は粉砕され、氷剣もあと一撃喰らったら粉砕されるのに、アナスタシアは構え――

 

 

 

 

(ああもう……私ったら、なにやってんのかしら……?)

 

 身構えながら、アナスタシアは物思っていた。

 

 だって……アナスタシアとしてはリィエルのことなど、何も知らないのだから。

 

 だが――

 

(でも……私にはわかる。あの子は……もう必要な存在なのだから)

 

 兄を失い、自分も失い、全ての拠り所を見失い、突然、なにもない虚空に放り出されたリィエル。

 

 でも、もうリィエルの中には答えは持っているはず。

 

 過去への執着も、亡き兄への想いも、悲嘆も絶望も、そんなの関係ない……

 

 リィエルはもう……ルミア達からは必要な存在になっているし、リィエルも、ルミア達が必要な存在になっているのだから。

 

 なら答えは――もう言うまでもないだろう。後はリィエルが行動を起こすのみ。

 

(……ああ、なんて羨ましい子)

 

 だって、自分も本当はルミアの側にずっといたいのに。

 

 姿を隠しこそこそしながら見守るのではなく、堂々とこの姿でルミアの側にいたいのに。

 

 でも、今はそれは叶うのは難しい。だから会うにしても二人だけで、短い時間でしか会えない。

 

 本当に、羨ましいと思う。

 

(まぁ、それはそうとして……もう大丈夫らしいね)

 

 剣を振り上げ飛びかかってくるレプリカを前に、アナスタシアは不敵に笑いながら、氷剣を構える。

 

 背後から、今まで死に体だった少女が生気を取り戻し、剣を取って立ち上がる気配がする。

 

 それを感じ取ったアナスタシアは、瞬時に屈み込み――

 

「――ぅぁあああああああああああああああああああああ――ッ!」

 

 ――それは、まさに一陣の颶風(ぐふう)だった。

 

 咆哮と共に、リィエルが剣を取って立ち上がり、同時に、リィエルの身体が残像すら置き去りにする峻烈の挙動で躍動した。

 

 タイミングよく屈み込んだアナスタシアを台風の目に、荒ぶる暴嵐となってリィエルが吹き荒ぶ。

 

 その刹那に翻る斬閃、三閃。

 

 それだけで、たったそれだけで――

 

 アナスタシアを攻め込んでいた三体のレプリカ達は血華を盛大に咲かせ、木の葉のように吹き散らされ、ただ人の悪意によって生み出されたその悲しくも儚い生命の幕を引かれた。

 

 そのあまりにも急転直下の展開に、驚愕の表情で固まるライネルを他所に。

 

 リィエルはアナスタシアを背中に庇うように立つのであった。

 

 

 

 

 

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