赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


Двадцять три(第二十三話)

 

 

 

「ば、ば、馬鹿なぁああああ――ッ!?」

 

 リィエルによって、三体のリィエル・レプリカが瞬時に倒され、床を転がった。

 

 そんな光景を前に、ライネルは頭を抱えて青ざめながら叫んだ。

 

「なぜだ!?なぜ、レプリカ達がそう簡単に倒される!?同じなんだぞ!?そいつらは、リィエルとまったく同じ性能を持つ人形なんだぞ!?それなのに、そのガラクタ一匹にどうして俺のレプリカ達がこうもあっさり降されるんだ!?」

 

 恐慌に陥ったライネルを尻目に、アナスタシアは自身の身体の状態を一つ一つ確認する。

 

 まぁ、あれだけの攻撃を受けながら、大した傷もついてないのは奇跡だった。強いていうなら脇腹に少し傷がついたくらいだった。

 

(……私の肌、傷つけられた……)

 

 むすっと頬を膨らましながら、同時に、そりゃそうでしょ……と、アナスタシアは妙に納得していた。

 

「そりゃ、そうでしょうよ」

 

 立ち上がりながら、アナスタシアが言葉を続ける。

 

「……貴方。このプロジェクトを構想して関わったくせに、気付かないなんて……恐らくシオンならとうの昔に気付いていたかもね。このプロジェクトが始動した時に。充分にあり得ることよ」

 

「う、嘘だッ!そんな馬鹿なことがッ!?……有り得ない……有り得ない……ありえないありえないありえないッ!一体、どういう理屈で――ッ!?」

 

 これは悪い夢だと言わんばかりに、ライネルが駄々をこねて喚き散らす。

 

 やっぱこいつ、馬鹿だ、と。アナスタシアは溜め息を吐きながら答えた。

 

「理屈?そりゃ、リィエルは『人間』なのだから」

 

「はぁ!?『人間』だと!?」

 

「『人間』……わたしが……」

 

 アナスタシアの言葉に、リィエルは感じ入ったように反芻していた。

 

「単純な話よ。リィエルはこの二年間、帝国宮廷魔導士団の魔導士として、常に過酷な戦いを潜り抜けてきたのよ?戦士としての成長期にあった戦闘の天才が、二年も死ぬか生きるかの実戦を積んできたのよ?」

 

 それに対し、レプリカ達は二年前の『アストラル・コード』で作られている。

 

 二年も実戦を積んだリィエルと、二年前の『アストラル・コード』で作られ、今回が初実戦だったレプリカ達。

 

 どっちが勝つかなんて、最早言うまでもない。

 

「要は、データが古かったのよ。リィエルを『人間』として見ていなかったから、成長しているなんて考えてもいなかった。だから二年前の『アストラル・コード』で作られたレプリカで行けると高を括ってしまった。……皮肉ね。人間として扱ってなかったばかりに、人間であるリィエルに敗北するなんて」

 

 アナスタシアは憐憫すら籠った視線で、うろたえるライネルを一瞥した。

 

「ふ、ふざけるな!そ、そんな馬鹿なこと――」

 

「でも、もうそれは重要なことじゃないの。重要なのは――」

 

 アナスタシアが氷剣の切っ先をライネルの首筋に向けて構える。

 

「もう貴方を守るものがなくなったってこと……」

 

「……ひっ!?」

 

「もうこれで終わり?もっとたくさん作ってた方が良かったんじゃなくて?」

 

 ライネルは慌てて周囲をきょろきょろと見渡し、しどろもどろに呪文を唱え始める。

 

「くっ……くそっ!?≪猛き雷帝よ・極光の閃槍以て――」

 

 だが――

 

「呪文を唱える暇なんて、あげるわけないでしょ?」

 

 いつの間にか、アナスタシアはライネルの目の前にいた。

 

 氷剣の切っ先をライネルの首筋に向けたまま、一歩一歩、ライネルへと歩み寄ってくる。

 

「ひ、ひいッ!?」

 

 詠唱を中断してしまったライネルは、怯えるままに後ずさり……

 

 アナスタシアは、そんなライネルを一歩一歩追い詰めていき……

 

 そして。

 

「う、うぁあああ……ッ!?」

 

 壁際に追い詰められたライネルの首筋に、アナスタシアは氷剣の切っ先を当てていた。

 

「ナーシャ!?い、一体、何を……ッ!?」

 

 その様子を固唾を呑んで見守っていたルミアが、思わず叫び声を上げる。

 

「……決まっているでしょ?彼を……殺す」

 

「――ッ!」

 

 物腰は落ち着いているものの、アナスタシアの目は完全に据わっていた。

 

 アメジスト色の瞳の冷たさは、ルシタニア奥地の――生命を悉く刈り取る極寒の地を思わせるような冷たさだった。

 

 そんなアナスタシアの姿に、ルミアは思わず息を呑む。

 

「ナーシャ!だ、駄目!いくらなんでもそこまでは……ッ!?」

 

「甘いわ、エルミアナ。この男は……生かしちゃいけない人種なの……」

 

 ぎろりと睨まれて、ルミアは身を竦ませる。

 

「己の欲望のままに、なんの罪もない人達の犠牲を平気で積み上げる……それに対し、自身にはなんの躊躇いも良心の呵責もない……それが正しいとさえ本気で思っている……まるで革命政権のようにね。そんな連中を、私は許さない」

 

 すっ、とアナスタシアが氷剣を左に振る。恐らく、首を刎ね飛ばすつもりだ。

 

「……目を瞑ってなさい。すぐ終わる」

 

 そのアナスタシアの冷酷な瞳は、ルミアすらも見ていて背筋が凍った。

 

 五年前、初めて会った時のアナスタシアの目は無邪気だったのに、今は殺気が籠った冷たい目だ。

 

「ひぃいいいい!?」

 

 一方、ライネルは自身の悲惨な結末を想像し、身を震わせていた。

 

「嫌だぁあああ――ッ!?や、やめろッ!?やめてくれぇええええ――ッ!?」

 

 恐怖のあまり、ライネルは女のような悲鳴を上げていた。

 

「お、お願いだ、殺さないでくれッ!?し、死にたくない……ッ!?」

 

「勝手なことをぬかすんじゃないわよ……ッ!?」

 

 ライネルの命乞いに、アナスタシアは憤怒のあまり肩を震わせていた。

 

「レプリカ一体作るために、何人の魂を犠牲にしたと思ってるの!?自我すら奪われて無理矢理生み出されたレプリカ達に心があったら何を思ったと思う!?なんの関係もない命を、あんた自身のくだらない都合でオモチャにしやがって……それで助けてくれ?殺さないでくれ?いい加減にしなさいよ、このクズッ!」

 

 アナスタシアの烈火の剣幕に、ライネルは膝をがくがくさせ、心から震え上がる。

 

「う……うぁ……た、助けて……死にたく……な……」

 

「ダスビダーニャ。地獄に墜ちなさい」

 

 聞かず、アナスタシアが氷剣を横一文字にライネルの首を刎ね飛ばそうと振り――

 

 ライネルは、間近で氷剣を振るさまを、絶望に歪んだ表情で見つめるしかなく――がちがちと歯を鳴らし――

 

 そして――とうとう――

 

 氷剣が――

 

「ひ……ぃ……いぁああああああああああああああああああああ――ッ!?」

 

 ――ライネルの首を――

 

 

 

 

 ――ひゅっと、風を切る音が木霊しただけで、刎ね飛ぶことはなかった。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 最悪の光景を覚悟し、身を硬くしていたルミアが恐る恐る目を開くと……

 

「あれれぇ?折れちゃったぁー?おかしいわね~?なんでだろうね~?」

 

 あの冷酷で冷徹な雰囲気はどこへやら。

 

 折れた氷剣を持っていて、すっとぼけているアナスタシアと……

 

「あ、あ、あ、あ、あ……」

 

 恐怖から来る憔悴のあまり何十歳も老けてしまったようなライネルの姿があった。

 

「あっ、そうか!さっきのレプリカの斬撃でぇ、ひび割れちゃったんだー♪うっわー、すっかり忘れてた♪」

 

 そんな白々しいことを言いながら、アナスタシアは折れた氷剣を放り捨てる。

 

「ひ、ぃ……い……あ、あぁ……うっ……あっ……」

 

「ねぇねぇ、やると思った?ひょっとしてビビっちゃった?あっははははは!やるわけないでしょ、バーカ!」

 

 どこまでも人を小馬鹿したような態度で、アナスタシアがライネルを煽りまくる。

 

「もう疲れたのよ、つ か れ た の!」

 

「う……ぁ……ああ……あ、あ……」

 

「それに、貴方を殺したら、エルミアナに嫌われるんですもの。そんなの死んでも嫌だねぇ!なんですよ♪」

 

 ひとしきり、ライネルをおちょくりまくって……

 

「まぁ……だから、私が言うことはただ一つ……」

 

 茫然自失のライネルの前で、アナスタシアは静かに、左足を軸に回転して。

 

 右足をライネルの顔面に――

 

「私の従姉妹に――手を出すんじゃないわよッ!?」

 

 アナスタシア渾身の逆回し蹴りが、ライネルの頬に直撃して――

 

「ぎゃああああああああああああああ――ッ!?」

 

 ライネルの体は派手に吹っ飛ばされ、ごろごろと転がって、やがて沈黙した。

 

「……はぁ、まったく、危うく死ぬところだった」

 

 かなり疲れた表情でのたまいながら、アナスタシアは縛られているルミアの元へ向かう。

 

「……ナーシャ……よかった……」

 

 ほっと、ルミアは安堵の息を吐いた。

 

「……じっとして、エルミアナ」

 

 アナスタシアが氷剣を新たに錬成して剣を振るう。

 

 すると、ルミアの腕を縛めていた手枷や鎖がばらばらに切断される。

 

 一瞬、がくりと浮遊感を覚え、ルミアは思わず膝をついた。

 

「怪我はない……というより、服、ボロボロじゃ――」

 

 そんなルミアの傍に膝をついたアナスタシアが、ルミアの状態を確認するが。

 

 がし、っと。ルミアがアナスタシアを抱きしめた。

 

「よかった……ぐすっ……よかった……」

 

 力強く、もう離さないと言わんばかしに力を入れて抱きしめるルミアに、目を丸くするアナスタシアだが。

 

(ああ、そうか……そうだもんね)

 

 なにせ、革命が起きてから五年、行方不明だったのだ。

 

 両親や姉妹など一族がどうなったのかも、当時の帝国政府・王家にも伝わっているはずだし、当然、まだ王女だったルミアにもその耳が入っているのである。

 

 だから――

 

「その……ごめんなさい……心配かけて」

 

 そう言うアナスタシアもルミアを抱きしめようとするが――

 

 ふと、背後――正確には、部屋の通路から一人がこちらに駆けつけてきている気配がした。

 

 もしかしてももしかしなくても、グレンがアルベルト――おそらくグレンが、こちらに辿り着こうとしていた。

 

 もう時間ね、とアナスタシアはルミアの元から離れ――

 

「……行かないと」

 

「……え?」

 

 涙目のルミアから離れたアナスタシアは、呪文を呟き、指を鳴らす。

 

 すると、アナスタシアの足元から吹雪が巻き起こる。

 

「な、ナーシャ……ッ!?」

 

「今日はこれでお別れよ。もうそろそろ行かないと」

 

「ま、待って……ッ!」

 

 ルミアが従姉妹の手を掴むが、吹雪がアナスタシアを包み込む。

 

「行っちゃ駄目ッ!行かないでッ!」

 

 五年ぶりに再会した従姉妹。

 

 その従姉妹が再びいなくなることに、ルミアは大きな不安に襲われた。

 

 もう従姉妹と会えないのは嫌だ――だから、私は――ッ!

 

 だが――

 

「……エルミアナ」

 

 ほぼ吹雪に包まれたアナスタシアがルミアの頭をくしゃりと撫でる。

 

「……また会えるから」

 

「――ッ!」

 

「これで最後じゃないから。それに……私は貴女を見守っているから。姿は見えないでしょうけど、いつも貴女の傍にいるから……だから――」

 

 吹雪がアナスタシアを完全に包む直前、切なそうに薄く微笑んで――

 

「――また会いましょう、エルミアナ。そう遠くないうちに、ね?」

 

 そう言って、吹雪に包まれて――

 

 アナスタシアの手の感触がどんどんなくなっていって――

 

 アナスタシアを包んだ吹雪が止んだ時は、アナスタシアは姿を消していた。

 

「……ナーシャ」

 

 あまりにも突然で、とても短い従姉妹との再会は、こうして一応終わりを告げることになった。

 

 だが、ルミアには先ほどまでの不安はなかった。

 

 だって、また会えると、彼女が言ったのだから。

 

 それに、またどこかで会えるような気がするから。

 

 今は、その時を待とう。

 

 

 

 

 ルミアの目の前には、シンプルなデザインのピンキーリングが置いてある。

 

 ルミアはそれを手に取り、左手の小指に嵌めるのであった。

 

 また、彼女と会えることを願って。

 

 

 

 

 

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