赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


kakskümmend kuus(第二十六話)

 

 

 

 クライトス伯爵家は、現代に生き残る有力領地貴族の家の一つである。

 

 今から四十年前、和睦という形で終結したアルザーノ帝国・東セルフォード帝国連合とレザリア王国の『奉神戦争』。その長きに渡る戦いで帝国内の経済は乱れに乱れ、多くの帝国貴族が多額の負債を抱えて領地経営が破綻、没落した。

 

 そんな困窮した貴族達の多くが、政府の中央集権化政策に便乗し、領地を積極的に王家へ奉還し、領地貴族から宮廷貴族へ、領主から代官へと鞍替えした。

 

 だが、中には卓越した領地経営手腕を発揮して財政難を克服し、自身の領地を守りきった貴族もまた多く存在する。クライトス家はその中の一つだ。

 

 因みに、東セルフォード帝国連合は当初は中立を保っていたが、レザリア王国が突如、国境を越えて侵攻。奇襲攻撃を受ける形でアルザーノ帝国側に参戦することになった。

 

 当時、連合軍と構成国が独自に持っていた国軍、民兵で構成されていた北大陸最大規模の軍隊を持っていた帝国連合は、緒戦は突然の奇襲攻撃による混乱により、組織的抵抗が出来ずにレザリア王国軍に敗北を続ける。

 

 そこで、帝国連合政府は王国軍を奥地に誘い込んで殲滅すべく焦土戦術を実行。

 

 この作戦が功奏し、さらに冬将軍の早めの到来により、レザリア王国軍を撃退することに成功。だが、この時、ユークレイン大公国東部を除く全域、白ルシタニア公国、モラヴィア王国、ユレスコ王国、ルブリン=ピャエスト王国、ラトガレ大公国、エースティ公国、リスアニア大公国の全域を焦土と化して撤退したため、領土を荒廃されたこれらの貴族・国民の感情に反帝国連合――特に焦土戦術の中心的役割を果たしていたルシタニア大公国に対する反感を植え付けることになる。

 

 この反感感情は、これらの地域で独立派が革命政権・帝政派よりも優位に立っている遠因になっている。

 

 閑話休題。

 

 さて、今も領地貴族の一員であるクライトス家だが、『奉神戦争』による財政難を克服するまでの道のりは他の大貴族――ナーブレス公爵家、シュウザー侯爵家、ノワール男爵家等の大貴族達とは違い、大変厳しいものであった。

 

 なにせ四十年前のクライトス家には、例えばナーブレス公爵領のように肥沃な土地から生産される良質の葡萄に支えられたワイン製造業を基幹産業に、金融業を営み、莫大な利益を上げる……などという領地経営を強力に支えるバックボーンが存在していなかったのである。

 

 それゆえに、戦争の影響で経営が大きく傾いたクライトス家も、一時期は王家に領地を奉還するか否かと、領地貴族としての存亡が危ぶまれる時期があった。

 

 しかし、クライトスの領地には経営を強力に支える産業はなかったが、魔術儀式の実践や魔術研究に適した優れた霊脈があった。そして、先々代領主が趣味で集めていた貴重な魔術書や魔導書、魔術関連品が、数多くあった。

 

 そこで、クライトス家は当時一時的に出奔しており、アルザーノ帝国魔術学院で最新の魔術を学んだ三男坊を呼び戻し、蒐集していた魔導書・魔導器を使っての魔術の学舎を設立し、その経営利益と学舎設立による周辺の経済効果で、領地財政を立て直すことを決意。

 

 家の興亡を賭けた、この無謀とも思える試みは――結果的に大成功。アルザーノ帝国魔術学院にはない魔導書や魔導器に触れられるというクライトス魔術学院独自の優位もあり、政府から助成金が降り、年々生徒数も増え、あっさり黒字経営を達成してしまったことにより、クライトス伯爵家は見事、領地経営難を脱却することになる。

 

 今では、クライトス魔術学院は私立校でありながら、僅か四十年でアルザーノ帝国魔術学院に次ぐ、第二の魔術の学校として知れ渡るほどにまで成長している。

 

 そして、魔術学院を設立するまで、魔術とは無縁だったクライトス家も本格的に魔術学会に参入し、新興の魔術師一門として売り出しを始めることになる。

 

 レオス=クライトスは、クライトス伯爵家の御曹司にて、クライトス魔術学院で噂の名講師、帝国総合魔術学会で今何かと注目されている期待の新星。

 

 そんな人物の到来に、アルザーノ帝国魔術学院の面々はとにかく沸きに沸いた。

 

「……と、まぁ色々と有名な講師なんだけとね」

 

 生徒達がレオスに対して、浮き足立っている中、サーシャはルミアにレオスの一通りの経歴を教えていた。

 

 初めてレオスの顔を見たサーシャだが、全く知らないわけではなく、レオスがどういう人間なのかはある程度は耳に入っていた。

 

「す、すごいね。魔術学院の講師を務めているかたわらで、魔術研究で研究成果や論文もいくつも発表していて高い評価を得ているなんて……」

 

「それに、人間性も良いらしい。あの年齢で魔術師としての礼節を完璧に備えていて学会でも好感度が高い。軍用魔術に関する造詣も深いらしいからね。話を聞いた感じ、後に躍進しそうな人かな」

 

 サーシャの話を聞いて感じ入ったルミアに、サーシャもまさかこの講師が来るなんてね、と内心驚いていた。

 

 なにせ、この学院に来たのもこの魔術学院の一人の先生が、急病で倒れたため、その療養期間中の間の臨時講師としてクライトス魔術学院からわざわざアルザーノ帝国魔術学院に来たのである。

 

 こんな優秀な講師が来るなんて、普通なら歓迎するのだが。

 

「…………」

 

 サーシャはどうも納得いかない表情をしていた。

 

「どうしたの?サーシャ君」

 

「……わたしにはよくわからないけど、サーシャ、すごい難しい顔してる」

 

 そんなサーシャの顔を見るルミアとリィエル。

 

「……なんでこの人なんだろうね?って」

 

「?」

 

 不思議そうに首を傾げるルミアに、サーシャが言葉を続ける。

 

「いや……さっきも説明したけど、彼ってクライトス家の御曹司なんよね」

 

 サーシャは馬車から降りてきたレオスを思い出す。

 

「いや、確かに、アルザーノ帝国魔術学院とクライトス魔術学院は提携関係にあるらしいから、こちらの欠員の穴を埋めるために、一時的にこっちに派遣されてくるのは別に不思議じゃない。だけど、だからこそなんで彼なんだろうね?」

 

 そう言うサーシャの顔には、やはり困惑と煮えきらないものが見え隠れしていた。

 

「クライトス伯爵家の次代当主候補、学会で今話題の期待の新星、クライトス魔術学院きっての名講師……なんでこんな大物が、こちらの病欠の穴を埋めるために、わざわざクライトス領から来たんだ?普通、こういったのはもっと格下を送るものだと思ったんだけど」

 

「……それは……」

 

 サーシャにそう言われたルミアが、何か思っているのか、少し思い詰めた顔をする。

 

「それに……クライトス家は今、色々と何かあるんだよね」

 

 そしてサーシャは淡々と言葉を続ける。

 

「次代当主候補っていうことは、つまり他の当主候補者がいるんだよね。というのも今のクライトス家って、元々クライトス領を治めている主家筋と、クライトス魔術学院の初代学院長を務め、事実上クライトスを立て直した三男坊の分家筋で次期当主の座を巡って揉めているし。レオスは主家筋で、たしか父親は早くに亡くなっているはずだから次期当主に最も近い……そんな人がこの大事な時期にクライトス領を離れたっていうのがね……ていうか、よく主家筋も許したなって。妙なんだよねぇ、考え過ぎかな?」

 

 まぁ、お家騒動なんて、それなりに歴史とかある名家ならば珍しくもないと言われればそれまでなのだが。

 

 だが、サーシャがそれを差し引いても今回のレオスの来訪には嫌な予感がするのだ。

 

 今、フェジテで変死体が発見されている事件も頻繁に起こっている。

 

 それだけじゃない。一週間前ぐらいから、帝国に潜入している国家保安委員会の工作員が――()()()()が何名か何者かに殺害されているのだ。手口から見て、独立派の一派の仕業と見られる。

 

 最近、なにかと身の回りがどうにも色々ときな臭い。

 

(まさか、独立派との抗争が帝国にまで波及するなんて……)

 

 何やら色々と不穏なこの時期に、独立派の動きにも気を向けなくてはいけないなんて……

 

(……ボリスもヤチェクも、そして俺も気をつけなければな。独立派の組織によっては、学院内で事を起こしかねん)

 

 思わずため息を吐きながら、サーシャは窓の外を見る。

 

 青い空。白い雲。燦々と注ぐ陽光。

 

 窓の外にはいつもの通り、鋭角の屋根が立ち並ぶフェジテの街並みと――空に浮かぶメルガリウスの天空城の偉容があった。

 

 

 

 

 フェジテで頻発している得体の知れない不穏な事件。

 

 アルザーノ帝国内で起き始めている国家保安委員会と独立派の抗争。

 

 そして独立派の中でも過激な組織が、後にあの男が再び引き起こした騒動に便乗して――それにルミアが巻き込まれようとは、この時サーシャは思っていなかったのであった。

 

 

 

 

 






因みに、第一章の話数はロシア語、第二章はラトビア語、第三章はウクライナ語、そして今回の章はエストニア語で書いています。
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