それでは、どうぞ
魔術競技祭、午後の部が始まった。
午後の部最初の競技は、念動系の物体操作術による『遠隔重量上げ』だった。白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で、鉛の詰まった袋を触れずに空中へ持ち上げる競技である。より重い袋を浮かせることができた選手に多くの得点が入るルールだ。
サーシャは、午前同様に盛り上がるクラスの生徒達とは裏腹に、上の空で重量上げの競技を眺めていたグレンに視線を注いでいた。
(先輩、競技場に戻ってからずっとあんな感じなんだけど、なんかあったのかな?)
周囲の生徒達がやたらハイテンションなせいか、深く溜息を吐くグレンはかなり目立っている。
(それにあの金髪の娘、一回戻ってきたけど様子がおかしかったし、すぐにいなくなったし……まさか、先輩と喧嘩かなんかした?)
いかにも、あり得そうな事だなと思いながらグレンの周囲を見渡すと、銀髪の少女がグレンの前に立っているのが見えた。
グレンは、なにか考え事していたのか、気付くのに時間がかかり、そしてなぜか拳闘の構えを見せる。
(なぜに、拳闘の構え?)
あんた一体、二人に何をした?
内心、呆れながら見ていると、二人はなにやら会話をしている。
そして、しばらくするとグレンが頭を掻きながら面倒臭そうに席を立ち上がる。
恐らくは、途中でいなくなった金髪の少女を探すためなのだろうであることは、午前の部の最後のあの土下座のシーンでの三人のやりとりを見てたから、容易に想像できた。
グレンが立ち上がって、金髪の少女を探しに行こうとしていた瞬間、銀髪の少女が呼び止めて――しばらくしたら、くるりと背を向けて顔を赤くしていた。
(?あの娘、なんかよくわからない娘だな。……でも)
なんだろう、あの娘。
なんか、誰かに似ているような……そんな気がした。
グレンの元・同僚であり、理解者でもあり、お節介な女性に似ていた。……その女性は一年前のある事件で死亡してしまったのだが(そして、グレンが軍を去って行った要因にもなった)。
(人の縁って、不思議なもんだねぇ)
と、そんな風に思っていた、その時だ。
「――王室親衛隊が、再び動いた」
「動いた、というと、今度は何をするつもりなんです?」
「これもまた信じられんが……連中は独断でルミア嬢を始末する心算らしい」
「は?なぜに?ていうか、ルミアって誰なんです?」
信じられないという言葉とは裏腹に、淡々と告げるアルベルトの言葉に、サーシャは目を見開いて問う。
女王陛下を軟禁しての、ルミアという女性を始末するという王室親衛隊の行動に、サーシャは理解できないとばかりに首を傾げた。
「グレンの傍にいた、金髪の娘だ。連中がなぜ、彼女を殺害しようとしているのかは、不明だ」
「そう」
すると、それを聞いたリィエルが早速、迷わず歩き始める。
「君はどこに行く気なのかな?」
そんなリィエルを今度はサーシャが後ろ髪を掴んだ。
「決まってる。敵は、わたしが全部斬る」
「…………」
サーシャは無表情でリィエルの後ろ髪を引っ張った。
「痛い。なにするの、サーシャ?」
「……それは無茶だから止めよう、ね?」
呆れながら、後ろ髪を掴み続けるサーシャは、アルベルトに振り向く。
「先輩、もしルミアっていう娘が、連中によって殺害されるというのであれば、先輩の様子を見ます?さっき、その娘を探しに行っていましたから」
すると、リィエルが――
「そう。つまり、グレンと決着をつけるのね?」
「…………」
こいつは、なんでそこまでグレンと決着をつけたがるのだろうか?
アルベルトが険しい表情のまま微塵も揺るがさず押し黙り、サーシャは溜め息を零すのであった。
グレンはあれから、ルミアを探し回っていた。
昼休み中、銀髪の少女――システィーナに吹き飛ばされ、ルミアが誰かが作ってきた弁当を差し入れとして持ってきてそれを食べていた時、女王アリシア七世と会い、会話していたのだが、それ以降、ルミアの様子がおかしくなり、どこかにいなくなっていたので探しに行っていたのだ。
最初は中庭に行ってみたが、そこにはいない。
仕方なく、グレンは直感に任せて学院内を歩き回る。
「まずいな……マジでどこ行ったんだ」
まずは学院校舎本館、西館、東館の周囲を一回りし、学院付属図書館と図書館前広場を足早に通り過ぎ、迷いの森入り口周辺、薬草農園、魔術実験塔周辺に運んでみた。
だが、ルミアの姿は見当たらない。めげずに、競技場に人が集まることで閑散としてしまった学院内を延々とあてもなく回り続ける。延々と探し続ける。
流石にグレンが焦りを覚え始めた頃、学院敷地に南西端、学院を取り囲む鉄柵のかたわら、等間隔に植えられた木々の木陰にちらりと、見覚えある金髪が見えた。
「……見つけた」
グレンがその木陰に歩み寄る。
そこには木に背を預け、神妙な面持ちで手元を見つめているルミアがいた。
「……ルミア?何、見てんだ?……ロケットか?」
特に覗くつもりはなかったのだが、ルミアに歩み寄る角度と身長差の関係から、偶然、ルミアの手元が見えてしまったのだ。
ルミアの小さな手の中には簡素な作りのロケット・ペンダントがあった。ルミアはその蓋を開いて、その中をじっと見つめているようだった。
「このロケットにはですね、何も入っていないんです……」
グレンの接近を察したルミアは、ぱちんとロケットの蓋を閉じ、それを握りしめた。
「昔は、誰か大切な人達の肖像が入っていたような気がするんですが……いつの間にかなくなっちゃいました」
「…………」
沈黙するグレンの前で、ルミアは寂しげに笑い、ロケットの鎖を首の後ろで繋ぎ、ロケット本体を胸元から衣服の中に落とし込んだ。
「これ自体、特に価値があるのでもないのに……変ですよね。こんなものを今でも大事に肌身離さず持ち歩いているなんて」
「……別に変じゃねーよ」
グレンはそっぽを向いて頭を掻きながら、ぶっきらぼうに応じた。
「その中身を紛失した経緯ってのはわかんねーけどな。でも、今でも何か大事なもんか詰まってんじゃないのか?それ」
「…………先生は」
意を決したかのように、言葉を切って、ルミアが問いかける。
「知っているんですよね?……私と、女王陛下の関係を」
「あぁ。こないだの事件の後、政府のお偉いさんから聞かされたよ」
そして、グレンはくるりと踵を返し、ルミアに背を向ける。
こないだの事件とは、あるテロリスト集団が学院を占拠し、ある少女を拉致しようとし、自爆して人質となった他の生徒達を殺害しようと企んだ自爆テロ未遂事件である。
その少女とは、ルミア=ティンジェル――今、木に背を預けている少女だった。
「だーが、どうでもいい。おい、行くぞ、ルミア。皆がお前のことを待っている。楽しい楽しい魔術競技祭、後半戦開始だぜ?」
そのまま歩き去ろうとして……
「ふふっ、先生はいつだって先生ですね」
くすり、と。ルミアはほんの少しだけ微笑んだ。
「ここは落ち込んだ女の子に、何か優しい言葉をかけてあげる場面ですよ?」
「ぶっちゃけ、何を言ってやればいいのかさっぱりわからん」
堂々と甲斐性なしなことを言ってのけるグレン。
そんなグレンを見て、ルミアはくすくすと含むように笑う。
「あの……じゃあ、もう少しだけ私のお話に付き合ってくださいませんか?」
「……ああ」
そしてルミアは再び木に背を預け、グレンはルミアに背を向けたまま空を見上げた。
とつとうとルミアが語り始める。
ルミアが話すことは実に取り留めのないことだ。
まだ、自分が王女だった頃の話。日々の政務で忙しい中、それでも時間を作って遊んでくれた優しい母親。いつも自分の面倒を見てくれた優しい姉。王室直系の娘として何一つ不自由なく、王室直系の娘としてはやはり不自由だった日々。それでも、確かに幸せと呼べた在りし日の記憶――
それは恐らく、王女としての地位を剥奪され、王宮を放逐されたルミアがフィーベル家――システィーナ達の家の一員になろうとして、全て忘れ去ろうとして――結局、忘れきれずにまだ心の奥底に燻ぶっている思い出達なのだろう。
「……私、どうすればよかったんでしょうか?」
一通りの思い出語りが終わると、ルミアはグレンに静かに問う。
「陛下が私を捨てた理由……わかるんです。王室のために、国の未来のためにどうしてもやらなければならない必要なことだったって。それでも……私は心のどこかで陛下を許せなかった……怒っているんだと、思います……」
「ま、理屈じゃねーからな、そういうの」
「だけど、あの人を再び母と呼びたい、抱きしめてもらいたい……そんな思いも、どこかにあるんです……ずるいですよね……私……」
「ま、理屈じゃねーしな、そういうの」
「でも、あの人を母って呼んだら、私を引き取って、本当の両親のように私を愛してくれたシスティのお母様やお父様を裏切ってしまうようで……それが申し訳なくて……」
「ああ、理屈じゃねえんだよな、そういうの」
「だから、私、わからないんです。どうしたよいのか、どうすればよかったのか……」
目を伏せるルミア。
グレンは面倒臭そうに、ため息を一つ吐いて、言った。
「持論だがな。人は、どうも人生においてあらゆる選択と決断をする際に、後悔し、傷つかずにはいられない生き物らしい。一般的には悔いが残らないような選択をしろってよく言われているだろ?断言してやる。ありゃ嘘だ……ていうか、無理だ」
「そう、なんですか……?」
グレンは頷いて続ける。
「神様って、ホント意地悪な奴だと思わないか?目の前に道が二つあれば、どんなに悩んで考えて一方の道を進んでも、もう片方の道にしておけばよかった……って、後で何かしら後悔するように人間をお作りになったんだからな。ご丁寧にまぁ、道の選択そのものから逃げたとしても、選ばなかったこと自体を後で悩み苦しむ、クソ仕様だ」
グレンはふと、自分を振り返る。
かつて、グレンは絵本に出てくるような正義の魔法使いに憧れ、魔術師を志した。今では安易にそんな道を選んだことを激しく後悔している。自分が選んだこの道は間違いだった。別の道にしておけばよかった。何度そう思ったかわからない。
だが――夢を捨て、別の道を歩めば、あんなに悩むことも苦しむこともなかったのだろうか?否、やっぱり夢を諦めずに頑張ればよかった……その道を選ばなかったことを、後になってから延々と悩み苦しむのだろう。
「だからこそ、本音が必要だと思ってる」
「……本音、ですか?」
「ああ、その道を本音で選んだなら、どっちにしろ後悔することになるなら、ちったぁマシだと、そう思わないか?散々、後悔した後で前に進める気がしないか?」
「で、でも……私……自分の心がわからなくて……」
すると、グレンは頭を掻きながら言った。
「俺は昔、帝国軍に所属する魔導士だった。……意外に思うだろうが」
意図の読めないグレンの台詞と告白に、ルミアは戸惑った。
「で、仕事柄、宮廷に赴く機会も結構あってな、さっきお前が大切そうに見つめていた物とまったく同じ物を、宮廷内でとある偉い人が身に着けていたのを見たことがある。……意味、わかるな?」
「……っ!」
ルミアがはっとして、思わず胸を押さえた。
「今の今まで後生大事に肌身離さず持っていた、お揃いのそれ。捨てるタイミングなんていくらでもあったハズだ。……もう、答えはとっくに出ているんじゃないのか?」
「答え……」
「恨み辛みでも文句でも、なんでもいい。まずは言葉をぶつけることが始めてみたらどうだ?さっきのお前みたいに向き合うことから逃げるだけじゃ、なんにもならんだろ。まぁ、散々向き合うことから逃げ続けてきた俺が言うのも……なんだがな」
ルミアはしばらくの間、無言でうつむいていた。
グレンはそんなルミアに相変わらず背を向けながら、返答を静かに待つ。
そして。
「私……怖いんです」
ぽつりと、ルミアは消え入りそうな声で、そんなことを呟いた。
「私を追放した前日まで、あの人はとても優しかったんです。でも、私が追放されたあの日、あの人に呼び出されたら、国の偉い人達が険しい顔で沢山集まっていて……あの人は凄く冷たい目で私を見つめていて……まるで別人のように豹変していて……」
「…………」
「さっきのあの人はとても優しかったけど……また、いつ私に対して、突然、あの冷たい目を向けてくるかと思うと……怖くて……だから……その……」
意を決したように、ルミアは真っ直ぐとグレンの背中を見つめた。
「先生、一緒についてきてくれませんか?」
「……やれやれ、なんつーか、お前にもそういうガキっぽいトコあったんだな」
グレンは肩をすくめて苦笑いしながら、ルミアに振り返った。
「いいぜ?付き合ってやるさ」
「本当ですか?」
「……ここで嘘だって言ったら、単なる極悪人だろ」
「もう、先生ったら」
面倒臭そうに息をつくグレン、おかしそうに笑うルミア。
グレンはルミアを伴って歩き始める。
二人の間に流れる、穏やかで気安い空気。
さて、とは言ったものの、どうセッティングすればいいのやら。いつの間にか、また厄介事が一つ増えてしまっていることに気付き、グレンは再び頭を悩ませていた。
――だが、その後に襲いかかってくる厄介事に比べたら、この厄介事はかなり些細な事だということを、この時のグレンは知る由もなかった。
ここまでで