赤い国からの魔術師   作:藤氏

31 / 55


それでは、どうぞ。


kakskümmend üheksa(第二十九話)

 

 

 

 

 ――フェジテ市内に設けられた、とあるアパートの一室にて。

 

「何か、獲物はいたか?」

 

「ああ、いたぜ」

 

 男二人が何やら話していた。

 

「男と女それぞれ二人。学生だ。男はルシタニア人、女は帝国人。おい、これは次の獲物はこの二人でいいだろ?」

 

「そうだな。そもそも、この男の方を狙っていたからな。まぁ、罪もない無関係な女が一人いるが……まぁ、いいだろう。どうせ、帝国人もルシタニア人も死に値するからね」

 

 獲物を見つけて興奮気味に言う男に、薄く笑う男はどうやらリーダー格らしい。

 

「長年、僕達はやつらに虐げられ、抑圧されてきたんだ。余所者のルシタニアに……そして、そのルシタニアにあの女王は自分の妹をあの男に嫁がせて、あの忌まわしい魔女を生み出したのだからね……その時点でこの国も万死に値するね」

 

「あの魔女……行方知らずの皇女のことだろ?」

 

「まぁ、どうせ姿を見せたところで何もできないだろうし……まぁ、じっくり探して見つけるさ」

 

「ぎゃははははッ!そん時は、俺がじーっくり、教育して良い啼き方ができるようにしてお楽しみを堪能してから殺してやるよッ!」

 

 下品な笑い声を上げる男。

 

「まぁ、それにしても……今回の獲物は少しやっかいらしい。なにせ二人は学生……つまり、アルザーノ帝国魔術学院の生徒だ。……ふーむ?まぁ、わざわざあのセキュリティの堅い学院内で殺る必要はないか」

 

 リーダー格の男がそんなことを呟く。

 

「今、我が故郷、ラトガレの戦況は独立派が圧倒的に有利……半年もしない内に政府も帝政派も殲滅できる。独立が達成した暁には、新たな大公を担ぎ出す連中とルシタニア人を皆殺しにする。そして、今度は国外に出てルシタニアを併合、皆殺しにする。そして、帝国の連中も殲滅するんだ。これにより、我らの……我が民族の復讐は達成され、祖先も報われることだろう。これは、その復讐の始まりにすぎないのだ」

 

 そんな野望を口に出し……にぃ、と。リーダー格の男が口元を禍々しい笑みの形に歪めるのであった。

 

 

 

 

 グレンがレオスに対して喧嘩を売った、次の日。

 

 グレンとレオスが、とある女子生徒の伴侶の座を賭けて決闘をする……その噂は瞬く間に学院中へと知れ渡ることとなった。

 

「おいおい、まじかよ……?あの問題講師が、また何かやらかすのか……?」

 

「実は、レオス先生とシスティーナは、両親が決めた正式な許嫁同士らしいぜ……?」

 

「な、なるほど……二人とも名家出身だからな……有り得る話だ……」

 

「要するに、グレン先生の横紙破りかよ……み、みっともねぇ……」

 

「逆玉の輿を狙ってるんだってさ……あの人らしいや……」

 

「許嫁のレオス先生はいいとして、一教師が女子生徒に手を出すなよ……」

 

「グレン先生、頑張ってぇ……レオス様をあんな女に渡さないでぇ……」

 

「そんなことより一人の女性を巡って、二人の男性が争うなんて!きゃーっ!きゃーっ!ロマンよぉーっ!」

 

 以来、学院内の話題はこの決闘話で持ちきりだ。

 

 グレンとレオス、どちらが勝つか。どんな決闘方式で勝負を決するのか。二人の動向に否応なく注目は集まっていく。

 

 そして――

 

 そんなこんなで、グレンが担当する二組のクラスにて。

 

「俺が見事、白猫とくっつく逆球の輿、夢の無職引きこもり生活をゲットするために――今からお前らに魔導兵団戦の特別授業を行う!」

 

「「「「ふっざけんなぁあああああああああああああああああああ――ッ!?」」」」

 

 教壇に立つや否や、突然の授業内容を宣言したグレンに、当然クラス中が避難囂々となった。

 

「俺達を巻き込まないでくださいよ!?」

 

「そうだそうだ!ちゃんと授業しろーッ!」

 

 ぶいぶい文句を言う生徒達。

 

 当然である。本来の時間割ならば、これから始まるのは黒魔術の授業なのだから。

 

「……これはひどい」

 

 あまりに必死なグレンに、サーシャもちょっとドン引きする。

 

 因みに、今度の決闘戦、つまり魔導兵団戦は、魔術師の集団戦を生徒達に経験させる――いわば、実戦場における魔術師の戦術的な心構えを学ぶための模擬魔術戦――魔導兵の軍事演習のようなものだ。

 

 この模擬戦において、生徒達はクラスごとに一つの魔導兵部隊となって、担当講師の指揮下で動き、他のクラスの講師が指揮する部隊と集団戦をすることになる。

 

 帝国政府は、魔術師を諸外国に対する潜在的な戦力とも捉えており、いざ国難の際には学院の魔術師の卵達すら戦力として扱うことも視野に入れている。無論、そうなった例は少ないが、例えば四十年前の『奉神戦争』では、戦争の末期には魔術学院から有志の学徒出陣があり、そのおかげで辛うじて勝利を拾えたとも言われる(一方で緒戦で膨大な犠牲者を出していた帝国連合は、連合軍がレザリア王国領内へ逆侵攻したのも勝利の決め手になっていた、と。当時の帝国連合は国内にそう宣伝していた)。

 

 そういった理由で、アルザーノ帝国魔術学院の授業では、良くも悪くも魔導兵団戦のカリキュラムが組まれており、特に男子生徒には必修となっている。

 

 ただ、この魔導兵団戦……明らかにレオスが圧倒的に有利な条件と言えた。

 

 軍用魔術の研究は、何も高い殺傷能力を持つ戦争用の呪文を開発・改良するだけはない。呪文の運用法や魔導兵の戦術・戦略に関する研究も含まれている。

 

 つまり、常日頃それを専門に研究しているレオスに、圧倒的に有利な条件だというのは言わずもかなである。

 

 そんなこんなで、現在に戻るのであるが――

 

「ええい、うっさい!各必修授業の進行は担当講師の裁量に任せれてるんだぞ!?」

 

「う……」

 

「いやぁ、俺も本当はお前らを巻き込むようなことしたくねーんだけど……そいえば、ちょうど黒魔術の授業はちょおっと進んでて、魔導戦術論の授業はちょおっと遅れているなぁ……ここは仕方なく、予定を変更するしかないかなぁ……あくまで、仕 方 な く」

 

「さすが先生……普通の講師は絶対しないことを平然とやってのける……」

 

「そこに痺れないし、憧れない……」

 

「なんかもう、必死過ぎる……そんなに逆玉の輿がいいんすか……?」

 

 最早、呆れ果て、諦めきった顔の生徒達。

 

 システィーナに到っては、顔を怒りで真っ赤に染めてぶるぶると震えていた。

 

 だが一応、グレンの言うことにも一理あるので、説教はできないようである。

 

「となると……」

 

 サーシャはぐるりとクラス面々を見渡す。

 

 グレンの担当する二組のクラスの生徒達は、ごく一部を除いて、どんぐりの背比べだ。

 

 一方、レオスが臨時で担当しているクラスは成績優秀者達が集まっており、ハーレイの担当クラスに次ぐとされている。

 

 さらに、この魔導兵団戦は魔術競技祭のように個々の尖った分野で鍛えるものではなく、全員、同条件で、同じ競い合いに挑まなければならない。

 

 ゆえに、この勝負は最初から勝負にならない……というのがクラスの共通認識だし(現に丸眼鏡君が冷笑的にそう言っていた……気がする)、サーシャもまぁ、使い物になる連中なんて()()()()()()よなと思っていた。

 

 特に、ギイブルのような生徒は。

 

 ギイブルはこのクラスにおいてはシスティーナに次ぐ第二位の成績優秀者で、学年全体から見ても相当上位に入るほどなのだが、そんなことは重要ではない。

 

「さて、さっそく魔導兵団戦……戦場における魔術師の戦い方、心得ってやつを教えようかと思うんだが……まず、始めに。お前らは多分、盛大に勘違いしてる」

 

 生徒達の注視の中、グレンが肩を竦める。

 

「魔術師の戦場に――英雄はいない」

 

 そんな宣言から、グレンの特別授業は始まった。

 

 

 

 

 …………。

 

 ……時間は飛ぶように流れ、それから数日後。

 

 夕方のフェジテの通りを、サーシャが一人黙々と歩いていた。

 

 因みに、システィーナ達には用事があるからと、先に帰らせている。護衛は以前は不安だったが、今なら大丈夫だとリィエルに任せている。

 

「…………」

 

 サーシャは歩きながら探査魔術で周囲の様子を確認していた。

 

 すると。

 

(……やっぱり、つけられている)

 

 サーシャは苦々しい顔で舌打ちした。

 

 サーシャがリィエルにルミアの護衛を任せて離れた理由……それは、数日前から誰かにつけられているからだ。

 

 それも一人ではない。二人、三人……複数人からつけられている。

 

 複数の視線が、サーシャに向けられていだが自分だけなのか、リィエルは気付いている様子はなかった。もちろん、システィーナ、ルミアもだ。

 

(アルベルト先輩も、例の事件でアレが検出されたから、その出所を調査するために護衛任務から外れているし……あぁもう、なんでこんなにタイミング悪いんだよ?)

 

 あまりにも状況が芳しくない中、サーシャは歩を速める。

 

 すると、背後からついてくる複数の足音がサーシャにつられるように速くなる。

 

「…………」

 

 段々と速めるサーシャ。背後からやはりついてくる人間がいる。しかも、その足音はグレンでもアルベルトでもなくリィエルでもない。もちろん、システィーナ達、学院の生徒達ではない。全く知らない者達の足音。

 

 そして、微かに殺気を感じさせる視線。

 

 歩を速め、早歩きしていたサーシャは――

 

 ダッ!と、走りだしてすぐそこにあった路地裏に駆け込んだ。

 

 路地裏に駆け込んだサーシャはそのまま、走る。走る。走る。

 

 突き当ったら右へ、左へと曲がり、路地裏を駆け回る。

 

 駆け回るサーシャの背後には、追いかけているのがわかった。

 

(……クソッ!)

 

 舌打ちながらサーシャは、駆け回る。ひたすら駆け回る。

 

 幸い、追いかけてくる集団は、このフェジテという都市の構造を充分に把握していなかったらしい。段々と足音が遠くなっていく。

 

 そして、複雑に入り組む路地裏に迷ったのか、それとも諦めたのか。足音は遠くなり、やがて聞こえなくなっていた。

 

 もう折って来ないと判断したサーシャは、路地裏から通りに抜け、中央区の市庁舎前で足を止める。

 

「撒いたか……」

 

 息を整えて、振り返るサーシャ。

 

 一応、探査魔術と使い魔を召喚して周囲を索敵するが、敵正反応はなかった。殺意の籠った視線も感じない。

 

「まさか、こんなに早く独立派に目をつけられるなんて……」

 

 追っ手を撒いた後、サーシャは物憂げな表情でため息を吐いた。

 

「もし、ルミアに危害が及びそうなら……当然、守らないと……」

 

 本当はルミア達から離れた方が最善なのだろう。サーシャの仮説が正しいなら、連中はルシタニア人とスルビナ人を主に狙って殺害している。帝国人はついでみたいな感じで巻き込んでいるのだろう。

 

 願わくば、ルミアがこれ以上、他の組織から狙われないように……独立派に狙われないようにと、祈りながら。

 

 サーシャは、帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。