「で、先生、どうするんだよ?」
演習場、南西の拠点――環状列石遺跡の真ん中に集まったグレンのクラスの生徒達。
皆を代表して、大柄な少年カッシュがグレンに尋ねる。
「もうすぐ開始の合図が上がっちゃうぜ?どういう作戦で行くんだ?」
環状列石の中央にはテーブルが据えられ、その上に演習場一帯の地図が載っている。
グレンがそれと睨めっこする様を、生徒達は固唾を呑んで見守っていた。
「基本的な戦い方は、先日までに教えた通りだ。問題は、どこを、どれだけの数で攻めるかなんだが……レオスの野郎がどういう戦術をとってくるかサッパリだからな……」
「はぁ……?なんか自信なさげだなぁ……しっかりしてくれよ、先生」
「いや、俺、実は魔導兵の基礎的な戦闘術に関してはわかるが、魔導兵の戦術的な指揮運用法に関してはそんなに詳しくねーし。てか、戦術指揮なんて畑違いだっつーの」
この土壇場で明かされる驚愕の事実に、サーシャを除くクラス一同絶句するしかない。
「って、おいいいッ!?自信あったから、その決闘ルールを受けたんじゃないの!?」
「先生、いいのかよ!?アンタが負けたら、システィーナがレオスの野郎に娶られちまうんだろ!?そんなの許せるかよ!?」
「ああ、そうだそうだ!そんなの認められないぞッ!」
意外なほどに、この演習に乗り気な男子生徒達に、逆にグレンがぎょっとする。
「お、お前ら、一体どうして……?」
「先生……そんなの決まってるだろッ!?イケメンは敵だッ!」
カッシュの魂の叫びに、クラスの男子生徒達のほぼ全員がうんうん頷く。
「お前ら……」
それから始まった無駄に感動的な光景を見て、サーシャは呆れながら眺めていた。
そしてサーシャはルミアの下へ向かう。
「ねぇ、ルミア。ルミアは、どう思ってるの?」
「ん?どうって……?」
「この決闘のこと。レオスと先輩、もしシスティーナがどちらか結婚した時、ルミアはどう思うのかなーって」
「うーん、それは……」
サーシャとルミアがちらりとグレンを一瞥する。
「ようし!お前らッ!今日は俺が上手く逆玉の輿に乗って、遊んで暮らせるよう、俺に力を貸してく――」
「「「「やっぱ、アンタも死ねッ!」」」」
「――ぐおわぁあああああああああああああああああああああ――ッ!?」
グレンは、男子生徒達の猛ダッシュからの一斉跳び蹴りを喰らって、吹っ飛んでいた。
「だって……片方はアレだし……レオスもレオスで……ね?」
「あ、あはは……」
呆れるサーシャと苦笑いするルミアであった。
「まぁ、先輩は何か思うところがあるから、こんな面倒事に首を突っ込まないし……多分」
サーシャはグレンが逆玉の輿狙いだということを……ほんの少しあるかもしれないが、それ以上に別の目的がありそうな気がした。
多分、グレンはレオスとの決闘に勝つ気はないかもしれない。引き分けにしてこの賭けはなし、そういう話で落ち着くかもしれない。
まぁ――
「あああああああ――っ!もう!変な想像は止めなさい、私!?そんなのルミアに悪いじゃないっ!そもそもなんで、私があんなやつと――ッ!?」
頭を抱えて悶々としながら、突然、天に向かって叫びだす白猫はまだグレンの真意がわからないらしいけど。
「ルミア。こないだから、システィーナ、なんか様子が変。顔を赤くしたり、怒ったり、何か呟いていたり、いきなり叫んだり……病気?」
「うーん……ある意味、病気なのかもね……」
「……病気?なら、医者にみせないと」
「あいにく、この病気はお医者さんじゃ治せないの」
「……?」
相変わらず眠そうなリィエルと苦笑いのルミアが、そんなシスティーナを見守っているのであった。
やがて、立ち会う審判員の講師達が遠くで狼煙を上げて――魔導兵団戦が始まった。
互いのクラスの兵力はそれぞれ四十人。
グレンはまず、中央の平原ルートに十二人、北西の森ルートに八人、東の丘ルートに一人進軍させ、残りを拠点に残した。
積極的に進軍はさせず、まずは様子見といったところらしい。
「……とまぁ、このような感じでいったわけですが……」
拠点に残っているサーシャは遠見の魔術で味方の布陣を確認していた。
(まぁ、レオスがどう仕掛けるかわからないから、この布陣はまぁ……なんとかなるっちゃなるか)
一方で、と。サーシャは今度はレオス陣営の布陣を確認する。
(向こうは、中央に十八人、森に十二人、丘に九人……)
まぁ、まず言えることは……丘に向かっている九人はご愁傷様……ということである。
まぁ、それはそうとして、どうやら敵は全戦力を投入してそれぞれの戦場で、相手を上回る兵力を投入し、各個撃破する構えだ。確実に丘も制圧し、その後のグレン側の拠点制圧まで視野にいれた布陣である。
(うーん……)
サーシャはレオスのそんな思惑を察し、しばらく考え込み――
(……これ、ミリューコフとサムソノフのおっちゃんがいたら、もっと上手くやっていたかも)
少し残念そうに、肩を竦めるのであった。
因みに、帝国連合軍ならば、一点に戦力を集中させるが一気に全戦力を投入しない。
まず最初に、後方に布陣している砲兵隊が敵陣地に向けて準備砲撃を短時間行う。
その隙に、前線の部隊――突破力に優れた機械化魔導重装甲兵を中心にした部隊が敵前線の目の前まで接近、砲撃終了後に突撃を開始。
一点の拠点を制圧――帝国連合軍内ではこれを”傷”と呼んでいた箇所に、今度は後方に控えていた機動力が優れている機械化魔導軽装甲兵・騎兵部隊を中心とした部隊が突入。敵陣後方に広がっていき、”傷口”を広げていく。
そして、仕上げに歩兵部隊が傷口になだれ込み、敵を包囲・殲滅する。
一度突破されてしまったら、敵を瞬時に危機に陥れるこの恐ろしい戦術を、もし砲兵隊をまるでオーケストラの指揮者のように巧みに指揮するミリューコフと、騎兵隊を指揮しているが装甲兵の重要性を認識していたサムソノフがいたら、見事にハマっていたことだろう。
要するに何が言いたいのかというと、戦力は一点に集中して段階を分けて運用した方が勝率は高くなるということである。
無論、レオスの戦術も自軍が戦力的に圧倒しているから仕掛けているのだろうが、これが、拮抗してしまったのなら――
その結果は、すぐに表れ始めた。
魔術の戦場に英雄はいない。
最近の戦争は魔術なしじゃ成り立たない。
適当に火や雷の呪文を使うだけで馬は恐れののき、騎兵はそのままだとまったく機能しなくなる(帝国連合軍の騎兵部隊は対魔術対策を施した上で運用している)。
隊伍を組んでの弓兵、銃兵の一斉掃射もごく簡単な対抗呪文一つで防がれる(これも帝国連合軍は銃弾に簡易的な魔術を付呪してある程度の対抗呪文を貫けるように設計しており、歩兵に多少の戦闘力を持たせている)。
重装歩兵を並べて密集陣形でも組めば、広範囲破壊呪文を打ち込まれて呆気なく全滅だ(それを回避するために帝国連合が既存の魔導技術を活用して生み出されたのが、魔導装甲兵である)。
魔術を使えない兵士は、現在は敵魔導兵掃討後の拠点制圧、兵站活動や後方支援くらいにしか役に立たない。敵の魔導兵に立ち向かうとすれば、それは捨て駒か敗北が確定しての玉砕である。
このように、近代戦争は『魔導兵』が最も重要な兵種となっている。
グレンは、この『魔導兵』の戦法について解説する。
まず魔術戦は基本的に『近距離戦』と『遠距離戦』の二つのレンジにわけられる。
『近距離戦』は相手を目視できる距離で――つまり最前線で撃ち合うレンジ。
『遠距離戦』は相手を目視できない距離で、超長距離射程魔術で『近距離戦』に従事する魔導兵を援護するレンジ。
ただし、今回の魔導兵団戦は『近距離戦』のみ――ていうか、まだ『遠距離戦』で使うような魔術をまだ使えないから、グレンは『遠距離戦』を省略することにした。
現代の魔導兵戦術と部隊編成法は、基本的に
実はこの編成、かなりの優れものであり、敵兵撃破率も味方兵損耗率も、統計的にあらゆるスコアが優れている――つまり、敵に被害を多く与え、味方の損害を最小限に抑えることができるということだ。
例えば、三人一組の魔導兵が、三人の散兵である魔導兵が対峙して、敵味方が同時に呪文を撃った瞬間があったとした場合。
この時、三人一組側の被害はゼロになる。逆に散兵側は一人は確実にやられる。
なぜこうなるのかというと、三人一組側は、防御前衛が対抗呪文を飛ばして三人をカバーしているのだから、被害はゼロになるのである。
逆に散兵側はこれを防ぐには三人が個別に対抗呪文を飛ばさないと防げない。だが、それだと損害は与えられない。攻撃しても損害は与えられないばかりか、被害が生じるだけである。
しかも三人一組側の支援後衛が攻撃に転じれば、散兵側は一度の攻撃で二人も失うことになる。
二人は攻撃、防御をそれぞれ専念でき、一人は攻撃するなり、防御するなり、法医呪文を唱えたり等々、臨機応変に対応できる。
「――ということだ。これは机上の空論じゃねえ。戦場における生存率、撃破数その他もろもろのデータで統計的に証明されている事実だ。……これを『魔導戦力の比較優位性』っていう。魔術が戦場で使われなかった時代には、なかった概念だ。……ただし、相手次第、ていうかぶっちゃけこいつらしかねーが、東部の『魔導装甲兵』だけには気をつけろ。いや、マジで、冗談抜きにヤバいからあいつら。特に重装甲兵ときたらもう……」
というわけで、帝国連合独自の兵種『魔導装甲兵』以外には圧倒的な優位に立てるこの編成・戦術なのだが、実はこれ、ぶっちゃけ学生で運用するには無理があるのである。
こんな編成、プロの魔導兵が長期的に十分な訓練を受けてようやくまともに扱える代物なのである。特に支援後衛は下手したら機能不全に陥る可能性すらある。
そこで、グレンが取った編成法は――
「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」
「≪大いなる風よ≫――ッ!」
「≪白き冬の嵐よ≫ッ!」
中央の戦場に、生徒達の呪文の叫びが木霊する。
レオスのクラスの生徒達――総兵力数十八名、レオスに指導されたとおり、三人一組を組み、合計六戦術単位を構成。対峙するグレンの生徒達に攻勢をかける。
グレンのクラスの生徒達に向かって電気線が走り、突風が吹き荒ぶ。
対するグレンのクラスの生徒達――総兵力数十二名。圧倒的に頭数が足りない状況。
練度・武装・地形的条件が同じ場合、絶対に勝てないとされる兵力差は三倍。
兵力差一・五倍は絶対的ではないが、それでも相当苦しい状況だ。
まともにぶつかれば、グレンのクラスの生徒達は真綿で首を絞められるかのように、一人、また一人と順番にやられていくだろう。
だが――
「≪大気の壁よ≫――ッ!」
「≪大気の壁よ≫――ッ!」
レオス陣営が撃ってきた攻性呪文に対し、グレン陣営の生徒達は次々と黒魔【エア・スクリーン】――もっとも基本的な対抗呪文を起動し、空気障壁を広く張り、迫り来る突風を受け止め、飛んでくる紫電をそらし……
「頼む、カッシュ!今だ!」
「おうっ!≪虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮≫――ッ!」
「≪雷精の紫電よ≫――ッ!」
「≪大いなる風よ≫――ッ!」
対抗呪文を唱えていた生徒達の隣に待機していた生徒達が、カッシュを筆頭に、次々と攻性呪文を唱えていく。
まぁ、なんというか……グレンのクラスの生徒達のある編成法により、有利にもなっていないが、不利にもなっていない――つまり、互角というあり得ない状況がそこに出来上がってしまっていた。