赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


kolmkümmend kolm(第三十三話)

 

 

 

 

「くっ……グレン先生のクラスには、こんな方達がいたのですか……」

 

 森と平原に重点的に向けていた遠見の魔術の目を丘に向け、改めて戦況を確認したレオスは、驚愕を禁じ得なかった。

 

「この子達の身体能力は規格外ですね……身体能力強化の白魔【フィジカル・ブースト】をここまで使いこなせるとは厄介な……彼らは軍関係者が何かでしょうか……?」

 

 だが、文句は言えない。

 

 この魔導兵団戦で、自身の担当クラスの戦力は十全に使用していいことになっている。いくら軍関係者の生徒がいたとして、これを反則というのは筋が通らない。そもそも初期条件では、レオスのクラスの方が、グレンのクラスより、戦力的に上だったのだ。

 

 それに大前提として、これは私的な『決闘』である前に、学院のカリキュラムに組み込まれた、れっきとした『訓練』である。敵が強すぎると文句を言える戦場などない。

 

 先ほどから予想外のことに、レオスの調子は狂いっぱなしだが……

 

(だが、丘の方は幸い、彼女は白間【フィジカル・ブースト】のみの生徒だと断言できる。この状況で手加減して、私のクラスの生徒達を討ち取らない意味はない……)

 

 レオスは頭を切り替え、戦況の整理と対策に取りかかる。

 

(きっと、彼女は攻性・対抗呪文が極端に苦手で、攻撃能力がほぼ皆無……つまり、私の陣営から戦力を引っ張るための餌……私はまんまとそれにくらいついてしまった……)

 

 レオスはこの丘の制圧と次の戦略を見通して、九人もの生徒達をこの丘に送り込んでいる。グレンが丘に送り込んだ一人というのは流石に様子見だと判断し、それを幸いに一気に丘の拠点を制圧することにしていたのだ。

 

 だが、それはグレンの罠だった――

 

 それだけではない。各方面にあえて弱く布陣してみせることで、こちらの一点突破という選択肢を奪い、各個撃破という手段を取らせ、ほどよく戦力を分断してみせる……実際の戦場ではまったく使えない間違った戦術だが、この状況、この規模の戦場で、この練度の生徒達が戦うなら……有効だ。

 

「くっ……リトさん、撤退です。その丘は放棄、まずは根拠地へと帰還を。……大丈夫ですよ。その子は放置してかまいません。恐らく追撃はしてこないでしょう……」

 

 レオスも指示を飛ばす――

 

 グレンが送った援軍が各戦場に到着し、グレン陣営の生徒達が押し返す。

 

 ほどなくして、各方面でレオス陣営が次々と撤退し始めていく。

 

「さて……先輩、奴さん、撤退し始めましたよ」

 

 平原でレオス陣営に突撃し、一通り暴れたサーシャが、宝石型通信魔導器でグレンに報告する。

 

『何人殺った!?』

 

 すると、グレンが鋭く問う。

 

『こちら平原。サーシャが五人、討ち取りました。こっちは二人やられましたけど……』

 

 宝石から、荒い息をついたカッシュの声が聞こえてくる。

 

『こちら森。三人撃破。被害はゼロ』

 

 さらに、ギイブルの素っ気ない声。

 

『よーし、ご苦労、お前ら。つまり戦況は三十二対三十八……敵損耗率は二十パーってとこか……欲言えば、もう一声いっときたかったが……まぁ、そうは問屋が卸さんか』

 

「で、先生、どうするんです?追撃します?」

 

『いや、やめとけ……丘の敵分隊が、そろそろ根拠地に戻ってる頃だ。もうそう簡単にいかん。ボーナス・ステージは終わりだ』

 

「レオスの動き、思った以上に対処が早いし、冷静ですね……レオスに突撃しても――」

 

『お前、今日はどうしたの!?やたらと突撃したがるけど!?何、リィエル化してるの!?』

 

「ん。レオス、斬る」

 

『斬るな!突撃するな!なんか今日のお前、怖い!』

 

 なんか、今日のサーシャがやたらと怖い。

 

 通信器ごしに二人の会話を聞いていた生徒達が頬を引きつらせる。

 

『グレン。わたしはどうするの?』

 

 今度はリィエルの声が聞こえてくる。

 

『お前はずっとそこにいろ。ぶっちゃけ個々の能力で勝る相手に頭上を押さえられたら勝ち目がねえ。レオスの野郎も最初にあれだけ戦力を丘に割いた以上、丘を利用した何らかの戦略を練っていたはず。正直、相手にしたくない。お前は丘を守るんだ』

 

『わかった。……わたしにはよくわからないけど』

 

『ま、攻性呪文も対抗呪文もロクすっぽこなせない上に、連携?何それ美味しいの?……な、お前にはぴったりの任務だろ?ファイト!』

 

『……ん。頑張る。グレンが、すごくわたしに期待してるし』

 

『はっはっは!お前って専門のインチキ錬金術以外、ほんっとダメダメなのな!もういっそ清々しいぜ!』

 

『グレン。そんなに褒めても何もでない』

 

 ……褒めてないよ。

 

 通信器ごしに二人の会話を聞いていた生徒達が、ため息をつく。

 

『まずは、初戦の不意討ちが効をそうして、それなりに敵戦力を削った。これで、元々の自力の差と、俺とレオスの戦術家としての差は、ある程度緩和できるはず……』

 

 通信器ごしに、グレンは次なる指針を生徒達に伝えていく。

 

『最強の女王を陣取らせたことで、向こうはもう丘には手を出せない。俺達に丘を押さえられた上に、今日は突撃バカになっているサーシャが平原に陣取っている以上、中央を中心に進軍……てこともない。頭上からの魔術狙撃を警戒せざるをえないし、サーシャ相手にかなりの損害を覚悟しなきゃならないからな。つまり必定、今後の戦いの中心となる舞台は……森だ』

 

 そういうグレンの顔は悪そうに笑ってるんだろうなと、サーシャは物思う。

 

「ま、ここに待機となった以上、俺のやることはもうないね」

 

 互いの平原部隊はかなりの距離を開けいるし、敵は特にサーシャを警戒して牽制して睨み合っているのから、サーシャは森の戦いの推移を見守るのであった。

 

 

 

 

 それから。

 

 まぁ、グレンが自らオトリとなっているわ、事前にグレンが仕掛けたとみられる罠にレオス陣営の生徒達が引っかかるわで、あまりのロクでなしっぷりに、流石のレオスも若干キレ始めたり、生徒達も呆れ始めていたが。

 

 それでも、森の中の戦いはまさに苛烈と混沌を極めた。

 

 この魔導兵団戦が始まった当初、互いの陣営の頭数こそ同じだったが、レオス陣営が有利だったのは間違いない。

 

 生徒達の魔術師としての総合力は、サーシャやシスティーナ、ギイブルとウェンディといったごく一部の生徒を除き、平均的にレオス陣営の方が上だったからだ。

 

 おまけに、戦術指揮官としては、軍用魔術を専門にしているレオスの方が、グレンより圧倒的に優れていた。

 

 まともにやれば、小一時間ほどで簡単に決着がついてしまったはずだった。

 

 だが、グレンは結局、最後まで、まともにやらなかった。

 

 魔術を使用した『実戦』を想定して行うはずだった『模擬戦』。

 

 だが、結局のところ、これは『実戦』ではなく、所詮、生徒同士の『模擬戦』にすぎない。

 

 グレンはそれを逆手に取っただけ。

 

 それに、そのロクでもない言動に呆れながらも、グレンが危険を冒してまで常に最前線にて指揮を執るせいか、なんだかんだで士気も求心力も高い。

 

 それに対してレオスは、未だ遠く離れた根拠地に陣取っているため、遠見の魔術と通信魔導器を通した生徒達の報告によって戦況を把握しているため、どうしても指示がワンテンポ遅れてしまう。死角の多い森の中では、遠見の魔術では全ての戦況をなかなか把握しきれないのも痛い。

 

 だからと言って、レオスに前線に出る勇気はない。

 

 そもそもレオスのやっていることは”実戦”としては間違っていなくて、むしろグレンの行動が間違っているのだ。この演習では、指揮官は魔術による戦闘参加が禁止されている。当然、対抗呪文の一つも撃てない。今、この瞬間でにでも流れ呪文に被弾して、グレンが『戦死』してもおかしくない状況なのだ。

 

(これが、本物の戦争だったら、レオスのやり方はまぁ、上手くいってたんだろうけど……)

 

 そう、レオス戦術は大きな問題があるわけではない。

 

 これが本物の魔導兵を指揮運用する実戦だったら……せめて、机上の戦場図と駒を用いて、実戦を想定して競う兵棋演習だったら……グレンに万が一にも勝ち目はなかった。

 

 だが、今行っているのは実戦ではなく、あくまで生徒達による四十人対四十人のケンカ。

 

 それをその通りに生徒達を運用するグレンの前に……レオスはその卓越した戦術指揮をちっとも発揮できなかった。

 

 だが、レオスも意地を見せた。次第にグレンの戦術指揮のくせを見ぬき、冷静さを徐々に取り戻し、的確な指示を自分の陣営に飛ばすようになる。

 

 だが、それでも戦局はレオス側には傾くことは叶わず。

 

『双方、そこまでだ。たった今、両陣営の戦力損耗率が互いに八十パーセントを超えた。ルールに従い……この勝負、引き分けとする』

 

 ハーンの忌々しげな声が、魔術による拡張音声で戦場に響き渡る。

 

 実際には開始から三時間ほどしか経ってないが……永遠にも感じらた魔導兵団戦は、ようやく終わりを告げたのであった。

 

 

 

 

 演習終了後。

 

 参加生徒一同が再び集った、アストリア湖のほとりにて。

 

「つ、疲れたぁーッ!い、生き残った……俺、なんとか生き残れたぞッ!うう……生きてるってなんて素晴らしいんだ……ッ!」

 

「お疲れ様、カッシュ。頑張ったね?僕は途中でやられちゃったけど……」

 

「それでも、セシルさん、狙撃で大活躍でしたわね?ふふっ、格好良かったですわ」

 

「あ、あはは……あんなのまぐれだよ」

 

 お互いの健闘をたたえ合うカッシュやセシル、そしてテレサ。

 

「な……なぜ、この高貴なわたくしが『戦死』などという屈辱に甘んじなければ……認めませんッ!認めませんわ、こんなのッ!」

 

「ふん、見苦しいね。進軍する場所を勘違いして、敵に囲まれれば当然だろう?」

 

「きぃ――――――ッ!最後まで生き残ったからって偉そうにしないでくださいませッ!」

 

「ま、まぁまぁ、そう言わないで……ウェンディ、それでも凄く活躍してたし……」

 

 不本意な結果にウェンディが不服そうにハンカチを噛み、ギイブルが冷ややかにそれを切り捨て、そんな二人をリンがおろおろしながら宥める。

 

 その他の二組の生徒達も、地面に座り込みながら、今回の魔導兵団戦について、賑やかに談笑していた。

 

「はぁ、終わった」

 

 サーシャも地面に座り込み、ようやくこの茶番から解放されると安堵していた。

 

 だって、この決闘、グレンは元々勝つ気などなかったのだから。

 

「ま、お前ら、よくやったよ。あのレオス相手にここまでできりゃ御の字だ」

 

 やってきたグレンが開口一番、生徒達にねぎらいの言葉をかけ、にやりと笑った。

 

「お、おう……でも、いいのか?先生」

 

 カッシュが微妙な表情でグレンを向く。

 

「その……システィーナを賭けた勝負だったんだろ?引き分けでいいのかよ?」

 

「……ん?あぁ、それな……」

 

 と、グレンが何か言いかけた、その時である。

 

「貴方達ッ!なんなんですかその体たらくはッ!」

 

 向こうの方から響いてきた怒鳴り声に、思わずグレンとカッシュが首を縮ませる。

 

「……何なのさ?」

 

 サーシャも怒鳴り声がする方に振り向く。

 

「あの無様な戦いはなんですか!?貴方達が、もっと私の指示にきちんと従い、作戦行動を遂行していれば――」

 

 見れば、グレンのクラスの生徒達が集まっている場所から少し離れた場所で、レオスが自分の陣営の生徒達を叱りつけている。

 

 叱られた生徒達は、しゅんと肩を落として俯いていた。

 

「……ふん。自分の事は棚に上げて生徒に怒りをぶつけるか……器の小さい男だこと……」

 

 そんなレオスにサーシャは冷ややかにそう切り捨てる。

 

 元々、生徒達の実情をロクすっぽ理解せずに独善的に指揮していたせいでもあるのだ。

 

 本当にレオスが勝たなくて良かったなと思ってる。もしレオスが勝っていたら、システィーナはこういう理不尽な怒鳴りつけをその身に受け続けることになっていたかもしれないのだから。

 

 そして、そんなレオスの評判は二組内では落ちていった。

 

「なんか……感じ悪ぃやつだな……」

 

 ぼそり、とカッシュが呟く。

 

「非の打ち所のない、完璧超人だと思ってたんだけど……どうも何か違うような……」

 

 そして、ひとしきり自分達の生徒を怒鳴りつけ終えると、レオスはグレンの下へと肩を怒らせて、ずかずかとやって来た。

 

 その時、サーシャはレオスの顔色を見て、思わず目を疑った。

 

 レオスの顔色は、開始前の血色の良い顔色はどこへやら、今や病気を疑うレベルの土気色となっていた。

 

 この時、サーシャは猛烈に嫌な予感がした。

 

 だが、そんなサーシャのことなど露知らず――

 

「誰のせいだと思っているんですか!?そんなことはどうでもいいんです!それよりも貴方、勝負はまだ付いていませんよ?」

 

「……は?」

 

 グレンに食ってかかるレオスの言葉に、サーシャは今度は耳を疑う。

 

「いや……勝負が付いてねえって、アンタ……もう引き分けたろ……」

 

 グレンは頭をぼりぼり掻きながら、面倒臭そうに呟く。

 

「これはお互い、白猫から身を退くってことでいいんじゃねーか?ほら、白猫もどうやらまだ結婚する気はねーみてーだし……」

 

 べしん、と。

 

 その時、レオスが投げつけた手袋が、グレンの胸を容赦なく叩いた。

 

「再戦ですッ!今度は、私が貴方に決闘を申し込むッ!」

 

嘘でしょ(エト・ブライニィヨ)!?」

 

 あまりにも予想外なレオスの行動に、サーシャは驚愕する。

 

 レオスのこの執着するような態度。

 

 何か嫌な予感がする。レオスとの決闘の裏に何かが悪意が動いているような気がする。

 

 これは一旦、この場を収めてレオスの真意を問い質したほうがいい。

 

 そうサーシャが判断し、グレンの元に向かおうとするが――

 

「レオス!先生!もう、やめてッ!いい加減にしてよッ!」

 

 二人のやり取りをはたから聞いていたシスティーナは、とうとう我慢出来ず、その間に割って入っていた。

 

「黙ってれば、二人で勝手に盛り上がって、人を物みたいに扱って――ッ!」

 

「ちっ……この馬鹿(エト・イドォト)

 

 自分の都合のいいように解釈して、グレンの真意にちっとも触れないシスティーナに、サーシャは舌打ちしてそう吐き捨てる。

 

 なぜ、グレンがこんな面倒事に突っ込んだのかは、ルミアからしか状況を聞いていないサーシャにはわからない。

 

 だが、確かなことは今回の決闘は、システィーナを守るためにやったことはさっきの引き分けだからお互いに手を引くという言葉から見ても明らかだ。

 

「おい、システィーナ」

 

 本当はグレンの口からことの真意を言った方がいいのだが、もう待っている場合じゃないと、サーシャはシスティーナをレオスとグレンとの間から引き剥がそうと動くが――遅かった。

 

 ぱんっ!と甲高い音が鳴り響く。

 

 システィーナが、へらへら笑うグレンの頬を思いっきり平手で叩いたのだ。

 

「――嫌いよ、貴方なんか」

 

 そう冷たく言い残して。

 

 システィーナは、用意されていた帰還用の駅馬車の一つへと駆け寄って行った。

 

「システィ!?ちょっと、待って!」

 

「システィーナ、すごく怒ってる……なんで?」

 

 走り去るシスティーナの背を追うルミアとリィエル。

 

 そんな少女達を見送ったレオスが、グレンへ嘲笑を向ける。

 

「……やれやれ、貴方は彼女を諦めた方がいいんじゃないですか?」

 

「……ふん。ほっとけ」

 

 そして、生徒達がそんなやりとりを、はらはらと固唾を呑んで見守る中、グレンはくるりと踵を返した。

 

「さ、本日の魔導戦術演習はこれにて終了!お疲れさん!撤収だ、お前ら」

 

 なんとも、気まずい空気のまま、生徒達はぞろぞろと、複数用意されている駅馬車に分かれて乗り込んでいく中……。

 

「……どうしてこうなるのかなぁ、本当に」

 

 サーシャは深くため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

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