赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


kolmkümmend neli(第三十四話)

 

 

 

 太陽が山の稜線に完全に沈みかける頃。

 

 生徒達はフェジテの魔術学院校舎に到着し――そのまま解散の運びとなった。

 

 演習の余韻冷めやらぬ生徒達の喧噪から、サーシャは一人そっと離れ、学院敷地から出る。

 

 ルミアの護衛はリィエルに任せて、サーシャはそのまま中央地区のとある人気のない路地裏に向かっていた。

 

 路地裏に行った目的は、ゾランに呼び出されたからだ。

 

 夕方になり、市庁舎の役人など多くの人々が行き交う中、サーシャは誰かにつけられていないか振り返り、誰もつけていないことを確認すると、路地裏の中に入っていく。

 

 陽が当たらないせいか、一気に暗くなる。

 

 サーシャはそのまま奥へ突き進み、ゾランが指定した場所へ向かう。

 

「ゾラン、話ってのは何?」

 

 やがて、指定場所近くに来た時、サーシャはゾランを呼びかける。

 

 だが、返事がない。

 

「……ゾラン?」

 

 まだ来てないのか?とサーシャが懐中時計を確かめるが、時間は予定時間の五分前である。ゾランはこういう密会をする時に、普段は十分前に指定場所に着いているはずである。

 

「…………」

 

 嫌な予感がしたサーシャは警戒しながら奥に進む。

 

 すると、嫌な予感は的中した。

 

 奥の突き当りに、男が横たわっているのが見えた。

 

「――ッ!?」

 

 その男は、ローブ――アルザーノ帝国魔術学院講師が身に着けているローブだ。

 

 サーシャは倒れている男が誰なのかがわかった。なぜなら、倒れている男はサーシャを呼び出した張本人なのだから。

 

「ゾランッ!?」

 

 サーシャは倒れている男――ゾランに駆け寄るが……すでに息絶えていることがわかった。

 

 額を撃ち抜かれている。両手、両足も同時に射貫かれている。

 

 額を撃ち抜かれたゾランの顔は、絶望に歪んだ顔をしていた。

 

 額、両手、両足……この手口は察するに、下手人は――

 

「独立派……イメタリア三国の……ッ!?」

 

 その時、サーシャは咄嗟にゾランだった遺体から離れた。

 

 半瞬、遅れたらサーシャはゾラン諸共吹き飛ばされていたことだろう。

 

 その時――

 

ルシタニア人だ、殺せ(ルジタニアンス・タパ・タ)!」

 

 どこからか、誰かがそう叫ぶ。

 

 すると、上から複数の火線がサーシャに殺到する。

 

「――ちぃッ!」

 

 バックステップで火線を避ける。半周前にいた所に、銃弾が着弾する。

 

 敵は上から発砲したのはわかるのだが、どこにいるのかまでは確認する暇もない。さっき来た道からも何人かの独立派の人間が、こちらに向かってきている。

 

 サーシャは、すぐさま来た道を引き返す。

 

 サーシャが引き返したのと、独立派のメンバー三人が遭遇したのはほぼ同じタイミングであった。

 

邪魔(ナルーシャイェツァ)ッ!」

 

 遭遇した独立派のメンバーの一人の顔面に、膝蹴りを喰らわせるサーシャ。

 

 顔面に蹴りを喰らわせた一人が、吹っ飛び、壁に激突する。

 

 独立派を一人無効化させた瞬間、左から別のメンバーがマスケット銃の銃床で殴りつける。

 

 サーシャは瞬時に氷剣を錬成、剣の腹で銃床を受け流す。氷剣の腹と銃床が音を立ててぶつかるが、銃床はそのまま滑り、左の男はバランスを崩す。

 

 サーシャはすぐさま右の男の腹に後ろ足で蹴り、バランスを崩させる。

 

「……くそが……ッ!」

 

 前方の三人を無効化した後、振り返らずにダッシュするサーシャ。

 

逃げたぞ(マ・ヨークシン・アラ)追え!逃がすな!(チェイス・アラ・ラセ゚・ムル・ミンナ)

 

 背後からはおよそ四人、なにやら叫び、サーシャを追う。

 

(こいつらが喋ってる言語……こいつら、エースティの人間か……ッ!?)

 

 イメタリア三国――エースティの独立派の人間がわかったサーシャは舌打ちしながら通りに向かって駆け出す。駆け出す。駆け出す。

 

 とにかく、連中に追いつかれる前に、通りに出なければ……さもなくば、連中は今度は通りにいるフェジテ市民を巻き添えにするだろう。

 

 そうなったら、どうなるか。恐らく帝国内では東部人のことをテロを誘発する要因として疎ましく思うことだろう。政府ではそうならなくとも、一般社会での東部人の肩身はかなり狭くなる。

 

 そうなるのはいささか都合が悪い。サーシャはとにかく駆ける。

 

 幸い地の利がサーシャにあるのか、独立派との距離が開く。

 

 時折銃弾がサーシャに向かってくるが、距離が遠いのと、散発的な射撃のためかサーシャに当たることはなかった。

 

 やがて、サーシャは中央区の通りに躍り出て、そのまま北地区へ駆け出す。

 

 路地裏を抜けたら、向こうも追いつけないと判断したのか、独立派が追いかけてくることはなかった。

 

 逃げ切ったサーシャはそのままフィーベル邸の方面へと歩く。

 

 時分はすっかり日の沈んだ夜。

 

 そして、フィーベル邸の近くで足を止め――

 

「……ビィエル」

 

 サーシャがそう言うと、近くの段差に腰かけ懐から紙を取り出し何かを書き出した。

 

 その後、ビィエルがフィーベル邸の屋上から降り立ち、サーシャの目の前に降り立つ。

 

「これを、リィエルに」

 

 サーシャはビィエルの右足に紙を結び、リィエルの元へ向かうように言うと、ビィエルはそのままリィエルの元へ飛んでいった。

 

 今度は懐から通信魔導器を取り出し、ある人物に通信を繋げるのであった。

 

 

 

 

 そして……次の日。

 

 システィーナとレオスの正式なる婚約が発表された。

 

 システィーナが自らの意思でレオスの求婚を受けた――その噂と知らせに学院中に激震が走った。

 

 その結婚式が僅か一週間後――その前代未聞の電撃結婚ぶりに、二重に騒然とした。

 

 まるで歌劇のような、この急転直下のドラマチックな展開に、何も知らない学院の生徒達は沸きに沸いた。

 

 レオスの決闘を受けたグレンはどう出る――?

 

 一人の少女を巡る、二人の男の戦いの結末やいかに――?

 

 学院中の注目が集まる。この争いの終着点に、否が応でも期待が高まっていく。

 

 ……が。

 

 グレンは約束の時間になっても、レオスとの決闘の場に現れなかった。

 

 それどころが、学院に姿すら見せなかった。

 

 さらには、グレンはその日以来、音信不通となった。

 

 逃げた。

 

 誰もが当然のように、そう結論し……

 

 ここに、グレンの学院内における評判は地に落ちるのであった。

 

 そして、この結婚騒動の影に隠れがちになっていたが、グレンより少し前にこの学院に赴任したゾランが連絡が取れず行方不明。サーシャもこの日から学院に姿を見せなかった。

 

 

 

 

 当初は皆一様にデマを疑うが、学院内に出回ったレオス直々の告知書や、授業時間以外は常に寄り添うように一緒にいるシスティーナとレオスの姿に、どうやら噂は本当らしいことがわかり……

 

 一部の女子生徒達は発狂寸前であった。

 

 だが、噂から一歩引いた、観察眼の鋭いごく一部の生徒達は気付いただろう。

 

 何かおかしい、と。

 

 幸せそうなシスティーナの笑顔はどこか固く、影が差していると。

 

「……システィーナ、話がありますわ」

 

 とある休み時間。

 

 教室で、ウェンディ達、何人かのクラスメートがシスティーナに詰め寄っていた。

 

「貴女……本気ですの?本気でレオス先生と結婚するんですの?」

 

 ウェンディが、レオスから受け取った結婚式への参列招待状をシスティーナに突きつけながら、訝しむような表情で問い詰めていく。

 

「う、うん……そうよ……元々、私達、許嫁同士だったし……わ、私もレオスのお嫁さんになるのが、子供の頃の夢だったから……すごく幸せ」

 

 一見、非の打ち所のない笑顔だが、システィーナの表情はやはりどこか固い。

 

 それから、魔導考古学はどうするのか?今週末に挙式なんて、やはりおかしいとか、お互いの両親が参列できない結婚式など聞いたことなどないとか……

 

 ウェンディ達は次々と問い詰めていくが、やはりシスティーナの答えはやれ現実の幸福とか、やれ幸せになれると思うとか、やれ元々そういう予定だったとか……

 

 システィーナがそう言えばそう言うほど、ウェンディ達は不安と疑いの色を濃くしていく。

 

 ルミアも何も答えず、暗い顔で黙って俯いているのを見れば、尚更である。

 

「システィーナ……貴女、やっぱり、どこか普通じゃありませんわ。ひょっとして……あのレオスという御方に、何か弱みでも握られているのではなくって……?」

 

「……え?」

 

 一瞬、システィーナが心配そうにこちらを見ているルミアをちらりと流し見て……

 

「そ、そんなことあるわけないじゃない!こんな幸せな結婚ができるなんて、今でもちょっと信じられなくて……夢心地なだけ!心配しないで!」

 

 そう言ってシスティーナは笑うが……やはりその笑顔はどこか作り物じみている。

 

「やぁ、システィーナ」

 

 そこへ、不意に現れるレオス。

 

 思わず身構えるカッシュやウェンディ達。

 

「今週末の式の予定について、少し打ち合わせがあります。お時間よろしいですか?」

 

「あ……うん、わ、わかったわ、レオス……」

 

 そうして、寄り添うように並んで、教室から出て行く二人。一見、仲睦まじそうに見えるが……一同はそれをどこか怪しむような目で見送る。

 

「……ルミア」

 

 その時、システィーナ達のやりとりを見守っていたリィエルが、ぼそりと呟く。

 

「……あいつ……斬っていい?」

 

「リィエル?」

 

 ルミアが、リィエルの横顔を見る。

 

 リィエルは普段の眠たげな能面からは信じられないほど、鋭く冷たい目をしていた。

 

「れおす?……あいつ……嫌な感じがした……すごく、嫌な感じがした……わたしにはよくわからないけど……うん、あいつは……きっと、敵」

 

「ダメだよ、短絡的なことをしちゃ!」

 

 一歩踏み出しかけたリィエルを、ルミアが慌てて背後から抱き止める。

 

「何も証拠がないの!下手なことをしたら、リィエルが逆に捕まっちゃう!」

 

「でも……システィーナは……多分、あいつのせいで、苦しんでる……なんとなく……そんな気がする……」

 

 ぐっと、リィエルが拳を握り固める。

 

 その拳は注視すればやっとわかるほど、ほんの微かに震えていた。

 

「待って……もう少しだけ、待って!先生が……グレン先生が、きっとなんとかしてくれるから……ッ!」

 

「でも、グレン、いない。三日前からどっか行った」

 

「…………」

 

「サーシャもいなくなった。三日前、二人とも、これから数日間、絶対にルミアから離れるなって……言い残して……それっきり」

 

(サーシャ君……一体、どうしたの……?)

 

 システィーナとレオスの結婚とグレンの決闘放棄の影に隠れがちだが、サーシャも三日前から学院に姿を現わしていない。

 

 思えば、最近のサーシャはやたらと周囲を見渡すなど、落ち着きがなかったような気がする。

 

(サーシャ君も……もしかして……)

 

 もう一人、頼りになる少年がいないことに一抹の不安を感じながら、ルミアは三日前の出来事に、思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

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