赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


kolmkümmend viis(第三十五話)

 

 ……三日前。

 

 魔導兵団戦の演習も無事終了し、時分は、すっかり日の沈んだ夜。

 

 ルミアはフィーベル邸の応接間にて、システィーナの帰りを待っていたのだが……

 

「システィ!?それ本気なの!?」

 

「……本気よ。私……レオスと結婚するわ」

 

 帰って来くるなりシスティーナの突然の宣言に、ルミアは仰天した。

 

 てっきり、グレンと仲直りして帰ってくると思っていたのに、いきなりこれである。

 

 あまりにも不意討ちで、予想外の展開だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、システィ!」

 

 それからルミアは、激しい口論をシスティーナと繰り広げた。

 

 一体、何があったの?本気なの?そんなの絶対おかしいよ!話が急すぎるよ、両親に黙って結婚なんて変だよ!夢はどうするの?お祖父様との約束は?学院はどうするの?私達もう離れ離れになっちゃうの?私、そんなの嫌だよ……ッ!

 

 

 二人は真夜中になるまで何度も何度も同じ事を繰り返し、喧嘩のように話し合った。

 

 だが……結局、システィーナは最後まで、レオスと結婚するの一点張りだった。

 

 だが、わかったこともある。

 

 システィーナは言葉を濁すが、何度も繰り返し問い詰めるうちに、おぼろげながら見えたのは……先刻、グレンと和解するために、学院の屋上でグレンと会っていたときに、レオスがやってきて……何かがあったらしいこと。

 

「私のことは放っておいて!別にいいでしょ!?私、レオスのこと、ずっと昔から好きだったんだから!レオスのお嫁さんになるのが私の子供の頃からの夢だったの!」

 

「シ、システィ……」

 

 システィーナが、本当にレオスと結婚したいと思っているはずがなかった。

 

 まだ本人は自覚してないようだが……ルミアはシスティーナが心の底で誰を本当に想っているのか、知っている。

 

 それにもし、これがシスティーナの心から望む結婚ならば……そんな、今にも泣きだしそうな表情で、こちらをじっと見つめてくれるわけがないからだ。

 

 レオスとの間に、何かが起きたのは明白。

 

 レオスに何か弱みのようなものを握られてしまったのはもう疑いようもない。

 

 だが、ルミアにはどうしようもない。

 

 多少、法医呪文が得意なことを除けば、魔術師としてはごくごく平凡な自分。親友が窮地に陥っているというのに……何もできない。何をすればいいのかもわからない。

 

 こんな時に頼れる人と言えば……

 

「……先生……ッ!」

 

 よって、ルミアは不甲斐なさと申しわけなさで、自分を呪い殺したくなるような思いを抱きながら、フィーベル邸を飛び出し、グレンが居候しているセリカの屋敷へ。

 

 時分は、もうすっかり真夜中。

 

 照明具も持たず、証明魔術の使用も忘れ、街中の所々に設置されたランプ灯の弱々しい光を頼りにフェジテを駆けるルミア。

 

 夜も深いがゆえに、静寂と暗闇に包まれたフェジテの街は、まるで死霊の街のようだ。

 

 人が暗闇に対して抱く原初的な恐怖に必死に耐え、やっとセリカの屋敷へ辿り着く。

 

(お願い……先生……起きてて……ッ!)

 

 祈るような思いで、屋敷の正面玄関口の呼び鈴を鳴らし続け……

 

 どれくらい、そうしただろう。

 

「……誰だよ、うっせぇな」

 

 やがて、グレンが玄関をほんの僅かに開き、亡霊のような目でルミアを覗き見た。

 

「……ルミア?」

 

「先生――ッ!」

 

 その瞬間、ルミアは微かに開かれた玄関扉に身体をねじ込んで、強引に屋敷内に割って入り……グレンに抱きついていた。

 

「……なッ!?」

 

 後ろによろめきながら、なんとかグレンはルミアを受け止める。

 

 流石に驚愕に目を瞬かせるグレンに、ルミアは涙を流しながら必死に訴えた。

 

「先生、お願い!助けてッ!システィが……このままじゃシスティが……ッ!」

 

 泣き喚きながら、ルミアは自分の知りうる限りのことをグレンに伝えた。

 

 ……そして。

 

 虚無と無気力に取り憑かれた表情のグレンは、ルミアの話を聞いていくうちに、次第にその瞳に光と力を取り戻していき……

 

「……任せろ」

 

 ただ、一言。

 

 ルミアの頭を撫でながら……そう力強く、言った。

 

 ……三日前を泳いでいた意識が、ふと、現在に返る。

 

「大丈夫……先生は『任せろ』って言ってくれたよ……」

 

 ルミアは自分の抱く不安を押し殺すかのように、自分に言い聞かせるように、抱きかかえるリィエルに言う。

 

 だが……グレンはあの夜以来、未だ何の音沙汰もない。

 

 次の日に行うはずだった、レオスとの決闘もすっぽかして、姿を消してしまった。

 

 サーシャも、原因はわからないが、姿を現わさず連絡も取れない。

 

 だが、それでも。

 

 ルミアは信じている。信じてグレンを待ち続ける。

 

 

 ……待ち続けるしかない。

 

(……先生……お願いします……どうか……)

 

 信じて祈り続ける……

 

 

 

 

 ……だが。

 

 結局――グレンが学院に姿を現わすことはなかった。

 

 そのまま、一日過ぎ……二日過ぎ……とうとう週末となって……

 

 本日は、システィーナとレオスの結婚式である。

 

 

 

 

 フェジテ西地区のとあるアパート。

 

 そのアパートの一室から二人組の男が、煙草を口にくわえながら出てきていた。

 

 二人とも暇そうにしている。いや、現に暇なのだ。

 

「……なぁ、暇すぎねぇか?ここに来てから二時間経つが、何もすることがねえ」

 

「見張りがあるだろ。これはボスの命令だ。しくじったらなにされるかわかったもんじゃねえ」

 

「けどよぉ、見張りっつったって誰もここに俺達がいるなんて割れてねだろ」

 

 いかにも留守番が不満そうな男に、窘める男。

 

 だが、不満げな男の言うとおり、ここに自分達がいることは誰にも知られているはずがない。

 

 帝国政府にも、帝政派にも、国家保安委員会にも……だ。

 

「それにしても、あのルシタニア人を取り逃がしちまたのはなぁ」

 

「ああ。今までの連中よりも勘が鋭く、すばしこかったらしい。爆弾を仕込んだスルビナ人の死骸を見るなり、すぐに飛び下がったらしいからな……あれが一番の不安材料なんだが……」

 

「はっ!たかがガキだろ?ただのガキに何が――」

 

 不満げな男が、ルシタニア人の少年を取り逃がしたことに不安なっている男に対し、一蹴しようとするが……

 

 ……不満げな男の言葉は最後まで続くことはなかった。

 

「……おい?」

 

 不安げにしていた男が、不満げな男に振り向くと、男は首を押さえていた。

 

 ……首から大量の血を流しながら、首を押さえていた。

 

「な、なぁ……ッ!?」

 

 くわえていた煙草を落とし、男は後ずさる。首を掻っ切られた男は大量の血を流しながら地面に倒れ血の海に沈む。刻一刻と生命が男から流れ落ちる。

 

 男は後ずさり、敵の姿を探すが――ふと、背後の首筋からひんやりとした冷気が感じられた。

 

 何か針状の物が、自分の首筋に当たっていることは瞬時にわかった。だから、下手に動いたら血に沈んだ男の後を追うことを否が応にも理解することになった。

 

「――動かない方がいいと思うよ?その男のようになりたくなければ、ね」

 

 背後から少年の声がした時、男は戦意を喪失し両手を上に挙げた。

 

「さぁ、部屋の中を拝見してもいいかなぁ?拒否したら……わかるよねぇ?」

 

 男に氷の針を当てている少年――サーシャは、ゆっくりと冷たい、殺気のこもった声で要求すると、戦意を喪失した男は抵抗することもなく(既に息絶えた相棒の後を追いたくないと)刻々と頷くのであった。

 

 

 

 

 ――話は再び数日前に遡る。

 

 サーシャがエースティの独立派に襲われた、その日の夜遅く。

 

 サーシャはボリスにゾランが独立派に殺された後の襲撃を報告した後、しばらくの間ルミア達から距離を取ることにした。

 

 独立派はゾランの殺害に成功したが、サーシャを取り逃がした。

 

 となると、あの連中がサーシャとボリスの推測通りなら……

 

 連中はサーシャを執拗に狙ってくるだろう。当然、学院の関係者も巻き込んで……

 

 そのような状態で、ルミアの護衛を続けるのは連中を始末しない限り、どだい無理な話だ。

 

 ゆえに、サーシャはルミア達と距離を取り、ボリスとヤチェク達とこの独立派――規模、隠家などを特定することにした。その間はルミアの護衛はリィエルに一任される形になるが、今のリィエルならば大丈夫だろう。もっとも、今の状態じゃルミアの護衛もままならないのだが。

 

 独立派の特定を進める一方、サーシャはビィエルを学院周辺に放ち、様子を見る。

 

 すると、学院では学院でとんでもない事態になっていた。システィーナがレオスと結婚し、グレンが決闘をすっぽかし連絡が取れない状態になっていた。

 

 一体、何があったのか?グレンはなぜ決闘をすっぽかしたのか?システィーナは自ら望んで結婚するつもりなのか?そこがわからない。

 

 そもそも、レオスのこと自体『クライトスの御曹司』という前情報しか知らない。

 

 そこで、ビィエルを使ってレオスとシスティーナと二人でいる時を狙って情報を収集することにした。

 

 そして、真実はあっさり判明した。

 

 二人の会話から――レオスがルミアとリィエルの素性を盾に、システィーナを脅して結婚を迫っているという事実が――

 

 サーシャは舌打ちした。

 

 クライトス伯爵領の御曹司?とんでもない。レオスは間違いなく、天の智慧研究会に所属する人間か――もしくは研究会に通じている人間だ。

 

 ルミアの素性は国家最高機密だし、そもそもリィエルの秘密は政府すら把握していない事実なのだ。知っているのは自分達リィエルの関係者と……行方知れずの皇女と天の智慧研究会だけだ。

 

(でも、なんでルミアじゃなくシスティーナを?)

 

 レオスが天の智慧研究会の人間じゃないならば、彼は一体何者だ?

 

 そこがいまいちわからないが……とにかく、脅してシスティーナを手に入れようとしている以上……レオスは『敵』とみなすしかないだろう。

 

(とにかく、この件は先輩も把握しているのだろうか?いずれにしろ、俺は動けないし……なんといっても……)

 

 サーシャもだが、グレンも置かれている状況は最悪だ。

 

 サーシャと違い、味方が誰もいないのだ。

 

 セリカはどうやら学院地下にある迷宮探索中でいない。アルベルトは例の変死体遺棄事件の調査に当たっている。天の智慧研究会が絡んでいる可能性がある以上、学院の連中は巻き込めない。

 

 貴族が相手ではフェジテの警備官では手も足もでないし、そもそも信じてもらえるか疑問だ。

 

 リィエルももちろんダメだ。天の智慧研究会の手の者が近くに迫ってきている可能性がある以上、今、ルミアの傍から離れることはできない。

 

 軍や政府に通報しようにしても――時間がかかりすぎる。明らかに重大な事件性のある以前の学院テロ事件の時とは、わけが違う。

 

 その間に、システィーナをクライトス伯爵領に連れて行かれてしまってはもう泥沼だ。爵位持ちの貴族の領地は基本的に治外法権、たとえ女王陛下といえども簡単には干渉はできないのだ。

 

 つまり、グレンがシスティーナを救うには――グレン一人で、レオスを打倒しなければならないらしいのだ。

 

 そして、そのために残された時間は少ない――週末にはもう結婚式なのである。

 

(なんなんだ、これ!?状況悪過ぎでしょ!?偶然にしちゃ、出来過ぎてるッ!)

 

 例えるなら、相手に心を完全に読まれながら、戦戯盤をプレイして、そして相手の予定通りに追い詰められたかのような……そんなあまりにも出来過ぎた、気持ち悪い状況か。

 

(まるで、あの男と相手しているかのような……って、まさか、今回の頻発している変死体も……そんな、あり得ないッ!)

 

 サーシャは、約一年前に帝都で起きたあの事件を思い出す。

 

 一年余前、当時、帝国宮廷魔導士団特務分室に所属していたある男によって引き起こされた事件。

 

 この事件により、帝国政府の要人や軍の高位魔導士達は片っ端から殺され、特務分室からも何人かが殺された。

 

 その中には、サーシャの先輩でありグレンの同僚であり、グレンの理解者であった女性――帝国宮廷魔導士団特務分室、執行官ナンバー3≪女帝≫のセラ=シルヴァースも含まれていた。

 

 裏切った男はグレンによって討たれるが、この事件の後グレンは誰にも何も言わずに特務分室を去ることになる。

 

 だが、言っても始まらない。

 

 システィーナの方は……グレンに任せるしかないし、サーシャも独立派の方をなんとかしなければならない。

 

(レオスが何者で何を企んでいるのかはわからないが……いずれにしろ今の俺に出来ることは、ない)

 

 よって、サーシャは独立派の特定に集中することにした。

 

 そして、結婚式前日に独立派の隠家を特定することに成功した。

 

 仕掛ける日は、結婚式当日と決めた。その日に隠家を襲撃する。

 

 ボリスは数日前に、国家保安委員会第一総局直属の特殊部隊――ヴィンペル部隊を派遣している。もうすでにフェジテに着いているはずだ。

 

(今回のレオスの来校と、変死体の怪事件、そして独立派……なんでこう、面倒なことがまとめてくるのやら……)

 

 明日の襲撃の準備をしながらサーシャはため息を吐くのであった。

 

 

 

 

 




これが今年最後の投稿になると思います(多分)。

それでは皆さん、良いお年を。
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