赤い国からの魔術師   作:藤氏

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新年、あけましておめでとうございます。
 
今年もよろしくお願いします。

というわけで、新年一発目の投稿、どうぞ。


kolmkümmend kuus(第三十六話)

 

 

 

 …………。

 

 …………。

 

 ……一方で。

 

「本っ当に……どぉ~して、こうなっちまったんだろうな……?」

 

 今、グレンは長い長い今までの回想を終えて、我に返る。

 

 とっくに聖カタリナ聖堂を後にしたグレンは、麻のように入り組んだ狭い路地裏を、一陣の風のように駆けている。

 

 レオスとの決闘をすっぽかしてから、システィーナとレオスの結婚式当日の間、グレンはレオスがシスティーナを脅して結婚を迫っていることを知り、フェジテの知る人ぞ知る闇市を回っていた。

 

 そこで、なけなしの金をはたいて武器や魔術的な素材を買い集め、魔道具を作製する。

 

 消費付呪型の呪文を簡易起動する巻物を書き、宝石を加工して護符を作り、爆晶石などの各種晶石類を用意し、サイネリア島の時にアルベルトから受け取ったパーカッション式回転弾倉拳銃の推薬を調合し、その予備シリンダーを調達し、ナイフに呪的効果を付呪し、飛針にルーンを刻み……資金と時間が許す限りの装備を整えていく。

 

 まるで魔導士の頃に戻ったような感覚を覚えるが、なにせ今、作製したり用意している物騒な各種装備は、グレンが現役の魔導士時代に、仕事で使っていたものだった。

 

 こんな玩具で、レオスにどれだけ通用するかわからないが、怖気ついている暇も余裕もない。

 

 誰も味方がいない中、グレンは結婚式当日にシスティーナを攫うことにした。

 

 システィーナを攫えば、レオスは間違いなく追ってくる。

 

 式場の公衆の面前で花嫁を攫われたとなれば、レオスは貴族の面子にかけて追ってくるだろう。家名を守る為に。そのままみすみす花嫁を奪われては末代までの恥だからだ。

 

 そして、システィーナを餌に、レオスを自分に有利なフィールドへおびき寄せて……そこで打倒する。短絡的だが、それしか方法がなかった。

 

 そして、システィーナを攫うことに成功した。

 

 グレンの腕の中では、花嫁姿のシスティーナが、先ほどから相変わらず暴れながら喚いている……

 

「離してッ!お願いッ!先生、離してッ!私はレオスと結婚しないと……ッ!ルミアが……ッ!リィエルが……ッ!」

 

「……はぁ~~~~~~~……やれやれ……」

 

 グレンの深いため息が、フェジテのどこかに木霊するのであった。

 

 

 

 

 フェジテ東地区市壁外、郊外。

 

 市壁内の高級住宅地の赴きとは異なり、疎らに見える木造や小屋、緑の牧草地が延々と広がり、針葉樹林の雑木林があちこちに群生し、所々古代の碑石が点在している――発展した中央の方と比べれば、実にのどかで牧歌的な風景。

 

 そんな風景の一角――雑木林の陰に紛れるように――その馬車はひっそりとあった。

 

 貴族が所有するような豪華なコーチ馬車である。馬は繋いでいない。御者もいない。

 

 その馬車へ、静かに近付いていく三人の影があった。

 

 一人はアルベルト。

 

 そしてもう一人は十代後半……緩くウェーブがかかった髪が特徴的な、涼やかで落ち着いた物腰の少年。

 

 最後の一人は老人ではあるが筋骨隆々で、ごこかヤンチャ坊主っぽい雰囲気を醸し出す男だ。

 

 ≪法皇≫のクリストフに、≪隠者≫のバーナード。

 

 アルベルトと同じく魔導士の礼服に身を包む二人は、帝国宮廷魔導士団の特務分室に所属するアルベルトの同僚だった。

 

「……間違いありません。あの馬車から、僕の『結界』に反応があります」

 

 結界魔術に関しては特務分室随一と名高い少年――クリストフが神妙に言った。

 

「ふむ……確かに血の匂いが強くなって来たわい」

 

 老人――バーナードの言葉に、アルベルトが静かに頷き、馬車の客室扉の前に立つ。 

 

 そして、周囲に油断なく注意を払いながら、アルベルトはその扉を開いた。

 

 途端、むせ返るような特濃の血の匂いが三人を襲った。

 

「……うっ」

 

 覚悟はしていたというのに、クリストフが思わず口元を押さえて顔をしかめる。

 

 客室内は地獄であった。血まみれで、生前どのような容姿をしていたのか判別困難なほど全身から崩壊した何者かの死体が横たわっている。全身から噴水のごとく派手に出血したらしい……客室内は床から天井に到るまで、ドス黒い血にまみれていた。

 

「ほう……典型的な『天使の塵』切れの禁断症状で死んだ中毒者じゃのう」

 

 慣れたものなのか、バーナードが顎髭をなでながら、こともなげに言う。

 

 天使の塵。錬金術の悪夢とも言われている最悪の魔薬。最近のフェジテで頻発している変死体からもこの魔薬が検出されていた。

 

 被投与者は思考と感情を投与者に完全に掌握され、筋力の自己制限機能を外され、ただ投与者の命令を忠実なまでにこなす無敵の兵士となる。

 

 だが、その代償に一度投与されたら最後。被投与者は確実に廃人と化し、もう二度と元には戻らない上、定期的に『天使の塵』を投与されなければ、たちどころに凄まじい禁断症状と共に肉体が崩壊し、死に至る。投与を続けてもいずれ末期中毒症状が死に至る。

 

 たった一度の使用で、肉体的に生きてはいても、人としては死んだも同然の――中毒者は、死霊術師が使役する屍人と似たような存在でありながら、生み出すのに、死霊術のような手間暇かけた儀式がまったく必要ない。

 

 他者に投与するだけで、屍人同然の強力な下僕をし、お手軽に量産できる凶悪極まりない魔薬であるがゆえに――皮肉をこめてこう呼ばれるのだ。

 

 死者を迎えに来た天使の羽粉――すなわち、『天使の塵』、と。

 

「ふむ……中毒者特有のあの症状が、肌に出ておらんの……まだ、それほど投与は重ねられてはいなかったようじゃな……」

 

「噂には聞いていましたが……まさか、こんなに酷くなるものとは……」

 

「そう言えば、クリストフ。お前はこの『天使の塵』絡みの案件に関わるのは……今回が初めてだったな」

 

 アルベルトの言葉に、クリストフは神妙に頷いた。

 

「はい。……以前も、こういう事件があったんですよね?当時の僕はまだ新人だったから、深くは関わってはいませんが……」

 

「ああ、そうだ。今から一年余前の話になる」

 

「あの一件で、随分と特務分室の仲間も減ったのう。あの物狂い一人のせいでな」

 

 ふん、と。バーナードが忌々しそうに鼻を鳴らす。

 

「しかし……どうして、あの人はそんな事件を引き起こしたのです?僕達と同じ、特務分室の人間だったのでしょう?」

 

「さあな。今となっては判らん。奴は、グレンと……セラが始末したからな」

 

「セラさん……ああ、あの≪風使い≫の?彼女のことは……残念でした」

 

「……死人に口なしとはこの事だ」

 

 と、その時だ。

 

 三人の顔に緊張が走った。

 

「おい、お前達……気付いておるかの?」

 

「……ええ、わかっています、バーナードさん」

 

 三人が、周囲をちらりと見渡す。

 

 すると、どこから集まってきたのか農民風の簡素な出で立ちの人間達が、いつの間にか大勢でアルベルト達を遠巻きに取り囲んでいた。連中の頬は痩せこけ、顔色は土気色、目は虚ろで……その動きはどこか機械じみている。

 

 その手に、鋤や鍬、鎌などを抱え……連中はゆっくりとその包囲網を狭めてくる……

 

「かぁ~~~~っ!この状況から察するに、あいつら、絶対『天使の塵』の中毒者じゃぞ!?ぐっは、面倒臭ッ!?」

 

 バーナードがうんざりしたように頭を抱える。

 

「あいつらって、やたらしぶといから嫌なんじゃよなぁ~」

 

「この馬車を調べた途端の、この襲撃……僕達は案外、この事件の真相に近付いているのかもしれないですね」

 

「しかし、こりゃあ……ますます思い出すのう、あの一年余前の事件を。ホント、何から何までそっくりじゃわい」

 

「無駄口を叩くな、翁、クリストフ。詮索は後だ。今は切り抜けるぞ」

 

 アルベルトが静かに一喝すると同時に。

 

 中毒者達が一斉に、信じられないほどの俊敏さで、アルベルト達に向かってくる。

 

 その死人のような顔色の悪さとは裏腹に、野生の獣のように躍動するその圧倒的な俊敏さは、明らかに人の領分を超えたものだ。

 

 ざざざざっと、下生えを踏みつける無数の音が、みるみる迫ってくる。

 

「ち――」

 

 アルベルトは予唱呪文を時間差起動、身を翻し、二反響唱で放つ。

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】の雷光が二閃、虚空を切り裂き、向かってくる中毒者の二人の脳天を精密無比に射貫き――

 

 二人倒されても、中毒者達は構うことなく、アルベルト達へ猛進し――

 

 そして――

 

 

 

 

 ――同時刻。

 

 東地区か大きく離れたフェジテの西地区の某所。

 

 独立派が隠家にしていた、とあるアパートの一室にて。

 

「さーて、貴方達は一体なにしようとしていたのかなぁ?」

 

 一人始末し、一人を脅して室内に入ったサーシャ。

 

 連中が次は一体、何しでかすのかを調べるために男の首筋に氷のナイフを突きつけ、前に進ませる。

 

(……にしても……変ね)

 

 部屋に入るなり、サーシャはある違和感を覚えた。

 

 人の気配がないのだ。いるのはサーシャとこの男だけ。始末した男は玄関に運び込まれている。

 

 普通なら何人かいるはずなのに、二人しかいない。

 

「……そういえば、貴方達のお友達はどこに行ったのかな?まさか、捨てられた?同情はしないけど」

 

 廊下を歩いている中、サーシャは嘲笑を込めて男に問う。

 

 まぁ、同情はしない。こいつらはルシタニア人とスルビナ人を見つけ次第、問答無用で殺しまくっていたのだから――時には帝国の人間まで巻き込んで。むしろ、ざまぁ見ろという気持ちだ。

 

「……仲間なら、今出払ってる。お前のカノジョを攫うためにな」

 

「は?」

 

 男から出た予想外の答えに、サーシャは目を瞬かせる。

 

「カノジョ?……何言ってるの?俺にそんな女いるわけが――」

 

「この前、お前と二人っきりになっていた金髪の女、いただろ?あの女を攫いに行ったんだよ」

 

「――ッ!」

 

 金髪の女、この前二人っきりになっていた。

 

(まさか……)

 

 金髪の女の知り合いなんて一人しかいない。しかも、この前なんて……魔導兵団戦演習前に二人っきりになっている。

 

「どういうこと!?なんで彼女を!?彼女はまったく関係ないだろッ!」

 

 先ほどまでの余裕っぷりはどこへやら、サーシャは鬼気迫る顔で男の胸倉を掴む。

 

「決まってるだろ。その女からお前の居場所を聞くためさ。お前を殺すためにな……無論、女も殺すだろうがな」

 

 鬼気迫る顔のサーシャに対し、男は脂汗を流しながら薄ら寒く笑う。

 

「それに関係ない?馬鹿が、お前と一緒にいるだけでもう無関係じゃ――」

 

 男はそう言おうとするが、言葉は最後まで続かなかった。

 

「……もういい。先に逝った奴とおねんねしな」

 

 なぜなら、サーシャが男が言い終わらないうちに男の喉を氷のナイフで掻っ切ってしまったから。

 

 自らの血の海に沈み、死にゆく男に見向きもせずにサーシャはアパートを出る。

 

(あの男の言い方から察するに……仕掛ける日は今日……今日はシスティーナとレオスの結婚式)

 

 今日は聖カタリナ聖堂でシスティーナとレオスの結婚式が行われているはずだから、そこに彼女――ルミアがいる。

 

 独立派はそこを狙って襲撃、ルミアを攫うつもりだ。

 

 護衛にリィエルがいるから、手も足もだせずにルミアが連れ去られる……という可能性は低いのだが。

 

(万が一のことがあるから、連中よりも早く聖カタリナ聖堂に向かわないと……ッ!クソがッ!)

 

 サーシャは舌打ちする。

 

 なにせ、独立派は魔導兵団戦演習の前――グレンがシスティーナに結婚を迫っていたレオスに対して決闘を吹っかけた、その後から自分に目をつけていたのだから。

 

 そして、そこに運悪くルミアがいて。それを見た独立派はルミアがサーシャと付き合っていると勘違いしてしまって……

 

「急がないと……ッ!」

 

 再び舌打ちしながら、サーシャは中央区にある聖カタリナ聖堂に向かうのであった。

 

 

 

 

 

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