赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


kolmkümmend seitse(第三十七話)

 

 

 

 一方で同じく西地区の狭く薄暗い、路地裏にて。

 

「はぁ……はぁ……取り敢えず、撒いたか……くそ、流石に疲れた……」

 

 荒い息を吐きながら、グレンが横抱きに抱えていたシスティーナを下ろす。

 

「――ッ!」

 

 途端、システィーナが意を決したかのように駆け出そうとして――

 

 グレンは咄嗟に手を伸ばして、システィーナの腕を掴んで引き留める。

 

「離してッ!離してよッ!もういい加減にしてッ!」

 

 今にも泣きそうな顔でシスティーナが喚き、手足を暴れさせた。

 

「お、おい!?静かにしろって!?」

 

「貴方なんか大嫌いッ!私はレオスと結婚するのッ!レオスと結婚しないと――ルミアが――リィエルが――だから――ッ!」

 

「はぁ……そりゃもういいっつーの。俺はお前の味方だ」

 

「……え?」

 

「事情は知ってる。ルミアとリィエルを守るために……お前はたった一人で戦っていたんだろ?……よく、頑張った。後は俺に任せろ」

 

「―――――ッ!」

 

 すると、システィーナは一瞬、目を見開いて……次第に肩を震わせ、目に涙をにじませて……

 

「せ、先生……先生ぇ……わ、私……ッ!ひっく……うぅ……」

 

 感極まったように、システィーナはグレンへひしと抱きつき、静かに嗚咽する。

 

 ……やがて。

 

 システィーナが落ち着くと、グレンは早速本題に入る。

 

 そもそも、今回の結婚騒動、レオスの行動がわけがわからなすぎるのだ。

 

 最初はレオスが天の智慧研究会の関係者かと疑ったが、やっぱり違う気がする。

 

 かろうじて有り得そうなのは、クライトス家の現状から察するに……システィーナを妻に娶ることでフィーベル家を傘下に置き、分家筋に対してのアドバンデージを得ることなのだが……これは、最低の悪手だ。

 

 こんな強引に婚姻をまとめてしまえば――上流階級層同士の婚姻ならば、間違いなく帝国政府は介入する。分家筋も黙っているはずがなく、下手したら全面戦争になる。

 

 しかも、万が一、レオスがルミアとリィエルの秘密を盾に取って脅したことが表に知られれば、ルミア達もだが、レオスもクライトス家も破滅する。面子を何よりも尊び、重視する貴族にとって、この事態はなんとしても避けたいはずだ。

 

 そして、何よりフィーベル家……システィーナの父であるレナードがこんな暴挙を許すだろうか?ましてや、システィーナはフィーベル家の大事な跡取り娘である。いくらレオスの父親等、家族ぐるみの親交があるとはいえ、流石に許すはずがない。

 

「――まるでクライトス伯爵家なんて、自分なんて、どうなってもいいと言わんばかりの暴挙っぷり……やつが何を考えているのか、まるでわからねえ。何かを企む時は、自分が一番得する形にもっていく……その大原則がなりたってねーんだ……」

 

「……じゃあ、なんのために、レオスは私を脅してまで……?」

 

「ぶっちゃけ……この問題を差っ引いてもなお……お前を愛していた、結婚したかった……としか言いようがねえ……馬鹿げているが」

 

「……それはないわ。あの日、レオスがまるで別人のように豹変して、私を脅してきた時……私、なんとなく、わかった。この人は……私を愛してはいないんだって……」

 

 どこか寂しそうに、切なそうに、システィーナが呟く。

 

「……そうか」

 

 と、その時。

 

「……ん?……別人?」

 

 ふと、気付いた。

 

 確かにレオスの目的や動機を考えれば……明らかに常識では考えられない状況だ。

 

 この一連の騒動を引き起こしたレオス。

 

 だが……仮に、この一連の事件が、レオスとは別の人間の思惑の下に動いているものだとしたら、どうか?確かにクライトスがどうなろうが、システィーナがどうなろうが関係ない。陰謀の大原則に、一応、筋が通ることになる。

 

 なら、もし、そんな第三者がこの事態に裏で噛んでいたとしたら……何が目的だ?

 

 人の目的というのは、基本的に、事態がもっとも派手に動いている部分の裏に隠れ潜んでいる。

 

 では、この一連の結婚騒動で、もっとも派手に動いたのはどこか?

 

 それは考えるまでもなく、当事者のレオスと、システィーナと……そして、グレン。

 

 そして、どこをどう考えてもレオスとシスティーナに、その第三者の目的はない。

 

 レオスに対して個人的な恨みを持つ者の犯行だとしても……あまりにも回りくどいし、そもそも、グレンを巻き込む意味はない。

 

 となると、消去法で……

 

(……そんなバカな。それこそ、ありえねえ……一体、どこの誰が、そんな暇で、何の得にもならねえことを……ッ!?)

 

 あまりにも突拍子もない想像に、思わずグレンが頭を振った――その時だ。

 

「せ、先生……ッ!誰か来る……ッ!?」

 

 システィーナが怯えた声を上げる。

 

 いつの間にか、人の気配が二人に迫っていたのであった。

 

 

 

 

「なんで、『天使の塵』の末期中毒者が出てくる……ッ!?」

 

 独立派よりも先にルミア達と合流すべく、中央区に向かって駆け抜ける途中。

 

 数名の人間がふらふらと徘徊しているのが見えた。

 

 誰もが光り灯らぬ虚ろな目、土気色の顔色をしており……包丁や麺棒、シャベルなどで武装し、病的で剣呑な雰囲気を放っていた。

 

 そして、連中の全身に、血管が網目のごとく浮いていた。

 

「どうして、こんな時に『天使の塵』が出てくる……ッ!?」

 

 サーシャは中毒者に気付かれないように、別の道に曲がる。

 

(今回のレオスの行動に、この『天使の塵』……これって、もしかして……)

 

 どちらにしろ、敵はかなりのやり手だ。

 

(あの連中、やたらとしぶといからなるべく相手にしたくない。ていうか、相手する暇もない)

 

 中毒者は恐ろしくタフだ。

 

 痛覚もほとんど麻痺しており、生半可な痛みや負傷では止まらない。

 

 頭を潰せば中毒者は死ぬが、何しろ動きが俊敏で、しかも数がそれなりにいるからすぐに始末することができない。

 

 なるべく中毒者と相手にしないように、すり抜けながら中央区に向かう。

 

「……ビィエルッ!」

 

 目的地に近付く中、サーシャはビィエルを呼ぶ。

 

「聖カタリナ方面に行って、ルミア達を探してッ!あとルミア達に近付く不審な連中もッ!」

 

 上空からサーシャの肩に降り立ったビィエルに、サーシャがそうまくし立てるとビィエルはすぐさま飛び立ち、聖カタリナ方面へ飛び立った。

 

 徘徊する中毒者の間をすり抜けながら、サーシャは駆ける、駆ける、駆け抜ける。

 

 駆け抜けながらサーシャはビィエルの視界を通して、聖カタリナ聖堂周辺を見下ろす。

 

 フェジテという大都市の中心部でルミア達と探すのは時間がかると思っていたが、思ったよりも早くに見つかった。聖カタリナ聖堂から北方面に向かっている。

 

「向こうも大騒ぎだろうな……ああもう、一年前のあの事件とそっくりじゃん」

 

 そう言いながら、ルミア達に合わせるようにサーシャも北地区方面に行き先を変える。

 

 このまま北地区に向かえば、学院に到達でき、安全は確保される。そして幸いにも、北地区は騒ぎになっていない地区の一つである。

 

 このままいけば、安全圏内に――

 

 ――だが。

 

「――ッ!」

 

 北地区に向かうルミア達に、複数の人間が向かっているのが見えた。数は確認しただけで四人。

 

 この集団は恐らく――

 

「だよなぁ、そうは問屋が卸さないよなぁ……チクショウが……ッ!」

 

 自分と独立派――どちらが速く到達するのか考えた結果、独立派が速く到達するのは間違いないことだろう。

 

 サーシャは舌打ちしながら、さらに速く駆け抜けるのであった。

 

 

 

 

 フェジテ中央区から北地区に向かう途中。

 

 グレンがシスティーナを攫った後、一般市民風の、どう見てもこの結婚式の関係者じゃない人間が聖堂内に入ってきた。

 

 包丁や麺棒などの武装をして。

 

 そのあまりにも剣呑な雰囲気にリィエルがすぐさま大剣を錬成してルミア達の前に出て戦闘態勢に入る。

 

 このまま、リィエルとただならぬ雰囲気の一般市民との流血沙汰になろうとしていた、その時。

 

 煙幕が聖堂内に充満し、その後、三人組の男達――一人はルミアは見たことのある男が降り立ち、老人から逃げるように言われ、聖堂から脱出したルミア達一同。

 

 外に出ると待ち騒ぎになっており、とにかくルミア達は学院がある北地区に向かう。

 

 騒ぎが大きいのは一般住宅やアパートが並ぶ西地区で、中央区はそこまでの騒ぎになっていないらしい。

 

 このまま、北地区に向かおうとした、その時――

 

「……え?」

 

 突然、誰かに腕を引っ張られたルミアはそのまま路地裏に引きずり込まれる。

 

「ルミアッ!?」

 

 全周囲に警戒をしていたリィエルが、ルミアの異常を察し、すぐさま引き返すが――突然、地面が隆起し、壁となってリィエル達とルミアの間を遮る。

 

「ルミアッ!?」

 

「ちょ、なんだなんだぁ!?」

 

「え!?ちょっと、なんなんですの、この壁は!?」

 

 リィエルもカッシュ、ウェンディ達も突然ルミアと隔たった土の壁に驚くが――

 

 ルミアは驚く暇もなかった。

 

 なぜなら、ルミアの胸元――心臓に銃口と細剣のような剣――マスケット銃と刺突型の銃剣が突きつけられていた。

 

「――ッ!」

 

 かつての魔術競技祭の時に、暴走していた王室親衛隊の衛士達に突きつけられた、あの時の状況に――しかも、こっちの方が明らかに殺意がある状況に、ルミアは息を呑んだ。

 

 しかも、他にも三人、マスケット銃を構えてルミアを狙っている。少しでも不審な動きをすれば、躊躇なく発砲する……そんな構えだ。

 

(……この人達)

 

 ルミアは、この集団が天の智慧研究会の面々ではないことを直感でわかった。

 

 四人の男女が何やら話している。共通語で話していないから、何を話しているのかはわからないが、東部語と似たような感じがした。

 

(でも……どうして……?)

 

 なぜ自分が東部の人間達に狙われているのか?

 

 心臓が激しく動悸し、呼吸が荒く苦しくなってくる中、ルミアが混乱していた、その時。

 

「はいはいはーい、お前達、よぉ~くやった」

 

 四人の男女の背後から、男の場違いかと思わせるくらいの軽い声が響き渡った。

 

「さぁて、なーんかでっかい剣を振り回しそうな女の子がいたし~?彼女が来る前にさっさと終わらせようぜ」

 

 男はそう言いながら、ルミアに向かってずかずかと歩いてくる。

 

 退路は土壁によって既に塞がれている。獲物を見るかのようにぎらぎらと目を狂気に輝かせた男が至近距離に迫る。

 

 そして――

 

「単刀直入に言うぜ?ルシタニア人のガキはどこだ?」

 

「……え?」

 

 男からの問いに、ルミアは一瞬硬直した。

 

(ルシタニア人……?もしかして、サーシャ君のこと?)

 

 どうして、サーシャのことを聞くのか?

 

 一瞬だけそう考え、そして、この男がサーシャに何らかの害を与えるつもりだとルミアは察するのであった。

 

 

 

 

 

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