赤い国からの魔術師   作:藤氏

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три(第三話)

 グレンとルミアという少女の前に現れた奇妙な集団を、サーシャは自身の子飼いの鷲――ビィエルの視界を通して視ていた。

 

 その集団は全員が全員、身体の要所を守る軽甲冑に身を包み、緋色に染め上げられた陣羽織を羽織り、腰には細剣(レイピア)を佩剣している。

 

 その数、総勢五騎。

 

 弧を描くような陣形を組み、通りの向こうから、足早にグレン達へと向かっていく。

 

「……にわかに信じがたいけど……これ、本当かもね」

 

 帝国軍の精鋭中の精鋭。最も女王陛下に忠義厚い者達で構成された、王室一族を何よりも優先して護衛する守護神――それが王室親衛隊だ。

 

 ゆえに王室親衛隊は今回の女王陛下の学院訪問の際、当然のように女王の近辺警邏と護衛を務めているはずなのだが――その集団が本来の務めを怠ってまで、グレン達に向かっているのは……そういうことなのだろう。

 

 王室親衛隊の面々が、グレン達の前で足を止め、グレンとルミアの二人を囲むように、音もない足捌きで素早く展開していた。

 

 そして――

 

 衛士達は弾けたバネのように一斉に抜剣し、ルミアにその剣先を突きつけていた。

 

 同時に、ルミアを自分の背後に庇うグレン。

 

 そこで、なんやかんや口論しているが、多勢に無勢。

 

 やがて、目にも留まらぬ早業で五振りの剣が、四方からグレンの首筋や喉元に突きつけられていた。

 

「これはグレン先輩が不利だな。一対一ならともかく、五人も一刀一足の間合いにいたら動けない……マズいね」

 

 あの状況では何もできない。相打ち覚悟の三属攻性呪文や精神汚染呪文で一人か二人は倒せても、残る衛士達に串刺しされるのが目に見えている。

 

 しかも、あの衛士達は三属攻性呪文や精神汚染呪文はそう簡単に通らないはず。

 

 さて、どうしたものか、と。サーシャが思案していた、その時。

 

 衛士が不意にグレンの後頭部に剣の柄を打ち、昏倒させた。

 

「…………ッ!」

 

 グレンが気絶させられ、衛士達がルミアを街路樹の下まで引っ張っていき、後ろ手に縄をかけていた。

 

「ビィエル……≪奴らの注意を逸らせ(アトゥレチン・フィマニイェ)≫」

 

 そんな様子を視たサーシャは、ビィエルに命じるのであった。

 

 

 

 ――ルミア=ティンジェルは、いつかこんな日が来ることを覚悟していた。

 

 元々、自分は三年前に死ぬはずだった。自分という存在は公になれば国内外に要らぬ混乱をもたらす猛毒だ。それゆえに国を守るために人知れず殺されるはずだった。

 

 別に珍しい話ではない。王位継承者同士の争い、王族を巻き込んだ派閥闘争、強国へ帰順するための生け贄――王族の人間とて殺される例など、歴史を繙けば世界中にごまんとある。少なくない例の一つに、自分が含まれることになっただけの話だったのだ。

 

 だが、生かされた。

 

 自分を哀れんだアリシアが、無理をして自分を生かしてくれたのだ。死なねばならなかったはずの自分が、今日まで生きることができた――それはとても幸運なことだ。

 

 そして、ルミアはそれがやはり単なる幸運に過ぎないことも痛いほどに理解していた。

 

 こんな日が、いつかやって来るかもしれない……常日頃そう思っていた。

 

 市井の赤き血の一人に落ちたとはいえ、ルミアという存在はアルザーノ帝国が抱えた爆弾のようなものだ。国を支える女王たる母が、いつかなんらかの事情で、やむを得ず自分を処することを決意する日が来る……いつも心のどこかでそんな覚悟をしていた。

 

 このあまりにも突然な処刑宣告は、つまり――そういうことなのだろう。

 

 だからルミアは、自分でも意外なほど落ち着いてこの時を迎えることができた。

 

 これは仕方のないこと。三年前に死ぬはずだった自分が今、死ぬ。それだけのこと。

 

 だが、それでも――

 

(……怖い、な)

 

 覚悟はしていたけど、やはり死ぬのは怖かった。震えが止まらなかった。心臓が激しく動悸し、呼吸は荒く息苦しくなり、思考が次第にぐるぐると混濁していく。

 

 そして何よりも、こんな自分に本当の姉妹のように接してくれたシスティーナ、本当の両親のように愛してくれたシスティーナの父母、仲の良かった学院の学友達、そして――グレン。皆とこんな形で別れなければならないことがどうしようもなく悲しかった。

 

 誰か助けて、まだ死にたくない、と。

 

 頭を抱えて泣き叫びたかった。

 

(やっぱり……死ぬのは嫌だな……)

 

 先生にも色々なことを教わりたかった。三年前、先生が私の命を救ってくれたこと……思い出して欲しかった。システィーナと一緒に、もっと色々なことをしたかった、見たかった、語り合いたかった。

 

 そして、最後にせめて一度だけ、本当の母親に――

 

(……ああ、そうだったんだ……)

 

 ようやく、気付いた。

 

(最後だから……あの人は、私に会いに来たんだ……)

 

 じわ、と。目尻に涙がにじむのを感じる。

 

 グレンの言うとおりだった。自分の本音なんて、最初からわかりきっていたのに。

 

(もっと素直になればよかった……どうして、あんな意地を張ったんだろう……?)

 

 だが、もう、後の祭り。何もかもが……遅い。

 

(……さようなら)

 

 つ、と。ルミアの目尻からこぼれた涙が頬を伝い落ちた――その時だった。

 

 ――生きたいか?(ティ・ホジェチッツ)

 

 ――母親に会いたいか?(ホチェシュ・ヴィデトゥ・サボユ・マトゥ)

 

 ――だったら手助けしてやる。(トグダーヤ・ポマグチベ)

 

 ――どこかから、そんな声が……聞いたことのない人の声が聞こえた気がして……

 

 

 

 しゅぱっ、と。

 

 頭上で何かが爆ぜるような音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「うぎゃぁあああああああああ――ッ!?」

 

 死に至る灼熱の苦痛の代わりに、ルミアを襲ったのは耳を刺すような悲鳴だった。

 

「……ッ!?」

 

 ルミアが驚いて、思わず目を見開く。

 

「うぁ、ああぁ……ッ!?目が、目がぁ~ッ!」

 

「うう……み、見えない……何も見えない……ッ!」

 

 ルミアが見たのは、剣を取り落として目を押さえ、悶え苦しむ衛士達の姿だった。

 

 何事?ルミアが目を瞬かせていると……

 

「な?目を瞑ってて、よかったろ?」

 

 したり顔で、いつの間にか起き上がっていたグレンが、ルミアへ近づいてくる。

 

「ったく、痛てて……思いっきり殴りやがって。まぁ、俺が普通の魔術師だと思ったのが失敗だ。拳闘の方が得意でね、あの程度の打撃ならいくらでも外せるのさ」

 

 そして、目を押さえて狼狽える衛士達を一瞥する。

 

 そんな中、ルミアはぼーっとしていた。

 

 先ほどの知らぬ誰かの声。

 

 目を瞑ってたあの時、自分の目の前に少年がいた。

 

 雪のような白い髪、システィーナの銀髪とはっきりと見分けがつくほどの白い髪。

 

 顔は……自分が知っている人の顔の面影があったような……母の妹――今は無き東の帝国に嫁いでいった叔母の面影があったような、そんな気がする。

 

 その少年はこう言っていた。”母親と会うのを手助けしてやる”、と。

 

 言葉が共通語ではなく、違う言語だったが、なぜかそう言っていたと確信が持てていた。

 

 あれは一体、なんだったのだろうか?

 

「さて、ルミア。今、解いてやる」

 

 そんなことをルミアがぼんやりと考えていると、グレンが折りたたみ式の小型ナイフを取り出し、ルミアの後ろ手に縛める縄を切っていた。

 

 因みに、衛士達は視力が回復する前に、悉くグレンに意識を刈り取られていた。

 

「せ、先生……なんて、ことを……王室親衛隊に手を上げる……なんて……」

 

 自由になった後、しばらく呆然としていたルミアだが、徐々にことの重大さを把握し、グレンに堅く震える声で問い詰める。

 

「いやー、その、なんだ?つい、口が滑って、手が滑っちまった、どうしよう?」

 

「どうしようって……何を考えているんですか!?これじゃ、先生まで国家反逆罪に問われてしまいます!」

 

「あー、うん、その……ヤバいな」

 

 グレンが頬を引きつらせてい脂汗を垂らしていた。

 

 その表情を見る限り、後先はあまり考えていなかったらしい。

 

「早くここから離れてください!こんなところ、誰かに見つかったら――」

 

「大丈夫だ。王室親衛隊にも話の通じる奴は必ずいる。まずはそいつと話し合って……」

 

「いたぞ――ッ!?あそこだ――ッ!?」

 

 見れば向こうから、新手の衛士達がこちらに向かって駆け寄って来ていた。

 

「み、見ろ!同士達が殺られているぞ!?」

 

「おのれ、大罪人に与する不届き者め!我らが剣の錆にしてくれるッ!」

 

「志半ばで倒れた同胞の無念、必ず晴らしてみせる!」

 

 しかも良い感じに勘違いをされてしまったらしく、衛士達は妙に殺気立ち、もはや交渉の余地は一片たりともなさそうだった。

 

「キミ達、人の話は最後まで聞きましょうって、お母さんに習わなかった!?」

 

「ど、どうするんですか!?このままじゃ先生が――」

 

「どうするもこうするも――」

 

「きゃっ!?」

 

 グレンはルミアを横抱きに抱えると、学院を囲む鉄柵に向かって駆けだした。

 

「≪三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし≫ッ!」

 

 そして、三節のルーンで呪文を唱えながら跳躍。

 

 すると、人の脚力ではあり得ない高さまで、二人の体が空へと舞い上がった。

 

 黒魔【グラビティ・コントロール】。グレンは重力操作の呪文で自身らにかかる重力を弱め、体重を羽のように軽くしたのだ。

 

 ルミアを抱えたグレンは学院を囲む鉄柵を大きく飛び越え、学院の外へ。

 

 そして呪文を解除しつつ、着地と同時に、そのまま市街の方へ猛然と走り始めた。

 

「に、逃げたぞッ!?」

 

「追え!逆賊をぎゃぁああああ――ッ!?」

 

「な、なんだ、この鳥うぎゃぁああああああ――ッ!?」

 

 背後から悲鳴がするが、いちいち振り返っている暇はない。

 

「ああ、もう、ちっくしょう!どうして次から次へと厄介ごとばっかり!?だから俺は働くなんて嫌だったんだぁあああ――ッ!?ええい、引きこもり万歳――ッ!」

 

 激流のように後方へ流れていく光景の中、グレンの悲痛な叫びが木霊した。

 

 

 

 

 王室親衛隊の面々に追い立てられるグレン達の後を、サーシャは後を追うように屋根伝いに追っていた。

 

 複雑な路地裏を通り抜け、グレン達は魔術学院のあるフェジテ北地区から、一般住宅街がある西地区へと至っていた。

 

 道中、王室親衛隊の衛士達が、グレン達を見つけては追い立てていくが。

 

「ぎゃぁああああああああ――ッ!?」

 

 目の前にビィエルが突然現れては、ビィエルが巻き起こした突風で押し戻され――

 

「そこだ!そこを曲がれッ!」

 

 と、衛士達が曲がると……

 

「どわぁあああああああ――ッ!?」

 

 今度は道が凍り始め、衛士達が足を滑らせて壁に激突する。

 

 当然、突然止まることができず、後続の衛士達も悉く足を滑らせていき、身動きがとれなくなっていた。

 

 こういう感じでサーシャが王室親衛隊を足止めしていたのと、地の利でグレンが勝っていたこともあって、グレン達はどうにか追っ手を撒くことができた。

 

 まぁ、これで当分の時間を稼ぐことができるだろう。

 

 後はグレン達に接触すればいいだけだ。

 

 ……まぁ、久々の再会の喜びのあまりに、大剣を振るう少女はいるだろうが。

 

 それでも、グレンと接触すべく、グレン達の元へと向かうのであった。

 

 

 

 

「わけわかんねぇ……それに来いっつったって……俺一人でどうやって女王陛下の所まで行けばいいんだよ……くそっ!」

 

 一方、グレンは苛立ちながら半割れの宝石をしまいこんだ。

 

 追っ手を撒いた後、グレンは女王陛下に会う方法を模索し、女王陛下に直接会うのではなくセリカに話をつけて、王室親衛隊の暴走を止めるようにと画策し、セリカを呼び出したのだが――

 

『私は何もできない』

 

 通信に応じるなり、いきなり感情の読めない突き放すような言葉をセリカは言ってきたのである。

 

「はぁ?なんでだよ?ふざけんな、この馬鹿!俺は真面目――」

 

 流石に苛立ったグレンが、矢継ぎ早に文句をまくし立てようとするが。

 

『もう一度言うぞ、グレン。いいか?()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここでグレンはようやくセリカの様子がおかしいことに気付く。

 

 どうやらこの一連の事態は、グレンの予想以上に一筋縄じゃいかないものだったらしい。

 

 その後も、グレン達が置かれている状況を知っているのかと問うと、セリカは把握していた。

 

 しかし、肝心の王室親衛隊が暴走している理由については、答えなかった。いや、()()()()()()()()

 

(くっそ、わけわかんねぇ……どうなってやがんだ……?)

 

 セリカほどの大陸屈指の第七階梯の魔術師を、どうやって黙らせたのか。一体、どんな状況で何が起きているのか。グレンが渋い顔で頭を押さえて悩んでいてると。

 

『一つだけ、言っておく。グレン、お前だけだ』

 

「なんだと?」

 

『お前だけがこの状況を打破できる……そう、()()()()がな』

 

「それは一体、どういう……?」

 

『グレン、この意味、よく考えろ。そして、なんとかして女王陛下の前に来い。来たなら取り巻きの親衛隊くらいはどうにかしてやる……これ以上は危険だな。切るぞ』

 

「あ、おい!?」

 

 意味不明なことばかり押しつけて、セリカは一方的に通信を切ってしまった。

 

 確かに王室親衛隊は個々の武力・技量は非常に優れているが、主な任務は護衛のため、実戦経験は然程でもない。習得している魔術も軍用の攻性呪文や治癒呪文などが主だ。かつて帝国宮廷魔導士団の一員として数多くの実践を経験し、一応の魔術師として幅広い魔術を知るグレンならば、逃げに徹する限り、あの手この手でなんとかあしらえるだろう。

 

 だが、自ら攻め入ることになるなら、また話は別だ。

 

 その人数差、戦力差が絶望的な壁となって立ちはだかる。

 

 おまけに、最も女王陛下の近くで護衛を務めているだろう王室親衛隊の総隊長ゼーロスは四十年前の奉神戦争で、聖エリサレス教会聖堂騎士団総長『剣聖』ヨハネスと互角に渡り合ったとされる歴戦の古強者だ。他の衛士連中とは根本的に格が違う。

 

(どう考えても俺の手に余る。仲間が……せめて、あと一人が二人、仲間がいれば――)

 

 焦燥も露わにグレンが壁を殴りつけた、その時だ。

 

 グレンとルミアの目の前に、一羽の鷲が降り立ってグレン達を見つめていた。

 

「――ッ!?」

 

 なんだと振り返るなり、目を見開くグレン。鷲はグレンを知っているのか、トコトコと近づいてくる。

 

「せ、先生……?」

 

「お前は……ッ!?ということは、まさか――ッ!?」

 

 グレンはこの鷲を知っている。

 

 なぜなら――

 

 と、その時。

 

 ぞくり、と。背中を駆け上る、氷の刃で切り付けられたような悪寒。

 

「――殺気!?」

 

 かつて慣れ親しんだその感覚に、グレンは脊椎反射で殺気を感じた方向へ目を向けた。

 

 すると、通りの向こうの建物の屋根の上に、三人の男女が立っていた。その三人組は紛うことなく、グレンのことを真っ直ぐに見下ろしている。

 

 その身にまとう特徴的な衣装と、背格好には見覚えがあった。

 

 記憶の底から、ぶくりと泡のように浮かび上がってきた、その三人の正体は――

 

「リィエル!?サーシャ!?それにアルベルトまで!?どうしてここに――まさか、王室親衛隊だけじゃなく、宮廷魔導士団も動いていたのか!?」

 

 グレンが三人の存在を認識した瞬間。リィエルが弾かれたように屋根を蹴り、建物の壁を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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