赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


kolmkümmend üheksa(第三十九話)

 

 

 

 

 そして。

 

 そのまま二人は、フェジテ北地区から西地区郊外――旧住宅地区画へと辿り着いていた。

 

 ここはフェジテ西地区でも新住宅地区画とは異なり、人っ子一人存在しない。

 

 フェジテの人口増加対策と、旧時代に作られたがゆえに煩雑な区画構造の整理のため、近々、大がかりな再開発が予定されている立ち入り禁止区域なのだ。

 

 ニ、三世代の古い建物が、複雑に入り組んだ道に沿って並ぶゴーストタウン。

 

 その一角、建物に囲まれている広場に隣接している建物の一室に――アナスタシアとルミアの姿があった。

 

「はぁ……はぁ……これでひとまずは落ち着いたってことで……」

 

 荒い息を吐きながら、アナスタシアは周囲を見渡す。

 

 周囲に独立派の気配はない。全部始末したわけではないと思うが、それ相応の損害を与えたらしい。敵も慎重になっているのかもしれない。

 

「ここにいるのは……まだ私達だけね」

 

 さて、これからどうするか……

 

 と、いっても、まだ独立派の連中は諦めたわけではない。

 

 だから、ここで身を隠し、敵をやり過ごさねばならない。なにより、ルミアに話をしなければならないのだから。

 

「さてと……どこから話した方がいいのかしらね……」

 

 アナスタシアはルミアを見て、どのように説明しようかと考える。

 

 アナスタシアから言葉が出るのを真摯な顔で待つルミア。

 

 しばしの沈黙が、二人の間を流れる。

 

 そして。

 

「……昔、東の帝国にある女の子がいました」

 

「……?」

 

 ルミアは話の前後が読めず、一瞬、訝しく思うが……

 

「その女の子の父親は十七の国を統べる皇帝で、母親は西の帝国から嫁がれてきた王女様。そんな両親の元に生まれた女の子はどういうことか、自分が皇帝になったら世界を守りたいとか本気に思い、それを本気で目指し、次期帝位継承者として一生懸命に努力しました」

 

「!」

 

 両親が皇帝と王女様。次期帝位継承者。

 

 いつか、どこかで聞いたフレーズに、ルミアが少し目を見開いた。

 

「だけど、その女の子は現実を全く見ていませんでした。自分の国がどれぐらい世界中で嫌われていることも……ましてや、連合の構成国からも嫌われており、これではしょせん、世界を守る皇帝なぞ、おとぎ話の中だけの話、夢の中の夢でした」

 

「ナーシャ……それって、ひょっとして……?」

 

 ルミアも、その話が暗喩する構造に気付いたらしい。

 

 ふっと、アナスタシアが自嘲気味に口元を歪める。

 

「と、現実ではそういう感じだったんですが、そんな甘ったるい夢を応援していた人達がいました……母と二人の妹達はそれを素敵な夢だと言ってくれて……父は何も言ってくれなかったけど……まぁ、家族は全体的にその夢を応援していました……」

 

 淡々と続く、アナスタシアの話。

 

 ルミアは神妙な表情で、静かにアナスタシアの言葉に耳を傾け続ける。

 

「そして、そんな感じで皇族としての不自由はしなかったけど、やっぱりどこか不自由な生活を送っていたのですが……五年前、あの革命で家族は皆、殺されてしまいました」

 

「……ッ!」

 

 その展開はルミアでもわかっていた。わかっていたが、改めてその顛末を聞くとあの時のことを思い出す。

 

 まだ自分が王女だった頃の――帝国連合で革命が起きたという報告を受けた時の母親の顔を……妹の死を聞いた時、普段は毅然としていたアルザーノ帝国女王が、今まで誰にも見せたこともないほど狼狽えて憔悴した、あの時の顔を思い出す。

 

 そして、アナスタシアは変わらない調子で肩を竦める。

 

「まぁ、そんなわけで急に家族も失い、父親と宮殿に逃れて……その宮殿からも脱出したわけですが……女の子は皇帝になるために、国を取り返そうと誓ったのでした。めでたしめでたし……」

 

 アナスタシアの話は、物凄く簡単に、端的に、あえてふざけような口調で語られている。

 

「……ナーシャ」

 

 だが、その軽い言葉の裏に、一体どれほどの苦悩があったのか……なんでもなさを装うその表情の端々に、それが見て取れてしまった。

 

「でも、私はその夢は素敵だと思うよ?平和な世界を生きる私達には、きっと想像もつかないほどの過酷な人生をその子は歩んでいたんでしょう……」

 

「さぁね?少なくとも異能だからと王室を追放されて、今は最悪のテロ組織に狙われている元・王女に比べたらまだマシかもよ?多分」

 

「でも、それでもわからないよ」

 

 ふぅ、と。ルミアが何とも複雑な表情で息を吐く。

 

「その話と、ナーシャが自分の姿を隠してまで『サーシャ』として私達に接したのと、一体、何の関係が……?」

 

「……巻き込みたくなかったのよ、貴女達を」

 

 やれやれと、アナスタシアはぷいっとルミアから顔を逸らし、気まずそうに言う。

 

「え?」

 

「私が皇帝になって、帝国連合を再び一つにしようと動いているわけなんだけど……そんな私を消し去りたい連中はごまんといるのよ」

 

「…………」

 

 アナスタシアの置かれている状況を僅かながら聞いたルミアが押し黙る。

 

「ねぇ、ルミア。東部はね、今、かなり悲惨なことになっているの。帝国政府や国民が思っている以上に、ね」

 

 アナスタシアは物憂げな表情で空を見上げた。

 

「お父様とお母様、そしてタチアナとマリアを殺した革命政権は、自身が気に入らない者達を片端から処刑している。裁判もなしに。独立派――中でも共和派は、同じ独立派でも王党派諸共、自身と異なる民族を迫害している。今回の連中のようにアルザーノ帝国を憎んでいる輩までいるわ。お父様にお母様を嫁がせた共犯者としてね。そんな連中が己の目的を果たす上で共通している障害は……私よ」

 

 時間が過ぎていく。

 

 時間が過ぎていき、やがて、夕方に差し掛かろうとする。

 

「だから、私は『サーシャ』として姿を変えて、特務分室に入ってそして……ここに来たの……今の私では力がないから力をつけるためにもね。その前に死ぬわけにはいかないわ。……それに、もし、貴女達の前で『アナスタシア』として表舞台に出たら、革命政権と独立派、そして新皇帝派はこぞってこのフェジテに殺到するわ。私を殺すために……貴女達を巻き込んでまで。それだけは……嫌なのよ……だから私は、時が来るまで日陰にいなきゃいけない……望もうと望むまいと関係なしにね」

 

 アナスタシアの話が終わり……しばらくの間、沈黙が二人の間を支配する。

 

 やがて、ルミアが沈黙を破り、言った。

 

「辛かった……よね?本当はナーシャとして、私と皆と一緒にいたいのに……」

 

「別に?」

 

 ルミアの言葉に、アナスタシアはそっぽを向いたまま、拒否するが……

 

「ナーシャって、辛そうな時、顔を逸らす癖があるよね?辛そうな顔を見せないように」

 

「……そんなわけない」

 

 図星なのだが、それでも意地を張るアナスタシア。

 

 ……だが。

 

「……でも、ちょっとだけ……そうかも」

 

「……?」

 

 小さく零れたアナスタシアの言葉に、ルミアは首を傾げる。

 

「……ねぇ、エルミアナ……ていうか、ルミアって呼んでいい?」

 

「……?」

 

「それと……こうやって二人でいる時は……いいでしょ?短い時間だけど、この姿でいても……別に、寂しいわけじゃないし」

 

 ぶつぶつとそっぽを向いたまま言う、アナスタシアに。

 

「うん、いいよ。むしろ私は……嬉しいかな?従姉妹と久しぶりに話せるし、何より……ナーシャと一緒にいたいから……だから……私に話してくれてありがとう、ナーシャ」

 

 そう言って、微笑むルミア。

 

 小さい頃(今でもだが)は見た目によらずやんちゃな従姉妹の微笑みが、どこか暖かくて……久しぶりにそれを感じて……

 

「そりゃ、私と貴女は従姉妹なんですもの。こういう話は貴女ならしてもいいことですし?」

 

 今まで、照れくさそうに呟くだけだったのにそんなのどこへやら。高飛車気味にそう言うアナスタシア。

 

「でも、なんか私って従姉妹から信頼されてないなんて……それはさすがに傷ついちゃうなぁ……」

 

「なっ!ち、違うし!?それは、その……いつかは――」

 

「あぁ、まさか従姉妹からそんな扱いを受けるなんて……私、非常に悲しいことですわ」

 

「ねぇ、ルミアさん!?貴女、怒ってます!?怒ってますわよね!?悪かったから、許して!ごめんなさい!お願いしますッ!怒りをお鎮めください、ルミア様!」

 

 心なしか、怒っていそうなルミアに、アナスタシアは慌ててぺこぺこ頭を下げて……ルミアはそんなアナスタシアを見て、冗談だと言わんばかりにクスクスと微笑んで……

 

 そんな、二人の間の時間が少しずつ動き始めて……

 

「いやぁ……まさか、まさか……行方知らずの皇女に出会うなんて……おかげで手間が省けました。我々の目的を果たすために貴女をここで殺すことができるなんて」

 

 そんな二人に冷や水を浴びせたのは……

 

「ナーシャッ!この人達……ッ!?」

 

「……チッ!親元のお出ましね……従姉妹との一時の貴重な時間を潰さないでもらいたいわねッ!」

 

 いつの間にか、何の前触れも気配もなく、部屋の入り口に複数の集団を率いている男――今回の襲撃グループのリーダー格と見られる男が、極上の獲物を見つけた蛇のように卑しい笑みを浮かべてアナスタシアを見ていたのであった。

 

 

 

 

 

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