それでは、どうぞ。
「……なるほどね……予想通りだわ」
独立派の親玉と対峙したアナスタシアは、舌打てして呟く。
「な、ナーシャ、この人達は……ッ!?」
「こいつらはエースティの独立派――その中で最も過激な一派よ」
無数の銃口を向けられる中、ルミアを庇うように前に出たアナスタシアが忌々しそうに独立派を睨みつける。
五年前に起きたルシタニアでのマクベス主義者による革命が起き、帝国連合が崩壊した時、連合を構成していたルシタニア以外の構成国では革命政権、帝政派、独立派による三つ巴の血で血を洗う内戦が繰り広げられていた。
エースティ、リスアニア、ラトガレ――いわゆるイメタリア三国も例外ではなかった。この三国は元々、独自の文化を持っていたからか、現在は独立派が革命、帝政派に対し優位に立っていた。
だが、その独立派でも二つの派閥に分かれていた。同君連合、併合される前の政体――大公・公を元首に擁立しようと企図する王党派と……王党派に対し不信感を抱き、王がいない政体――共和派に分裂していた。
その共和派でも独立を達成した後、異なる派閥・民族と共存していくことを目的とする穏健派と異なる派閥・民族を徹底的に排除し、純血なる自民族のみで構成し独立を目指す過激派に二分され、表向きは歩調を合わせていたものの、中には敵諸共、穏健派を攻撃する過激派までいる始末であった。
そして、今、アナスタシアとルミアの目の前にいる独立派は――その過激派――エースティ民族会議の中で最も過激な組織――純血派の連中であった。
「――ルシタニア人だけでなく、異なる民族は徹底的に殺して回り、それだけじゃなく同じ民族でも王党派も攻撃しているし、エースティ人でも少しでも他民族の血が入っているとわかれば、徹底的に排除する……そしてアルザーノ帝国に対しても人一倍憎んでいる輩よ」
「殺し回るとは人聞きの悪いことを……我々は目的達成のための必要な経費を払っているまで……無駄な殺しなど一切やってませんよ?」
睨みつけるアナスタシアに、嘲笑するように口元を歪める男。
「そして……要は貴女は邪魔なんです、はい。なので、ここで殺します……そこにいる従姉妹――エルミアナ王女と共に、ね。別に彼女を殺しても帝国政府はなにもできないでしょうし、母親に捨てられたから別に構いませんでしょ?」
「貴方ねぇ……ッ!よくもぬけしゃあしゃあと……ッ!?あの時に貴方が処刑されればよかったのに……ッ!」
今すぐ、この男を殺したい衝動を、アナスタシアは必死に堪える。
「……ナーシャ、この人、誰なの?」
「マルトラ―ル。革命前から帝国連合内での一連の無差別テロを主導した、最悪のテロリストよ」
気丈に振る舞うが、この狂気じみた男――マルトラ―ルに対して少しばかし動揺しているルミアへ、アナスタシアが忌々しそうに吐き捨てる。
「革命後は、エースティを支配しようと独立派に加わって、無関係の人々を『必要経費』として虐殺しまくっていて……帝国内での東部人を狙った無差別テロも起こしていて……私を殺そうと襲って、失敗したら貴女を連れ去って拷問しようとして……それで今に至るわけ。今までの事件はこの男が引き起こしたってことよ」
「な……ッ!?」
「先日から行方不明になっていることになっている、ゾランという魔術講師……彼もこいつらに殺されているの……そして、私も殺そうとしたけど失敗して……貴女から私の居場所を聞き出そうと連れ去ろうとして……もちろん、聞き出した後、貴女を殺すつもりだったらしいけど……」
「そ、そんなこと……」
「そんなことを平然とするのがこいつらなのよ……ッ!」
アナスタシアが烈火の如くマルトラールを睨みつけると、マルトラ―ルは微笑んだ。まるで今までの鬼畜の所業を褒め称えられたかのような笑いだ。
「まぁ、いいわ。ここで全員地獄に叩き落としてあげる」
アナスタシアは、左手から氷の剣を錬成する。
「それよりも貴方……一体、何を企んでいるの?」
「はて?何を企んでいるのかと言われましても……貴女達ルシタニア人を皆殺しに――」
「へぇ?ルシタニア人を皆殺しにするために、帝国に来たってわけなの?まだエースティにはルシタニア人、かなりいるはずよね?随分と余裕なのね?」
「…………」
「しかも帝国人まで巻き込んでまでの無差別テロ……帝国まで敵に回すなんて、普通に考えれば無謀とも思える行動を平然とやってのける……どこからどう考えても、別の目的があるでしょ?帝国を敵に回してまで貴方は何をやりたいわけ?」
そもそも、まだ独立も達成していない――しかも、その中の過激な一派に過ぎない彼らが帝国を敵に回しても何の得にならないのである。
アナスタシアは民族会議(純血派)のこの行動が不思議でならなかった。
「世界を自分の物にするためですよ」
「……は?」
思わず、ぽかんと口を開いて忘我するアナスタシア。
「ところで、殿下……貴女は私達にこう問いましたね?”帝国を敵に回してまで何をしたいのか?”と」
話にまったくついて行けないアナスタシアを置き去りに、マルドラールが誇らしげに言う。
「世界を支配するためですよ」
なんだ?こいつ……呆れて物も言えないが、アナスタシアの顔にもルミアの顔にも、雄弁にそう書いてあった。
そんな二人を置き去りに、マルトラールの歌劇のような一人語りは続く。
「貴女は何も知らないでしょうけど、私の故郷は……エースティは連合に併合されるような国ではなかった。あの国は、神に祝福された選ばれし国なんですよ」
芝居がかった大仰な身振り手振りと共に、言葉を連ね……
「だがそんな偉大な国が、邪悪な意思の下に作られた魔国に支配されてしまった……本当の悪の国に支配されてしまったからには、それを見て見ぬ振りをするのは偽善者だ。……そうでしょう?そんなのを許していいはずがない」
左手を胸に当て、右手を大きく振り、見得を切る。
「……………………………………」
「ゆえに我々は五年前の革命を機に、立ち上がった。祖国を売り、にもかかわらず平然とまた権力を掌握しようとする王党派と革命政権と帝政派を、高貴なるエースティ人以外の民族を片端から始末することにした。皆殺しにしてやがては、このアルザーノ帝国という邪悪な国を滅ぼすことにした」
「………………………………」
「そして今、私の目の前に行方知らずの皇女がいる……ッ!神に祝福された祖国を土足で踏みにじった悪魔の一族の最後の生き残りが……ッ!おお、神よッ!これは偶然なのか……ッ!?否ッ!断じて否だ……ッ!?」
キレのある所作、軽やかな足運びで、ぐるりと小さく円を描くように歩き……かッ!と目を見開いて天を仰ぎ、天に向かって声高く叫び……
「…………………………」
「だから、殿下。これはほんの始まりに過ぎない」
そして、コートを、ばっと鳴らして、再びアナスタシア達へと向き直る。
「まずは殿下、貴女を殺す。……そこにいる元・王女と共に仲良く死んでもらいます。そして、次に、この帝国内にいる東部人を虐殺して帝国王室も全員、虐殺する」
「……………………………」
「そう!帝国連合、帝国、東部人……我らは土足で踏みにじったこれら野蛮人を皆殺しにし……世界を支配して、正義を執行する偉大な支配者となる……ッ!」
……沈黙。困惑。静寂。
そして……
「バッカじゃないの、アンタ……」
ふつふつとこみ上げてくる侮蔑と激情、生理的嫌悪の中、アナスタシアが呻く。
「……じゃあ、何?ゾラン……彼はルシタニア人の盟友であるスルビナ人だったけど……死ななきゃならない人じゃなかった。そんなやつを待ち伏せて、寄ってたかって殺したのにそれが正義だと?」
「ええ、正義ですとも」
マルトラールの口調は、揺るぎない自信にも満ちたものだった。
「彼はスルビナ人で、スルビナ人はルシタニア人に与した時点で彼らも死ななければならないのです。彼は何もしておらず、非常に痛ましいことでしたが……スルビナ人である以上、彼の死は必然だったのです。主は、きっと天なる御国にて、彼の者のことを思い出してくださるはずです」
「無差別テロに巻き込まれた帝国人……彼らは何の罪も関係ない一般市民だったはずよ。そんな人達を巻き込んで、殺すのは必要経費だと?」
「ええ、必要経費です」
マルトラ―ルの口調は、己が言葉に微塵の疑いも持っていないものだった。
「仮令、その歩む道がどんなに罪深く血に塗れていようとも、辿り着く先に理想が存在するなら、それは正しい道だ。そうでしょう?」
迷いなくそう言い切るマルトラ―ルの微笑みは、どこまでも朗らかで力強い。
「……私達とは関係ないエルミアナを連れ去って、殺そうとしたのも……ッ!」
「ええ、必要経費です」
「貴女ねぇ……よくもぬけぬけと……ッ!?」
「いやぁ、当初とは違う思惑になってしまいましたが……むしろ、最高の展開になりました。感謝しますよ、エルミアナ王女」
そして、マルトラ―ルは、肩を震わせて笑い始める。
「貴女の従姉妹であり、貴女のよき理解者である彼女……貴女はさぞかしなりふり構わず守ろうとしたんじゃないんですか?彼女を守るために、道中で私の部下を殺しまくったんじゃないですか?なにせ、貴女の家族は、あの男に殺されてしまったんですからね!貴女が必死になるのもわかりますよ!ふっ……ふふっ……あっはははははははははははは――ッ!」
「この男……ッ!一体、どこまで狂って……ッ!周囲も、無関係な連中も、何もかも巻き込んで、それを……ッ!」
「そうです。なにもかも全て……我らの悲願のための必要経費なのですッ!」
「どこまで狂ってるんだ、アンタはぁあああ――ッ!?」
「狂ってませんよ、私は至って正常ですよ」
アナスタシアの咆哮に、マルトラ―ルは平然とそう言い放つ。
「殿下、貴女には話しましょう!私は帝国連合と帝国と世界の真実を知ると同時に――世界の全ての理を支配する力の存在も知ってしまったのです――そう、『禁忌教典』」をッ!」
「な……んですって……ッ!?」
マルトラ―ルから出た『禁忌教典』という言葉に、アナスタシアは驚愕するのであった。