赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


nelikümmend kaks(第四十二話)

 

 

 

 

 駆ける――

 

 視界が激流のように後方へ翔け流れる。

 

 ルミアを抱き抱えたアナスタシアは、ビィエルがいる場所を目指して、再開発地区をまさに飛翔するように駆け抜けていた。

 

 黒魔【メチェーリ】。

 

 東部語ルシタニア方言で暴風雪という意味のこの黒魔術は、生前、帝国宮廷魔導士団特務分室所属、執行官ナンバー3≪女帝≫のセラ=シルヴァースが、もっとも得意とした、帝国の軍用魔術【ラピッド・ストリーム】を完コピした、旧帝国連合の軍用魔術である。

 

 

 因みに、この魔術。【メチェーリ】という暴風雪という名が付いているのに、冷気系の魔術ではない。というのも、帝国にパクられたとは思わせないために付けられた、いわばダミー名称みたいなものである(もっとも、そんな小細工が通用するはずもなく、瞬時に帝国に悟られてしまったわけだが)。

 

 ルミアの異能で増幅させた術を駆使し、アナスタシアは建物と建物の間を飛翔する――

 

 建物を蹴って跳ぶ瞬間、【メチェーリ】再起動し、激風を身に纏って弾丸のように推進する。

 

 さらに、右から押し寄せてくるように迫ってくる壁に足から着地し、その勢いのまま数歩壁を駆け抜け、失速する瞬間、【メチェーリ】を再起動、再び激風を身に纏って跳び、前方へ推進する。

 

 やがて――重力に従い、高速で流れる道路が眼下に迫ってきたら――【メチェーリ】を再起動、再三巻き起こる激風で半ば浮きながら地面を翔け滑り――

 

 さらに、追撃の【メチェーリ】の再起動。

 

 地面すれすれを滑空していたアナスタシアの身体が、空にかっ跳び、舞い上がる――

 

「よっと……ッ!」

 

 アナスタシアの全身を包む無重力、遥か眼下にある地面。

 

 次なる建物がアナスタシアに猛速度で迫り、その屋根に着地。

 

 すかさず、【メチェーリ】を再起動して、空に身を躍らせ、推進――

 

「うわ、うわわわわわわわ……ッ!?」

 

 アナスタシアに抱き抱えられている気丈なルミアも流石に真っ青になるほど、無茶苦茶で、奇っ怪で、出鱈目な、人外の動き――黒魔【メチェーリ】の連続起動による、高速三次元機動術。

 

 帝国軍では【ラピッド・ストリーム】の連続起動による魔導技のことを、『疾風脚(シュトロム)』と呼ばれている。

 

 要は、自ら起こした風の爆発に、自ら吹っ飛ばされることを連続で行って高速移動するという実に馬鹿げた技である。

 

 実際に空を飛べるわけではなく、燃費は最悪中の最悪、小回りも利かず、屋内では使用不可能だが、こういった建物みたいな足場が多く密集し、かつ開けた地形における機動力は単なる身体能力の強化による機動力を遥かに上回るという。

 

 その分、制御を誤れば、たちどころに壁に激突したり、その勢いで地面に磨り下ろされたりなどして即死するのだが。

 

 【ラピッド・ストリーム】を完コピした【メチェーリ】でも、当然、『疾風脚』のような高速移動は可能なわけで。

 

「な、ナーシャ……ちょ、ちょっと……ひゃあッ!?」

 

 あまりにも出鱈目な機動にルミアがしがみつく中、アナスタシアはバランスを崩すことなく、ビィエルの下へ向かう。

 

 再開発地区のあちこちで帝政派と独立派の戦闘と……同じく再開発地区のどこかで戦闘が発生している中、アナスタシアは迷うことなく、ビィエルの所へ向かう。

 

「ねぇ、ナーシャ、これから何するつもりなの!?」

 

 激流の中、ルミアはアナスタシアへ声を張り上げる。

 

「私達、戦うんでしょ!?でないと、切り抜けられないって……どうして、ビィエルの所へ――」

 

「あそこの戦闘はヤチェク達に任せるわ」

 

 そうは言っても、再開発地区での戦闘区域からはアナスタシア達はもう、かなりの距離が開いてしまっている。

 

 ビィエルが旋回している区域には誰もいないはずなのだが――

 

 やがて、ビィエルの下へ辿り着いたアナスタシアは、平面状の屋根の上で止まり、ルミアを下ろす。

 

「ナーシャ?」

 

「……そろそろ、来るわ」

 

 怪訝そうにするルミアに、アナスタシアが人差し指を口に当てた、その時。

 

 眼下の道路――二十メトラほど奥の曲がり角から、一組の集団が現れた。

 

「え?」

 

「はは、予想通り……ッ!」

 

 その集団と先頭にいる男に、ルミアは見覚えがあった。

 

 その集団と先頭の男は――独立派とマルトラ―ルだったのだ。

 

 時折、後ろを振り返りながら足早に去っていくその様から見るに――マルトラ―ルは再開発地区から逃れ、行方をくらますようだった。

 

「嘘……ッ!」

 

 あの部屋から脱出する時は、マルトラ―ルはそこにいた。

 

 当然、その後のマルトラ―ルの行動なぞルミアとアナスタシアは知らないし、逃走を始めたとしても、どこにいるのか見つけるなんて時間がかかる。少なくとも、迷いなくこの場所に向かうことはない。

 

 だが、現に二人の眼下にはあの最悪のテロリストがいたのだ。

 

「どうしてわかったの!?こっちに来ることを……ッ!?」

 

「あの男はね、あんなにご高説ぶっているくせにかなりの小心者なのよ」

 

「――ッ!?」

 

「自らは絶対に手を下さない。汚いものは部下に押し付け、成功したら自分の手柄、失敗したらその部下に押し付け、処刑する。現に貴女を連れ去って拷問にかけようとした時、私達を殺そうとした時、あの男は部下にやらせようとしたでしょ?そして、自分に身の危険が迫ると、我先にと逃げる」

 

「で、でも……ここに来るなんて、ピンポイントで予想なんか――」

 

「そうよ。だから、もしかしてと思って時々下を見ていたら、要所要所にヤチェクが部下に配置につかせていたのよ。御自分の身体に傷がつきたくないし、一人だと心細いマルトラ―ルがここに来るように仕向けるためにね。ビィエルはその目印よ。どう、ルミア?私達、意外と優秀でしょ?」

 

 ルミアはもう、ただただ、驚愕するしかない。

 

 本来、こんな作戦なんて事前に打ち合わせてはいないのだろう。そもそも、独立派がルミアにも目を付けていたなんて、アナスタシアも知らなかったのだから、当然、今までの展開は予想外の中の予想外なのだから、なおさらである。

 

 だが、アナスタシア達はそんな状況でも、敵を追い詰めていた。それぞれの考えで動き、相手を追い詰めていたのだ。

 

 これはもう相手を信じているというよりも、一種の以心伝心の領域に近いものだ。

 

「そして……ここでも実に気が利いているよね、ホント。優秀な部下を持つと色々と楽だわ」

 

 対するアナスタシアは、この展開を読んでいて、待ち望んでいたといわんばかりに。

 

 指笛を吹き、甲高く、辺りに響き渡らせた瞬間。

 

 マルトラ―ルが率いる独立派の左右の建物の窓から複数の発砲音が一斉に響き、銃弾が独立派に容赦なく襲いかかった。

 

 突然の待ち伏せ攻撃に、独立派は混乱に陥り、マルトラ―ルも足を止める。

 

 その隙を突くように、アナスタシアは屋上から飛び降りるのであった。

 

 

 

 

「ナーシャ!?」

 

 屋上に取り残されたルミアに見向きもせず、アナスタシアは眼下にある道路に降り立ち、氷剣を錬成する。

 

 そして、そのまま脱兎のごとく、マルトラ―ルとの距離を縮める。

 

 マルトラ―ルは混乱を極めた戦場から離脱しようと、逃げ出そうと振り返るが、そこには氷剣を構えたアナスタシアが急速に距離を縮めてくるところであった。

 

「――ッ!」

 

 二十、十五、十――

 

 アナスタシアが距離を詰める。詰める。詰める。

 

「く――ッ!」

 

 慌てて、懐から回転弾倉式拳銃を取り出す。

 

 たかが、一瞬。……一足。

 

 されど、一瞬。……二足。

 

 その一瞬で――三足。

 

 アナスタシアは、マルトラ―ルとの一足一打の間合いに飛び込んでいた――

 

「終わりよ」

 

「ちぃ――ッ!この――ッ!」

 

 半瞬、遅れて、撃鉄に指をかける。

 

 照準をアナスタシアに向け――引き金を引き発砲する――

 

 だが、それよりも、ほんの一瞬だけ速く――

 

「地獄に墜ちろぉ――ッ!」

 

 ここまで駆け抜けた運動量と、あらゆる激情を乗せて――アナスタシアの氷剣が――空気を引き裂き、マルトラ―ルの心臓を――刺し、貫く。

 

「が―――――――――ッ!?」

 

 その衝撃で銃が手から離れ、身体が浮く。

 

 その勢いのまま、アナスタシアは止まらずに建物の壁にめがけて突進していき――マルトラ―ルの身体から突き出ていた氷剣の切っ先を壁に突き刺す。

 

 串刺しになり、宙に浮いたマルトラ―ルはそのままがっくりと力を失っていき、項垂れる。もうすでに息絶えていた。

 

「……ふん……お似合いね。その姿……実に皮肉が利いているじゃない……」

 

 アナスタシアから見て壁に突き刺されるその姿は、かつて部下に裏切られて十字架に磔にされ、()になったような姿。

 

 そんなマルトラ―ルの姿を前に……アナスタシアは思わず冷笑を禁じ得なかった。

 

 

 

 

「ナーシャ!」

 

 建物で佇むアナスタシアの下へ、屋根から階段で下りて、建物から出たルミアが駆け寄った。

 

「……た、倒したの?」

 

 串刺しになり息絶えているマルトラ―ルを見ながら、ルミアはアナスタシアへ尋ねる。

 

「ええ、そのはず……」

 

 アナスタシアが背後を振り返ると、残りの独立派の連中はヴィンペル部隊に始末されていた。

 

 アナスタシアが、隊員の一人にマルトラ―ルの検死をするように顎をしゃくる。

 

 すぐさま隊員がマルトラ―ルの下へ向かい、検死を始める。

 

「はぁ、これで危険人物の一人が消え去った――」

 

 狂人が一人消え去ったことを確信し、アナスタシアは肩の荷が幾分軽くなったと思った――

 

 ――のだが。

 

「で、殿下ッ!この男はマルトラ―ルではありません!影武者です!」

 

「……は?」

 

 隊員から放たれた信じられない言葉に、アナスタシアは一瞬、自分の耳を疑う。

 

 やがて半瞬遅れて隊員の言葉の意味を理解したアナスタシアは、マルトラ―ルの所へ足早で向かう。

 

 『マルトラ―ル』のはずだった男の頭は――禿げており、隊員の手にはカツラが握られていた。

 

 前情報によると、マルトラ―ルの右頬には刺青が彫ってあり、この男にも同様の刺青があるのだが――

 

 それをよく見ると、それは刺青ではなく、塗料で塗られていたものだった。

 

 つまり……この男はマルトラ―ルの影武者。本物のマルトラ―ルはまんまと逃走に成功したのだった。

 

「ちっ……くそが……ッ!」

 

 まんまと逃してしまったことに、アナスタシアは舌打ちした。

 

「……一枚、敵が上手でしたな、姫」

 

「ええ、そうね……逃げ足は本当に一流ね、あのクソ野郎……ッ!」

 

 広場の敵を掃討したのか、ヤチェクがいつの間にかアナスタシアの傍におり、ため息混じりにそう言う。

 

「……他の敵は?」

 

「広場の敵は全員始末しました。他の区画の敵もほぼ一掃したとの事。マルトラ―ル本人は逃しましたが、フェジテで活動する純血派は壊滅したと言っても過言ではないでしょう」

 

「そう……フェジテの警備官は……そろそろ来てもおかしくないしょうね」

 

「はい。独立派がエルミアナ王女を連れ去るのを目撃した者が複数、いたようでして……それに、この戦闘で通報した者もいるかもしれません」

 

 となると、もう長居は無用である。

 

 マルトラ―ルを逃したのは痛いが、今は警備官に見つかる前に撤収しなければならない。

 

「ヤチェク、撤収よ。貴方達は速やかに離脱して。警備官に見つからないように。独立派の死体は、時間がないからそのままでいいわ。私は、ルミアを連れて離脱するから……二人にして」

 

「承知しました。では、姫、王女……私達はこれにて……」

 

 ヤチェクが二人に頭を下げる。そして、ヴィンペル部隊を連れてすぐさまその場を去っていく。

 

 十秒後には、そこにはアナスタシアとルミアしかいなかった。

 

 

 

 

 






次で、この章のラストです。
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