赤い国からの魔術師   作:藤氏

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それでは、どうぞ。


nelikümmend kolm(第四十三話)

 

 

 

 

 辺りに訪れた静寂。

 

 夕日も沈み、夜の帳が下り始めている中。

 

「……終わったの?」

 

 ルミアが、ぼそりと問う。

 

「ええ、ひとまずは終わったわ」

 

「そう……」

 

「……そろそろ、行きましょう」

 

「うん……」

 

 そして。

 

 薄闇が入り混じり始めた黄昏の中。

 

 誰もいない再開発地区を、アナスタシアとルミアは、歩く。

 

 無言。

 

 二人とも、しばらくの間、何も語らず、歩いていた。

 

 ……やがて。

 

 延々と続く再開発地区も終わりに近付いた頃。

 

 後、少しで、いつものフェジテに、日常の世界に戻る……そんな時。

 

「ねぇ……ルミア……」

 

 ぼそりと、アナスタシアが不意に呟いた。

 

「私は本当に、貴女の傍にいて見守っていて……いいの?」

 

「…………」

 

「東部の問題に、無関係であるはずの貴女を巻き込んで……他意がなかったとはいえ、その……」

 

 そんなアナスタシアの言葉を塞ぐように……

 

「……いいよ」

 

 ルミアが優しく言葉を重ね……立ち止まり、アナスタシアの顔をじっと見る。

 

「現に私が貴女の側にいるのが、答えじゃないかな……?」

 

「…………そう」

 

 それきり。

 

 アナスタシアはもう、何も問わなかった。

 

 アナスタシアは再び歩き出すが、その時、ほんの少しだけ、口元を笑みの形にしている……そんな気がした。

 

 きっと、アナスタシアの問題はそう簡単に終わらないだろう。

 

 マルトラ―ルは逃亡し、フェジテにいる組織は壊滅状態になったが、彼がこれで諦めるとは思わないし、敵は彼だけではなく、彼女は他の独立派と革命政権と新皇帝派とも戦わなければならない。母親に捨てられたとはいえ、システィーナ達がおり、魔術競技祭で和解した母親がいる自分が、何か少しわかったように言った程度で簡単に解決する問題ではない。

 

 だが、状況がどうあれ、行方不明だった従姉妹が本来の姿では短い時間になるが、自分の側にいてくれる……今は、それで十分だった。

 

(……ナーシャ……)

 

 ふと、ルミアはアナスタシアの横顔を見る。

 

 今日は、色々なことがありすぎた。システィーナとレオスの結婚騒動、アナスタシアと独立派との戦い、東部の内戦……そして……内戦で溢れ、帝国にも顔を出し始めた民族間の怨念の権化とも言うべきマルトラ―ル。

 

 考えなければいけないことが……色々ありすぎる。

 

 ルミアが垣間見た東部の問題はあまりにも根深すぎる。

 

 自分なら、この現実に向き合うことなど出来ず、逃げるだろう。

 

 だが、アナスタシアはそんな現実に逃げずに、向き合っている。逃げようと思えば、少なくとも、亡命先はこの帝国にあるのにもかかわらず。茨の道を歩んでいる。

 

 そんな、自分よりも過酷かもしれない従姉妹に……自分は何がしてやれることはあるのだろうか?

 

(……わからない。……でも、今は……この時だけは……)

 

 彼女の側に、いよう。

 

 この後、ナーシャが『サーシャ』になるまでは。

 

 今だけは、この心地好い雰囲気を味わうことにしよう。

 

 短い時間だけど、この二人の時間を大切に。

 

 今、この時だけは――

 

 ………………。

 

 ………………。

 

「さて……そろそろ、『サーシャ』にならないとね」

 

「そうだね。ねぇ、ナーシャ。今日はありがとう……」

 

「……どういたしまして……はぁ、それにしても、今回は皆にどう説明しようかしら……」

 

 ……。

 

 

 

 

 ……こうして。

 

 フェジテでは、とある一人の人間が、天使の塵を使って引き起こした悪夢の事件は終わった。

 

 天使の塵の餌食になった最終的な犠牲者数は、八十四人、さらに行方不明者多数。

 

 これが、たった一人の人間が出した犠牲であることを考慮すれば、信じられないほど鬼畜かつ許されがたい悪魔の所業といえる。

 

 ジャティス=ロウファン。

 

 一年余前、帝都で大惨劇を引き起こし、グレンに殺されたはずのその者の名は、まだ人々の記憶に新しい。

 

 かの者の再来に、全てのフェジテ市民が恐怖に震撼し……残された遺族達は、やり場のない怒りと悲しみに咽ぶことになる。

 

 レオス=クライトスもアルザーノ帝国魔術学院に派遣される前に、ジャティスに天使の塵を盛られ、犠牲者となった一人だった。

 

 ジャティスはグレンを倒すために、グレンがレオスに決闘をふっかけるように仕向け、システィーナを餌にしてグレンを誘き寄せたのがこの結婚騒動の真相であった。

 

 もっとも、そんな真相が世間に公表されることはなく、ジャティスがレオスを操り、フィーベル家を掌握させ、クライトス家の財産を手中に収めるというそれなりにわかりやすく、納得できる理由が捏造されたのたが。

 

 グレンのほうも納得がいかなかったらしいが、クライトス家たっての願いで、ジャティスの企みを阻止するために、クライトス家がグレンに依頼し、システィーナを攫わせ、ジャティスを撃退し、クライトス家の名誉を守った……ということにされてしまった。

 

 クライトス家が政府の報道機関を通して正式にそのような声明を世間に発表し、グレンに謝礼と勲章まで贈ったため、レオスとの一連の決闘騒動で地に落ちたグレンの名誉も回復、逆玉の輿目当ての最低男から一転、実は身を挺して生徒を守った教師の鑑だったと評価されるようになる。

 

 一方で、ジャティスが引き起こした事件に便乗するように、東部諸国の独立派の過激な一派、エースティ国民会議純血派がフェジテで無差別テロを画策するという事件が発覚。

 

 最近、頻発していた東部人を狙った無差別テロもこの組織によるものだと発覚。

 

 旧帝国連合の内戦の影響が帝国にまで波及し始めたのを象徴するこの事件を、帝国全土は身を持って知ることになる。

 

 行方不明になっていたゾラン=チョシッチが、中央区の路地裏で遺体として発見。下手人が独立派だとわかったこの事件は魔術学院でも衝撃が走った。

 

 そして、この事件にルミアも巻き込まれるが、すんでの所でサーシャが自身の身を賭して救出し、独立派の目を潜りながら脱出。なんとか事なきを得た。

 

 最近、学院に来ていなかったサーシャが一体、どのようにしてこの件を察知したのかわ不明だが、とにかく、一人の女子生徒を自身の危険も顧みず助けた生徒として学院では評価されるようになる。

 

 だが、サーシャにとっては評価されるようなことでもなかった。

 

 結局、これは自身の……東部諸国での問題でしかなく、それにルミアを巻き込んでしまったのだから。

 

 グレンとサーシャは身に過ぎた評判を、複雑な気分で眺めるしかなかった。

 

 そして――ジャティスとマルトラ―ルの事件から、幾ばくかの日々が過ぎ――

 

 

 

 

 とある日のこと。

 

「すまん!遅刻した!てへぺろ☆」

 

 何の悪びれた様子もなく、教室に姿を現わしたグレン。

 

「こらぁあああ――っ!」

 

 当然のように、システィーナが猛然とグレンの下へ駆け寄って、叱り飛ばす。

 

「一体、何やってるんですか!?もう授業時間半分以上過ぎちゃってるじゃない!」

 

「いやぁ~~ちょっと考えごとしてたら、つい……」

 

「最近はずっと遅刻しなかったのに、やっぱり先生は講師としての根本的な自覚が足りません!いいですか、講師たるものくどくどくど……」

 

 そして、いつものように説教と言い訳合戦が始まって……

 

「まぁまぁ、システィ。そんなお小言ばっかりしてると授業時間終わっちゃうよ……」

 

「けんか、よくない」

 

 ルミアが仲裁に入り、リィエルが眠たげにぼそりと言い……

 

「なんか……色々あったけど、いつもの光景だなぁ……」

 

「そうですわね。むしろ、なんかほっとしますわ」

 

「僕としては、少しは成長して欲しいところなんだけどね……」

 

 そんな見慣れた光景に、カッシュやウェンディ、ギイブル……グレンのクラスの生徒達は皆、呆れ半分、苦笑いである。

 

「相も変わらず、やかましいなぁ、あの二人は……」

 

 そんな学友達と共に、サーシャも呆れ半分の苦笑いである。

 

 そんな中、サーシャはふと物思う。

 

 正直、任務でこの学院に来ているとはいえ、場違いなところだと思っていた。

 

 今までやってきことを考えれば……特務分室にもグレン達にも自身の本当の姿を隠してまでルミアの護衛をやっているを考えれば……それは覆せない厳然たる事実のはずだ。

 

 ただ……

 

「……どうしたの、ナーシャ?」

 

 隣の席にいたルミアが誰にも聞こえないように、声をかける。

 

 そんなルミアを、サーシャ(アナスタシア)はちらりと見て、そして――

 

「……改めてこれからもよろしくね。ルミア」

 

 いつまでやってるんだと、グレンに対して口々に文句を生徒達が呟く中、サーシャはにっと口元を緩め、ルミアにそっと耳打ちする。

 

「……はい。ふふっ」

 

 ルミアが微笑んでそう返して。

 

 そして、今日もいつものように、騒がしく授業が始まるのであった――

 

 

 

 

 

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